私には音楽の素養が無い。
近田春夫の書く文章には、日本語を読む愉しみがあります。だからたとえ書かれている楽曲やミュージシャンには興味を持っていなくても、文章の持つ力で退屈せずに読めてしまう。そしてその中で紹介された楽曲は、結局のところほめられていてもけなされていても(近田春夫は上品なひとなので「けなす」という言葉に相当するような表現はあまりしないのですが)ぜひとも聴いてみたくなるのでした。
本屋で平積みにされたベストセラーについて「書物である以上に商品の匂いが強く感じられ、どうにも手が出しにくいところがある」という感想の背後に見える、「書物」というものに対する一種の憧憬に共鳴したり。
「(略)子供の頃、すでに谷内六郎の絵は、懐かしい思い出のように響いていたことだ。またその懐かしさは今も全く古びていない。きっとずっとそうなのだろう」という感想などは、私がこの画家の絵について思っていることとぴったり重なり、好きなひとからの共感を得た幸せを感じました。また谷内六郎とカンディンスキーに似たものがあるという指摘については、言われてみれば確かに。私もこのふたりの絵には、共通するものがあるように思います。
音楽に関する教養ほぼゼロ。楽曲を鑑賞するセンスが鈍い。まともに弾ける楽器がひとつもない。
だけどそれがあんまり悲しくない。悲しく思えない自分を恥じてもいいような気がするが、それも無い。
とはいえ、たまに劣等感に襲われることもあるにはあります。たとえば私が「このひとはなんと賢いひとだ!」と思わず敬慕の対象にしたくなるような人物は、音楽、それもクラシック音楽の愛好者である確率が非常に高い。またその中の多くは、自分自身でもなんらかの楽器を達者に奏でることが出来たりする。そういう事実に直面すると、おのれの野蛮さを強制的に自覚させられる心地がして、わりかし不快です。
ところで私は以前「週間文春」をかなり長い間定期購読していたのですが、この週刊誌に連載されていた(今もされていると思うけど)近田春夫の『考えるヒット』という音楽評を、音痴のくせに毎号楽しみにしておりました。というのも『考えるヒット』の文章が、とても魅力的だったからです。
そういうたいへんな文章家の読書感想文が、面白くないわけはないだろう。
と思って読んでみたら、これがやっぱり面白いのですね。さすがに守備範囲が広いです。読んでいないのは全部読みたくなるし、自分の好きな作家や作品が出てくると嬉しい。そしてやっぱり、文章がいい。何度でも読み返したくなる、なんとも言えない滋味のある文章です。
たとえばオランダの画家エッシャーの作品と、「他の超現実的な」画家ダリやマグリットやキリコの作品から受ける印象の差を「効き目が違う」と表現する、このシャープな言語センスにシビレたり(「効き目」という言い方は別のところにも出てくるので、近田春夫にとっては普段づかいの用語なのかも知れません)。
それからことに嬉しかったのが、谷内六郎の『旅の絵本』が紹介されていたことです。
ミステリ・音楽・評論・自伝ほか、いろんなジャンルからたくさんの本が紹介されているので、読書の守備範囲を広げたいときにおすすめの一冊でもあります。
読書ほど手軽で安上がりで上等な娯楽はないと思うひと及び連休の予定が無いひとは、ぜひ。
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そろそろいい季節です(何に?)。
>そろそろいい季節です(何に?)
そうね(何が?)
「チューカンにでも」が誘い文句になると思ってるのね?まったく大胆なひとよ。
いいわ。行きましょう。
チューカンってさ、季節によって展示物変えたりするの?
私も考えるヒット好きだった。何げに聞き流している曲で、そんなにいろいろ考えられるのか!とそれこそ「思わず敬慕の対象にしたく」なっちゃいました、近田春夫。お世話係が何故か近田春夫が好きで「うちの子センスいいのかも」とぬか喜びのバカ親です。
新緑の季節がチューカンの一番の旬だって知らないなんてまだまだ初心者ね、ふっ。
>うふふ、私ってピアノが弾けるの
カーーッッ!
>高校2年生の終わりまで習ってたの
キーーッッ!!
>ずばり「思わず敬慕の対象にしたくなるような人物」なのよ
ケーーッッ!!!
私だってピアノ習ってたのよ。小学校のとき。たったの3年間だけど。
大嫌いだったわ。先生がものすごく意地悪くてさ。
全部あの先生のせいだと思う。私がこんなことになったのは。
いったい何をどうすればひとがピアノを弾くことを好きになるのか、見当もつかない。
>お世話係が何故か近田春夫が好きで
ミュージシャンとして好きということだよね?
私は近田春夫の曲は『ジェニーはご機嫌ななめ』しか知らないから
(それに音痴だから)アレだけど、ぜったいセンスいいに決まってるよ。
私は音楽と全然関係無いところで近田春夫が好きだからなぁ。
そんな好かれ方をされても、近田春夫は嬉しくないかもなぁ。ツマランなぁ。
>新緑の季節がチューカンの一番の旬だって
へー、そーなの。ホー。
りきさんは筋金入りのチューカニストだもんにー。ネー?
はーくわばらくわばら。
私も一時、週刊文春をよく読んでいました。で、近田春夫のページを楽しみにしていましたよ。文章がうまいうんぬんは考えたことなかったけれど、読ませる文ですよね(だから、うまいんだよね)。
週刊誌を読みたくなったら、文春か新潮を買うことにしています。でも、必ずエッチなページもあるでしょ。あれがはずかしい。。。(カマトトか!)
>中間テストだけ完璧に受ける人みたい。期末テストは受けない。だからずっと留年
拝むに足るアホだね、それは。
Juneさんも楽しみにしていたのね。
私と違って、Juneさんはあれを音楽記事として正しく楽しみにしていたんだろうな~…
>読ませる文ですよね
そう、それそれ。それが言いたい。「読ませる」文章。
私は、近田春夫の書く文章が「うまい」とは書いてない(笑)
絶対に「ヘタ」ではないけれど、「うまい」というのともちょっと違うと思う。
あ、でも、「巧い」ではなくて「旨い」なら同意する。
>必ずエッチなページもあるでしょ。あれがはずかしい。。。(カマトトか!)
私も恥ずかしいよ。ひとりで読んでても恥ずかしいよ(読むな)
「週間文春」の”淑女の雑誌から”にひとことコメントみたいなのついてるじゃない。
アレ、どんな顔して考えてんの?とか思うよね。
自分こそ、どんな顔して読んでるんだって言われるかも知れないけどね。
あと、あのイラスト。あのイラスト描いてるひとって、アレ以外の仕事もしてんのかな?