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わが国刑法の尊属重罰規定の憲法違反状態が 45年間続いた問題を始め今般の最高裁の違憲裁判の重大性の意義を再検証する

2024-07-05 08:13:06 | 日本の憲法裁判の重要課題

 

 7月3日のNHK連続ドラマ「虎に翼」の後半で以下のとおり放送された。「最高裁で尊属殺の重罰規定が議論され、15人の判事のうち13人が合憲と判断。反対を表明した判事のうちの1人が穂高(実名:穂積重遠:渋沢栄一の初孫)だった。寅子が暮らす猪爪家では、判決を報じた新聞を読んだ家族が合憲判断に対する違和感を率直に述べ、反対が2人しかいなかったことに落胆する者もいた。これに対し寅子は、判決は残るし、反対の声がいつか誰かの力になる時がきっとくると話し、絶対にあきらめないという決意を新たにした。

(The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL Inc:  朝ドラ「虎に翼」7月4日第69話あらすじから抜粋   )

 ところで筆者から見ると、この部分は極めて重要な憲法違憲にかかる問題である。正確性を重視するNHKの従来のスタンスら見て、どうなるか関心をもって見ていたところ7月5日に一部放映された。筆者なりにこの問題をあらためて解説する。

 また、NHKテレビでは穂積重遠氏(ドラマでは穂高重親))は戦後民法の指導的役割をなったとあるが、後述するとおり、最高裁判事として刑法分野においても戦後憲法の民主的理解者でもあった。

 なお、同ドラマで引用されている最高裁判決は昭和25年(1995年)10月11日 大法廷・判決 :昭和25(あ)292事件: 尊属傷害致死罪(刑集4巻10号2037頁)であるが、実は最高裁は その2週間後の昭和25年(1995年)10月25日大法廷・判決 : 昭和24(れ)2105事件:刑集 第4巻10号2126頁: 尊属殺人事件で刑法第200条第2項につき改めて合憲判決を下している。

 その後、23年後の1948年4月4日最高裁大法廷( 昭和45(あ)1310)は刑法の尊属殺人罪の規定が「憲法違反」であるという判決が言い渡された。この判決がきっかけとなって尊属殺人罪の規定が削除されることになった。しかし、実際に刑法200条から第2項が削除されたのはその22年後の平成7年5月31日である。今回の旧優性保護法判決で見る通り、国会議員や法務省や厚生労働省など関係省庁における憲法遵守や人権感覚の欠落は国民のとって放置できない問題である。

 今回のブログは、これらの経緯を改めて整理する意味でまとめた。時間の関係で十分に言い尽くせない点があるが機会を改めて詳しく論じたい。

1.わが国刑法の尊属犯罪に関する特別な規定

 平成7年5月31日まで、日本の刑法(明治40年法律第45号)には200条に以下の規定が存在していた。(注)

 「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ𠁅()ス」

  つまり、尊属殺人罪とは、自己または配偶者の直系尊属を殺害する犯罪をいう。直系尊属とは、血のつながりが直通する親族のうち、自分より前の世代の人を指し、具体的には、父母、祖父母、曾祖父母などが該当する。法律上の親族関係にある養父母も含まれる。なお、伯父・伯母などは直系ではなく傍系の親族に当たるため、尊属殺人罪の対象にはならない。

 尊属殺人罪  : 刑法第200条(平成7年削除済) 死刑または無期懲役            

  普通殺人罪   :刑法第199条  死刑または無期もしくは5年以上の懲役(平成16年改正以前の下限は3年以上)

  このように尊属殺人罪の刑罰が加重されていた理由には諸説あるが、一般的に尊属のことを尊重すべき、敬愛すべき、といった倫理観は社会生活を営む上で基本的なものであり、人間として自然に有する情愛の念でもあると考えられていたことが一つの理由であり、社会秩序を維持するためには、このような倫理観を維持する必要があり、そのために重い刑罰を設けることにより、尊属殺人を厳重に禁じたものとする説が有力であった。

  これらの理由から、平成7年(最終改正 平成七年五月十二日法律第九十一号)以前の刑法では、以下のように殺人罪以外にも尊属が被害者となった場合に刑罰を加重していた犯罪類型があった。なお、旧刑法原文を読むには国立国会図書館デジタルアーカイブ:ダウンロード可)の利用が必要である。(注)

  また、尊属犯罪の刑法特別規定には以下もあった。

 ②尊属傷害致死罪(刑法第205条第2項   : 自己又ハ配偶者ノ直系尊屬ニ對シテ犯シタルトキハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ𠁅(処)ス

 通常の傷害致死罪(刑法第205条第1項)  : 2年以上の有期懲役  (平成16年改正後は3年以上の有期懲役)    

③尊属保護責任者遺棄罪(刑法第218条第2項(尊属遺棄罪): 自己又ハ配偶者ノ直系尊屬ニ對シテ犯シタルトキハ無期又ハ六月以上七年以下ノ懲役ニ𠁅(処)ス

 通常の保護責任者遺棄罪(刑法第218条第1項):3ヶ月以上5年以下の懲役     

   逮捕監禁罪(刑法第220条) 尊属逮捕監禁罪(刑法第220条第2項)    自己又ハ配偶者ノ直系尊屬ニ對シテ犯シタルトキハ無期又ハ六月以上七年以下ノ懲役ニ𠁅()

   通常の逮捕監禁罪(刑法第220条第1項)  : 3ヶ月以上5年以下の懲役     

 これらの尊属重罰規定も、現在では尊属殺人罪の規定とともに削除されている。

 2.穂積判事(以前は東大・明治大学教授)の最高裁判決での小数意見

 昭和25(あ)292事件での裁判官穂積重遠(NHKドラマでは穂高重親)の少数意見は以下のとおりである。(判決原文に合わせ数字は縦書き表示) 昭和24(れ)2105事件判決では穂積判事の小数意見は略されている)。(太字表示は筆者が追加)

最高裁判所大法廷判例集( 尊属傷害致死事件 刑集 第4巻10号2037頁)6頁以下を抜粋。

  裁判官穂積重遠の少数意見は左のとおりである。

 本件は刑法二〇五条に関するが、問題は同二〇〇条から出発するゆえ、両条にわたつて意見を述べる。そして先ず両法条の立法を批判したい。

 刑法二〇〇条は、同一九九条に「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ𠁅(処)ス」とあるのを受けて、「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役二𠁅(処)ス」としたのである。すなわち法定刑の上限は共に死刑であるから、もし尊属殺は極悪非道なるがゆえに極刑を以て臨まねばならぬとしても、それは、一九九条でまかない得るのであつて、特に二〇〇条を必要としない。

 そこで普通殺人と尊属殺との刑罰の差違は、各法定刑の下限に存する。すなわち前者にあつては刑を懲役三年まで下げて執行猶予の恩典に浴せしめることができ、後者は死刑にあらずんば無期懲役と限られているから、かりに法律上の減軽と酌量減軽のあらん限りを尽したとしても、懲役三年半以下に下げることができず、従つて執行猶予を与え得ない。刑法が両者の間にかような差違を設けた理由は、正に多数意見が説くとおりであろうが、普通殺人に重きは死刑にあたいし軽きは懲役三年を以て足れりとしてかつその刑の執行を猶予して可なるがごとき情状の差違あると同様、尊属殺にも重軽各様の情状があり得る。いやしくも親と名の附く者を殺すとは、憎みてもなお余りある場合が多いと同時に、親を殺しまた親が殺されるに至るのは言うに言われぬよくよくの事情で一掬の涙をそそがねばならぬ場合もまれではあるまい。刑法が旧刑法を改正してせつかく殺人罪に対する量刑のはゞを広くしたのに、尊属殺についてのみ古いワクをそのままにしたのは、立法として筋が通らず、実益がないのみならず、量刑上も不便である。

 刑法二〇五条の傷害致死罪については、普通人に対する場合は「二年以上ノ有期懲役」であるが、直系尊属に対する場合は「無期又ハ三年以上ノ懲役」となつているのであるから、法定刑の上限にも下限にも差違を設けてあり、尊属傷害致死について特別の規定をした意味がある。ところが刑法二〇八条の傷害を伴わぬ暴行罪および同二〇四条の死に至らざる傷害罪については、普通人に対するものと直系尊属に対するものとによつて刑の軽重を設けていない。もし「かりにも親のあたまに手をあげるとはげしからん」というのであるならば、そもそも暴行罪からして直系尊属に対するものを重く罰せねばならず、いわんや傷害の故意があつて傷害の結果を生ぜしめた場合はもちろんである。しかるにその暴行傷害を特に重しとせずして、未必の殺意すらないのにたまたま致死の結果が生じた本件のごとき場合になつてはじめて普通人に対する傷害致死と差別して刑を重くするのは、立法として首尾一貫せず、かつ殺意なき行為に対する無期懲役は、科刑として甚だ酷に失する。刑法二〇五条一項により有期懲役の長期たる一五年まで持つて行ければ充分であろう。

 なお遺棄罪については刑法二一八条二項に、また逮捕監禁罪については刑法二二〇条二項に、それぞれ直系尊属に対して犯された場合の刑の加重が規定されている。本件直接の関係でないゆえ一々論及しないが、殺傷の場合の議論が大体当てはまる。

 さらに注目すべきことは、刑法二〇〇条および二〇五条二項の「直系尊属」の範囲である。それは民法の規定に従うのであるが、その民法に新憲法の線にそう改正があつて、「直系尊属」の範囲が変更し、以前は直系の尊属卑属であつた継父母継子の親子関係が認められないことになつた。そこで新民法下において刑法二〇〇条および二〇五条二項を適用すると、継父母を殺しまたは死に致したのは尊属殺または尊属傷害致死ではないことになる。しかし継父母殊に継母は継子に取つて、場合によつて実母同様、少くも養母以上の恩義があり得る関係である。それゆえ殺親罪を認めながら継父母殺しを殺親罪としないことは、父母的関係においてそれよりも遠い「配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者」を殺親罪に問うのとくらべて、甚しい不釣合であつて、新憲法下に殺親罪という旧時代規定を保存した矛盾の一端がはからずもここに暴露したものというべきである。

 かくして刑法二〇〇条および同二〇五条二項は、立法としてすこぶる不合理でありかつ不要であつて、昭和二二年法律第一二四号による刑法一部改正の機会に削除せらるべきであつたと思うが、その機を逸してその規定が現存する今日、この二箇条が憲法に違反する無効のものではないだろうかということが問題になるのは、当然である。原判決は、刑法二〇五条二項を憲法一四条に違反するものであるとして、本件犯行に同条一項を適用し、当裁判所の多数意見は、検事上告を容れて、右刑法二〇五条二項は憲法違反にあらず、従つて本件犯行には右条項を適用すべきものとするのであるが、原判決も検事上告も、また当裁判所多数意見も、単に刑法二〇五条二項だけでなく、同二〇〇条をも含めて、殺親罪全体を問題としている。本裁判官は原判決を、その説明には過不及があるが、結論において正当と認めるがゆえに、以下当裁判所多数意見および上告論旨の諸論点について意見を述べたい。

 (一) 問題の焦点は憲法一四条である。多数意見は、同条は「大原則を示したものに外ならない」のであつて、「法が、国民の基本的平等の原則の範囲内において、、、、道徳、正義、合目的性等の要請により適当な具体的規定をすることを妨げるものでない」とする。しかしながら、憲法が掲げた各種の大原則については、できるだけ何のかのという「要請」によつてその範囲を狭めないように心がけてその精神を保持することが、殊に旧習改革を目指した新しい憲法の取扱い方でなくてはならないと考える。憲法一四条の「国民平等の原則」は新憲法の貴重な基本観念であるところ、実際上千差万別たり得る人生全般にわたつて随所に在来の観念との摩擦を起し、各種具体的除外要請を生じ得べく、あれに聴きこれに譲つては、ついに根本原則を骨抜きならしめるおそれがあることを、先ず以て充分に警戒しなくてはならない。上告論旨(4)は、憲法一四条は「いかなる理由があつても不平等扱を許さないとまでする趣旨ではない。…一定の合理的な理由があれば必ずしも均分的な取扱を要しないものと解すべきである。」と言うが、さような考え方の濫用は憲法一四条の自壊作用を誘起する危険がある。平等原則の合理的運用こそ望ましけれ、不平等を許容して可なりとなすべきでない。

 (二) 多数意見は、刑法の殺親罪規定は「道徳の要請にもとずく法による具体的規定に外ならない」から憲法一四条から除外されるという。しかしながら憲法一四条は、国民は「法の下に」平等だというのであつて、たとい道徳の要請からは必らずしも平等視せらるべきでない場合でも法律は何らの差別取扱をしない、と宣言したのである。多数意見は「原判決が子の親に対する道徳をとくに重視する道徳を以て封建的、反民主主義的と断定した」と非難するが、原判決は「親殺し重罰の観念」を批判したのであつて、親孝行の道徳そのものを否認したのではないと思う。多数意見が「夫婦、親子、兄弟等の関係を支配する道徳は、人倫の大本、古今東西を問わず承認せられているところの人類普遍の道徳原理」であると言うのは正にそのとおりであるが、問題は、その道徳原理をどこまで法律化するのが道徳法律の本質的限界上適当か、ということである。日本国憲法前文は、憲法の規定するところは「人類普遍の原理」に基くものであると言つているが、「人類普遍の原理」がすべて法律に規定せらるべきものとは言わない。多数意見は親子間の関係を支配する道徳は人類普遍の道徳原理なるがゆえに「すなわち学説上所謂自然法に属するもの」と言う。多数意見が自然法論を採るものであるかどうか文面上明らかでないが、まさか「道徳即法律」という考え方ではあるまいと思う。「孝ハ百行ノ基」であることは新憲法下においても不変であるが、かのナポレオン法典のごとく「子ハ年令ノ如何ニカカワラズ父母ヲ尊敬セザルベカラズ」と命じ、または問題の刑法諸条のごとく殺親罪重罰の特別規定によつて親孝行を強制せんとするがごときは、道徳に対する法律の限界を越境する法律万能思想であつて、かえつて孝行の美徳の神聖を害するものと言つてよかろう。本裁判官が殺親罪規定を非難するのは、孝を軽しとするのではなく、孝を法律の手のとゞかぬほど重いものとするのである。

 (三) 上告論旨(5)は、「尊属親関係は依然新民法の下にも是認されている」と言う。なるほど民法は七二九条、七三六条、七九三条、八八七条、八八八条、八八九条、九〇〇条、九〇一条および一〇二八条に「尊属」「卑属」という言葉を使つているが、それは単に父母の列以上の親族を「尊属」子の列以下の親族を「卑属」と名附けたゞけで、実質上何ら尊卑の意味をあらわし取扱を差別しているのではない。新憲法下においては「尊」「卑」の文字は避けるとよかつたのだが、適当な名称を思い附かなかつたので、「目上一「目下」というくらいの意味で慣用に従つたのであろう。そして直系尊属なるがゆえにこれを扶養を受ける権利者の第一順位に置いた民法旧規定は、新憲法の線にそう民法改正によつて消滅したのである。

 (四) 多数意見は「憲法一四条一項の解釈よりすれば、親子の関係は、同条項において差別待遇の理由としてかかぐる、社会的身分その他いずれの事由にも該当しない。」と言う。上告論旨(3)も同趣旨である。これらは同条項後段に着眼しての議論であるが、その議論の当否はしばらく措き、憲法一四条一項の主眼はその前段「すべて国民は法の下に平等」の一句に存し、後段はその例示的説明である。その例示が網羅的であるにしても、その例示の一に文字どおりに該当しなければ平等保障の問題にならぬというのであつては、同条平等原則の大精神は徹底されない。そして多数意見は親に対する子の殺傷行為の方面のみから観察するが、その方面から観ても、同一の行為につき相手方のいかんによつて刑罰の軽重があらかじめ法律上差別されているということは、憲法一四条一項の平等原則に絶対に違反しないとは言い得ないのである。

 (五) さらに転じて、同じ犯罪の被害者が尊属親なるがゆえにその法益を普通人よりも厚く保護されるという面から観れば、問題の刑法規定が憲法一四条の平等原則に違反することは明白である。多数意見は「立法の主眼とするところは被害者たる尊属親を保護する点には存せずして、むしろ加害者たる卑属の背倫理性がとくに考慮に入れられ、尊属親は反射的に一層強度の保護を受けることあるものと解釈するのが至当である。」と言うが、立法の主眼が果していずれにあるかは問題である。刑法二〇〇条についてはその点が明白でないが、前に述べたとおり、刑法二〇八条の暴行罪および同二〇四条の傷害罪においては、加害者が卑属なるがゆえに刑を加重せられるのではなくて、同二〇五条の傷害致死罪に至りはじめて被害者が尊属親なるによつて重刑が科せられるのであるから、立法の主眼が尊属親の法益保護にないとは言えない。そしてたとい「反射的」にせよ尊属親なるがゆえに「一層強度の保護を受けることがある」以上、正に憲法一四条一項の平等原則に違反すると言わざるを得ないのである。

 (六) 多数意見は、原判決が「個々の場合に応じて刑の量定の分野に於て考慮されることは格別」と言つたのをとらえて、もし原判示のごとくんば、親であり子であることを「情状として刑の量定の際に考慮に入れて判決することもその違憲性において変りはないことになるのである。逆にもし憲法上これを情状として考慮し得るとするならば、さらに一歩を進めてこれを法規の形式において客観化することも憲法上可能であるといわなければならない。」と逆襲する。しかし、法定刑に上限下限のひらきを設けて裁判所の情状による量刑にまかすことは現代の刑法上当然の立法であり、加害者、被害者の身分上の続がらがその情状の一であることも無論さしつかえない。たゞ「さらに一歩を進めてこれを法規の形式において客観化すること」が「法の下に平等」の憲法原則に違反し得るのである。

 (七) 上告論旨(2)は「尊属と卑属との関係は、、、如何なる人においても存するのであつて、それは必ずしも或る特殊の人に対して社会的な差別を認めたものとは考えられない。」と言う。それは結局「尊属」「卑属」の関係を憲法一四条一項の「社会的身分」に当てはめまいとした議論であるが、身分なるものは必ずしも特殊的確定的なるを要せず、時に随つて変転するものでもさしつかえない。ともかく特定の時において尊属たる身分に在りそしてその身分のゆえに卑属たる身分に在るのとは違つた待遇を受けることが法律できまつていれば、「法の下に平等」とは言い得ないのである。

 (八) 上告論旨(6)は「今後の立法問題として、かかる特別な規定を設け置く要ありゃ否やの問題と、今日現に存するこの種規定がはたして憲法に違反するかどうかの問題とは、厳に区別さるることを要」するとし、多数意見も右の論旨を是認して、原判決は「憲法論と立法論とを混同するものである」と非難する、原判決はそこまで踏込んで論じてはいないように思はれるが、なるほど憲法論と立法論とを混同すべきではあるまい。しかし前に述べたとおり、刑法二〇〇条と同二〇五条二項との小合理はかなりに著明であり、そしてそれは新憲法前の規定で、新憲法の制定とそれに伴う民法の改正とによつてその不合理が増大したのであるから、右条項は憲法一四条一項と併せて同九八条一項により、憲法施行と同時に効力を有しないことになつたのではないかとさえ考えられる。そしてこれまた前に述べたとおり、これら特別規定なくとも普通規定によつて不孝の子を懲罰するに甚しく妨げないのであるから、問題の刑法規定の違憲性を論ずるに当り立法上の不当と不要とを一論拠とするのも、必ずしも見当違いではないのである。

 以上の理由によつて本裁判官は、本件についての当裁判所裁判官多数意見に賛同し得ず、検事上告を棄却して原判決を維持するを適当と信ずるものである。

3.昭和4844日、最高裁判所で尊属殺人罪の規定が「憲法違反」であるという判決

 この判決がきっかけとなって尊属殺人罪の規定が削除されることになったが、平成7年5月31日までは、日本の刑法には第200条に以下の規定が存在していた。

(1)第二百條 自己又ハ配偶者ノ直系尊屬ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ𠁅()

 尊属殺人: 昭和48年4月4日  最高裁判所大法廷判決 昭和45(あ)1310事件:結果      破棄自判: 刑集 第27巻3号265頁

 昭和48年に、最高裁判所で尊属殺人罪の規定が「憲法違反」であるという判決が言い渡された。この判決がきっかけとなって尊属殺人罪の規定が削除されることになった。

 判決文の結論部を抜粋引用する。「刑法200条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限つている点において、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法199条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ、憲法14条1項に違反して無効であるとしなければならず、したがつて、尊属殺にも刑法199条を適用するのほかはない。この見解に反する当審従来の判例はこれを変更する。

 そこで、これと見解を異にし、刑法200条は憲法に違反しないとして、被告人の本件所為に同条を適用している原判決は、憲法の解釈を誤つたものにほかならず、かつ、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、所論は結局理由がある。

 この判決原文は以下のURLで確認されたいが、この判決は、裁判官岡原昌男の補足意見、裁判官田中二郎、同下村三郎、同色川幸太郎、同大隅健一郎、同小川信雄、同坂本吉勝の各意見および裁判官下田武三の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。しかし、必ずしも多数意見には異論が多い判決であったともいえる。

(2)その後も刑法上に規定は残り続けたが、最高検察庁からの通達により適用されなくなり、事実上、この規定は死文化した。そして、平成7年から施行された改正刑法において、正式に第200条の規定が削除された。

 尊属殺人罪の規定が削除されたのかというと、通常の殺人罪と比べて刑罰が重すぎたからである。通常の殺人罪なら法定刑の下限が「5年以上の懲役」(平成16年刑法改正以前は法定刑の下限は3年以上の懲役)なので、減刑を考慮すると有罪となっても執行猶予がつくケースもある。一方、尊属殺人罪では法定刑の下限が「無期懲役」なので、最大限に減刑しても執行猶予を付けることはできない。しかし、尊属殺人の事案でも、執行猶予をつけなければ被告人にとって酷となるケースはあり得る。むしろ、親子間のしがらみを背景として、通常の殺人の事案よりも被告人に情状酌量すべきケースも少なくない。それにもかかわらず、殺害した相手が尊属だということだけで、執行猶予が認められないのは不合理だと最高裁で判断されたのである。

(3)  刑法の一部を改正する法律(平成7年法律第91号)による改正

 平成7年4月,刑法の一部を改正する法律(平成7年法律第91号)が成立し,同年6月に施行された。同法は,カタカナ漢文調の古い文体で,難解な用字用語が少なくなかった刑法について,表記の平易化(ひらがな化等)をするとともに,最高裁判所において違憲の判断がなされた尊属殺人に関する規定を始めとする尊属加重規定等を削除することなどを内容とする。

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(注)

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/result?IS_KIND=hierarchy&IS_STYLE=default&DB_ID=G9100001EXTERNAL&GRP_ID=G9100001&IS_START=1&IS_TAG_S51=prnid&IS_KEY_S51=F2005022420570801657&IS_NUMBER=100&IS_SORT_FLD=&IS_SORT_KND=&ON_LYD=on&IS_EXTSCH=F2009121017005000405%2BF2005021820554600670%2BF2005021820554900671%2BF2005022419051401457%2BF2005022420564801654%2BF2005022420570801657&IS_ORG_ID=F2005022420570801657

国立国会図書館デジタルアーカイブ:ダウンロード可)の利用手順を以下説明する。

 

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