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いろいろレビュー(旧サイト)

本と映画とときどき日記

わかりあえないことから

2013年03月05日 | 一般書

劇作家、平田オリザさんが語るコミュニケーション論。

2~3年くらい前に日本語教育関係のシンポジウムで平田オリザさんの講演を聞いたことがあったんですが、そのときはとにかく話がおもしろくて説得力があった印象が記憶に残っています。そのあとで、実は内閣官房参与とか、阪大のコミュニケーションデザインの仕事とかやっててけっこうすごい人だと知ったわけなんですが、特にここ最近ではいろんなところで名前をみかけるようになった気がします(書店で著作が平積みになってたり、津田マガで特集インタビューやったりとか)。

本書は決して学術的に筋が通っているものではなく、ご本人が言うように、コミュニケーションを「その程度のもの」ととらえたうえでわりと直感的に書かれています。それこそエッセイとも呼べるのかもしれませんが、そこで出てくるエピソードはわかりやすくておもしろいし、そこから導き出される現代コミュニケーションの問題点やそれに対する主張も、けっこうストンと頭に落ちてくる感覚でした。

なかでも大枠に限って言うと、「コミュニケーション能力のダブルバインド」と「協調性から社交性へ」というあたりは、いまいち「コミュニケーション能力」というもの実態がよくわからないことの原因や、どういう方向に持っていけばそれが解決できるかということが端的に書かれていたように思います。

それから、コミュニケーションの育成過程にも注目するという点では、学校教育に対する主張もはっきりしていておもしろかったです。

<私自身は、もはや「国語」という科目は、その歴史的使命を終えたと考えている>(p.59)

と言い切って、初等教育では「表現」と「ことば」という科目に分けるという提案とか。

演劇を授業に取り入れるっていうのも、冗談じゃなくもっとやってみたらおもしろいんじゃないでしょうかね。

社会を変えるには

2013年02月12日 | 一般書
小熊英二さんの本をちゃんと読んだのは今回が初めて。
いささか漠然としたタイトルですが、それに見合うだけのボリュームでした。

あとがきで述べられているように、「『正しい答え』が書いてある『教科書』としてではなく、思考や討論のたたき台になる文例集、『テキストブック』」という位置づけの本書。
日本の社会構造、社会運動の歴史、民主主義に至る統治思想の変遷など、とにかくいろんなことが書かれていたのですが、たしかにそれらは本書内での結論(正解)を導き出すためのものではなく、あとから「そういえばこの本にこういうこと書いてあったな」と読み返したりするのに向いているような気がします。

というわけで各論に触れると収拾がつかなくなるので、ひとつだけおもしろかったところを挙げておくと、最終の第7章に書かれていた「『いい幹事』より『鍋を囲む』」(p.445)というたとえ話がわかりやすくてスルッと頭に入ってきました。

むかしは有力な幹事が「この料理にしましょう」って言えばみんな喜んでそれを食べてたんだけど、そのうち参加者の好みが分かれてくるようになる。
それに合わせて和食とか中華とか選択肢を増やしたり、いっそのこと好きなものだけ食べられるバイキングにしてみたり、でもそれはそれで食材をそろえるのにコストがかかったり、みんな食べるものが違うから参加者がよそよそしくなったり……。
ということで、幹事の采配に一任するのはどうやらそろそろ限界っぽい。

一方、鍋料理はみんなが参加して作るため、連帯感が生まれ、ちょっとくらい失敗しても文句は言わない。さらに材料費や会費も安く、調理人もいらないのでコストがかからない。
そこで幹事がやることは、「これを食べよう」と決定を押し付けるのではなく、鍋をするための「場」を設定すること。

……これだけ聞くとちょっと強引かもしれませんが、「われわれ」という意識をどうやって作っていくかということの重要性と、そのイメージみたいなのはたしかにこんな感じなのかなと。

あと、もう一つ言い添えておくと、本書では原発問題についてもかなり紙幅を割いています。
原発反対運動をそれだけのものとしてだけ見るのではなく、日本の社会構造との位置づけのなかで考えるということは決して新しいことではないのでしょうが、本書ではその背景や枠組みがとてもわかりやすくまとめられていたように思います。

3日もあれば海外旅行

2013年01月26日 | 一般書

「時間やお金がないから海外旅行に行けない」というのは、もはや言い訳。
海外旅行をするためのハードルは昔と比べて劇的に下がっていて、ちゃんとした知識と行動力があれば、個人旅行として(旅行会社などを通さなくても)週末を利用して安く海外へ行くことすらできる時代になっている!

……そんな趣旨に沿って海外旅行をするためのノウハウがいろいろ書かれた本書。
全部が全部役に立つというわけではないでしょうが、いくつか参考になるところもありました。

例えば、マイレージの効率的な貯め方・使い方や、世界一周旅行の具体的プランなどは、自分にはほとんど必要ないかとも思いましたが、オンラインでの航空券の購入やホテルの手配などは使えそう。
具体的には、LCCも含め海外便の航空券を横断的に検索できる「スカイスキャナー」、豊富な数の海外ホテルを検索・予約できる「エクスペディア」「アゴタ」など、これまで知らなかったけど利用価値がありそうなサイトが紹介されていました。

それと、もう一つは海外旅行でのデジタルデバイスの利用について。
こちらは、海外でスマホを使うためのSIMカード交換方法や、wifiルータのレンタル、さらにバッテリー切れにならないための電源対策などが参考になりました。
そのほか、スマホ向けの海外旅行便利アプリも紹介されています。

実は僕も最近韓国へ行ったのですが、ネットワークはホテルやデパートなどでひろえるものの、やはり常時接続に慣れていると、移動中とかでつながらないのはストレスでした(それでも、ソウルのネットワーク環境は日本よりかなり進んでいるのですが)。
事前に地図や観光情報を画面キャプチャしておくという手段も使えますが、やはりその場その場で必要な情報にアクセスできれば、それに越したことはありません。
次回は本書で紹介されていたようなやり方を試してみたいと思います。

それと、最後にひとつ触れおくと、本書は海外旅行のハウツー本としてだけではなく、心底旅が好きな著者、吉田友和さんのエッセイ的な側面(終章なんかは特に)も大事な要素です。
できるだけ効率的に旅をするのはもちろんのことですが、「そもそも何のために旅をするのか」という原点がやはり大切なんですね。
何より「海外旅行、行ってみようかな」という思いと行動を起こさせることが、本書の一番の価値のような気もします。

かく言う自分も、この1年で北海道、台湾、シンガポール、韓国などを訪れましたが、今年はさらにいろんなところへ行ってみたいと思うようになりました。

私とは何か ―「個人」から「分人」へ

2013年01月22日 | 一般書

以前読んだ平野啓一郎さんの小説『ドーン』で出てきた「分人主義」という概念。
「感銘を受けた」というほどではないのですが、その後の人付き合いなどで、ことあるごとにふと自分の「分人」を垣間見るような意識になることがありました。

<すべての間違いの元は、唯一無二の「本当の自分」という神話である。
そこで、こう考えてみよう。たったひとつの「本当の自分」など存在しない。裏返していうならば、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。>


分数の合計値が1になるように、一人の人間は分割可能な「分人」であるという考え方。
発想としてはけっこうシンプルな気もするんですが、これが当たり前だととらえられるようになると、わりといろんなことが楽になるような気がします。

あんまり好きになれない人と接したり、自分だけが浮いているような環境でも、無理に自分を本質規定することはない。
人間関係の悩みというものは、多かれ少なかれ誰もが持つものだと思いますが、本書でいうところの「『リスクヘッジ』としての分人主義」という考え方は、こういう場合にけっこう役に立つのではないかと。
簡単に言ってしまえば「気の持ちよう」ということかもしれませんが、自分を分割しておけば、たしかに人間関係による致命的なリスクは回避できるのかもしれませんね。
(借金抱えてるとかの現実的な問題がある場合は別ですが)

それと、もうひとつ目を引いたのが、

<教育現場で「個性の尊重」が叫ばれるのは、将来的に、個性と職業とを結び付けなさいという意味である>

という指摘。

本来は「一人の人間である」ということがそのまま「個性」であるはずなのに、それを他人との比較のうえでの「特技」や「強み」のようなものにすり替えて、職業やその方向性の選択を迫る空気。
平野さんが言うように、仕事の多様性って、実は社会の必要性から生じているはずなんだけど、それを「個性」の延長みたいにとらえるのは、子どもにとっても酷だし気の毒。
働き始めるまえから「自分に合った仕事」があるように錯覚する人が多かったりするのも、その弊害が大きいような気がします。

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

2013年01月04日 | 一般書

これまで時代を先どってきたクリス・アンダーソンが、次にくるものとして「メイカームーブメント」を取り上げた本書。

2012年の10月下旬に発売された本ですが、2013/1/4現在のアマゾンランキングでは以下のようになっていて、依然として注目度は高いようですね。

Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 57位
1位 ─ 本 > ビジネス・経済 > IT > ビジネスとIT
1位 ─ 本 > ビジネス・経済 > 産業研究 > 製造・加工
1位 ─ 本 > コンピュータ・IT > インターネット・Web開発

「ビットの世界」と「アトムの世界」という言葉が使われていましたが、デジタルやITの世界で行われてきたことが、いよいよモノづくりの世界でも起こるようになってきたみたいです。

作りたいものをデスクトップ上でデジタルファイルとしてデザインし、それをデジタル工作機械(3DプリンタやCNC装置など)で作製、またはオンラインで製造業者に発注をかければ、誰でも自分のモノを作れる。
さらには、そのデザインや工程をオープンソース化してオンライン上のコミュニティで公開すれば、第三者との協力や、大がかりな開発も可能になる。
資金が足りなければ、「キックスターター」などのクラウドファンディングで調達。
できたものを販売したければ、オンラインショップを立ち上げればいい。

まさに机のパソコンに向かったままで「製造業」を立ち上げることもできるような時代になってしまった。
そこで起こるのは、誰もが「メイカーズ」としてニッチなモノを生産することによる「モノのロングテール」化。
そして、T型フォードに代表される、長らく続いてきた大量生産方式から、「新産業革命」へと至るパラダイムシフト。

モノづくりに直接携わっていない自分でも、思わずワクワクするような近未来(というか「今」の最前線)です。
むかしミニ四駆にハマってたときに、オリジナルのボディの絵とか描いてたけど、これなんかも時代が違えばそのまま実物が作れちゃうんだろうな。

ただし、これらは決して突拍子もないことではなく、実は個人的にも思い当るような体験がありました。
先日会社で出すための年賀状を作成したのですが、その方法は、

アドビのイラストレーターでデザインファイルを作成

裏面の宛名リストをCSVファイルで作成

プリント業者に発注をかけて、二つのファイルをアップロード

というもの。
デスクトップに向かう作業だけで、数日後には自分でデザインした年賀状数百枚が手元に届きます。

もちろんこれは2Dの作業なので、CADを使った設計や3Dに対応した工作機械を使う必要もないわけですが、「たしかにこの方式でいろんなモノが作れちゃうんだろうなぁ」という実感は何となくあります。
身近な出版業の範囲で考えても、これまでのいわゆる「自費出版」とは違う、電子版での「セルフ・パブリッシュ」や、元コストのかからない「オンデマンド印刷」による出版形態なんかもあるし。

それにしても、出版業もそうですが、本書で語られているような変化が本格化したとき、特に日本の大手製造業はどう対応していくんでしょうか?
そのへん考えてるのか考えてないのかわかりませんが、かなり心配ではあります。