このまえ読んだ
『知の逆転』で興味を引いたジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』。1998年度のピューリッツァー賞を受賞した大作なんですが、文庫版で上下巻800ページほどあり、内容も論文調。読み通すのはけっこうつらく、だらだら1ヶ月以上かかってしまいました。
本書の発端は1972年にニューギニアのヤリという政治家から問われた一つの質問、「あたながた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」
ユーラシア、アフリカ、アメリカ、オーストラリアと人間が暮らしてきた地域は広く世界に渡るのに、その中でヨーロッパが他の大陸に先駆けて発展し、結果として今日に至っている要因は何なのか?
ダイアモンドはその直接の要因を凝縮して表現したものとして、本書のタイトルである「銃・病原菌・鉄」を挙げるわけですが、そこに辿り着くまでの理由を簡潔にまとめたのが、「エピローグ」にある以下の言葉。
<私ならこう答えるだろう。人類の長い歴史が大陸ごとに異なるのは、それぞれの大陸に移住した人々が生まれつき異なっていたからではなく、それぞれの大陸ごとに環境が異なっていたからである、と。>(下巻p.365)
これを説明するために、1万3000年に渡る人類史を追っていくのですが、その要因と流れをかいつまんでいくと、
・栽培化や家畜化の候補となりうる動植物種の分布状況が大陸によって異なる
↓
・ユーラシア大陸ではそうした動植物が存在し、さらに東西に長いため、それらの伝播・拡散においても緯度の違いによる影響が少ない
↓
・ユーラシア大陸の広い地域で余剰作物の蓄積が可能になる
↓
・非生産者階級の専門職を養うゆとりができ、人口の稠密な大規模集団を形成
↓
・軍事面、そして技術面や政治面で発展
というようなことが導かれます。
とにかく分量のある本なので、個別の内容をいちいち挙げていったらキリがないんだけれど、全体的な主張を思いっきり丸くしてまとめると、「たまたまそういう環境にあったから、結局今みたいなことになった」と言えなくもない。
ただ、補足としておくと、本書で語られている人類史はいい加減な検証に基づいているわけではなく、エピローグで「科学としての人類史」というタイトルが付けられているように、歴史学にとどまらず、他の分野からの科学的な比較を通して長い因果の連鎖を考察しています。他書にはないそうした手法が、本書の大きな意義なんでしょうね。
日常では思い至ることの少ないスケールの大きな内容には、月並みな言葉だけど知的興奮が喚起されます。
こんなこと言ったら顰蹙ものかもしれないけど、プロローグとエピローグでだいたいのアウトラインはわかるので(といってもそれだけでそこそこの分量はあるけど)、とりあえずそこだけ読んでおくのでもいいかも。