ミヒャエル・エンデ生誕80周年
「わたしは子供のための特別な文学があるということに根本において反対なのです・・・・・人間の経験することで、子供が原則的に関心をもたないテーマ、あるいは、子供にはわからないテーマというものは、事実ありません。そのテーマをいかに語るか、つまり心をもってするか、頭でするかにかかっていると思います」
ドイツ児童文学アカデミー大賞受賞記念講演
『児童文学をこえて』(1980年11月26日)
□ミヒャエル・エンデ(Michael Ende)
1929年11月12日 - 1995年8月29日
ドイツの児童文学作家
『モモ』
―時間どろぼうとぬすまれた時間を
人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語
ミヒャエル・エンデ (原著)
大島 かおり
1976年9月
岩波書店
(岩波少年少女の本 37)
モモは犬や猫にも、コオロギやヒキガエルにも、いやそればかりか雨や、木々にざわめく風にまで、耳をかたむけました。するとどんなものでも、それぞれの言葉でモモに話しかけてくるのです。
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「星が話してくれたことを、友達に話してあげるのはかまわないでしょ?」
「それはいいよ。だができないだろうね」
「どうして?」
「それを話すためには、まずはおまえの中で言葉が熟さなければいけないからだ・・・・・・いいかね、地球が太陽をひとめぐりする間、土の中で眠って芽をだす日を待っている種のように、待つことだ。言葉がおまえの中で熟しきるまでには、それくらい長いときが必要なのだよ。
それだけ待てるかね?」
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「一度に道路全部のことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、次のひと呼吸のことだけ、、つぎのひと吐きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな、・・・・・するとたのしくなってくる。これが大事なんだな。たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃだめなんだ。・・・・・ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路が全部終わっとる。どうやってやり遂げたかは、自分でもわからん。・・・・・これがだいじなんだ」
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Michael Ende (訳)子安 美知子
何年かまえ、中米お口の発掘調査に出かけた研究チームの報告を読んだなかに、こんなことがありました。
調査団は、必要な機器等の荷物一式を携行するためにインディアンのグループをやとった。調査作業の全行程には完璧な日程表ができていた。そして初日から四日間はプログラムが予想以上によくはかどった。運搬役のインディアンたちは屈強で従順で、日程どおりにことが進んだのだ。
ところが五日目になって、彼らは先へ行く足をぷっつり止めた。だまって全員で輪になり、地べたに座りこんで、もうテコでも荷物をかつごうとしない。調査団の人たちは賃金アップを提案したが、だめだった。叱りつけたり、ついには武器まで持ち出して脅したりしてみたが、インディアンたちは無言で車座になったまま動かない。学者たちはお手あげの状態で、とうとうあきらめた。日程には大幅な遅れが生じた。
と、突然―二日後のことだった―インディアンたちは同時に全員が立ち上がった。荷物をかつぎあげ、予定の道を前進しだした。賃金アップの要求はなかった。調査団側から改めて命令したのでもなかった。
この不思議な行動は、学者たちにはどうにも説明のつかぬことだった。インディアンたちは、理由を説明する気などまるでないらしく、口をとざしたままだった。
ずっと後になって、白人グループの数人と彼らとの間にいくぶんの信頼関係が生じてから、はじめてひとりが答えをあかした。
「はじめの歩みが速すぎたのでね」
という答えだった。
「わたしれの魂(ゼーレ)があとから追いつくのを待っておらねばなりませんでした」
この答えについて、私はよく考えこむことがあります。工業化社会の文明人である私たちは、未開民族の彼らインディアンから、学ぶべきところまことに大きいのではないでしょうか。
私たちは、外的な時間計画=日程をとどこおりなくこなしていきます。が、内的時間、魂の時間にたいする繊細な感情を、とっくに殺してしまいました。私たちの個々人にはもはや逃げ道がありません。ひとりで枠をはずれるわけにいきませんから。私たち自身がつくってしまったシステムは、容赦なき競争と殺人的な業績強制の経済原理です。これをともにしないものは落伍します。
昨日新しかったことが、今日はもう古いとされる。先を走る者を、はあはあ舌を出しながら追いかける。すでに狂気と化した輪舞なのです。だれかがスピードを増せば、ほかのみんなも速くなるしかない。この現象を進歩と名づける私たちです。
が、あわただしく走り続ける私たちは、はたしていかなる源から遠ざかりゆくのでしょう?
私たちの魂からですって?
そう、私たちの魂は、もうはるか以前に途上に置き捨てられました。それにしても魂を捨て子にしたことで、肉体が病んでいきます。だから病院や神経治療施設は、人々であふれています。魂不在の世界―これが私たちの走りゆく目的地だったのでしょうか?
もうほんとうに不可能でしょうか、私たち全員が狂気の輪舞をいっせいに中止して、おたがいに車座になって大地に座る、そして無言で待つ、ということは?
もうひとつの「答え」のことは、文化人類学者の友人から最近聞いたばかりです。これもひとりのインディアン女性の口から出ています。
その友人が旅先で出かけた山の頂上にインディアンの村があった。その地方の一帯には水源がたった一ヵ所にしかなくて、それは山のふもとの井戸だった。村の女たちは、毎日半時間の坂道をおり、帰りは重い水がめを肩にして一時間、山をのぼっていく。友人は女たちのひとりにたずねた―いっそ村ごと、ふもとの水源近くに移したほうが賢明ではないかね―。女の答えはこうだった。
「賢明、かもしれませんね。でも、そうしたら私たちは、快適さという誘惑に負けることになると思います」
私たち文明人には、この答えはさきほどの答え以上にいぶかしく聞こえるのではないでしょうか?
快適であることが、なぜ誘惑と呼ばれるのか?私たちが手にした洗濯機、自動車、エレベーター、飛行機、電話、ベルトコンベヤー、ロボット、コンピューター、要するにおよそ現代社会を構成するすべてのものは、快適な生活のためにつくられたはずです。
それとも?
これらのモノは、暮らしをらくにします。骨の折れる仕事から私たちを解放し、もっと本質的なことのために時間をめぐんでくれる。そうではなかったでしょうか、私たちを解放するんでしょう?
そうでう、確かに――。
ただ、何から解放するのでしょう?ひょっとして、まさに本質的なことから?だとしたら、いったいどうなっているんでしょう?
私には、あの奇妙な言葉を口にしたインディアン女のほうが、ほんとうはこの私たちのだれよりも、ずっとはるかに解放されて自由なのだ、という思いがつきまとって離れません。