「天災は忘れられたる頃来る」
寺田寅彦集 角川書店 昭和27年より
関東大震災の調査で、火災旋風を担当した寺田寅彦は、毎日焼け跡をしらべて歩き、そして、九月の末の不思議な芽吹きを目撃します。
それを随筆「柿の種」の中で次のように記述しています。
『 震災の火事の焼け跡の煙がまだ消えやらぬ頃、真黒になった木の幹に鉛丹色の黴のようなものが生え始めて、それが驚くべき速度で繁殖した。樹という樹に生え広がっていった。そうして、その丹色が、焔にあぶられた電車の架空線の電柱の赤錆の色や、焼跡一面に散らばった煉瓦や、焼けた瓦の赤い色と映え合っていた。道端に捨てられた握飯にまでも、一面にこの赤黴が繁殖していた。そうして、これが、あらゆる生命を焼き盡されたと思われる焦土の上に、早くも盛り返してくる新しい生命の胚芽の先駆者であった。三四日たつと、焼けた芝生はもう青くなり、しゅろ竹や蘇鉄が芽を吹き、銀杏も細い若葉を吹き出した。藤や桜は返り花をつけて、九月の末に春が帰ってきた。焦土の中に萌え出づる緑は嬉しかった。崩れ落ちた工場の廃墟に咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。』
寺田寅彦集 角川書店 昭和27年より
関東大震災の調査で、火災旋風を担当した寺田寅彦は、毎日焼け跡をしらべて歩き、そして、九月の末の不思議な芽吹きを目撃します。
それを随筆「柿の種」の中で次のように記述しています。
『 震災の火事の焼け跡の煙がまだ消えやらぬ頃、真黒になった木の幹に鉛丹色の黴のようなものが生え始めて、それが驚くべき速度で繁殖した。樹という樹に生え広がっていった。そうして、その丹色が、焔にあぶられた電車の架空線の電柱の赤錆の色や、焼跡一面に散らばった煉瓦や、焼けた瓦の赤い色と映え合っていた。道端に捨てられた握飯にまでも、一面にこの赤黴が繁殖していた。そうして、これが、あらゆる生命を焼き盡されたと思われる焦土の上に、早くも盛り返してくる新しい生命の胚芽の先駆者であった。三四日たつと、焼けた芝生はもう青くなり、しゅろ竹や蘇鉄が芽を吹き、銀杏も細い若葉を吹き出した。藤や桜は返り花をつけて、九月の末に春が帰ってきた。焦土の中に萌え出づる緑は嬉しかった。崩れ落ちた工場の廃墟に咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。』