昨年に続き、大連国際マラソンに挑戦してきました。
1年ぶり、通算8回目のフルマラソンです。
昨年は悔いの残る不本意な結果(
昨年の日記はこちら)でしたので、今回はリベンジを期してのレースです。
昨年の失敗は結構引きずりました。
レース中に故障した左足が治るのに3カ月以上かかりましたし、練習再開後も怖々でした。再開した練習でもなかなかスピードが上がらず、スタミナも持続しません。
自分にはもうサブ4は無理なのではないか、とも思いました。
そこで、今回のレースは、前回の教訓を踏まえ、半年前ぐらいから意識的に研究と対策を重ねてきました。
大連国際マラソンは、とにかく難コースです。
連続するアップダウンと容赦ない強風がみるみる脚の筋力とスタミナを奪っていきます。
また、変化のない単調なコースですから、メンタルの対策も必要になってきます。
まず、ベストタイムを狙うようなコースとはいえません。
坂道対策は、ジムのマシンで練習する際、上りの傾斜をつけて足腰を作りました。スクワットでひざ周りの強化も行いました。
強風対策は、フォームの研究と経験です。
あえて風の強い日を選んで、東港の海岸沿いでトレーニングを積みました。
スタミナ対策は、故障を防ぐため、過度の走り込みは避け、バイクとクロストレーナーを併用しました。そんな中でも、30キロ走は2本行うことができました。
食事にも気を使いました。レース前1ヶ月は油ものや炭水化物を控え、体重を絞りました。レース直前の2日間だけ炭水化物を多く吸収して、レース中のエネルギーを蓄えました。
メンタル対策は、携帯音楽プレーヤーの利用です。
僕は、練習中であればいつも音楽を聴きながら走るのですが、レース中は聴かないようにしてきました。音楽より沿道の応援の方が力になると考えてきたからです。
しかし、このレースだけは例外です。沿道の応援が極端に少ないのです。そこで、今回はプレーヤーを携帯することにしました。
できる限りの準備はやってみました。
今回はトレーニング中の故障もなく、比較的順調に調整できました。
さて、どんな結果に繋がるでしょうか。
再びサブ4に仲間入りすることができるでしょうか。走ってみなければわかりません。

(記念Tシャツです。ファッション性のカケラも感じません。どう使いましょう?(笑))
●再び因縁の場所へ
今年も金石灘にやってきました。
早朝の天候は良好です。
薄曇りで、気温は10度です。
週の後半から急に気温が下がってきて、この時期にしては肌寒さを感じます。
空気は澄んでいて、遠方まで視界良好です。
前年とまったく同じコースです。
保税区までの約20キロの一本道を西に向かって直進し、折り返して同じ道の右側車線を戻ってきます。
スタートブロックに並ぶと、緊張感が漲ります。
目標タイムは去年と同じく、ネットで4時間以内です。
●前半戦
午前8時26分、金石灘の黄金海岸をスタートです。
プログラムでは8時30分のスタートだったのですが、4分のフライングです。まあ、いいでしょう。
中心大街を北上し、ほどなく金石路に入り、西に向かいます。ここから約20km、ひたすら直進します。
風は北側から吹いているようです。横風です。
風は強いようですが、横風ならばそれほど気になりません。このまま風向きが変わらないことを祈ります。
空は雲が晴れ、新緑の葉の隙間から透き通ったすがすがしい初夏の青空が覗きます。
体調は良好で、体が軽く感じます。
レース前2週間はジョグをやめ、バイクとクロストレーナーのみの運動にしたのがよかったのかもしれません。
海岸から離れて、魯迅美術学院、遼寧音楽学院、大連民族大学などを通り過ぎると、早くも変化のない単調な光景が続きます。
最初の5kmを通過しました。25分45秒です。
思ったより早いペースです。
そのうち、北からの横風がなくなっていることに気付きました。風を感じなくなりました。しかし、街路樹を見ると葉はそよいでいます。
どうやら風向きが変わって追い風になったようです。
周囲のランナーをみると、首筋に汗をかいている人が目立ちます。気温も上がってきたようです。
僕も額に汗が滲むようになってきました。
10km地点を通過しました。
この5kmは25分49秒です。ほぼ同じペースです。
風に背中を押されているのを感じます。
昨年はわずかな沿道の声援に手を振ったり、ハイタッチで応えたりしましたが、今年はやめることにしました。
走りに集中です。常に凹凸のないフラットな路面と距離ロスのない最短コースを選んで足を運びます。
●風に乗る
15km地点を通過です。
この5km、26分02秒です。
ちょっとオーバーペースかもしれません。
数年前の自分ならばこれでもよかったかもしれませんが、今の実力でこのペースだと、また終盤に失速してしまうかもしれません。
不安が過りますが、かといって、決して無理をしているわけでもありません。
追い風が影響しているとポジティブに考えることにしました。
ところでこの大会、運営の悪さが気になります。
まず、5kmごとのチェックポイントが狭すぎます。2mぐらいの幅しかありません。
さらに、チェックポイントの後には給水所が待ち受けるのですが、この両者の位置が近すぎるのです。給水のテーブルの位置も近すぎるのです。
その上、チェックポイントは駅伝の中継所にもなっているので、多くのランナーが交錯して混乱します。
これ以外にも表示と事実が違うサインボードがあったり、コース上を大会運営車がクラクションを鳴らしながら高速で走り抜けたりと、およそランナーの立場になって考えられているとは思えない未熟な運営ぶりが目に付きます。
もう28回を数える歴史ある大会のはずなのですが、ノウハウが引き継がれていないのでしょうか。
およそ必要と思えない場所にボランティアや警備員が立っていたりと、いかにもマラソンを知らない人が運営をしているように思えます。
まあ、気にしてもどうにもなりません。
レースに戻りましょう。
18km付近で空いているトイレを見つけました。駆け込んで用を済ませます。レース中のトイレはこの1回だけで十分でしょう。
19km地点です。このレース最大の40mの上りがやってきました。
目線を落として歩幅を狭くして駆け上がります。多少スピードが落ちますが、そこは構いません。このあたりの坂道を上手にクリアすることが、後半のスタミナ切れ回避に繋がります。
繰り返しの練習が生きたのか、前半だからか、それほど苦もなく頂上に到達しました。
20km地点を通過です。
この5kmは27分11秒。十分です。
保税区駅を過ぎ、折り返し地点がやってきました。
時間を確認すると、1時間50分30秒です。
去年より50秒ほど早いペースです。
後半を2時間9分30秒以内で走れば、目標のサブ4に届く計算です。
同じコースを走ってきたハーフマラソンの出場者は、ここでレース終了です。
●今年も風とのたたかい
折り返すと、いきなり真正面から強い向かい風が吹いてきました。
やはり、です。
気が滅入ります。去年と同じです。
先ほどまでは汗を流していましたが、今度は向かい風がみるみる体温を奪っていくのがわかります。
もうこの風向きが変わることはないでしょう。
このあと20km、この風にお付き合いしなければなりません。
あれこれ考えても仕方ありません。
そもそも、自分はこの風をあらかじめ想定して、それを克服するための練習を続けてきたのです。今はそれを忠実に生かすのみです。
もうレースの半分は終わっているのです。あと2時間だけです。ポジティブに考えることにしました。
体を前傾姿勢にして、首を下げてコンパクトな走りに切り替えます。
風よけに適当な先行グループを探しますが、選手はまばらです。こちらは期待できそうにありません。
ハーフマラソンの出場者がいなくなったこともあって、選手の数はおよそ半分になりました。
前半と同じ力加減で走っても、スピード感は落ちたように感じられます。
幸い、足腰はまだ違和感もなくしっかりしています。まだ疲れもしびれもさほど感じません。
焦らず辛抱して走り切れば、前半の貯金が生きてサブ4クリアのチャンスはあるでしょう。
後半のコースはますます寂しくなります。
というのも、後半のコースの右側にはずっとライトレールの線路が続いているのです。
建造物といえば数キロ置きに設置されている駅だけで、あとはただただ線路があるだけです。
気を紛らわせるため、携帯音楽プレーヤーのボリュームを1つ上げました。
音楽に意識を向けるようにします。
プレーヤーにダウンロードした音楽は、この日のためにチョイスしたお気に入りの曲ばかりです。テンポのいいサウンドが足取りをサポートします。
25km地点を通過しました。
この5km、26分41秒です。
意外なことにペースは落ちていません。上々です。
しかし、ゴールはまだ17km先です。油断はできません。
コンパクトなフォームを崩さず、風に向かって黙々と足を運びます。
さっきまで流していた汗は、向かい風ですっかり乾きました。
給水所では必ずコップを手にするようにしました。
●ハプニング
27キロです。前を走っていた失速気味の中国人ランナーを抜こうしたしたときです。
そのランナーは急に横を向いたかと思うと、
「ペッ!」
と唾を吐き捨てました。
その唾は、向かい風に乗って僕の顔面に直撃しました。
「うああああっ!」
後ずさりしながら叫び声を上げると、声に気付いた中国人ランナーは振り向き、左手を上げて詫びのサインを送ってきます。
そんなぞんざいな謝罪なぞ、許せるはずがありません。
走りながら近寄って猛抗議すると、「すまん、すまん」と言いながら後方に消えていきます。
はー、テンションが下がります。推定5万メートルぐらい下がりました。
Tシャツの袖で唾を拭き取ります。
中国のマラソン大会に出場した経験のある方ならわかると思うのですが、こんな「唾被弾リスク」はけっこう高いです。
僕もそれを判っているつもりなので、他の選手を抜く場合はなるべく距離を置くか、その人が唾を吐く様子を見せないかを観察するようにしているのですが、今回は避けきれませんでした。
・・・心の中で誓いました。
「・・・もう中国でマラソン大会に出るのは、これを最後にしよう」
中国のレースでは、レース運営の稚拙さもそうですが、ランナーのマナーの悪さにも閉口することがあります。
先ほどの唾問題しかり、急に斜行したり立ち止まったりして進路を防ぐ場面があったり、給水所のテーブルの前に立ち止まって水を飲んだり、無意味に幅寄せしてきたり・・・。
僕は日頃の中国人の公共マナーの未熟さには比較的寛容な方だと思うのですが、レースとなれば話は別です。
とはいえ、まだまだレース中です。
どんなに嫌でもこのレースだけは満足のいく結果を出さなければなりません。
こんなことで平常心を失ってはいけません。気を取り直して走ります。
28キロ地点に来ました。
去年、足のしびれやスタミナ切れを感じ始めた場所です。
「ああ、去年はここで苦しくなったんだよなぁ・・・」
去年の失速シーンがフラッシュバックします。
しかし、今年は大丈夫です。
その後、双D港駅で待ち構えていた職場の同僚Tが、バナナを差し出してくれました。
礼を言って1本を受け取ります。
幸いというべきか、受け取ったバナナは腐り始める寸前のようで、柔らかくて飲み込みやすいものでした。30キロポイントでも別の同僚がバナナを用意して待ってくれているので、これは半分だけ食べて栄養補給しました。
向かい風は相変わらずです。
30キロポイントに到着しました。
この5キロ、27分28秒です。
それほどペースは落ちていません。この風を考えれば上出来です。
足の裏に多少しびれを感じるようになってきましたが、まだ大丈夫です。
待ち受けていた同僚Gの姿が見えました。Gはバナナを片手に笑顔で駆け寄ってきます。
「HBDさん、大丈夫? がんばれる? ハイ、これ食べられる?」
Gの応援に癒されます。本当に力になります。
「うん、順調だよ。今年はいけそうだよ。最後まで頑張れそうだ」
と誓い、再びバナナを受け取りました。
今度のバナナは比較的フレッシュで、果実味のあるタイプでした。こちらは走りながら時間をかけて完食しました。
力がみなぎります。栄養補給はこれで十分です。
●行けるかも
残り12キロ、後はただゴールを目指すのみです。
ここからが本当のマラソンの始まりです。
大きく息を吸って、フォームをチェックします。
軸はぶれていないか、腕の振りはスムーズか、腰は落ちていないか・・・。
連続した応援の効果か、体が軽く感じるようになりました。
日差しは強いですが、向かい風のせいで暑さは感じません。
「・・・今年は行けるかもしれない」
そう思いました。
小刻みでゆるやかなアップダウンが続きます。
上りのたびにより姿勢を低く、歩幅を狭くしてやり過ごします。
34キロ過ぎです。
突如右足ふくらはぎに「ピキッ」という軽い痙攣が走りました。
ついに来ました。
残り8キロです。苦しさは根性で克服できても、痛みはどうにもなりません。
ごまかし通すことができるでしょうか。
去年のように足が止まるような事態は避けなければなりません。
少しペースを落とすことにしました。
十分な貯金がありますから、慌てることはありません。
35キロポイントを通過しました。
この5キロ、28分26秒です。
30分以内で走れていれば、十分合格です。
残りを1キロ当たり6分のペースで走ったとしても、サブ4は圏内です。
もう、レースの80%は終わりました。残りはたった40分ちょっとです。
ここまではまずまず順調です。練習でも走ることのない35キロを走れば、痙攣のひとつぐらいあるでしょう。
ここもポジティブに考えます。
あとは致命的な故障を起こさないよう、心を折らさないよう、心身と相談しながらの組み立てです。
目の前に広がるのは、昨年、痛みと苦しさと悔し涙の向こうに見た景色です。
しかし、今年は違います。まだ足は動いています。
●坂地獄、風地獄
36キロです。
ことのほか上りがつらく感じるようになってきました。
高さ数メートルの坂道でも堪えます。呼吸が速くなって気持ちもイライラします。
スタミナをむしり取られる感じです。
なぜこうも坂ばかりなのでしょう?
「辛抱しろ、辛抱しろ・・・。くさるな・・・。きっとこれが最後の坂だ・・・」
自分を鼓舞します。
しかし、最後ではありません。
坂を下れば、また次の坂が迫って来るのです。風も容赦ありません。
「坂地獄」、「風地獄」です。
38キロです。
足のしびれが大きくなってきました。フォームの乱れが大きくなってきました。
時間の経過も遅いように感じるようになってきました。
10分ぐらい走ったような気になって時計を確認しても、5分ぐらいしか経過していません。
39キロ地点では、右足の土踏まずが張ってきました。
もはやフォームの修正が利かなくなってきました。
右足を庇って、がに股のバタバタ走りになっています。
どうしようもありません。このまま残り3キロを乗り切るしかありません。
息も上がってきました。
「うう、休みたい、止まりたい・・・」
そんな本音を押し殺します。ゴールまでの推定時間は約18分間です。
18分というと、だいたい音楽4曲分ぐらいです。
「あと4曲・・・。4曲だけ聴こう。聴いておこう・・・。自分でこのために選んだ曲だし・・・」
ランナーの姿はまばらです。
さらに携帯音楽プレーヤーの音量を1つ上げてみました。
イヤホンから大きな音量で流れてくる音楽に意識を傾け、その曲を聴いていた時代にタイムトリップすることにしました。
「ブライアン・アダムスは高校時代・・・。受験勉強そっちのけで聴いたな・・・」
「デフ・レパードは上京したばかりの頃か・・・。武道館にコンサートを観に行ったな・・・」
「この曲はケツメイシか・・・。上海で働いていた頃だっけな・・・。忙しかったけど楽しくて、よく稽古したな・・・」
とにかく気を紛らわせてこの苦しさから逃れたい、どこかに遠ざけたい、その一心で見つけた逃げ道です。
40キロポイントを通過しました。
ようやく金石灘に戻ってきました。
ここから先は坂はありません。コースはこの右にカーブして中央大街に戻るので、風も横風に変わります。
長かった「地獄めぐり」はここで終了です。
●リベンジへ
金石灘駅の前で待ち構えていた同僚たちが声援を送ってくれました。
全員とハイタッチして力をもらいます。
「HBDさん、行けますよ! いい調子です! 4時間切れますよ!」
Tが駆け寄ってきて大声で励ましてくれます。
この5キロ、29分16秒です。
確かにいけそうです。
右足の痙攣は強くはなっていません。最後までごまかし切れるでしょうか。
ペースを維持できれば3時間50分切りも狙えそうです。
足の回転速度を上げますが、フラフラしてもつれます。
それでも懸命に腕を振って前進を試みます。
フォームの乱れはどうしようもありません。
腰が大きく落ちていますが、もうそれでも構いません。
残り1キロになりました。
去年は痛みと悔しさで涙を流しながら歩いたゴールへの最後の直線です。
でも今年は違います。走れています。
ここまで来たら、苦しさも痛みも関係ありません。
あとは意地だけです。
体中に残っている力を総動員させて、もう一度奮いたたせます。
例えるとすれば、完全に使い切った思った歯磨き粉を、もう1回分ひねり出すようなイメージです。
「もう少し・・・。あと少し・・・」
歯を食いしばります。
中国で最後と決めたレースです。ここで悔いを残すようなことがあってはいけません。
ゴールゲートが見えてきました。前だけを向いて最後の力を振り絞ります。
ゴールでは大勢の観客が拍手で待ち構えます。
ついにゴールです。
両手を小さく握って、ガッツポーズです。
目の前には、青く輝く金石灘ビーチが「お帰り」と語りかけてくれているように見えました。
■■第28回大連国際マラソン
日時:2015年5月9日(土)8:30 天候:晴れ
距離 通算時間 ラップ
05km 0:25:45 (25:45)
10km 0:51:34 (25:49)
15km 1:17:35 (26:02)
20km 1:44:45 (27:11)
25km 2:11:25 (26:41)
30km 2:38:53 (27:28)
35km 3:07:18 (28:26)
40km 3:36:34 (29:16)
Finish 3:49:03 (12:29)
363位 / 出場者(男子)2,654人
・・・リベンジ成功です。
今年はやり抜くことができました。
念願のサブ4に戻ってくることができました。
感無量です。
しかも、ベストタイムまであと5分に迫る望外の好記録です。
我ながら、よくこんな力が体に残っていたものだと思います。
何より運がよかったのだと思いますが、半年間の工夫と研究とトレーニングも実を結んだのだと思います。
まだまだ、やればできるものです。
今回のマラソンでは、新しい発見をしました。
マラソンは、年齢を重ねても研究と工夫次第で記録に近づけるものです。
日々のトレーニングを楽しみながら、身体と精神の両方を磨いて、その上で冷静に自分の限界点との折り合いを付けてレースで力を出し切り、満足のいく結果に結び付ける・・・。
そんなスポーツなのでしょう。
またひとつ、いい思い出ができました。

(今年の完走メダルは、長方形でした)