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HBD in Liaodong Peninsula

中国と日本のぶらぶら街歩き日記です。2024年5月からは東京から発信しています

デヴィッド・ボウイ - 思い出のロックスターの死を悼む

2016-01-13 | その他
今日は珍しく、音楽の話です。

今週、デヴィッド・ボウイが死去したというニュースがありました。

しばらく言葉を失いました。

僕が初めて彼の曲を聴いたのは、1984年です。「Blue Jean」という曲でした。
ロックに目覚めた中3のときでした。

ビートの効いた、なんてカッコいい曲、なんてカッコいいMTVだと思いました。田舎の中3小僧の心をがっちり鷲掴みです。
小遣いをはたいてこの曲が収録されたアルバム「Tonight」をレンタルレコード屋で借りて、カセットテープに吹き込み、聴きまくりました。

ボウイはその直後となる1985年には、ミック・ジャガーと共演で「Dancing in the Street」を発表します。
この曲もまた悶絶もののカッコよさで、心酔しました。

僕はこの後、ロック小僧まっしぐらです。小遣いのほとんどを音楽方面に費やすようになります。

しかし、ボウイはその後、目立ったヒット曲を送り出すことがなくなり、僕も幅広いジャンルの音楽に親しむようになっていきます。

ボウイが発表した新作は一応聴いてみるものの、過去のヒット作を越えるような秀作が出てくることはありませんでした。

21世紀に入ると、ほとんど新作が出ることすらなくなりました。
もう高齢ですし、すでに十分すぎるほど社会的・商業的な成功を果たしています。もうボウイの時代は終わったものと思っていました。

ところが、です。

2013年1月、ボウイは突如新曲を発表します。「Where Are We Now?」という曲でした。
ラジオから流れてくる曲は、たしかにボウイの歌声です。

驚きました。

心に沁みる、素晴らしい名曲でした。
やや張りを失った感のあるボウイの声が、却ってサウンドに溶け込んでいていい具合に叙情感を引き出しています。

ちょうどこのとき、僕の心はすり減っていた頃でした。
「Where Are We Now?」は、心の傷を癒すように入り込んできました。

実に29年ぶりに、デヴィッド・ボウイの新曲が僕を心を鷲掴みにしました。
29年ぶりのヘビーローテーションです。
ボウイ、奇跡の復活です。

こんなことがあるのか、と思いました。
ボウイが、再び僕の心の中を大きく占める存在になりました。

そのボウイが、逝きました。
もう新曲を聴けることはありません。無念です。

一番好きだったアーティストかと言われると、決してそうではありません。

しかし、僕の人生で30年近い時を隔てて2度までも大きな感動を与えてくれたアーティストはこの人しかいません。

心から、冥福を祈りたいと思います。


(死の直前に発表された遺作を聴いてみました)
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ビール道場・S嬢の来訪

2015-12-24 | その他
東京のビール道場仲間であるS嬢が、冬休みを利用してご夫婦で遊びに来てくれました。

遠方から知人が訪ねてきてくれるのはいつもうれしいものですが、ビール道場仲間となるとうれしさもひとしおです。

僕がS嬢と初めて会ったのは、上海で暮らした2005年ですから、もう10年が経ったのですね。
時間の流れは速いものです。

クルマを借りて、旅順にも足を伸ばしてみました。
大連観光といえば、やはり聖地旅順は欠かせません。

当日はあいにくの空模様で、残念ながら二〇三高地から旅順港の眺望は見えませんでしたが、時間を目いっぱい使って、スケジュールを詰め詰めにして普段より多めに見どころを回りました。


(大連での再会に乾杯です)


(僕が愛してやまない千品漁港の私房豆腐も食べてもらいました)


(旅順港の眺望は見えませんでしたが、旅順駅に入ってくる車輛を見ることができました。これは珍しいです)

望台、白玉山、二〇三高地と1日で3回も山登りをしたので、か細いS嬢は筋肉痛になったかもしれません。

あちこちと連れ回してごめんなさい、でした。
これも、せっかくの機会ですからひとつでも多くの場所を見ていってほしいという思いからです。

それにしても、S嬢夫妻はふだんから僕のこの日記を読んでくれていたので、案内役の僕としてもとても説明が楽で快適でした。
考えてみると、ブログの読者を旅順に案内したのは、これが初めてでした。

S嬢夫妻が今年最後のお客さんになりました。

今年もたくさんのお客さんが大連に遊びに来てくれました。そして旅順を楽しんでもらいました。

3月は上海のIさん一行。好奇心旺盛な男性ばかりで賑やかでした。
4月は北京のNさんたち。さわやかな好天に恵まれました。
7月は九州の母と姉とおじ。いい親孝行ができました。
9月は東京からSくん夫妻。大連生まれのSくんのお父上のルーツをたどる旅でした。
10月は九州の高校の先輩後輩たち。みんな仕事が忙しい中、よくぞスケジュールを合わせて来てくれました。
11月は北京のHさんたち。風が強く寒い1日でした。
同じく11月には九州の弟と義妹家族。弟の義母はなんと初海外。吹雪の中の旅になりましたが、よく来てくれました。
そして今回のS嬢夫妻。

以上8組でした。

僕の大連生活も残り僅かです。
ぜひ、今のうちに遊びに来てください。
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藤原とうふ店

2015-10-09 | その他
ごくたまに、市内で「藤原とうふ店(自家用)」と日本語で書かれた小型乗用車を見かけます。


(いかがでしょう?)

もちろん、大連に「藤原とうふ店」があるわけではありません。

これは、しげの秀一の人気漫画「頭文字D」で出てくる主人公の愛車ですね。
香港で実写版として映画化されたそうですから、中国でも多少知られているのでしょうか。

中国の人が日本の漫画に親しんでくれているのは、本当にうれしいものです。
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もし大連にドラえもんがいたら・・・

2015-06-07 | その他
「もし大連にドラえもんがいたら、あなたの生活はどう変わる?」


(今週の地元紙の記事です)

現在、中国では映画「STAND BY ME ドラえもん」が記録的なヒットになっていることもあって、ドラえもんの話題であふれています。
僕の同僚も、映画を観て感動したそうです。

さて、ドラえもんの「ひみつ道具」は、大連人の生活をどう変えてくれるでしょうか?

さっそく記事を読んでみましょう。

●どこでもドア(任意門)

これさえあれば、渋滞関係なし。通勤もラクチンです。

●タケコプター(竹蜻艇)

遼東半島を縦横無尽。様々な角度から風光明媚な大連の景色を楽しめそうです。

●デンデンハウス(蝸牛屋)

こんなコンパクトな住居があれば、不動産バブルに頭を悩ますこともありません。市街地のど真ん中でも海岸沿いでも、思いのままです。

●フエルミラー(複製鏡)

これさえあれば、大連名物の海鮮を食べ放題です。カニもアワビもウニもシャコもイセエビも、鏡に映すだけでどんどん増えていきます。

●スモールライト(縮小灯)

もう駐車場問題で悩む必要はありません。駐車違反の切符を切られる心配もありませんね。

●タイムマシン(時光机)

いつ頃の大連に戻りましょう? 違った人生を過ごすことができそうです。

●オールシーズンバッジ(四季徽章)

もう極寒の冬を耐える必要はありません。いつでも快適な大連の春を満喫できます。

●着せかえカメラ(換装相机)

いつでも最先端ファッションでドレスアップ。もうタイムズスクエアや百年城の高級ブランドに大金を支払う必要はありません。

いかがでしょう?
渋滞、駐車場、不動産、寒い冬、海鮮・・・いかにも大連らしい使い方です。
ドラえもんの持つキャラクター力は国も地域も関係なし、というところですね。
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第28回大連国際マラソン(結果)

2015-05-14 | その他
昨年に続き、大連国際マラソンに挑戦してきました。

1年ぶり、通算8回目のフルマラソンです。
昨年は悔いの残る不本意な結果(昨年の日記はこちら)でしたので、今回はリベンジを期してのレースです。

昨年の失敗は結構引きずりました。
レース中に故障した左足が治るのに3カ月以上かかりましたし、練習再開後も怖々でした。再開した練習でもなかなかスピードが上がらず、スタミナも持続しません。
自分にはもうサブ4は無理なのではないか、とも思いました。

そこで、今回のレースは、前回の教訓を踏まえ、半年前ぐらいから意識的に研究と対策を重ねてきました。

大連国際マラソンは、とにかく難コースです。
連続するアップダウンと容赦ない強風がみるみる脚の筋力とスタミナを奪っていきます。
また、変化のない単調なコースですから、メンタルの対策も必要になってきます。
まず、ベストタイムを狙うようなコースとはいえません。

坂道対策は、ジムのマシンで練習する際、上りの傾斜をつけて足腰を作りました。スクワットでひざ周りの強化も行いました。

強風対策は、フォームの研究と経験です。
あえて風の強い日を選んで、東港の海岸沿いでトレーニングを積みました。

スタミナ対策は、故障を防ぐため、過度の走り込みは避け、バイクとクロストレーナーを併用しました。そんな中でも、30キロ走は2本行うことができました。

食事にも気を使いました。レース前1ヶ月は油ものや炭水化物を控え、体重を絞りました。レース直前の2日間だけ炭水化物を多く吸収して、レース中のエネルギーを蓄えました。

メンタル対策は、携帯音楽プレーヤーの利用です。
僕は、練習中であればいつも音楽を聴きながら走るのですが、レース中は聴かないようにしてきました。音楽より沿道の応援の方が力になると考えてきたからです。

しかし、このレースだけは例外です。沿道の応援が極端に少ないのです。そこで、今回はプレーヤーを携帯することにしました。

できる限りの準備はやってみました。
今回はトレーニング中の故障もなく、比較的順調に調整できました。

さて、どんな結果に繋がるでしょうか。
再びサブ4に仲間入りすることができるでしょうか。走ってみなければわかりません。


(記念Tシャツです。ファッション性のカケラも感じません。どう使いましょう?(笑))



●再び因縁の場所へ

今年も金石灘にやってきました。
早朝の天候は良好です。
薄曇りで、気温は10度です。

週の後半から急に気温が下がってきて、この時期にしては肌寒さを感じます。
空気は澄んでいて、遠方まで視界良好です。

前年とまったく同じコースです。
保税区までの約20キロの一本道を西に向かって直進し、折り返して同じ道の右側車線を戻ってきます。
スタートブロックに並ぶと、緊張感が漲ります。

目標タイムは去年と同じく、ネットで4時間以内です。



●前半戦

午前8時26分、金石灘の黄金海岸をスタートです。
プログラムでは8時30分のスタートだったのですが、4分のフライングです。まあ、いいでしょう。
中心大街を北上し、ほどなく金石路に入り、西に向かいます。ここから約20km、ひたすら直進します。

風は北側から吹いているようです。横風です。
風は強いようですが、横風ならばそれほど気になりません。このまま風向きが変わらないことを祈ります。
空は雲が晴れ、新緑の葉の隙間から透き通ったすがすがしい初夏の青空が覗きます。

体調は良好で、体が軽く感じます。
レース前2週間はジョグをやめ、バイクとクロストレーナーのみの運動にしたのがよかったのかもしれません。

海岸から離れて、魯迅美術学院、遼寧音楽学院、大連民族大学などを通り過ぎると、早くも変化のない単調な光景が続きます。

最初の5kmを通過しました。25分45秒です。
思ったより早いペースです。

そのうち、北からの横風がなくなっていることに気付きました。風を感じなくなりました。しかし、街路樹を見ると葉はそよいでいます。
どうやら風向きが変わって追い風になったようです。
周囲のランナーをみると、首筋に汗をかいている人が目立ちます。気温も上がってきたようです。
僕も額に汗が滲むようになってきました。

10km地点を通過しました。
この5kmは25分49秒です。ほぼ同じペースです。
風に背中を押されているのを感じます。

昨年はわずかな沿道の声援に手を振ったり、ハイタッチで応えたりしましたが、今年はやめることにしました。
走りに集中です。常に凹凸のないフラットな路面と距離ロスのない最短コースを選んで足を運びます。



●風に乗る

15km地点を通過です。
この5km、26分02秒です。

ちょっとオーバーペースかもしれません。
数年前の自分ならばこれでもよかったかもしれませんが、今の実力でこのペースだと、また終盤に失速してしまうかもしれません。

不安が過りますが、かといって、決して無理をしているわけでもありません。
追い風が影響しているとポジティブに考えることにしました。

ところでこの大会、運営の悪さが気になります。
まず、5kmごとのチェックポイントが狭すぎます。2mぐらいの幅しかありません。
さらに、チェックポイントの後には給水所が待ち受けるのですが、この両者の位置が近すぎるのです。給水のテーブルの位置も近すぎるのです。

その上、チェックポイントは駅伝の中継所にもなっているので、多くのランナーが交錯して混乱します。

これ以外にも表示と事実が違うサインボードがあったり、コース上を大会運営車がクラクションを鳴らしながら高速で走り抜けたりと、およそランナーの立場になって考えられているとは思えない未熟な運営ぶりが目に付きます。

もう28回を数える歴史ある大会のはずなのですが、ノウハウが引き継がれていないのでしょうか。
およそ必要と思えない場所にボランティアや警備員が立っていたりと、いかにもマラソンを知らない人が運営をしているように思えます。

まあ、気にしてもどうにもなりません。
レースに戻りましょう。

18km付近で空いているトイレを見つけました。駆け込んで用を済ませます。レース中のトイレはこの1回だけで十分でしょう。

19km地点です。このレース最大の40mの上りがやってきました。
目線を落として歩幅を狭くして駆け上がります。多少スピードが落ちますが、そこは構いません。このあたりの坂道を上手にクリアすることが、後半のスタミナ切れ回避に繋がります。

繰り返しの練習が生きたのか、前半だからか、それほど苦もなく頂上に到達しました。

20km地点を通過です。
この5kmは27分11秒。十分です。

保税区駅を過ぎ、折り返し地点がやってきました。
時間を確認すると、1時間50分30秒です。

去年より50秒ほど早いペースです。
後半を2時間9分30秒以内で走れば、目標のサブ4に届く計算です。

同じコースを走ってきたハーフマラソンの出場者は、ここでレース終了です。



●今年も風とのたたかい

折り返すと、いきなり真正面から強い向かい風が吹いてきました。

やはり、です。
気が滅入ります。去年と同じです。
先ほどまでは汗を流していましたが、今度は向かい風がみるみる体温を奪っていくのがわかります。

もうこの風向きが変わることはないでしょう。
このあと20km、この風にお付き合いしなければなりません。
あれこれ考えても仕方ありません。

そもそも、自分はこの風をあらかじめ想定して、それを克服するための練習を続けてきたのです。今はそれを忠実に生かすのみです。
もうレースの半分は終わっているのです。あと2時間だけです。ポジティブに考えることにしました。

体を前傾姿勢にして、首を下げてコンパクトな走りに切り替えます。
風よけに適当な先行グループを探しますが、選手はまばらです。こちらは期待できそうにありません。
ハーフマラソンの出場者がいなくなったこともあって、選手の数はおよそ半分になりました。

前半と同じ力加減で走っても、スピード感は落ちたように感じられます。
幸い、足腰はまだ違和感もなくしっかりしています。まだ疲れもしびれもさほど感じません。
焦らず辛抱して走り切れば、前半の貯金が生きてサブ4クリアのチャンスはあるでしょう。

後半のコースはますます寂しくなります。
というのも、後半のコースの右側にはずっとライトレールの線路が続いているのです。
建造物といえば数キロ置きに設置されている駅だけで、あとはただただ線路があるだけです。

気を紛らわせるため、携帯音楽プレーヤーのボリュームを1つ上げました。
音楽に意識を向けるようにします。
プレーヤーにダウンロードした音楽は、この日のためにチョイスしたお気に入りの曲ばかりです。テンポのいいサウンドが足取りをサポートします。

25km地点を通過しました。
この5km、26分41秒です。
意外なことにペースは落ちていません。上々です。

しかし、ゴールはまだ17km先です。油断はできません。
コンパクトなフォームを崩さず、風に向かって黙々と足を運びます。

さっきまで流していた汗は、向かい風ですっかり乾きました。
給水所では必ずコップを手にするようにしました。



●ハプニング

27キロです。前を走っていた失速気味の中国人ランナーを抜こうしたしたときです。
そのランナーは急に横を向いたかと思うと、

「ペッ!」

と唾を吐き捨てました。
その唾は、向かい風に乗って僕の顔面に直撃しました。

「うああああっ!」

後ずさりしながら叫び声を上げると、声に気付いた中国人ランナーは振り向き、左手を上げて詫びのサインを送ってきます。
そんなぞんざいな謝罪なぞ、許せるはずがありません。

走りながら近寄って猛抗議すると、「すまん、すまん」と言いながら後方に消えていきます。

はー、テンションが下がります。推定5万メートルぐらい下がりました。
Tシャツの袖で唾を拭き取ります。

中国のマラソン大会に出場した経験のある方ならわかると思うのですが、こんな「唾被弾リスク」はけっこう高いです。

僕もそれを判っているつもりなので、他の選手を抜く場合はなるべく距離を置くか、その人が唾を吐く様子を見せないかを観察するようにしているのですが、今回は避けきれませんでした。

・・・心の中で誓いました。

「・・・もう中国でマラソン大会に出るのは、これを最後にしよう」

中国のレースでは、レース運営の稚拙さもそうですが、ランナーのマナーの悪さにも閉口することがあります。

先ほどの唾問題しかり、急に斜行したり立ち止まったりして進路を防ぐ場面があったり、給水所のテーブルの前に立ち止まって水を飲んだり、無意味に幅寄せしてきたり・・・。
僕は日頃の中国人の公共マナーの未熟さには比較的寛容な方だと思うのですが、レースとなれば話は別です。

とはいえ、まだまだレース中です。
どんなに嫌でもこのレースだけは満足のいく結果を出さなければなりません。
こんなことで平常心を失ってはいけません。気を取り直して走ります。

28キロ地点に来ました。
去年、足のしびれやスタミナ切れを感じ始めた場所です。

「ああ、去年はここで苦しくなったんだよなぁ・・・」

去年の失速シーンがフラッシュバックします。
しかし、今年は大丈夫です。

その後、双D港駅で待ち構えていた職場の同僚Tが、バナナを差し出してくれました。
礼を言って1本を受け取ります。

幸いというべきか、受け取ったバナナは腐り始める寸前のようで、柔らかくて飲み込みやすいものでした。30キロポイントでも別の同僚がバナナを用意して待ってくれているので、これは半分だけ食べて栄養補給しました。

向かい風は相変わらずです。

30キロポイントに到着しました。
この5キロ、27分28秒です。

それほどペースは落ちていません。この風を考えれば上出来です。
足の裏に多少しびれを感じるようになってきましたが、まだ大丈夫です。

待ち受けていた同僚Gの姿が見えました。Gはバナナを片手に笑顔で駆け寄ってきます。

「HBDさん、大丈夫? がんばれる? ハイ、これ食べられる?」

Gの応援に癒されます。本当に力になります。

「うん、順調だよ。今年はいけそうだよ。最後まで頑張れそうだ」

と誓い、再びバナナを受け取りました。
今度のバナナは比較的フレッシュで、果実味のあるタイプでした。こちらは走りながら時間をかけて完食しました。

力がみなぎります。栄養補給はこれで十分です。



●行けるかも

残り12キロ、後はただゴールを目指すのみです。

ここからが本当のマラソンの始まりです。

大きく息を吸って、フォームをチェックします。
軸はぶれていないか、腕の振りはスムーズか、腰は落ちていないか・・・。

連続した応援の効果か、体が軽く感じるようになりました。
日差しは強いですが、向かい風のせいで暑さは感じません。

「・・・今年は行けるかもしれない」

そう思いました。

小刻みでゆるやかなアップダウンが続きます。
上りのたびにより姿勢を低く、歩幅を狭くしてやり過ごします。

34キロ過ぎです。
突如右足ふくらはぎに「ピキッ」という軽い痙攣が走りました。

ついに来ました。
残り8キロです。苦しさは根性で克服できても、痛みはどうにもなりません。
ごまかし通すことができるでしょうか。
去年のように足が止まるような事態は避けなければなりません。

少しペースを落とすことにしました。
十分な貯金がありますから、慌てることはありません。

35キロポイントを通過しました。
この5キロ、28分26秒です。

30分以内で走れていれば、十分合格です。
残りを1キロ当たり6分のペースで走ったとしても、サブ4は圏内です。
もう、レースの80%は終わりました。残りはたった40分ちょっとです。

ここまではまずまず順調です。練習でも走ることのない35キロを走れば、痙攣のひとつぐらいあるでしょう。
ここもポジティブに考えます。

あとは致命的な故障を起こさないよう、心を折らさないよう、心身と相談しながらの組み立てです。

目の前に広がるのは、昨年、痛みと苦しさと悔し涙の向こうに見た景色です。
しかし、今年は違います。まだ足は動いています。



●坂地獄、風地獄

36キロです。
ことのほか上りがつらく感じるようになってきました。

高さ数メートルの坂道でも堪えます。呼吸が速くなって気持ちもイライラします。
スタミナをむしり取られる感じです。
なぜこうも坂ばかりなのでしょう?

「辛抱しろ、辛抱しろ・・・。くさるな・・・。きっとこれが最後の坂だ・・・」

自分を鼓舞します。

しかし、最後ではありません。
坂を下れば、また次の坂が迫って来るのです。風も容赦ありません。
「坂地獄」、「風地獄」です。

38キロです。
足のしびれが大きくなってきました。フォームの乱れが大きくなってきました。
時間の経過も遅いように感じるようになってきました。
10分ぐらい走ったような気になって時計を確認しても、5分ぐらいしか経過していません。

39キロ地点では、右足の土踏まずが張ってきました。
もはやフォームの修正が利かなくなってきました。
右足を庇って、がに股のバタバタ走りになっています。
どうしようもありません。このまま残り3キロを乗り切るしかありません。

息も上がってきました。

「うう、休みたい、止まりたい・・・」

そんな本音を押し殺します。ゴールまでの推定時間は約18分間です。
18分というと、だいたい音楽4曲分ぐらいです。

「あと4曲・・・。4曲だけ聴こう。聴いておこう・・・。自分でこのために選んだ曲だし・・・」

ランナーの姿はまばらです。

さらに携帯音楽プレーヤーの音量を1つ上げてみました。
イヤホンから大きな音量で流れてくる音楽に意識を傾け、その曲を聴いていた時代にタイムトリップすることにしました。

「ブライアン・アダムスは高校時代・・・。受験勉強そっちのけで聴いたな・・・」

「デフ・レパードは上京したばかりの頃か・・・。武道館にコンサートを観に行ったな・・・」

「この曲はケツメイシか・・・。上海で働いていた頃だっけな・・・。忙しかったけど楽しくて、よく稽古したな・・・」

とにかく気を紛らわせてこの苦しさから逃れたい、どこかに遠ざけたい、その一心で見つけた逃げ道です。

40キロポイントを通過しました。

ようやく金石灘に戻ってきました。

ここから先は坂はありません。コースはこの右にカーブして中央大街に戻るので、風も横風に変わります。
長かった「地獄めぐり」はここで終了です。



●リベンジへ

金石灘駅の前で待ち構えていた同僚たちが声援を送ってくれました。
全員とハイタッチして力をもらいます。

「HBDさん、行けますよ! いい調子です! 4時間切れますよ!」

Tが駆け寄ってきて大声で励ましてくれます。

この5キロ、29分16秒です。
確かにいけそうです。

右足の痙攣は強くはなっていません。最後までごまかし切れるでしょうか。
ペースを維持できれば3時間50分切りも狙えそうです。

足の回転速度を上げますが、フラフラしてもつれます。
それでも懸命に腕を振って前進を試みます。

フォームの乱れはどうしようもありません。
腰が大きく落ちていますが、もうそれでも構いません。

残り1キロになりました。
去年は痛みと悔しさで涙を流しながら歩いたゴールへの最後の直線です。

でも今年は違います。走れています。
ここまで来たら、苦しさも痛みも関係ありません。

あとは意地だけです。
体中に残っている力を総動員させて、もう一度奮いたたせます。
例えるとすれば、完全に使い切った思った歯磨き粉を、もう1回分ひねり出すようなイメージです。

「もう少し・・・。あと少し・・・」

歯を食いしばります。
中国で最後と決めたレースです。ここで悔いを残すようなことがあってはいけません。

ゴールゲートが見えてきました。前だけを向いて最後の力を振り絞ります。
ゴールでは大勢の観客が拍手で待ち構えます。

ついにゴールです。
両手を小さく握って、ガッツポーズです。

目の前には、青く輝く金石灘ビーチが「お帰り」と語りかけてくれているように見えました。



■■第28回大連国際マラソン

日時:2015年5月9日(土)8:30  天候:晴れ  

距離 通算時間 ラップ
05km 0:25:45 (25:45)
10km 0:51:34 (25:49)
15km 1:17:35 (26:02)
20km 1:44:45 (27:11)
25km 2:11:25 (26:41)
30km 2:38:53 (27:28)
35km 3:07:18 (28:26)
40km 3:36:34 (29:16)
Finish 3:49:03 (12:29)

363位 / 出場者(男子)2,654人

・・・リベンジ成功です。
今年はやり抜くことができました。

念願のサブ4に戻ってくることができました。

感無量です。
しかも、ベストタイムまであと5分に迫る望外の好記録です。

我ながら、よくこんな力が体に残っていたものだと思います。
何より運がよかったのだと思いますが、半年間の工夫と研究とトレーニングも実を結んだのだと思います。

まだまだ、やればできるものです。
今回のマラソンでは、新しい発見をしました。
マラソンは、年齢を重ねても研究と工夫次第で記録に近づけるものです。

日々のトレーニングを楽しみながら、身体と精神の両方を磨いて、その上で冷静に自分の限界点との折り合いを付けてレースで力を出し切り、満足のいく結果に結び付ける・・・。
そんなスポーツなのでしょう。

またひとつ、いい思い出ができました。


(今年の完走メダルは、長方形でした)
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大連10大浪漫スポット

2015-05-02 | その他
今週の地元紙に、大連10大ロマンスポットなる特集が組まれていました。

読者の投票で、大連を代表するロマンチックなスポットを選ぼうという企画です。
さて、どんな場所が選らべれたのでしょうか?


(こんな記事です)

記事を読んでみましょう。

ベストテンに選ばれたのは、次のスポットです。

濱海路
星海広場
金石灘
東港音楽噴水
星海公園
棒錘島
老虎灘
北大橋
西郊休閑区
十五庫

いかがでしょう?

西郊休閑区以外の9か所はすべて海辺のエリアです。

西郊休閑区も川とダムですから、10か所すべてが水に関係するスポットということになります。

大連の人たちがいかに水に親しみ、水資源を自らのに誇りとしているかがわかりますね。

そういえば以前、大連には名前に「さんずい」が付く人が多いという話を紹介したことがありますが、この投票結果も関係しているかもしれませんね。

ちなみに、このベストテンにはランキングが付されていないのですが、掲載順が上記のとおりですから、これが順番なのかもしれません。

ところで、僕は来週、ランキング第3位の金石灘で開催される大連国際マラソンに挑戦してきます。
およそロマンとはほど遠い、汗と涙と忍耐のイベントになりそうです(笑)。
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再挑戦 - 大連国際マラソン

2015-04-16 | その他
来月9日、恒例の大連国際マラソンが開催されます。

昨年はレース数か月前の故障が影響して、不本意な成績でした。
今年はその無念を晴らすべく、再度エントリーしました。

レースまであと3週間ちょっとです。

ほぼ毎日飲んだくれているので、準備は決して順調とはいえないのですが、残りの期間はしっかり準備しようと思います。
少なくとも、今はどこも痛いところがないのは安心材料です。

ところで、エントリーのため募集要項をみてみると、エントリー料金が二重価格になっていることに気が付きました。

フルマラソンのエントリー料金は、中国人100元に対し、外国人300元となっています。
なんと、3倍です。これには少し首をかしげますね。

この露骨な外国人価格の設定は、果たしてアリなのでしょうか?
去年もこうだったのでしょうか。覚えていません。

外国人が3倍の料金を払ったら、中国人選手の3倍のサービスをしてくれるわけでもないでしょう。
中国の国民からはどのように映るのでしょう?

そもそも、こういう外国人価格の設定は、WTO協定の内国民待遇原則に符合しているのでしょうか?

・・・いや、まあ、いいでしょう。細かいことですね。
文句を言えばキリがありません。

考えてみれば、海外生活の中で地元で出場できるレースがあるだけありがたいことです。
遠征する必要がないのですから、恵まれています。

残りの期間でしっかり準備をして、レースに臨もうと思います。


(棒錘島風景区の海岸に行ってみました。暖かくなってきたのでこれから来訪者が増えそうです)
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一時帰国

2015-01-25 | その他
正月を利用して、日本に一時帰国しました。
去年の春節以来ですので、11カ月ぶりです。


(帰国の機内で1年ぶりに飲んだ一番搾りの味に感動です)

今回は故郷の九州にも行きました。
田舎はいいものです。
久しぶりに母親の手料理をつまみ、父親や親戚、旧友らと焼酎を酌み交わしました。

僕にとって故郷に帰るというのは、自分の原点を確かめる作業です。
就職のため上京して以来、年を重ねたり、さまざまな経験を積むことによってモノゴトに対する価値観や行動指標は変化してきました。
それはそれで自然なことで、それを成長と呼ぶのだと思いますが、やはり原点を見失わないことは大事です。
今のように外国で暮らしていると、これが殊更重要に感じます。


(国内線の機内からは富士山を拝むことができました)


(実家の犬も歓迎してくれました)

故郷の空気を吸いながら様々な人たちと接していると、徐々に自分の原点とその振れ幅に気付き、軌道修正の必要を感じたりします。
温暖で空気のよい九州で走り込みも行いました。いいトレーニングになりました。

「命の洗濯」が終わりました。
またここ大連で、気持ちを新たに仕事に向かい合おうと思います。
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アクセス御礼

2015-01-01 | その他
新年明けましておめでとうございます。

この日記を始めて1年9か月ほどが経ちます。

だいたい、2日に1本ぐらいのペースで書いています。
どれくらいの方に読んでいただいているのかというと、訪問者が1日平均で40人ぐらい、閲覧ページ数が140PVぐらいです。
延べ3万人以上の方に付き合っていただきました。

いつ、どなたが、どの日記を読んでくださっているのかはわかりません。
僕がわかるのは、毎日の訪問者数とPV数のみです。

とてもありがたいことです。

この日記を始めたきっかけは、日本の先輩や友人たちに「自分は外国で元気に暮らしていますよ」ということを伝えたかったことと、自分の海外生活の日記のつもりだったのですが、ともあれ、多くの方に読んでいただけるというのは励みになります。

皆さまのご来訪、誠にありがとうございます。

今年もしつこく続けていきますので、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
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レストラン「最低消費額」設定を禁止

2014-11-17 | その他
以前、レストランでの最低消費額の設定や酒類の持ち込みを禁じるなどの「覇王条項」という問題を書いたことがありましたが(2014年3月2日の日記)、本件、やはりなかなかルールが浸透せず、その後も様々な店で横行していました。

酒の持ち込みに関しても、禁止はしないまでも持込料や開栓料などを要求する店はよく見かけました。

そこで、今月から、それをさらに強化した規則が施行されました。

中国商務部と国家発展改革委員会が定めたその規則によると、不当に最低消費額を設定したり酒の持込を制限した場合、店側に最高3万元(約53万円)の罰金を科す、というものです。


(こんな記事です)

さて、今度はどうでしょうか?

我々消費者とすれば喜ばしい限りですが、酒の注文で稼いでいた高級店としては痛いルールです。
ここのところ、接待需要で潤っていた高級店ほど経営が厳しい状況ですから、追い打ちを受けることになります。

結構大きく報道されましたし、なんせ罰金ですから、今回は多少効果があるでしょう。
今後、中国の飲食業界は、いよいよ本格的な淘汰の時代、本物の値段と味とサービスの競争に入ってきたように思います。


(最近、こんな便利な杯子が登場しました。白酒、ワイン、ビール兼用です。分量目安の線が入っています)
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青島

2014-07-19 | その他
週末を利用して、青島に遊びに行ってみました。

飛行機で渤海を超えて、約40分です。
僕は遼東半島での生活で満足していますので、それほど国内の他地域に行ってみたい欲望はありません。

それでも行って街歩きをしてみると、面白いものです。

青島はドイツ租界時代の面影が残る、きれいな街でした。


(ドイツらしいオレンジ色の屋根が目立ちます)


(ドイツ租界時代、19世紀末の歴史建築です)


(青島ビール工場にも行ってみました)


(原料となる麦芽です)


(もちろん試飲もチャレンジです)


(青島のランドマークである天主教会は、旧市街の高台の上です。1934年築です)

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外国人の好きな中華料理とは?

2014-07-13 | その他
今週の地元紙に、「数ある中華料理の中で、なぜ外国人は宮保鶏丁を偏愛するのか?」と題する記事がありました。

今週訪中したドイツのメルケル首相が、成都で宮保鶏丁の作り方を学び、調味料を買って帰った、というニュースがきっかけです。
首脳に自国料理の作り方を教えるとは、なかなか面白い演出ですね。


(こんな記事です)

宮保鶏丁(ゴンパオジーディン)とは、鶏肉とピーナッツの唐辛子炒めのことで、代表的な四川料理です。

言われてみると、たしかに日本人好みだと思います。僕もよく注文します。
スパイシーでビールによく合います。居酒屋メニューっぽい感じです。

日本人だけでなく、西洋人も好きだったんですね。
記事は、外国人に好まれる理由として、次のような分析をしています。

●甘み、酸味、辛みのバランスが西洋人の好みに合っている。
●宮保鶏丁は外国の中華料理店にも置いてあるメニューなので、西洋人が食べ慣れている。
●宮保鶏丁は鶏の胸肉を利用するが、西洋人は鶏肉の中で胸肉が一番好きである。

・・・うーん、この記事が言う「外国人」とは、どうやら西洋人のことを指しているようですね。
我らは眼中にないようです。

さておき、記事ではこのほか、「外国人が好きな中華料理ベストテン」なるメニューを紹介しています。

●糖酢里背(酢豚)
●宮保鶏丁
●春巻き
●チャーハン
●麻婆豆腐
●ギョウザ
●ワンタン
●北京ダック
●焼きそば
●エビとカシューナッツの炒め

・・・いかがでしょうか?
なるほど、納得です。日本人にも通じるところがありますね。

しかし、中国人に聞いたらこの10品はランクインしないでしょう。
北京ダック以外はどれもリーズナブルで、「好き」と公言するのが憚られるメニューばかりです。

中国で「きみはどんな料理が好きなの?」と聞かれたとして、
春巻きとかチャーハンとか麻婆豆腐と答えたら、ひどい貧乏人だと思われそうです。

メンツを抜きにして、本当のところ、中国人はどんな料理が好きなのでしょうか。
興味があるところです。
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第27回大連国際マラソン(結果)

2014-05-11 | その他
昨日、大連国際マラソンに挑戦してきました。

・・・失敗でした。4時間20分35秒(ネット:4時間19分47秒)でした。
目標タイムを大きく下回る、不本意な成績でした。

以下、報告します。


●レース前

朝の天候は良好です。
快晴で、気温は15度ぐらいでしょうか。空気も澄んでいます。

発着点は市内から北東約30kmにある金石灘という海に面したリゾート地です。
そこから幹線道路である遼河東路をひたすらまっすぐ西側に進み、保税区で折り返して金石灘に戻ります。
つまり、ほぼ一直線の道を往復するわけです。


(こんなコースです)

レース前から気になっていたことが3つありました。

ひとつは、1月末、日本への帰国中のトレーニングで起きた左足甲の疲労骨折の影響です。
その後1ヶ月ほど練習を休んで回復に努めましたが、これがどう影響するでしょうか。

ふたつ目は、風です。

大連は元々風の強い地域なのですが、今日のコースは海の近くを走る上、変化のない一直線の折り返しです。
つまり、まともに正面からの向かい風を受けたら、2時間近く風に向かって走り続けることになります。

最後は、坂です。

大連は坂の多い土地で、平坦な道がほとんどありません。
今回のコースは、それでも大連では平坦な方だと思いますが、高低差は最大40メートルで、起伏は何度も待ち受けます。攻略できるでしょうか。

やってみなければわかりません。

目標はネットで4時間としました。
フルマラソンの出場者は3,336人、うち日本人は20人程度です。


●前半戦

午前8時半、金石灘の黄金海岸をスタートです。
ほどなく遼河東路に入り、西側に向かいます。ここから約20km、ひたすら直進します。

風はどうでしょうか。
身体には風を感じませんが、街路樹の葉の動きをみると、緩い追い風が吹いているようです。

コースは繁華街でも、住宅地でも、工業地帯ではありませんので、沿道の応援はまばらです。
しかも、同じ景色が続く、変化のない一本道です。やや寂しい、単調なコースです。

前半は5kmを27分程度のペースで淡々と進みます。
19km、急激な上りが見えてきました。これが40メートルの上りのようです。腕を強く振って駆け上がります。

背中を押すような風を感じます。どうやら、追い風が強くなってきたようです。
気温も高くなってきたようです。額から、汗がどんどん流れてきます。

ところどころで職場の同僚や知人たちが応援してくれています。

マラソンコースにはライトレールの線路が沿うように走っていますので、応援者にとっては非常に便利です。
ライトレールを上手く利用すれば、同一選手を5、6回は応援することができそうです。
走る側からみれば、沿道の応援者は全体数が少ないので、知人であればすぐに見つけることができます。

やはり、応援は力になります。

保税区駅が近づいてきました。折り返し地点です。
1時間52分17秒で通過しました。
やや早すぎかな、という気がします。追い風の影響が大きいのでしょう。


●向かい風

折り返すと、突然、真正面から強い向かい風が吹いてきました。

レース前の心配が的中してしまいました。

斜めならまだしも、真正面からの逆風です。
この風を後半の20km受け続けるとなると、気が重くなります。

28kmに来ました。

双D港駅で待ち構えていた職場の同僚Gが笑顔で駆け寄ってきてくれました。
力になります。

バナナを受け取り、栄養補給します。
この時点で、足がしびれ、かなりスタミナがなくなっているように感じます。

「・・・HBDさん、大丈夫?」

バナナを渡しながら心配そうに僕の顔を覗き込むGに、

「うん、大丈夫だ。やれるよ」

と応じましたが、実は大丈夫ではありません。足は重くなり、フォームも乱れてきています。

「今日は4時間は無理かも・・・」

そんな弱気な思いがよぎります。
しかし、行けるところまで行こう、今から勝手に決めつけてはいかん、と自分を鼓舞します。

32km地点です。

突然、右足ふくらはぎに痙攣が起きました。
これまでのレースでも毎回のように痙攣は起きそうになっていますが、何とかごまかして走り切ってきました。
しかし、今回はごまかしが効かないレベルです。

立ち止まって、ストレッチをして再び走り始めます。
しかし、300メートルも持たず、また痙攣が再発します。

苦しいレースになりました。

歩きながら痙攣が治まるのを待ち、治まったら再び走る、痙攣が再発する、再び歩いて治まるのを待つ、また走る・・・。
この繰り返しです。

何か解決できるいい方法はないものでしょうか。
風は相変わらず容赦なく正面から吹いてきます。

35kmです。

今度は25メートルの上り坂が始まります。
歯を食いしばって上りきると、今度は古傷の左足甲が痛み始めました。

やはり、疲労骨折は完治していなかったようです。
痙攣した右足をかばいながら走っていたこともあるでしょう。

万事休す、です。

ここからゴールまでの7kmは、とてつもなく長い距離に感じられました。


●もっとがんばれ

足を引きづりながら、ようやく40kmにたどり着いました。
金石灘駅を通過します。

残り2kmは、応援に来てくれていた職場の同僚2人(GとN)が倒れそうな僕を見かねたのか、伴走してくれました。
日本のマラソンレースでは、選手ではない人がコースに入り込んで伴走するなど考えられませんが、ここならアリです。
この辺りのおおらかさは中国ならではです。

Nは、息も絶え絶えの僕の真横で、心配そうに僕の足取りを見守ってくれています。

Gは、少し前方で僕を鼓舞してくれます。

「HBDさん、がんばって! あとちょっとでしょ! ほら、もう少しがんばってよ!」

と力強く声をかけてくれます。

僕が痙攣と痛みでペースを落とすと、

「どうしたの? あとちょっとでしょ! もっとがんばって!」

・・・と、容赦なく叱咤激励が飛びます。しかし、体がどうやっても動いてくれません。

よく、うつ病患者に向かって「がんばれ」と励ましてはならない、励ましは却って患者本人を追い詰める、という話を聞きますが、今の僕はそのうつ病患者の気分です。

「・・・うう、このやろ・・・。もう一杯一杯まで気力を出し尽くして、がんばっているのだ・・・。限界を超えてがんばっているのだ・・・。もっとがんばれって、これ以上何をどうがんばれと言うのだ・・・」

暖かく、優しい気持ちで懸命に伴走してくれているGに対し、あろうことか僕は恨みに近い感情を抱いています。ごめんなさい。本当にひどい男です。
体だけでなく、心も極度に疲弊して荒んでいるようです。

左足は激痛に変わっていました。

●ゴール

午後1時前、黄金海岸に戻ってきました。

NとGに見守られて、何とかゴールです。
ストップウォッチを止めたあと、へたり込んで、しばし放心状態になりました。

4時間20分35秒・・・。失敗でした。




(何とか完走はできました)

これまで出場してきたフルマラソンのレースで、今回はもっとも厳しいレースになったと思います。

記録によると、3,336人のエントリーに対して、完走者は1,987人だったそうです。
制限時間である5時間に間に合わなかった人が多かったのだと思いますが、それにしても低い完走率です。

アクシデントや天候の問題もあったと思いますが、それらも含めてしっかり対応し、十分な準備して、自分をコントロールしてゴールまで走り切るのがマラソンです。
今回の失敗は自分の力不足、準備不足に他なりません。

しばらくトレーニングを休んで故障部分の回復に努め、夏ごろからトレーニングを再開しようと思います。
来年のレースではしっかりと準備をして、納得のいくレースにしたいと思います。
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マラソンまであと10日

2014-04-30 | その他
大連国際マラソンまであと10日となりました。

練習は週末中心でしたが、まずまず走り込むことができたように思います。
もうこの先、練習はしません。完全休養で疲れを取り切ります。

毎回そうなのですが、緊張と不安が募ってきました。

5月のマラソンは初めてですが、当日の気候はどうでしょうか。
自分はちゃんと42kmを走り切り、納得のいくレースをすることができるでしょうか。

できるだけ心を穏やかに、当日を迎えたいと思います。


(労働公園のチューリップです)
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北京首都空港

2014-03-14 | その他
出張で北京に行ってきました。

先週、マレーシア航空機消息不明の一件があったばかりだからでしょう、
北京の首都空港は厳戒態勢でした。
警察官や保安員と思われる要員が大量配置されていました。


(警戒態勢です)


(国内線のチェックインカウンター)

空港に入る時には荷物の開披検査を受けました。

搭乗前の保安検査も実に入念です。

金属探知機を片手に持った女性の保安検査員から、体中の隅々まで触られました。
ズボンの中にまで手を入れてきそうな勢いです。

少し妙な気分になりました。
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