今年の大連国際マラソンの完走記を書き留めてみました。
例年同様、少し長くなりますが、お付き合いください。
●再びスタートラインに
卒業したつもりの大連国際マラソンで、再び走る機会が巡ってきました。
昨年11月の帰国以来、東京で週末ごとに荒川の土手で汗を流してきました。
川幅の広い荒川沿いのジョグは気持ちがいいものです。
心地よい音楽を楽しみつつ、ユリカモメやムクドリ、ツグミなど水辺の野鳥や季節の草花を愛でながら走ると、走行距離も自ずと延びるものです。
年齢からくるものなのか、スピードの低下は否めませんが、スタミナ面の強化は手応えがあり、長時間でも走り続けることができるようになりました。
3月になると、元同僚のYが大連マラソンの受け付け開始の連絡をくれました。
さっそくエントリーして準備に取りかかりました。仕事の状況次第では渡航できないかもしれませんが、エントリーしなければ出場も叶いません。
行けるかどうかは神様に祈るのみです。
30km走も2本やりました。コンディションは良好で、痛いところはどこもありません。
4月中旬になると、仕事のメドがつき、行ける可能性が高まってきました。
上司に休暇を申し出て、フライトを予約しました。
今回は脚の痙攣予防のため、コムレケアという薬も用意しました。
今年は自信を持って挑戦できそうです。
レース前日となる12日は仕事を休み、午後のフライトで大連に入りました。
到着した周水子国際空港からは、何度も山登りを楽しんだ鞍子山の尖った山頂が目に入ります。
やあ、おかえり、と語りかけてくれているようです。
久しぶりに大連の空気を吸い込みます。
第2の故郷に帰ってきました。
旧友らと大連の海鮮を楽しみ、早めに就寝してレースに備えました。
レース当日は早めにスタート地点である国際会議中心に出向いて、軽く準備運動を済ませます。
空は厚い雲がかかっており、東側からいくぶん強めの風が吹いています。気温は14度ぐらいでしょうか。コンディションは上々です。
今年の参加者は約3万人で、そのうち約1万人がフルマラソンに挑戦するそうです。今年から、車いすマラソンも同時開催されることになったようです。
CCTV5チャンネルで全国生中継もあるようです。さすがに中国4大マラソンに数えられる大会です。
スタート地点は熱気に包まれています。
中国らしい盛大な開幕セレモニーの後、7:30に号砲です。
風は西から吹いています。
今年の目標タイムは、3時間50分としました。
日頃のトレーニングではこんなペースでは走っていませんが、レースなら周囲が引っ張ってくれますので、多少のスピードアップができることは経験で分かっています。
早めにスタート地点に集合したため、比較的前方のスタート位置を取ることができました。
このため、スタート後も混雑に巻き込まれることなく、スムーズに走行スペースを確保できました。
●応援
港湾広場を過ぎ、人民路に入ります。
シャングリラホテルの前で、元同僚のWくんが手を振って応援してくれました。
人民路は、わずかに登りになっています。路面の平らな部分を選んで脚を進めます。
中山広場に入りました。全国重点文物保護単位指定の歴史建築群に囲まれながら、直径213メートルの広大なロータリーの内側を選んで走ります。
左手には今宿泊している大連賓館(旧大連ヤマトホテル)が見守ります。
中山路に入りました。
昨年と同じく、中央分離帯に植栽されたゼラニウムが白とピンクの鮮やかな花でランナーの目を楽しませてくれます。
右側には大連駅、旧連鎖街が過ぎていきます。
沿道は何重もの観客が連なり、大きな声援を送ってくれています。
青泥窪橋を過ぎると、緩やかな坂が迫ってきました。右側に、僕の名前を大きく書いた看板を持って待ち構えている一団が目に入りました。Lちゃんと、なじみの日本料理店の老板や店員さんたちです。なつかしい顔に笑顔がこぼれます。
右手を上げてハイタッチをしながら
「ただいま!」、「おかえり!」
と挨拶を交わします。
こんな早い時間に、ありがたいことです。
森ビルを過ぎて坂の頂上が近づいてくると、まもなく5km地点です。
旧満鉄中央試験所の脇から迫り出したアカシアは白い花房を下げ、風が手伝って甘い香りを漂わせています。
これぞ大連の香りです。
今こそ、大連が最も美しい季節です。
最初の5kmは26分52秒で通過です。
予定どおりです。
坂を登り切ると、人民広場が広がります。
大連市人民政府庁舎を左に見ながら今度は下りに入ります。
広い中山路の両側には、早朝にもかかわらず多くの人が詰めかけ、暖かい声援を送っています。
1kmごとに設置された距離表示のサインボードの近くに、白と青のコスチュームを纏ったスリムな若い女性2人組が笑顔で手を振っています。この女性たち、ことごとくスタイルのいい美人で、さながらボクシングのラウンドガールのようです。いったいどこから集めてきたのでしょうか?
馬栏河を渡ると、旧大連富士が目に入ってきます。左は和平広場、日本租借時代の競馬場跡です。
額から汗が流れてきました。厚かった雲が薄くなりはじめ、気温が上がってきたようです。
右側には路面電車202号線が見えます。
●新緑を楽しむ
大連現代博物館の手前を左に曲がると、星海広場に入ります。
星海広場といえば、去年の夏に突然撤去された華表はどうなったかと思い、広場の中央に目を配りながら走りますが、遠目には変化は感じられません。
手前には大哥と一緒に北京ダックを堪能したグランドハイアット、海の向こうには新名所となった星海湾大橋が美しい姿を見せています。
10km地点を通過です。
この5km、26分05秒です。
体が軽くなってきて、快適に脚が進みます。
星海広場に別れを告げ、再び馬栏河を渡ると、市内に戻ります。
去年と同じ、12.5kmの給水所でポケットから鎮痛剤を取り出し、1錠流し込みました。
今のところどこにも痛みはありませんが、今後ハプニングがあっても予防の効果があるでしょう。
ゴーリキー路に入りました。
道路の両側に立つプラタナスのみずみずしい若葉が重なり合うように屋根を作り、コースに日陰をもたらしてくれます。
道路の左側には日本租借時代に建てられた古い住宅が連なります。取り壊す予定なのか、崩壊寸前の住宅も目に付きます。
この辺りから、約3kmの登り坂が続きます。このコース最大の難所です。
我慢の場所ですが、オールド大連の景色が苦しさを紛らわせてくれるようです。
やや歩幅を狭めて腕を振ります。
車で移動するときにはあまり気が付かない程度の緩やかな登りですが、自分の足で走ってみるとかなりの角度を感じます。
15kmの関門が見えてきました。
この5km、26分02秒です。
スピードを落としたつもりでしたが、思いのほかペースが落ちていません。少し無理をしてしまったかもしれません。
このままで大丈夫でしょうか。少しだけ、不安がよぎります。
さらに坂道が続き、水仙街付近に来ました。ようやく坂の頂上に到達です。実に15分以上登り続けてきました。左側には旧関東州庁職員用官舎が見えてきました。
唐山街に入ると、一気に下りになります。この一帯は住宅街なので、沿道の応援にも厚みがあります。
右側に見える松山寺の五重塔にも黙礼します。
18km地点です。
坂を下りきると視界が広がり、五恵路に入ります。労働公園が近づいてきました。
労働公園バス停に再びLちゃんの姿が見えました。笑顔で手を振ってくれています。
「ほら、あっちにもいるよ!」
とLちゃんが指差した道路の反対側には先ほどの店のメンバー5人が再び大きな看板を持って声を上げてくれています。
駆け寄って全員とハイタッチをして、エネルギーを貰います。
「ありがとう。がんばるよ」
空は雲が薄れ、青空が目立つようになってきました。
左側は延板を立てたように真っ平らな高層ビルが陽光を受けてまぶしく輝いています。スイッシュホテルです。
労働公園を右折して解放路に入りました。
沿道では多くの人が幾重にもなって応援の声を上げてくれています。
左に見える万宝海鮮防では、離任前にX会長が盛大な送別会を開いてくれたことが思い出されます。
右側に見える満倶球場跡地は建築工事が始まっていました。
前方に見える大連市第24中学(旧春日小学校)は、終戦直後、芥川賞作家・清岡卓行が残留邦人向けに教鞭を取った校舎です。
左にカーブして七七街に入りました。
ここがコースのうち最も狭い道です。
両側には日本租借時代の低層の老建築が並びます。
街路樹が緑のトンネルとなり、路面にコントラストの強い木漏れ日を降り注いでいます。
これもまた、5月の大連らしい美しい景色です。
解放街との交差点に差し掛かりました。ここは知る人ぞ知る、大連神社の表参道だった通りです。
本殿のあった右側を向き、軽く黙礼します。
20km地点が見えてきました。
この5km、26分36秒です。
順調です。まだどこにも違和感はなく、軽快に足が動いています。
●後半戦
南山花園酒店から北側に進路を取り、朝陽街に入ると、まもなく中間地点です。
ハーフマラソンの出場者はここでレース終了です。
時計を確認すると、1時間51分40秒を指しています。
このペースで行けば、目標の3時間50分はクリアできる計算です。
上手くいくでしょうか。ひざは大丈夫か、足首はどうか、ふくらはぎは・・・。走りながら体中のひとつひとつを慎重にチェックします。
三八広場が見えてきました。ここから魯迅路です。二七広場を過ぎると、ビルの隙間から左側にゴールの国際会議中心が目に入ってきます。直線距離にして1.5kmほどでしょうか。この後、この場所から二度離れて戻ってこなければなりません。
22km過ぎではエードステーションが見えてきました。去年から始まった改善です。
3分の1に分けられたバナナを抓み取り、口に放り込みます。じわりと甘みが広がります。
魯迅路は路面電車も走る道路なので、30メートルほどの広い道路の中央にはレールが敷設されています。今日は運行を中止しており、ところどころに停まっている無人の車両が目に入ります。
カーブの多い魯迅路で最短コースを探りながら走ると、何度も大股で段差のあるレールを跨ぐ必要に迫られます。このレール跨ぎが思いのほかエネルギーを使います。大股でレールを跨いででも短いコースを通るのがいいのか、いっそ距離ロスを覚悟で路面のよい道の真ん中を走った方が効率的なのか、迷いながら進路を選びます。
華楽広場を過ぎると、最後の登りが迫ってきました。
いくぶん歩幅が狭くなり、蹴りの力が弱まってきたように感じられます。レース後半の登り坂はスタミナを奪うものです。
厳しい登りです。苦しかった去年のレースでも、これほどまでに坂道にストレスは感じなったのですが、ここまで坂道が堪えるのは、日頃平坦な東京を走っているからでしょうか。
ここを乗り切れば、あとは下りと平坦のみです。目線を下げてやり過ごします。
コース上には車いすのランナーも目に付くようになりました。一般ランナーの20分前にスタートした彼らに追いついたようです。車いすランナーには登り坂が一際堪えるようで、顔を赤くして必死で両手を動かしています。声は掛けませんが、心の中でエールを送ります。
25kmの関門を通過しました。
この5km、26分38秒です。
ほとんど同じペースですが、3度の登り坂とレール跨ぎで消耗したのか、少しずつ膝から下にしびれを感じるようになってきました。
ここで市街地のコースに別れを告げます。
海之韵公園の埋め立て地が近づいてきました。空は雲がなくなり、青空が広がっています。5月らしい強い日差しが自分の影を路面に映しています。気温も上がってきたようです。
沿道の応援はほとんどなくなり、ぽつりぽつりと運営関係者の姿が見える程度です。先ほどまでの大応援が嘘のようです。
●強風
海之韵公園を東の突き当たりまで進むと、港隆路を折り返して西に向かいます。27kmを通過します。
このとき、正面から強い西風が襲ってきました。前日に聞いていた天気予報どおりです。ランナー泣かせの強い向かい風ですが、逃げる場所がありません。前傾姿勢を取り、風よけになりそうなランナーの背中を探しながら位置を探りますが、ランナーの数が多くないので、ほとんど効果がありません。4、5メートル間隔で1人、という感じでしょうか。
コース場には数㎞置きにミストシャワーが設置されていますが、ミストが強風で横に流されてしまい、ほとんど下を通過するランナーに恩恵が届いていません。
半年ぶりに訪れる東港埋め立て地ですが、以前とほとんど景色は変わっていないようです。マンションの建設工事もそれほど進んでおらず、実際に住民が住み始めているビルはほとんどないように感じられます。
道路の反対側からは、折り返してくるランナーの姿が見えます。彼らは3時間前後のランナーでしょうか。スピード感のある走りに映ります。
単調な一本道を、西に向かって進みます。
30kmの関門が見えてきました。
ここまで2時間39分24秒です。
この5km、27分14秒です。徐々に足が重くなってきました。
さすがにペースが落ちてきましたが、目標の3時間50分は十分射程圏です。
マラソンはここからが勝負です。
気持ちを入れ直します。多少のペースダウンは想定内です。
給水所ではスポーツドリンクを2杯流し込みました。
●突然の痙攣
遠くに31㎞の表示が目に入ってきたときです。
突如、右ふくらはぎに強い痛みが起きました。まさかの痙攣です。突然のハプニングに動揺します。
コムレケアを飲んでいたこともあり、今回は痙攣の心配はないと思い込んでいました。僕には効果がないのでしょうか?
即座に立ち止まり、歩道との段差を利用して手早くストレッチを行います。
10秒ほど固まった筋肉を伸ばし、再び西に走り始めます。この先、この痛みと付き合いながらゴールを目指さなければならないのでしょうか。ペースダウンは免れません。
「頼む、これ以上悪化しないでくれ・・・」
祈りながら慎重に足を動かします。さらに歩幅を狭くすることにしました。ゴールまで、あと1時間とちょっとです。
前方に国際会議中心が迫ってきました。まもなく折り返しです。
「ああ、ここがゴールだったらいいのに・・・」
痙攣の動揺からか、急に弱気の虫が顔を出してきました。
30km過ぎでいつも痙攣が起きてしまうのは、トレーニングが足りていないのでしょうか。あるいは、僕の体質の問題なのでしょうか。
左側は地下鉄2号線の会議中心駅とショッピングモール「ガレリア」です。再び沿道の応援が増えてきました。大勢の人が中国の国旗を降りながら応援の声を上げています。
「慌てるな、冷静になれ、落ち着け・・・」
焦る自分に言い聞かせます。
ようやく折り返し地点です。再び東に向かいます。あと1往復です。
今度は一転して追い風になりました。風が背中を押してくれているようです。これは助かります。
追い風になると、急に額からじわりと汗が流れてきました。
ふくらはぎの痛みが少し軽減してきました。まだまだ神様は見捨てていないのかもしれません。
1,000曲あまりを収録した携帯音楽プレーヤーは、スタート時点からシャッフルモードに設定しています。やはり、苦しいときには音楽がアシストしてくれます。
ところが、痙攣発症後、イヤホンから流れてくるのは、なぜか古内東子やアデルなど女性の優しい曲ばかりです。今欲しいのはこんなバラードではありません。もっとノリノリの、メリハリの効いたサウンドです。ポケットからプレーヤーを取り出し、先送りして次の曲をチョイスします。と、再び古内東子が回ってきます。
「いや、違う。それじゃない。今は甘いラブソングは必要ない」
今必要なのは、もっとアップテンポなやつです。望みの曲が出てくるまで先送りします。
32.5km過ぎのエードステーションでもう一度バナナをつかみ取ります。水と一緒に流し込みます。
このまま、あと1時間の辛抱です。
1kmごとに立っている距離表示の美人モデルが待ち遠しく感じるようになりました。何度も腕時計を確認します。
周囲には歩くランナーが目立つようになってきました。
ようやく35kmが近づいてきました。
この5km、28分07秒です。
今の時刻は10時40分です。
だいぶ日が高くなってきました。地面に写る自分の影が短くなってきました。
汗が目に入ってきて、痛みます。その都度Tシャツの袖で拭いますが、絶えることなく目に入ってきます。
ふくらはぎの痛みは、潮の満ち引きのように変化しています。
正面に地下鉄の終点・海之韵駅と青い海が見えてきました。
再び折り返しです。この緩やかなカーブを回りきって港浦路に入れば、最後の直線です。
ようやくここまでたどり着きました。
残りは5kmです。残り30分、もうひと踏ん張りです。
●またもハプニング
港隆路に別れを告げ、港浦路に至るカーブに差し掛かると、左前方から強風が吹きつけてきました。
思わずため息が出ます。この風の存在は織り込み済みですが、実際に受けると心が折れそうになります。ランナーはまばらで、この辺りは高い建物もありません。風よけはなく、全身で強風を受け止めなければなりません。
「ふう、ふう」
息を吐きながら下を向き、影響を最小限にするように走ります。
そのときです。
走っている僕のすぐ手前で、
「ガシャン!」
と大きな音がありました。驚いて顔を上げると、車いすのランナーが転倒したらしく、車いすから体が投げ出されています。右側には車いすが横転しています。強風に煽られたのでしょうか。
とっさに左右を見回すと、近くにいるのは僕だけです。
50メートルほど前に立っている運営スタッフは転倒に気付いていないようです。
しばし、迷います。
当然、ここは助けなければならない場面です。
しかし、今の僕にはそんな余力は残っていません。自分のことで精一杯です。自分がこのままゴールできるかどうかさえ危ういのです。人助けをする余裕はありません。
しかし、ハプニングは僕の目の前で起きています。
さすがにこの位置関係では、見て見ぬふりはできません。
一念発起して横転した車いすを素早く立て直し、ランナーに駆け寄ります。
下半身に重い痛みが走ります。
ほどなく、後続のランナー2人が駆け寄り、手伝ってくれました。3人で車いすランナーを抱え上げ、車いすに戻します。助けてくれた2人も、苦しいに違いありません。
「大丈夫か? いけるか?」
と3人それぞれが声を掛け、無事を確認します。
「ああ、ありがとう。ありがとう」
車いすランナーは謝意の言葉を繰り返します。
彼を助けるのに要した時間は20秒ほどでしょうか。
大きく息を吸い込み、汗を拭い、再び走り始めます。
しかし、足を止めた僅かの時間で筋肉が固まったのか、足の運びがスムーズではありません。
「ああ、くそっ。ほら、やっぱり苦しくなってしまったじゃないか。なんてこった・・・」
自分の目の前で転倒のハプニングが起きたアンラッキーを嘆きます。
「あの車いすランナー、よりによって、なぜあそこで転びやがったのだ・・・。あと10秒後に転んでくれていたら、知らんぷりができたのだ。やはり、見捨てるべきだったか・・・」
恨みの気持ちまで浮かんできます。今の僕の心には、思いやりのカケラもありません。かなり心が荒んでいます。
しかし、あそこで見捨ててしまっては、僕はその後激しい後悔と自責の念に襲われたでしょう。後から考えても、あの判断しかなかったと思います。
●自分と向き合う
レースは佳境に入りました。
カーブを回りきると、正面にゴール地点の国際会議中心が見えてきました。3回目に拝む会議中心です。
ようやく射程に捉えました。あとはこの一本道を走りきればいいのです。正確には大きく回り込んで反対側からゴールするのですが、そこは考えないことにします。
それにしても風は容赦なく吹き付けてきます。
38kmです。
蹴り上げる力が弱くなり、足もペースも上がりません。
35km過ぎからは、1km当たり6分程度を要しています。
時計を見つめ、ゴールまでの所要時間を計算します。
このペースでは、目標達成は微妙なところです。
どこかで一段ギアチェンジをしてもう一度加速し、5分45秒ぐらいに上げる必要があります。
しかし、足がついてきてくれません。もはや、ペースアップは望めそうにもありません。むしろ、どこまでペースダウンを食い止めることができるか、という攻防です。
イヤホンからは再び古内東子の声が聞こえてきました。びゅうびゅうと耳たぶに吹き付ける風の音に混じって、しっとりした柔らかな歌声が流れてきます。まるで、「もう止めてもいいのよ」とやさしく囁かれているようです。このレース中は、なぜか古内東子がヘビーローテーションです。1,000曲中、十数曲しか入っていないはずですが。
「だから、違う、それじゃない・・・。もっとノリのいいやつだよ・・・。ここまできて、やめてたまるか」
しかし、もはやプレーヤーを操作する力も残っていません。ただただ、早く終わりたい。それだけです。プレーヤーを触るのもやめました。この先、どんな曲が来ようが受け流すことにします。
39kmです。
痙攣した右足を庇い続けたためか、左足の足首とかかとにしびれが広がり、つんのめりそうになります。痙攣は相変わらず波のようです。
意識して腕を振りますが、ペースは上がりません。
「立ち止まりたい、ストレッチしたい・・・」
誘惑が過ぎりますが、奥歯を噛んで押さえ込みます。
風向きが変わってくれることを祈ります。しかし、無情にも変わらず正面から吹きつけています。
待ちに待った40kmの関門が見えてきました。
時計に目を落とすと、3時間37分40秒を指しています。
残り2.195kmで、目標達成に猶予された時間は12分20秒・・・。目標達成は厳しくなりました。
万事休す、です。
もう、記録は考えないことにしました。最後まで足を止めずに走りきることに目標を切り替えます。
最後の給水所でスポーツドリンクをつかみ取ります。
紙コップを捨てると、拳を握りしめてゴールを睨みます。
あと10分・・・あと10分の辛抱・・・。
吐息とともに、「はあ、はあ」と大きな音が漏れてきます。フォームは腰が落ちてバラバラです。
左右から他のランナーが抜いていきます。
国際会議中心を左側から回り込むと、ヒルトンホテルが見えてきました。
沿道では多くの市民が声援を送っています。
いったんゴールから遠ざかり、国際会議中心の西側にある人民路に回り込みます。
今イヤホンから流れている曲が、最後の曲でしょう。この曲を聴き終わる頃には、レースは終わっているはずです。
まもなく最後の直線です。最後のひと踏ん張りです。
カーブを回りきると、華やかなゴールゲートが目に飛び込んできました。
待望のフィニッシュラインです。視線を上げて正面を見据えます。
ゴールに至る直線は、両側にスポンサーのロゴを配した高さ1メートルほどのカラフルなボードが並べられてビクトリーロードになっていたはずですが、今は強風を受けて半分ぐらいが吹き飛ばされています。
「終わりだ・・・。やっと終わる・・・。はあ、はあ・・・」
周囲のランナーがラストスパートでスピードを上げて追い抜いていきます。
もはや、彼らを追いかける力は残っていません。
最後の力を振り絞り、つんのめりながらゴールに入りました。
空には5月らしい、抜けるような青空が広がっていました。
■第30回大連国際マラソン 2017年5月13日(土)
5km 0:26:52(26:52)
10km 0:52:56(26:05)
15km 1:18:58(26:02)
20km 1:45:33(26:36)
25km 2:12:10(26:38)
30km 2:39:24(27:14)
35km 3:07:30(28:07)
40km 3:37:39(30:09)
Goal 3:50:54(13:15)
しばらく両手を両膝につき、前屈みになって肩で息を整えます。
とにかく、レースは終わりました。今年も走りきりました。
頬や首筋を触ると、ざらついた白い粉が付いています。乾いた汗です。
目標には54秒、届きませんでした。
しかし、今年も力を出し切りました。コンディション作り、ペース配分、コース取りなど申し分ありませんでした。1年ぶりに自分と徹底的に向き合いました。これが今の自分の力ということです。
ところで、レース後に知ったのですが、レース中、5km地点でZCさんとJさんが、41kmでYが愛娘を連れて応援に駆けつけてきてくれていたそうです。
応援に気がつかず、とても失礼なことをしました。離任したあともこうして暖かく迎えてくれる友人たちに恵まれ、本当に幸せなことです。
「また来年もこの舞台に戻ってこよう。できるならその先も」
そう誓いながら大連を後にしました。