アカデミー賞で主要4部門を制した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」。ポン・ジュノ監督は授賞式後の会見で、「『パラサイト』は最も韓国的なものでぎっしり詰まっていて、かえってそれが全世界の人々を魅了したのはないかと思う」と語った。
監督の言葉通り、本作は韓国社会のリアルな姿を通して世界に蔓延する格差問題と階層間の対立を描き出して世界から共感された。しかし、作品の中に描かれている韓国独特の事情については、若干の説明が必要かもしれない。韓国国外の観客が疑問に思ったであろうポイントを解説してみたい。(*以下の記事では、映画の内容が述べられていますのでご注意ください)
疑問1 主人公の家族が暮らしている半地下の家賃はいくら?
主人公の一家は、大黒柱の父・ギテク(ソン・ガンホ)をはじめ、家族全員が無職。彼らの貧困な暮らしを物語っているのが「半地下部屋」だ。
撮影に使われた半地下部屋は、ソウル近郊のスタジオに作られたセットだ。ギテクの家族が住む町もやはりセットで、そこに実際のソウルの庶民層が住む町の映像をCGでつなぎ合わせたものだという。
ところで、実際にあの半地下部屋を借りると、家賃はいくらだろうか?
韓国の様々な不動産サイトによると、ソウル市であの家族のような、半地下で部屋が3つある住居を賃貸する場合、「保証金1千万ウォン(約93万円)+毎月30~50万ウォン(約2万8千円~4万7千円)前後」が必要となる。保証金は日本の敷金と同じように、基本的には退去時に全額返却される。
韓国では、半地下部屋以外にも「住居貧困層」に分類される住居がある。
一つは「屋根部屋」だ。屋上に建てた仮設住宅で、韓流ドラマによく登場する。韓流ドラマではソウル市内の夜景が見下ろせるロマンチックな場所として描かれるが、実際には夏は暑く冬は寒い、上水施設や暖房施設も劣悪だ。
もう一つは「考試院」。大学街や塾街でよくみかける受験生向けの貸し部屋のことだ。日本で言うと寮を連想させるような狭い部屋が集まっている住居だ。考試院は住宅ではなく、「近隣生活施設」に分類されるために、住宅法の影響を受けない。そのため、10平方メートル以下のワンルームが多く、窓がなかったり、部屋の真ん中に柱があったりする部屋もある。
韓国では、地下部屋・半地下部屋、屋根部屋、考試院などに居住する世帯は「住居貧困層」に分類される。それぞれ頭文字をとって「地屋考(チオッコ)」とも呼ばれるが、「地獄の苦み(チオッコ)」と発音が同じで悲惨さが感じられるネーミングだ。
疑問2 パク社長の大邸宅のいくら?
半地下に住む一家が徐々に“パラサイト”していくのが、グローバルIT企業を経営するパク社長の大豪邸。韓国の超富裕層を象徴する邸宅は、閑静な住宅街の坂道を登ってやっとたどり着く。
このパク社長の邸宅も全羅北道全州に建てられたセットだ。韓国メディアによると、セットとして作られたパク社長の邸宅の敷地は約600坪、1階床面積は約200坪。もし、実際にこのような大邸宅がソウルにある場合、売買価格はどれくらいだろうか。
映画に登場するいくつかのシーンを参考に、ソウルの富裕層が住む代表的な「富村」、城北区に邸宅があると想定すると、「売買価格は100億ウォン(約9億3千万円)を超えるだろう」とする不動産専門家の意見が紹介されたことがある。
実際に、パク社長のような超富裕層が最も多く住んでいるところは、漢江が一番よく見下ろせる龍山区漢南洞だ。韓国の週刊誌が報道した「2018年1月の国土交通部の資料」によると、漢南洞とその付近には、韓国を代表する財閥の「サムスン」家が計10軒の邸宅を持っていて、他にも「SKグループ」崔泰源会長などの邸宅が集まっている。
この不動産資産の不平等こそが、韓国人が感じる最も深刻な格差問題だ。進歩派経済団体の「経済正義実践市民連合(経実連)」の資料によると、韓国上位1%の11万人は92万戸の住宅を保有しており、30の賃貸業者が1万1000世帯を保有している。一方、韓国国民の70%にあたる3600万人は、一坪の土地も持っていないという。
疑問3 ギテクの息子はどうして4度も大学に落ちたのか?
ギテクの長男ギウ(チェ・ウシク)は、パク社長の娘である女子高生の英語の家庭教師をするほど勉強ができて、あっという間にパク社長宅への“パラサイト”計画を立てるほど頭も切れる。
そんな彼は、4度も大学入試に失敗した設定となっている。なぜ4回も失敗するのか? そもそもそこまでして、なぜ大学入試に挑戦し続けるのだろうか?
まず、韓国の大学入試制度について説明しよう。韓国の大学は、「修能」といわれる大学入学のための共通試験の点数だけで入学できる「定時」(定時募集)で3割程度、残りの7割は修能の前に行われる「随時」(随時募集)という入学選考によって入学生が選ばれる。
「随時」の選考方法は様々だが、もっとも多く使われるのが「学生簿総合選考」(学総)方式だ。高校内申を含めて多様な活動にそれぞれ点数が付けられ、各大学は受験生が得た総合点数を参考にして新入生を受け入れる。趣旨は「どれほど充実した高校生活を送ったか」を評価するためのもので、ボランティア活動や部活など課外活動の他に、受賞実績なども評価の対象になる。
結果的には、この複雑な評価方法に対応するため、高額な授業料のかかる名門塾の指導が必要になってしまった。
「随時」に必要な自己紹介書を作成してくれる塾や、点数を稼ぐ効果的な校内活動を指導するコンサルティング塾が人気だ。さらには、富裕層の子どもたちの間では、曹国前法相の娘の不正入試疑惑に見られるように、親のコネを使った様々な“小細工”が蔓延するようになった。
結局のところ、「パラサイト」のギウのような庶民の子どもは、ひたすら試験勉強に没頭して、ただでさえ競争率が高まる一方の「定時」にしがみつくしかない。
ではなぜ、ギウは4回も落ちながら大学進学を諦めないのだろうか。それは、いい大学を出て、いい就職につかない限り、今のような貧困な生活から抜け出すことは不可能だと思っているからに違いない。
韓国社会は、1997年のIMF危機以降、中産階級が消滅して、一握りの上流層と庶民に分かれてしまった。このような格差社会で、韓国の庶民にとっては、教育こそが今の格差を乗り越えられる唯一の手段だと考えられている。ギウも、やはり名門大学を卒業して大手企業に就職することを夢見ていたかも知れない。
韓国の激しい学歴社会については、文春オンラインの別の記事( 「映画『パラサイト』ではわからない韓国『超格差』社会」 )でも、詳しく解説した。
疑問4 警備員募集に500人が集まったというのは本当か?
半地下家族の家長であるギテクは、2度も商売に失敗した後、まともな職に就いてない。韓国において失業は、大きな社会問題になっている。ギテクも、映画で「警備員1人を募集すると、大卒者など、500人も殺到する時代だ」と家族に語っている。
すでに低成長時代に突入している韓国では、現在若年層の失業がクローズアップされているが、実際もっとも深刻なのは家庭を背負っている中年層の失業だ。韓国では、2020年1月現在、中年の就職率が50ヵ月連続マイナスだ。経済の悪化に伴って製造業などの雇用が減少しており、自営業者もギテクのように倒産の危険に直面している。
職場を失った中年たちにとって警備員は確かに人気職種だ。2019年12月にインターネットの就職斡旋サイトを調べてみると、「月給160万ウォン(約15万円)で1年契約」という条件の警備員1人を募集するのに59人が応募していた。しかも、この中の29人は大学および大学院卒業者だった。
さらに2019年、釜山にある証券博物館で2人の警備員を募集した際には、計553名(大卒以上の者が331人)が応募し、大企業並みの高い競争率となったこともあった。映画で語られた「1人の警備員募集に500人が集まった」というエピソードは十分ありえる話なのだ。
疑問5 半地下生活の人々の「匂い」とは?
半地下に住むギテクの一家は、長男ギウが家庭教師としてパク社長宅に雇われたのを皮切りに、家族である事を隠して父が運転手、母が家政婦として、それぞれ邸宅に入り込んでいく。しかし、パク社長の息子に、ギテクの家族から同じ「匂い」がすることを指摘されてしまう場面がある。
映画では、この「匂い」が貧困を描く上で重要な役割を果たしているが、韓国社会において階層によって「匂い」の違いはあるのだろうか。
まず、ギテクの家族が住んでいる半地下部屋は窓が小さく、日差しがほとんど入らない。梅雨の時はカビ臭いかもしれない。さらに風通しも悪い。また映画では、ギテクの半地下の外壁に小便をしたり嘔吐したりする人もいた。
しかし、その匂いが人に付くだろうか? 私は韓国に住んでいるが、地下鉄や街で出会う人々から、こんな匂いを嗅いだことはない。
ただ、私がはっきり言えるのは、韓国のお金持ちからは良い匂いがするということだ。ライターという仕事柄、ビジネスに成功した中年男性によく会うが、彼らの大半は香水を使っている。
2015年の韓国の食品医薬品安全処の調査によると、韓国人男性の46.3%が香水を使用すると答えた。韓国の男性は香水だけでなく化粧品も積極的に使っている。同調査では、韓国男性は月平均13.3個の化粧品を使用しているという。
「外見も競争力」と思われる韓国では、汗など生活の匂いが「貧困の匂い」が思われているのかもしれない。
この問題については、ポン・ジュノ監督が韓国メディアと行った以下のインタビュー内容を参考していただきたい。
「韓国社会で、金持ちと貧しい人の動線を見ると、実はあまり重ならない。行く食堂もそれぞれ違うし、飛行機に乗ってたとしても、ファーストクラスとエコノミークラスだから、いつも空間が分かれている。しかし、本作は、主人公の息子が家庭教師として初めて金持ちの家に入り、金持ちと貧しい者が互いの匂いを嗅ぎ合えるほど、非常に近い距離に置かれ、お互いの線をぎりぎり侵犯する、そんな話だ。それで、匂いという新しい映画的装置がストーリーにとって非常に大きな機能をする。
匂いというのは、実は人間の状況や立場が表れるのではないか。一日中きつい労働をすれば、体から汗の匂いがするのが当然で……。そういったものに対して守らなければならない最低限の、人間に対する礼儀があるのではないだろうか。(本作では)そういった人間に対する礼儀が崩れる瞬間を取り扱った」
金 敬哲/週刊文春デジタル