ケセランパサラン読書記 ー私の本棚ー

◆ 『日和下駄』 永井荷風 著 岩波文庫

                    

 私は、荷風が好きで殆どの作品を読んだ。

 何を読んでも、裏切られることがなかった。
 
 『狐』が、一番印象深く好きな作品だが、この『日和下駄』が荷風と出会った初めの作品だ。

 荷風の何が好きかとあらためて考えて見ると、多分、そのデカダンスを謳歌した生き様と、それと並行する諦観の念を感じてしまうところではないかと、思う。


 特に、その荷風の死に様は、あまりにも荷風らしくて、なにか心に迫る感慨がある。


 しかし、荷風の評伝や評論を読んで、ああ、荷風が、すぐそこにいたら、きっと惚れることはないなぁとも思うのである。

 いわゆる、変質者としての傾向が否めない。

 押し入れの壁に穴を開け、新婚の隣人を夜な夜な覗いていたのである。
 はたまた、愛人の歯を全部、抜いてしまうということもあった。

 ちょっと、背筋がぞわっ、である。



 だが、
 文学って、凄い。

 勿論、書き手の人間性というのもを如実に具現しているやも知れぬが、それでも生身を超える、なにか不思議がある。


 そこが、文学の至高の幸福たるところだ。


 私は、やっぱり、荷風が好きだ。



 三ノ輪浄閑寺。
 吉原の女たちの末路、夜陰にまぎれ投げ込まれたお墓の真ん前にある荷風の文学碑。
 その碑文。


   今のわかき人々
   われにな問ひそ今の世と
   また來る時代の藝術を。
   われは明治の兒ならずや。
   その文化歴史となりて葬られし時
   わが青春の夢もまた消えたり。
   團菊はしおれて櫻癡はちりき。
   一葉落ちて紅葉はかれ
   緑雨の聲も亦絶えり。
   圓朝も去れり紫蝶も去れり。
   わが感激の泉とくに枯れたり。
   われは明治の兒なりけり。
   或年大地俄にゆらめき
   火は都を燬きぬ
   柳村先生既になく
   鴎外漁史も亦姿をかくしぬ。
   江戸文化の名残烟となりぬ。
   明治の文化また灰となりぬ。
   今の世のわかき人々
   我にな語りそ今の世と
   また來む時代の藝術を。
   くもりし眼鏡ふくとても
   われ今何を見得るべき。
   われ明治の兒ならずや。
   去りし明治の兒ならずや。




 講談社文芸文庫版もある。  

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