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閑寂肆独白

ひまでさびしい本屋のひとりごと

顧客が減ってしまった。

2019-03-09 23:26:02 | 日記

 昨年の夏ころから 月に1・2度来店のまだ若いお客様があった。分野は違うけれどいずれも文芸関係を来店の度に数冊買っていただいていた。こちらから話しかけたのは数回来ていただいた後で二人とも物静かで積極的な会話ではなかった。そのお二人がこの2月でそろって大牟田から離れることとなった。勤務と家庭の事情なのだが、ともにも他所から来た人で大牟田に古本屋があると知ってやって来た、「面白い本があってココヘ来るのは楽しみでした」という別れの言葉であった。ありがたいお客様がいなくりました。この町にこのような感想を述べてくださる「お客様」は全くない。 前にも書いたように、店に入ってきて、黙って棚の本を見てくれるのはまず例外なく他所からの来客。大牟田にはそのような人は存在しない。都会であれば一人や二人の入れ替わりは大した問題ではなく、代りは次々とあるでしょう。しかし!この町では望めないのです。
 たった一人の顧客でもろに左右される、悲しい店です。ずっと以前、わが店は「限定本と版画をよく扱う店」という紹介記事が出たことがありました。当時、「季刊・銀花」の始まり、民芸ブームの真っ盛りでしたが、ある熱心な顧客があって、明治古典会で扱うような品をよく買っていただいていた、その為に店頭に品物が展示されたわけだが、それが売れていくのをみて、他にも買ってくださる人がぽつぽつあったのです。ところがその顧客が病を得てなくなると、つられて買っていた人たちは買わなくなってしまいました。本当に自分が好きで買っていたのではなかったということです。その後全くその方面の需要を掘り起こせず、今や限定本や版画を店に置く状況ではありません。また書道の本もそうです、ある書家で懇意になった方がわが店で買ったというとそれを聞きつけて「同じもの」を欲しいという程度の人たちが次々来店し、彼の助言でよく売れていました。しかしこれも彼の死去によって終了。その後は誰も来なくなってしまいました。その代りになる人はこの町にはいないのです。全く底が浅い。しかも「自分の意志で本を探そう」という人がいない。その証拠にわが店に来て「〇〇はないでしょうね」といって書棚に一顧だにせず、要するに何かで聞きこんだ本を「安く」手に入れようというので「古本屋」に「わざわざ来た」というのが大牟田の人の実情です。これではまともな相手はできませんね。この手の恨み節は実例を挙げるとまだまだある、しかし書いていて厭になってきました。