或る直木賞作家(故人)の文庫が目についたので読んでみた。短編が4・5編、中編が三つ。短編の方はなかなか「上手いな」と思ったのだけれど、中編のほうはいただけない。 自分の子供時代の一家のことを書いているのだけれど、何しろ暗い。没落した一族、自殺した身内、宗教にかぶれた小母、言語障害のある父、高利貸しの伯母、と癖のある人々との生活が連綿と綴られ滅入ってしまう。
他にもこういう状況を基盤に書かれた作品は多いと思う。普通ではない状況だからこそ「小説」に描けるのではあろうと察しはするけれど・・・。
主人公の心象を書くのは当然としても脇役の方ももっと書き込めば「幅」が広がるのになあ 、と思う、一個の個人の苦労話では作品として物足りない感じがする。 あとがきに「詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である」「書くことは一つの狂気である」「私小説は毒虫のごとく忌まれ、蔑みを受けてきた。そのような言説をなす人には、それなりの思い上がった理屈があるのであるが、私はそのような言説に触れるたびに、ざまア見やがれ、と思ってきた」 とある。完全な開き直りである。 書くのは勝手だけれど、余人の心根・心情に響くものがあるべきではないか。ただのゲロ吐き、自己満足では寂しいと思う。 これを誉めそやす人がいて、文庫化し、さらに重版迄出るというのが不思議です。