MS「多発性硬化症」と共に生きる

難病の「多発性硬化症」患者です。家での映画鑑賞とガーデニングが趣味でです。薔薇が好きになり信仰に支えらながらの毎日です。

蘇れ私の身体

2024-10-26 20:57:00 | 現在
今日は歯科の予定だった。そのついでに衆院選の期日前投票に行こうと思っていた。

バスで行ける近い所だから、いつもバスで行っている。いつものように左手にカートを持って右手に杖を持ってバスに乗り込もうとしたら、左足に力が入らずに、ステップの所に座り込んでしまう形になってしまった。私は恥ずかしくて何とか右手で身体を引っ張りあげた。

その時には運転手さんが来てくれて、「大丈夫です」と言うのが精一杯だった。恥ずかしかった。降りる時は無事に降りられた。

歯科に向かい、ゆっくりと診察室に登って行った。診察室は2階なのだ。歯のメインテナンス中、何故か足の痺れが増して来たようで、ここで再発したらどうしよう、と考えていた。皆んなに助けてもらって下まで降ろしてもらって、タクシーに乗せてもらおう…とまで考えたが、杞憂に過ぎず歩けた。でも確かに手の痺れも酷くなっている。

帰りのバス停で、最近行ってなかった整骨院に電話したら、担当の人がいてくれて、転んだことや今日のことなどを話して施術してもらった。友達が再発してもリハビリで治すと言っていたから、取り敢えず刺激を与えていた方がいいと思ったからだ。

それからタクシーを呼んで、期日前投票に行った。区役所まだ遠い。帰りもタクシーで家まで帰った。高く付く投票だが、たかが一票、されど一票だ。

家に帰り着いたら、いつの間にか眠っていた。朝だと思ったら、夕方だった。

ステロイドを減らしたから、痺れが酷くなったのか?身体を出来るだけ休めて、何とか持ち直して欲しい。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蛙のごとく

2024-10-20 22:41:00 | この頃
美容院に行こうとして、バスに間に合わない…と思って、慌てていたのか、気がついたらバタンと右手右膝、顎、頬をついて倒れていた。
何が起こったのか?
アスファルトの上、横断歩道の端に倒れていた。

起きようにも起きれない。こんなに派手に倒れているのに、誰も助けてくれなないのだな。自分で何とかしなくちゃと、両手で地面を押して何とか立ち上がったと同時に、ある女性が「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれた。わざわざUターンして来てくれたらしい。

私が美容院に行くところです、と言うと病院に行かれたら?と冗談のように言葉を交わした。頭を動かすと少し痛かったので、様子を見て痛みが続いたら病院に行きますと言った。私がバスに乗り込むまで見守っていてくださった。世の中捨てたもんじゃない!

着いた美容院で手当てしてもらい、ズボンに滲み出た血もきれいに洗い落としてくれた。

お客さんは私だけ、オーナーも一人だけでゆったりとした時を過ごした。あれから3日だったが、まだ傷は治らない。

これからは歩き方が下手になったんだ、と自分に言い聞かせながら歩くことにした。

確かに一週間前は、身体が鎧に被われたように痛くて、トイレに行くのも苦痛だった。私らしくなく、もう歩きたくないと訪問看護師さんに泣きついた。
でもあるリハビリで痛みなく歩けるようになった。

でもそれは以前のような歩き方でなく、とても不器用な歩き方で、転ばないように転ばないようにと言い聞かせないといけないみたいだ。










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とてもショックなこと

2024-10-06 17:40:00 | この頃
(現在のこと)
一つのことを書こうと思っていたら、それよりも重大なことが起こった。

この間の月曜日に朝起きて立とうとしたら、全然立てない。ハイハイしてトイレに行った。
転がって戻って来て、今日は診察だと思い、服を見つけて何とか着る。上着を着て一休み、ズボンを着て一休みで、そのまま暫く寝ていた。

訪問看護師さんが来るまでは、と思い、シャッターを何とか開けた。
看護師さんが来てことの次第を話し、これからどうしようということを話した。玄関からのタクシーまで肩を貸してもらわないと動けない。

取り敢えずヘルパーさんの事務所に連絡してヘルパーさんを探して貰った。暫くして電話があり、来れるとという。助かった。

病院に着き、車椅子で診察室まで運んでもらい、診察室に入った。
先生は立ってみて、とも言わず相変わらず診察をしない。以前、先生診察はしないんですか?と尋ねたが、カルテに書いてあるからそれを参考にしてして、診察はしない、と言った。今までの先生は皆んな力比べをして診察をしました、と言ってもダメだった。

そして私がこの間質問したことに答えた。先生、ご飯も食べられないんです、と言ったら介護保険に相談することも勧められた。

とにかく家族と力を合わせて、と言われて…虚しく感じた。甥達は日勤、夜勤で働いている。姉も義兄の癌の世話で大変だ。ご飯の時だけ、介助に来れる筈がない。

また一からのやり直しになるが、決断した。パルスをしてください、と自分から言った。少し良くなって、その間に自分で役所に行こう。誰にも迷惑はかけたくない。

パルスをして、ご飯の配膳までは出来るようになったが、それ以来立ち上がるのが怖い。夜寝る時、またなったらどうしようと不安になる。朝起きるのが怖いから寝てばかりいる。

まだ1週間しか経っていないからしょうがないか?やはり2次進行型に入って歩行がよくない上に、再発するとこういうことになるのか?
初めての体験で、胸が締め付けられるような感じがずっと続いている。
















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする