13.慢性移植片対宿主病(慢性GVHD)とは
慢性GVHDは、移植片の中にある幹細胞が患者さんに生着した後に、患者さんの体の中で新たにつくられたT細胞が引き起こす免疫反応によるものと考えられています。通常、移植後約100日前後以降に発症し、自己免疫性疾患に類似した症状がみられます。慢性GVHDの診断は、特徴的な症状と病理診断によりなされます。発病のしかたとしては、急性GVHDに引き続いて起こるもの(progressive:進行型)、急性GVHDがいったん改善した後に発症するもの(quiescent:一時静止型)、急性GVHDにかかることなく慢性GVHDのみが起こるもの(de novo:新規発生型)等、さまざまです。急性GVHDの治療を行っているときに発症した場合、非血縁者のドナーの場合には、時期的な問題だけで急性と慢性を分けることは難しい例もあります。そのため、これらを区別するための新しい呼び方が提唱されました7)。特に全身性の慢性GVHDを発症すると、移植後晩期の生活の質(QOL)の低下を招く場合が多く、感染症も合併しやすくなるため、生命予後にも大きな影響があることが知られています。
14.慢性移植片対宿主病(慢性GVHD)の発症機構
ドナーの造血細胞やリンパ球が患者さんに生着した後に、免疫の仕組みがゆっくりと回復します。その過程でさまざまな行き違いが生じると、慢性GVHDが発症すると考えられています。移植前に行う抗がん剤や放射線治療、急性GVHDの影響、あるいは年齢による萎縮(いしゅく)のために胸腺と呼ばれるリンパ球の教育を担当する臓器の働きが弱くなって、十分な教育を受けていないT細胞が体の中に生まれます。これら自己反応性のヘルパーT細胞がさまざまな臓器に侵入し、さまざまなサイトカインを出して自分自身の組織を攻撃する細胞障害性T細胞を刺激したり、自己抗体をつくり出すB細胞を活発にさせます。また、マクロファージを刺激して別のサイトカインを生み出させてさまざまな臓器の線維分を増やした結果、皮膚や胆管、肺が硬くなってしまいます。さらに、免疫力が低下して感染症に対して非力になります。
15.慢性移植片対宿主病(慢性GVHD)の発症頻度と重症度
慢性GVHDは急性GVHDと異なり、日本と欧米での発症率の差は少ないとされています。血縁者間骨髄移植で約41%、非血縁者間骨髄移植で約44%ですが、血縁者間末梢血幹細胞移植では明らかに高頻度で60%程度に達します4)。急性GVHDのときと同様に、若年の患者さんに比べて年齢が高い患者さんほど、慢性GVHDが発現する傾向にあります。また、急性GVHDを発症した患者さんでは、慢性GVHDの発症頻度が高いことが知られています。慢性GVHDの重症度は、これまでは皮膚と肝臓の障害の程度を中心に限局型と広汎型に分けられてきました。しかし新たに、各臓器別にスコア化した障害の程度と傷害された臓器の数、そして肺病変の有無に基づいた軽症(mild)、中等症(moderate)、重症(severe)の3つに分けた分類が提唱されています7)。
16.慢性移植片対宿主病(慢性GVHD)の症状
最も多い症状は皮膚障害で、かゆい発疹(ほっしん)が出たり、カサカサになって硬くなり、部分的に脱毛、脱色したりします。また、涙腺に損傷を受けて涙の量が減るため、眼球の表面(結膜といいます)が乾燥して痛みや視力障害を来す、いわゆるドライアイや目の刺激感が現れます。口の中の唾液腺も侵されることが多く、食事のときにしみたりします。食道に病変があると、飲み込むのが困難になります。肝臓の障害から、黄疸や肝機能検査結果の異常がみられることがあります。胃粘膜や腸の粘液分泌腺(ぶんぴせん)が傷害されると、適切な栄養吸収力が妨げられて胸焼け、胃痛、腹痛、体重減少等が起こります。筋膜が硬くなったり腱が萎縮することにより、関節の曲げ伸ばしが困難になることがあります。肺が硬くなると、喘息のような喘鳴(ぜんめい)音が聞こえたり、呼吸がうまくできなくなって息苦しさを感じたりします。ひどい場合には、血液中の酸素濃度が低下して動けなくなることもあります。これら以外の臓器にも、慢性GVHDに関連する障害が出現することが知られています。いずれの症状も個人差があり、人によってどのような症状が、どの程度の重症度で出現するかはさまざまです。
17.慢性移植片対宿主病(慢性GVHD)の治療適応
慢性GVHDがさほど重症でない場合、例えば症状が1~2臓器だけにあって症状がさほど強くない場合は、原則として外用薬などの局所療法を選択します。内服薬などを用いた全身治療は、症状が3臓器以上に及ぶ場合、または1臓器のみであっても症状が強い場合に行います。しかし、どの治療を選択するかは厳密なものではなく、種々の要件を踏まえて患者さんごとに決定します。移植片対白血病(GVT)効果を生かしたいとき、あるいは感染症を合併しているときは、全身治療を消極的に考えます。逆に、原病が再生不良性貧血のようにがんではない疾患の場合や、以下のようなGVHDの予後不良因子がある場合は、全身治療を比較的積極的に考慮します。
慢性GVHD診断時の症状や検査所見により、その後の経過を推定することができます。これを予後推定因子といい、現在までに種々の因子が同定され、progressive型の発症形式、血小板減少(10万以下)、広範な皮膚病変、下痢や体重減少などの消化管障害、不良な全身状態があげられています。
18.慢性移植片対宿主病(慢性GVHD)に対する局所療法、支持療法
皮膚や口の中の病変に対して、ステロイドやタクロリムスを含んだ塗り薬(外用剤)、唾液減少に対するうがいや人工唾液、ガムによる刺激が行われています。外出時などに、皮膚を紫外線から防護することも大切です。消化管吸収障害と体重減少に対しては、膵(すい)酵素製剤の内服が試みられています。眼球が乾燥すると、感染症や角膜の障害を来して視力低下がみられる場合があるため、人工涙液の点眼や涙点閉鎖術が行われます。筋膜炎や皮膚硬化により関節の動きが悪くなると日常生活に支障が生じるので、その防止のための理学療法が有用です。長期間のステロイド使用に伴う副作用対策として、糖尿病や耐糖能異常に対する食事・運動療法、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)に対する治療が行われます。閉塞性細気管支炎は治療が難しい肺の合併症です。重症の場合、日常生活にも支障が生じるほど血液中の酸素濃度の低下が起こるため、呼吸リハビリテーションや在宅酸素療法が行われる場合もあります。
19.慢性移植片対宿主病(慢性GVHD)に対する全身療法
一般的に用いられている方法は、ステロイド剤とシクロスポリンやタクロリムスの併用療法です。患者さんの体重1kgあたり1mgでステロイド剤を開始することが標準的と考えられ、症状の改善がみられれば徐々に投与量を減らしていくことが一般的です。ただ、適切な投与期間や減量速度に関しては、定まった方法が知られていないのが現状です。減量の最終段階では、副腎の働きが悪くなることがあるため注意が必要です。ただ、以上の薬剤量や減量法が日本人の患者さんにも適切かどうかは不明のため、患者さんの症状などにより、他の方法も行われています。また、治療期間に関しても議論のあるところで、すべての症状が消失するまで続行すべきか否かは、治療に伴う薬剤の副作用や感染症など合併症とのバランスで決められます。涙腺障害や一部の皮膚・口腔病変、肺の所見はGVHDがコントロールされていても残存するため、治療続行の目安にはならないといわれています。ステロイド剤は、しばしば長期使用が必要となります。併用するシクロスポリンやタクロリムスは、ステロイド剤を中止した後に減量するのが原則ですが、その投与量は十分には検討されていません。
こうしたステロイド剤を中心とする初回治療が成功しなかったときに行う治療のことを、二次治療といいます。二次治療は、標準的な一次治療であるステロイド剤を2週間投与しても増悪する場合、あるいは4~8週間治療を継続したにもかかわらず改善しない場合に行います。後者には、ステロイド剤を体重あたり0.5mg未満にまで減量できない場合も含まれます。二次治療は、比較的軽症の場合は経口剤であるミコフェノール酸モフェチル、シロリムス、ヒドロキシクロロキン、サリドマイド等、より重症な場合は、フォトフェレーシス、リツキシマブ、ペントスタチン、高用量ステロイドのパルス療法等があります。しかし、いずれの効果も十分ではないうえに、わが国では使用経験が乏しく、また保険適用外の治療となります。
20.参考文献
より詳しい情報については、以下の文献をお薦めします。
1) Ferrara, J. L.; Reddy, P. Pathophysiology of graft-versus-host disease. Seminars in hematology. 2006, vol. 43, p. 3-10.
2) Kanda, Y. et al. Effect of graft-versus-host disease on the outcome of bone marrow transplantation from an HLA-identical sibling donor using GVHD prophylaxis with cyclosporin A and methotrexate. Leukemia. 2004, vol. 18, p. 1013-1019.
3) Yanada, M. et al. Tacrolimus instead of cyclosporine used for prophylaxis against graft-versus-host disease improves outcome after hematopoietic stem cell transplantation from unrelated donors, but not from HLA-identical sibling donors: a nationwide survey conducted in Japan. Bone Marrow Transplantation. 2004, vol. 34, p. 331-337.
4) 日本造血細胞移植学会全国データ事務局. 平成16年度全国調査報告書. 2005, http://www.jshct.com/report_2004/index.html, (参照 2006-10-01).
5) 日本造血細胞移植学会. 造血細胞移植ガイドライン: GVHDの診断と治療に関するガイドライン. JSHCT monograph, 1999, vol. 1, http://www.jshct.com/guide_pdf/1999gvhv2.pdf, (参照 2006-10-01).
6) Nishida, T. et al. Intestinal thrombotic microangiopathy after allogeneic bone marrow transplantation: a clinical imitator of acute enteric graft-versus-host disease. Bone Marrow Transplantation. 2004, vol. 33, p. 1143-1150.
7) Filipovich, A. H. et al. National Institutes of Health Consensus Development Project on Criteria for Clinical Trials in Chronic Graft-versus-Host Disease: I. Diagnosis and Staging Working Group Report. Biology of blood and marrow transplantation. 2005, vol. 11, p. 945-956.