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日々是ほぼ好日

小さな幸せを探して、好奇心満載の毎日。

そのときどきで。(幼稚園編)

2016年07月28日 | コラム

はっきりと記憶があるのは4歳くらいから。

それから大人になるまで、そして大人になってから、そのときどきでいろいろな出来事があり、たくさんの人に出会いました。
あらためて思い返してみると、面白いコトや楽しい人が多かった。

4歳のころ、保育園に通い始めました。川の側の可愛らしい保育園だった記憶があります。入園翌日に、お母さんがいないと泣き叫んでいた男の子は、半年後にはお山の大将になって威張り散らしていました。彼が泣いてたことを誰も覚えていないのが不思議でした。

私はお昼寝ができないとても困った子供でした。周りの子供たちを起こしてしまうと保育所から両親に苦情が入り、お弁当が終わったら私だけ帰ることになりました。なので帰りはいつもひとり。ある冬の日、転がしながら歩いていた小さな雪だまが、自分と同じくらにまで大きくなりました。重くてそれ以上は動かせず、でもそのまま置いて帰る気にもなれず。どうしようかと立ち止まっていたところに、遊びに来ていた祖父が迎えに来てくれました。きっと、いつもより遅い時間になっていたのでしょう。「持って帰りたい」という私のわがままをきいてくれた祖父は、おおきな雪だまを抱えて帰り、庭で雪だるまをつくってくれました。

そのころは雪が多い街に住んでいたので、抱えて帰らなくても、庭で新しい雪だるまを作ることができたのです。でも、4歳の私が初めて自分で作った大きな雪だまを手放すことができないという気持ちを、祖父はわかってくれたのでした。
あの時の私は、ちゃんと「おじいちゃん、ありがとう」と言ったかしら。

誕生日には、父と母がそれぞれプレゼントを用意してくれました。が、なんとふたりとも同じ、クロンボダッコちゃん! クロンボダッコちゃんは、黒人蔑視との批判で製造中止になったんですよね、たしか。翌年からは、両親からひとつのプレゼントになりました。

トッポジージョも大人気でした。近くの公民館にトッポジージョの指人形芝居が来た時は、みんな大喜び。会場入り口には、子供たちの靴が山のように重なりあっていました。外で靴を持って待っているからと、父が抱き上げて入り口まで連れていってくれたことがとても誇らしかった。

翌年から幼稚園へ通いました。お寺が経営している幼稚園だったので、法事などがあると、おやつにスイカがでたのをを覚えています。この頃、初めてお友達のお誕生会におよばれしました。母が、綺麗な刺繍のハンカチセットをプレゼントにと用意してくれました。丸い透明のケースに入ったハンカチは、それはそれは素敵でした。

そしてこの年、妹が生まれました。色白のとても小さな赤ちゃん。いくつかの名前を並べた紙を前に相談する両親を、私の名前もこんな風に考えたのかなとくすぐったい気持ちで眺めていましたが、実は教師の伯父が考えてくれたということを後で知りました。妹の名前は、「し」で始まる名前が好きという母の言葉で決まりました。

私はとにかく元気な子供でした。洋服の汚れを気にしなくてもいいようにと、父が当時ではとてもめずらしいジーンズのサロペットを買ってくれました。私が子供の頃は、大人でもジーンズを持ってる人は殆どいません(父は新しもの好きの一面がありました)。胸にはポパイの刺繍があって可愛いとは思っていましたが、お友達はみんな可愛いスカートでブランコに乗っているのです。なのに、私は作業着のような(まさしく)ジーンズの、サロペット!ちょっと恥ずかしかったのを覚えています。

そして、翌年はぴっかぴかの一年生です。





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