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関帝廟

2021-04-05 17:45:17 | 神戸市中央区
2021年4月5日、関帝廟にお参りしました。前回2014年1月18日を再掲します。
パンフレットより「関帝廟に祀られている三国志の英雄関羽は蜀の皇帝劉備に使えた人物で、この世においては『皇帝』でもなんでもなかった。それなのに中国の人達は、彼を祈念する廟を立て、彼を『皇帝」とあがめた。関羽が武運拙く漳水のほとりで敗死したのは、219年(建安24年)の12月であった。この世に怨念をもった悲劇的な武将として、最も知られている関羽であるが、『誠実」という、まことに人間的な面があった。敵となった者にも、義理堅く恩返しをしていることから、崇拝される一因だという人がいる。」
「関帝廟は、俗に『南京寺』とも呼ばれますが、その正式名称は『慈眼山長楽寺』。1888年(明治21年)4月、大阪府布施村にあった長楽寺が廃寺になるのを、現在地に移し、関帝、十一面観音、天后聖母をまつりました。これが関帝廟の始まりとされています。長楽寺は、中国福建省の高僧である隠元禅師が、時の徳川幕府の許しを得て宇治に建立した黄檗宗の大本山・萬福寺につながる寺で、初代住職には長崎聖福寺より松井宗峰師が迎えられました。現在はどの宗派にも属さず、関帝廟として独立した寺院となっています。1945年6月5日の神戸大空襲で全焼、1948年7月30日には本堂、庫裏、休憩所などが再建された。1977年1月16日、子どもの火遊びから出火し、本堂を焼失、1979年には本堂を修復し、1983年に四阿や龍門の寄贈がされた。日本国内の関帝廟は、神戸の他、函館、横浜、沖縄にもあります。」
神戸市中央区下山手通2-13-9
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山門
「入口にある山門は、真っ赤な柱にツノの突き出た青い屋根が特徴的。中国の雰囲気たっぷりで、関帝廟のシンボル的存在となっています。扁額は著名な書家・于右任の筆になるものです。」

























中門
「『登龍門』とも言われる中門。タイワンヒノキの一刀彫で、黄河龍門の鯉が龍になる故事になぞられて台湾で作られ、船で運ばれました。また『登龍門』とは科学で立身出世する栄達の関門を指す言葉でもあります。」



















唐獅子
「この石造りの唐獅子は、1945年(昭和20年)に戦災で焼けた中華会館から移されたもので、台座には『1897年(光緒丁酉年)桂秋吉立』と刻まれた文字があります。」



礼堂
「礼堂は講堂とも言い、説教や講話などを行う所ですが、ここでは葬祭の場に供せられ、俗世間との別れの儀式に使われています。」





延命地蔵尊・子安地蔵尊

本堂(金堂)
「本堂全体の印象は萬福寺大雄宝殿などに代表される禅宗の様式となっていますが、随所に中国風の意匠が見られます。なかでも屋根の上に飾られた、玉をつかんで両方からにらみ合っている白色の双龍が目を引きます。」





















四阿(あずまや)
「四阿は擬宝珠を四方にふきおろし、壁がなく八本の柱だけの雨をしのぐ休憩所です。詩人、墨客が庭園を望み、心和ませる憩いの場所とされています。『八角亭』や『清心亭」の別名があります。」



大香炉
「本堂前にある大きな香炉は1945年(昭和20年)に戦災で焼けた中華会館から移転したもの。1892年(光緒18年)壬辰年秋吉日立の文字が刻まれています。」



金亭

事務所

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