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湯浅町湯浅(重要伝統的建造物群保存地区)

2018-03-25 20:15:59 | 和歌山
2018年3月21日、和歌山観光での熊野の世界遺産巡りをし、湯浅町湯浅の町並みを散策しました。祭日なので、湯浅町役場は休みのため、JR湯浅駅により、観光案内Mapを入手して、観光用無料駐車場に向かいました。
湯浅町湯浅
『和歌山県の中部西岸に位置する湯浅町は、周りを海と山が取り囲む自然環境に恵まれた温暖で風光明美な地です。湯浅町は、熊野三山へと続く熊野古道の宿場町として栄え、熊野古道が唯一市街地を通る町としても知られています。交通上重要な位置にあった湯浅は、近世に入り次第に商業都市として発展を遂げます。その核をなしたのは、なんといっても醤油です。鎌倉時代、中国の宋で修行を積んだ僧が伝えた「金山寺味噌」から生まれたのが、現在の日本の醤油の始まりと言われており、紀州湯浅は「醤油発祥の地」として知られています。白壁の土蔵、格子戸や虫籠窓など、醤油醸造の伝統を感じる家並みが残る東西約400m、南北約280mの一帯は平成18年に文部科学省から「重要伝統的建造物保存地区」に選定されました。醤油醸造など商工業を中心に発展した町が今も地割を残し、近世から近代にかけての重厚な町並みが歴史的風致をよく残す貴重なものと認められたのです。』
map



説明書







































大田久助吟製
「江戸末期から戦前までは醤油醸造業を営んでいました。現在は金山寺味噌の製造、販売を行っています。」























角長(かどちょう)
「天保12年(1841)創業の醤油醸造の老舗です。近くには慶応2年(1866)に建てられた職人蔵があり、館内に展示された道具はすべて醤油醸造に使われたもので、昔の醤油醸造の様子を体感することができます。また新しい土蔵づくりの醤油資料館では、醤油づくりのジオラマやパネルにより、醤油づくりがわかりやすく紹介されています。」

















湯浅醤油の起源と道具など



















紀州湯浅の天神飾り
『湯浅の天神飾りですが、いつ頃から飾られたかは、今のところ明確な史料は残っていません。ただ、寄贈された天神飾りの中に明治期の天神さんがありますので、明治には天神飾りの風習があったようです。幕末に越前(福井県)藩主の松平春嶽が、天神さんを祀ることを奨励し、北陸地方に広がり、、越中富山の薬売りが「手習いの神」として天神さんを祀ることを広げていったとも言われています。おそらくは、幕末から明治にかけて湯浅にも天神飾りの風習が伝わって来たと思われます。湯浅の天神人形のほとんどが、京都の「伏見人形」であり明治期から戦前にかけてのものが多く、一文人形と呼ばれる小ぶりの物であると推察されます。また、明治の天神飾りには社の後ろに製造印があり、大阪の島之内御池橋近辺の店から入手している事がわかります。』





















甚風呂
「幕末から昭和60年まで営業していた銭湯です。経営者の住居とともに保存、復元され、当時の生活を伝える資料館として公開されています。」





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