2018年4月12日、お参りしました。前日に箕面観光ホテルに宿泊し、帰路で寄りました。
パンフレットより『当山は大阪平野の真北にそびえ数千年の昔より山自体の持つ霊力と1300年念じ込んできた念力により無類の聖地として崇拝されてきました。奈良時代初期神亀4年(727)善仲・善算両上人が山中に草庵を構え、光仁帝皇子開成(桓武天皇異母兄)が、両上人を師として仏界を求め、天平神護元年(765)弥勒寺を開創。「妙観」と言う観音化身の比丘と18人の仏師が白檀香木をもって、7月18日より8月18日までの間、身丈八尺の十一面先手観音菩薩を彫刻、本尊となす。よって全国観音縁日が18日と定まるは当山本尊より始まる。第六代座主行巡上人は、清和帝の玉体安穏を祈って効験を示した事により、王に勝つ寺「勝王寺」の寺名を賜ったが、寺側は王を尾の字に控え、以来「勝尾寺」(かつおうじ)と号す。元暦元年(1184)源平内乱の戦火に焼失した堂塔も源頼朝によって再建され以降、勝尾寺は各将軍より壮大なる荘園の寄贈をうけ、広く百済(韓国)国王も帰依するに至り、法灯が脈々と現在に伝えられている。現存する薬師堂は源頼朝、本堂と山門は豊臣秀頼の再建である。』
勝運の祈願として『源氏・足利氏等各時代の覇者達が当山に勝ち運を祈り、以来「勝運の寺」「勝ちダルマの寺」として勝運信仰の歴史をたどっています。勝運、厄除、試験、商売、スポーツ、芸事、病気等あらゆる勝負の勝運・成功いわゆるサクセスの願い事に日々参拝者が絶えず、勝尾寺の「勝ちダルマ」を授かり、己に勝って勝運をつかんだ人々の数は、計り知れません。境内には勝運成就し所狭しと奉納された勝ちダルマは、なによりもそれを物語っています。』
拝観料は400円です。
大阪府箕面市粟生間谷2914-1
map
仁王門
枝垂桜
弁天池
ダルマさん
三宝はらい荒神堂
本堂
鎮守堂
開山堂
水掛け観音堂
大師堂
鐘楼
不動堂
多宝塔
弁財天
パンフレットより『当山は大阪平野の真北にそびえ数千年の昔より山自体の持つ霊力と1300年念じ込んできた念力により無類の聖地として崇拝されてきました。奈良時代初期神亀4年(727)善仲・善算両上人が山中に草庵を構え、光仁帝皇子開成(桓武天皇異母兄)が、両上人を師として仏界を求め、天平神護元年(765)弥勒寺を開創。「妙観」と言う観音化身の比丘と18人の仏師が白檀香木をもって、7月18日より8月18日までの間、身丈八尺の十一面先手観音菩薩を彫刻、本尊となす。よって全国観音縁日が18日と定まるは当山本尊より始まる。第六代座主行巡上人は、清和帝の玉体安穏を祈って効験を示した事により、王に勝つ寺「勝王寺」の寺名を賜ったが、寺側は王を尾の字に控え、以来「勝尾寺」(かつおうじ)と号す。元暦元年(1184)源平内乱の戦火に焼失した堂塔も源頼朝によって再建され以降、勝尾寺は各将軍より壮大なる荘園の寄贈をうけ、広く百済(韓国)国王も帰依するに至り、法灯が脈々と現在に伝えられている。現存する薬師堂は源頼朝、本堂と山門は豊臣秀頼の再建である。』
勝運の祈願として『源氏・足利氏等各時代の覇者達が当山に勝ち運を祈り、以来「勝運の寺」「勝ちダルマの寺」として勝運信仰の歴史をたどっています。勝運、厄除、試験、商売、スポーツ、芸事、病気等あらゆる勝負の勝運・成功いわゆるサクセスの願い事に日々参拝者が絶えず、勝尾寺の「勝ちダルマ」を授かり、己に勝って勝運をつかんだ人々の数は、計り知れません。境内には勝運成就し所狭しと奉納された勝ちダルマは、なによりもそれを物語っています。』
拝観料は400円です。
大阪府箕面市粟生間谷2914-1
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仁王門
枝垂桜
弁天池
ダルマさん
三宝はらい荒神堂
本堂
鎮守堂
開山堂
水掛け観音堂
大師堂
鐘楼
不動堂
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