はぐれの雑記帳

極めて個人的な日めくり雑記帳・ボケ防止用ブログです

短歌に詠まれた霧島山

2016年04月30日 | 山靴の歌
霧島山 1700m)
短歌に詠まれた霧島山

     高千穂山
       いつ かみたけ
   高千穂の巌の神岳わが妻も足は萎ゆとも攀ぢむとぞ言ふ       川田 順
   青雲に峙つ厳し峰仰ぐとき神の天降りりしこと疑わず         〃
   高千穂は神岳ながら近づけば溶岩の赭気き斜面し見ゆも        〃
   大空の真日の直路のあきらけく照りとほりたり高千穂の峯に     前田夕暮
   高千穂の山ふところは、きのふけふ、陽がさ増しつつ、秋づきにけり 釋 超空
   高千穂の山の頂に息づくや大きかも寒きかも天の高山        斎藤茂吉
   高千穂の峰ほのぼのと青みたり神の笑らぎも聞きぬべきかな     与謝野寛
   白雲のよる高千穂をながめよと奥丁寝入りぬ薄の中に        与謝野昌子
   高千穂はおのれそそりて高天の真澄にさびし焼山のいろ       土屋文明
   神代のごと遠く思ひし高千穂の高嶺近う来てわが立つものか     尾上柴舟

     韓国岳

   山越しの遠いかづちの音すなり韓国嶽に雲わける見ゆ        西村光弘
   霧島の韓国嶽に夕陽落ち雨のはたぐもかげろひて来ぬ        花田比露思

 五月五日。霧島町の手前のモーテルを朝早く出発する。六時頃、霧島神宮に着く。ここは霧島神宮に参拝しなければならない。大きな鳥居の前の駐車場に車を止めて、長い砂利道の参道と階段を登ると、鬱蒼とした大木に囲まれて、厳かに朱色の神殿があった。参拝者のほとんどいない境内はじつに静寂としていて気持ちがいい。神殿に向かい二礼二拍手一礼をして、旅の無事を祈る。思ったほど広大な敷地とは思えなかったが、美しい神社である。

   早暁の霧島宮に神おわすいずまい正し二礼二拝す

 境内の坂本竜馬とお良の絵姿を型どって、顔だけ出して写真をとれるようになっているところがある。
 「竜馬とお良は高千穂山に新婚旅行で来たことがわかるね」と言った。もちろん高千穂山に登らせるための念押しみたいに。神社で静かな清々しい朝のひとときを過ごして気持ちがよかった。町中を過ぎると霧島山の大きな山が眺められる。 

高千穂山へ

高千穂ビジターセンター 7:00 高千穂峰 9:00~9:05 鞍部 9:10~9:20 高千穂ビジターセンター 10:35

 緑の濃い山道を曲がりくねり登り、えびの高原への分岐を右に道をとると、山中が突然開けて高千穂ビジターセンターに到着。
 駐車場の脇に大きなトイレの建物がある。駐車場はまだ七時だというのに七割かた埋まっている。登山の用意をしている人たちを眺めながら、私たちも登山の準備をする。今日のために裕子用の登山靴を用意してきた。二人で登るのは何年ぶりだろうか。
 大きな鳥居をくぐって広い霧島神社の旧社があったというところまで、参道と思える道が幅三十メートルほど、砂利轢きになっている。このひろさはなんのためだろうか、祭りのときにでも利用されるために広いのだろうかなどと、想像しながら旧社跡に着くと、ここから石積みの遊歩道になりかなり急であるが、しばらして瓦礫の火山特有の道があらわれて登山道になるる。裕子は毎日所沢の家の往復で坂道を歩いているので、なんとか着いて来る。小さい虫が飛んでまとわりつくのがいやらしい。御鉢と呼ばれる一三〇〇メートル位の地点までセンターから一気に三百メートルを登りる一時間は、足場も悪るく嫌な登りであった。本当にこの道をワラジで竜馬とお良さんは登ったのだろうかと一瞬疑ってしまう。見返れば新燃岳の火山口がまじかにあり、韓国岳がどんと構えている。そして眼下にはえびの高原の樹海が遠くまで広がってている。天気も上々である。御鉢までくると高千穂の峰が見える。高千穂の峰は写真でみた通り、この御鉢の肩と二千石(一三二一メートル)の肩の両方に担ぎあげられた神輿のような山の姿で、九州にあっては堂に入った立派な山である。御鉢からは噴火口の縁をめぐり、馬の背と呼ばれる鞍部にでる。ここから高千穂峰はわずかであった。登山者も多くなって、それらの人の後を追うように登る。
 霧島山全体を眺めていると、神は火とともに降臨した。大地に大きな力の衝撃があって、まさに隕石の衝突したような火口の形になったとしても当然だろうなどと、神話の世界にしばし遊んでいた。

   高千穂の大き火口は国産みの神降り立てるときの証しか
   妻ともに登り来たれる高千穂の峰より眺める空は霞める

 九時ちょうどに山頂到着。さきほどの虫が山頂で群れてとんでいる。ともかく天の逆鉾の前で写真を撮ってもらう。五月初夏の暑さに空気は膨らんで霞となり、展望はきかない。開門岳も桜島も見えない。深田久弥が登ったのは十二月だから、天気がよくても比較にならぬほど展望は悪かった。
 霧島山の雄大な姿を見渡して満足である。山頂でゆっくりしようかと思って、逆鉾の後ろに回り込んで岩場に腰を下ろしたが、虫の襲来で休むどころではない。そうそうにして山頂を下りることにした。逆鉾も確かめる間もなかった。虫が恨めしい。
 さきほどの鞍部でゆっくり休憩をする。一ノ瀬さんから頂いたみかんネーブルの合の子のような果物をほうばる。甘くて美味い。裕子も疲れた様子も見せていないので安心。一息ついたので下山することにした。私はまだ韓国岳を登らなければならないので、あまりゆっくりはできない。再び御鉢にでて、噴火口の縁を歩きいてまもなく、昨日の開門岳で一緒だったご夫婦とであう。
 「今日は奥さんも登られたんですか。」と先方の奥さんが、
 「そうなんですよ、約束したから。でもここだけです」と裕子。
開門岳では、山頂の直下で私とすれ違ったのだそうで、私が駆け下っていくので、声をかけられなかったのだそうだ。私は私でどこかで会えないかなと思って下っていたのだが、人忘れが最近激しいから、私が気づかずにいたのだ。ご夫婦は開門岳に登ったあと、指宿の砂風呂に入りに行ったのだそうだ。大変混雑していて二時間近く待たされたという。しかし雄風呂は大変に良かったとのこと。一度は行きたいのだが、今回は残念だった。私達も知覧での観光も魅力的であったことを報告した。
 ご夫婦は永島さんという方なのだが、これは何かの縁だからといってお互いの写真を撮り合った。私の住所を書いて、写真ができたら郵送してくれるという約束をしていただいた。大山に登る時には、一緒に行きたいものである。
 永島さんご夫婦と笑顔で別れてから、またガレの道を下ることになった。岩の上をひろって歩くより、富士山の砂走りのように、火山礫の道はザックザックと下るほうが早い。裕子に歩き方を指示してどんどん下った。ガレの道が終わったときにはやれやれと思った。
 旧社跡まで戻ると、朝不思議と思っていた参道の広い理由がわかった。なんのことはない、単なる駐車場部分なのだ。もう十時半にはギッシリと車で埋め尽くされている。ロマンチックな想いなど微塵もない。
 靴を履き替えるとすぐにえびの高原ビジターセンターに向かった。この様子では車を止められるかどうか心配になった。


韓国岳 
えびの高原 11:20 韓国岳 12:23~12:44 えびの高原 13:23

 えびの高原のビジターセンターは高千穂河原よりもはるかに混雑して、確かに連休期間なのだと思わせるほど賑わっていた。駐車場は満杯で路上に止めるしかない。韓国岳への登山道とビジターセンターの中間ほどの路上に、車を止めることができた。弘子は登らずビジターセンターで観光客の一人になって時間を過ごしてもらうことにする。今回は携帯電話をもっていくので連絡をとることができる。裕子にも携帯電話を持たせた。
 硫黄山への登山口から取り付いて、ストック二本で走るように登り始める。高千穂峰に比べるとはるかに足場はよい。東北の吾妻山を想い出した。裸の山だから天気さえよければ心配することはない。多くのハイカーとすれ違いながら韓国岳の火口壁にたどり着く。火口壁には柵が設えてある。危険防止のためだ。覗くと大きい噴火口である。山頂には一時間ほどで到着。山頂は大きな岩がごつごつしており、そのあちらこちらでハイカーが休憩している。
 韓国岳からの高千穂峰も美しい。霧島の最高峰がこの韓国岳なのだが、山の姿としては高千穂峰が優れていると思う。山頂で写真を撮ってもらう。霧島は大らかな山だ。温泉に入ってのんびり過ごしてみたい山である。人が多いといっても関東の観光地とは比較にならない。丁度昼なので、持参したパンを食べてなんとなくゆっくりしていた。虫がいない。風もほどよく、初夏の気持ちよさにほっーとしていた。余りのんびりもしていられない。また駆け下らなければならない。裕子に電話を入れる。下山したらもう一度電話をすることにして山頂を後にする。来た道を走るようにして下りた。二本のストックはじつに便利であった。
 車に戻ったのは、四十分後であった。裕子はビジターセンターの入口付近の路上で待っていた。多くの観光客で賑わうえびの高原ともお別れである。

人吉に出て松田屋という鰻屋で食事をし、その店の裏にある温泉で汗を流し、熊本へ、夜のライトアップされた熊本城を見て、阿蘇に向かった。



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