・右近は自分と同じように、
姫君のお気に入りである、
侍従という若い女房を、
味方にすることにした
若いけれど、
心柄もしっかりした女房なので、
「驚かないでね、実は・・・」
と打ち明けた
侍従はびっくりしたけれど、
秘密を洩らされた以上は、
協力しないではいられない
二人して人目をはばかりつつ、
匂宮をお入れしたのであった
そして薫の訪れのように、
人々をごまかした
宮はかねて、
心おきない所へ浮舟を連れ出して、
と思っていられたので、
時方においいつけになって、
川向こうの知るべの家に、
移れるよう手はずをつけさせられた
この邸だとて、
人目があって落ち着いていられない
用意をととのえてきた時方が、
準備ができたとご報告申し上げる
「行こう!」
宮はお立ちになり、
「どこへ?」
浮舟は驚いて見上げる
「あなたと私が、
二人でいられるところ
誰も邪魔をしに来ぬところ」
宮は浮舟を連れて、
外へ出られる
「これはどうしたこと
いったいどこへお連れになる、
おつもりでございますか」
右近は気も動転して、
心地は夢のようで、
わなわなと震えてしまった
「お待ち下さいませ、
宮さま・・・」
という間も与えず、
驚きおびえる浮舟を抱いて、
縁から下りられる
右近はとっさの分別で、
自分は後へ残って、
善後策を講じることにし、
浮舟のお供には、
侍従を従わせた
それは小さな、
柴積み用の舟だった
浮舟の部屋から、
あけくれ川面に散る、
木の葉のようにはかないものに、
見えた小舟にいま、
乗っているのだった
小舟は岸を離れ、
はるか向こう岸をさして漕ぐ
浮舟はどこか遠い国へ、
漕ぎだす思いで、
心細く恐ろしく
有明の月が夜空に高くかかり、
水の面も清らか
船頭が、
「これが橘の小島でございます」
といい、
棹をさしてお舟を止めるので、
ご覧になると、
大きな岩のような形で、
風情ある常盤木の橘が繁っていた
「あれをご覧
ときわ木の橘を
ささやかな木だけれど、
緑の色を変えない
千年たっても変らぬ緑
私のあなたに対する愛も同じだ」
浮舟も、
朝夕見慣れた島影ながら、
それは珍しく心に沁みた
「宮さまのお心は、
橘の色のように、
お変わりにならないとしても、
でも水に浮く舟のようなわたくし
どこへ流れていくのでしょう」
舟が向こう岸につけられ、
下りられる時も、
浮舟を人に托す気にはなれず、
ご自分で抱いてお下りになる
供人たちは、
(何だってそう、
田舎住まいの女を、
大事にされるのか)
と思うらしかった
その家は、
時方の叔父の因幡守が、
荘園に立てたささやかな山荘
まだ未完成の上に、
調度も山家風に網代屏風など、
備えられてある
御殿にお住いの宮のお目には、
物珍しいほど簡素なもの
風も防ぎきれない
垣根には雪がまだらに残り、
空は曇ってまた雪が降りだす
やがて朝日がさし初めた
侍従も悪くない若女房だが、
小さい家の中で間近く、
控えているのを、
「誰だね、お前は
私の名を洩らすのではない」
宮が仰せられるのを、
侍従は、
(宮さまの、
なんてすばらしいこと)
と思った
この山荘の留守番は、
時方をあるじと思って、
大切にかしずく
人交ぜせず、
二人きりの世界であった
「薫に操立てすることはない
彼は内親王を正室に頂いている身
その女二の宮をどんなに大切に、
あがめ仕えていることか」
宮は告げ口をなさって、
浮舟と薫の仲に、
水をさしたいお考え
侍従は恋を夢見る年頃とて、
物語にあるような、
宮と浮舟の忍び逢いを、
(すばらしいわ)
と思い入り、
時方と物語して過ごした
(次回へ)