『霧深き宇治の恋』

田辺聖子さん訳の、
「霧深き宇治の恋」上、下
(平成五年)新潮文庫

11、蜻蛉 ⑤

2024年07月21日 08時14分19秒 | 「霧深き宇治の恋」田辺聖子著










・(あんなに、
浮舟に執着していられたとは、
あの遊び人の宮が)

と薫は意外に思った

浮舟の葬式も、
簡略に済ませたのを、
薫は気にしていた

宮も、
どうお思いになるであろう

薫も不満である上に、
浮舟の死については、
不審な点も多い

自身、
宇治へ行って確かめたいが、
死穢に触れて長く忌籠り、
しないといけないのも困るし、
といって、
穢れに触れぬよう、
すぐ日帰りするのも、
悪い気がする

薫は迷っているうちに、
月が変って四月になった

浮舟が生きていたら、
今日、京へ移ってくる予定だった、
と薫は思う

丁度、
二條院に宮がおいでになるので、
薫は手紙をやった

宮は中の君とご一緒に、
亡き浮舟のことを、
しのんでいられた

中の君をご覧になって、

(異母姉妹だから、
似ている・・・)

と思われているところへ、
薫の手紙がきた

「ほととぎすが、
忍び音に鳴いて過ぎました
宮も声を忍んで、
お泣きになったのでは、
ありませんか
ほととぎすは冥界に通うという、
死出の田長ですから」

思わせぶりな文句じゃないか、
宮は警戒なさって、

「ほととぎすも、
うかつに鳴けないね、
きみのそばでは」

中の君は、
こんどの浮舟をめぐる事件の、
一部始終をすっかり知っていた

大君といい、
浮舟といい、
二人ともあわれにはかなく、
短い生涯を終えてしまった

どちらもとりどりに、
物思いを尽くして逝った

自分一人は、
苦労を知らずに来たので、
今まで、
生き長らえているのだろうか

(それだって、
いつまでもこの幸せは続くまい)

姉妹を失って、
いよいよ一人ぼっちに、
なってしまったと思うと、
中の君は心細かった

宮は、
やや落ち着かれてみれば、
やはり浮舟の急死が腑に落ちず、
詳しい事情がお知りになりたくて、
時方らを宇治へつかわされる

右近を迎えにやられたのだった

宇治では、
浮舟の母君は、
宇治川の水音を聞くさえ、
辛く悲しく京へ帰ってしまった

女房たちは、
念仏の僧ら数人と、
ひっそり暮らしている

そこへ時方たちは乗り込んだ

もはや警備の者たちも、
見とがめたりしない

右近は出て来て、
烈しく泣いた

時方は宮が、
浮舟の死の前後の事情を、
詳しくお知りになりたくて、
説明を求めていられることを、
話した

「今、私が参ったりしますと、
かえって人々の疑いを招きます
この忌籠りが果てましたら、
よそに用がありまして、
と人に言いつくろっても、
疑われはしますまい
その時までは」

右近は迎えに応じる気配も、
なかった

「宮さまが、
わざわざお車をつかわされた、
お気持ちを無になさっては、
お気の毒です
せめてもうお一方でも、
いらして下さい」

というので、
右近は侍従を呼んで、
行かせようとした

侍従はしぶっていたが、
参上することにした

侍従は黒い喪服を着て、
なかなか美しい女であった

鈍色の裳の用意がなくて、
薄紫色の裳を、
お供の女に持たせて、
車に乗った

侍従は道中、
泣く泣く、京へ来た






          


(次回へ)

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