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植物や鉱物だけからなる紫外線カット透湿フィルムを開発

2019-01-25 | 農業
 産業技術総合研究所化学プロセス研究部門機能素材プロセッシンググループ石井亮研究グループ長、敷中 一洋 主任研究員は、森林研究・整備機構森林総合研究所森林資源化学研究領域大塚祐一郎主任研究員と共同で、リグニンと粘土だけからなる透明で透湿性に優れた紫外線カットフィルムを開発した(2018.12.19)。
 近年、農業分野では、温暖化による気温上昇が引き起こす病害虫の活動活発化に伴う病害虫被害拡大が懸念されている。病害虫を防ぐ目的で防虫ネットを用いた場合は農薬を使用する必要があるが、病害虫の多くは紫外線への走光性を持つため、病害虫の侵入を防ぐ紫外線カットフィルムによる農業用被覆資材(ビニールハウスやマルチフィルムなど)が有効である。また、石油由来成分の使用による環境負荷を低減するため、石油由来成分以外の植物成分や鉱物成分を用いた機能材料開発が、持続可能な社会実現のために注目を集めている。しかし石油由来成分を用いない紫外線カットフィルムはこれまでにほとんど例が無く開発が望まれていた。
 リグニンは、耐熱性や紫外線吸収性を持つ植物由来の高分子であり、農業用紫外線カットフィルムなどへの利用が期待される。そこで、クレーストRとリグニンを組み合わせて、環境負荷の低い農業用被覆資材の開発に取り組んだ。
 研究の内容
 クレーストRは本来、紫外線吸収性を持たないため、紫外線カットフィルムとして用いるには紫外線吸収剤を別途添加する必要がある。クレーストRは水蒸気バリア性が高いため、農業用フィルムに求められる水蒸気透過性の付与も課題であった。一方、産総研は森林総研と共同で、「同時酵素糖化粉砕法」で抽出したリグニンを使った機能材料を2016年に開発した。同時酵素糖化粉砕法は、強酸や強アルカリを使わないので成分の変質が少ない水分散性リグニンナノ粒子を抽出できるが、このリグニンナノ粒子単独で自立膜とするのは困難であった。そこで今回、水分散性リグニンナノ粒子が紫外線吸収性を持つことに着目し、クレースト作製技術を用いてリグニンナノ粒子を含む自立膜を開発した。水分散性リグニンナノ粒子は水中でクレーストRの主成分である粘土と簡単に混合でき、その混合液を用いて製膜すると、リグニンナノ粒子を含むクレーストR (リグノクレースト)が得られる。
 まず、紫外可視分光法により確認されたリグノクレーストの280nmから400nmの領域での紫外線遮蔽率は0.03mmの膜厚で99%以上であった。これは、従来の農業用紫外線カットフィルム(0.1mm厚で紫外線遮蔽率90%程度)に比べ高い紫外線吸収性である(図1左)。この紫外線吸収性はリグニンが持つフェノールやケトンなどの発色団構造に由来するもので、同時酵素糖化粉砕法で抽出したリグニンでは発色団構造の変性が抑制されたため実現できた。
 次いで、防湿包装材料の透湿度を試験するJIS Z0208に従ったカップ法でリグノクレーストの水蒸気透過性を調べたところ、その透湿度は1,100g/m2・dayで、従来の農業用紫外線カットフィルムに用いられる多孔性ポリオレフィンの透湿度(1,200g/m2・day)に匹敵する値であった。これまでに、ほとんど水蒸気を通さないクレーストRが開発されているが、その透湿度は10-5 g/m2・dayであった。この高い水蒸気バリア性は、緻密に積層した粘土の間を有機物質が埋める構造による。
 リグノクレーストは、透過型電子顕微鏡による観察より、リグニンもしくは粘土からなる数十nm厚の層が交互に積層し、かつクレーストRより空隙を含む構造であった。水蒸気はリグニン層に含まれる数十nmの空隙を通って透過すると考えられる。リグノクレーストの特異な積層構造の形成過程は明らかではないが、その構造形成にリグニンナノ粒子が大きく寄与したと推測される。なお、リグノクレーストの難燃性は従来のクレーストRと同等であった。リグノクレーストはJISK7162に従った引張特性試験では破断強度480MPa、弾性率770MPaを示し、透明でありながらリグニンに由来する木肌色を呈する。
 リグノクレーストは、農作物生育に必要な透湿性と従来よりも高い紫外線吸収性を持つため、病害虫を寄せ付けない紫外線カットフィルムとして優位性を持つ。また、従来の農業用紫外線カットフィルムは、石油由来成分を用いた塩化ビニル系樹脂やポリオレフィン系樹脂などが主で、使用後は回収・焼却処分が必要である一方で、リグノクレーストは、植物・鉱物由来成分だけからなり、リグニンには生分解性が期待され、粘土成分はそのまま土に戻るため、すき込み処分できると見込まれ、農業用被覆材として用いると、作業のコスト低減や効率化が期待される。
 用語説明
 ◆リグニン
 植物の25~35%を占める構成成分として重要な高分子化合物。ベンゼン環に水酸基、メトキシル基などが結合した基本要素を持つポリフェノール類である。植物の細胞や細胞壁を結合させ、強化する成分。
 ◆粘土
 2 μm以下の微細な層状珪酸塩。ケイ素と酸素からなる4面体シートとアルミニウム、鉄、マグネシウムなどの金属元素、酸素、水酸基からなる8面体シートが重なり合った、厚さ約1nmの単位結晶である。
 ◆クレーストR
 産総研で開発された、粘土を主成分とする膜材料。厚さ約1nmの粘土を緻密に積層した柔軟で耐熱性に優れた膜である。耐熱性、高ガスバリア性などが特徴。合成粘土を用いることにより透明なフィルムも作製することができる。
 ◆発色団
 可視領域や紫外領域などの光を吸収する原子ないし原子団。
 ◆同時酵素糖化粉砕法
 植物の粉砕と同時に酵素糖化を行うことで、強酸・強アルカリを使わずにリグニンを変性の少ない水分散性ナノ粒子として抽出する技術。酵素糖化とは、酵素によって、多糖を単糖やオリゴ糖に変化させる方法であるが、同時酵素糖化粉砕法では、酵素にセルラーゼ・ヘミセルラーゼを用いている。
 ◆紫外線遮蔽率
 320~400 nm(紫外線A波:UVA)や280~320nm(紫外線B波:UVB)の波長領域の紫外線を遮蔽する割合。それぞれの波長の紫外線は太陽光線に含まれ、照射により樹脂の劣化や肌におけるシミやしわの発生などを引き起こす。
 ◆カップ法
 吸湿材を入れ試験膜で蓋をしたカップを恒温恒湿で静置し、カップの質量変化から膜を通過した水蒸気量を算出、透湿度を計算する方法。
 ◆すき込み処分
 農機具や鍬などで土に混ぜ合わせる農業用資材の処分法。

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