東京医科大学ナノ粒子先端医学応用講座(現・ケミカルバイオロジー講座)の半田宏特任教授(東京工業大学 名誉教授)および伊藤拓水准教授、東京工業大学 生命理工学院の山口雄輝教授、イタリアミラノ大学のルイーサ・ゲリーニ(Luisa Guerrini)博士らの国際共同研究グループは、サリドマイドの深刻な奇形がp63というタンパク質の分解によって引き起こされることを明らかにした(10月8日発表)。
要点
〇サリドマイドは胎児に催奇形性を示す薬剤ですが、サリドマイドはp63というタンパク質の分解を誘導することで手足や耳の発生を阻害していることがゼブラフィッシュのモデル実験系により明らかとなりました。
〇サリドマイドは本研究グループが以前に同定したサリドマイド標的タンパク質、セレブロンに結合し、セレブロンの働きを乗っ取ることで、p63の分解を誘導します。
〇本成果により、サリドマイド催奇形性の詳細なメカニズムが判明しました。本研究の知見を活かして、サリドマイドの副作用を軽減した新薬が開発されることが期待されます。
本研究で得られた結果・知見
イタリア・ミラノ大学のルイーサ・ゲリーニ博士は長年にわたって手足や耳の発達を担うp63タンパク質の研究を行ってきた。東京医科大学と東京工業大学の研究グループとゲリーニ博士はp63とサリドマイド催奇形性の関係を検証するために国際共同研究を開始した。
ヒト培養細胞を用いた研究により、サリドマイドによってp63の分解が誘導されることや、この分解にはセレブロンによるp63のユビキチン化が関わっていることなどを明らかにした。次に、p63が実際にサリドマイドの催奇形性に関与するかどうかについて、ゼブラフィッシュを用いた解析を行った。p63には大小2つのタイプ(TAp63とΔNp63)が存在するが、サリドマイドに耐性を与える点変異をもった変異体タンパク質をゼブラフィッシュに強制発現させたところ、TAp63変異体の発現はサリドマイド処理による耳の奇形を抑制し、ΔNp63変異体の発現はサリドマイド処理による胸びれ(手足に相当)の奇形を抑制するという結果が得られた。
過去の研究結果から、TAp63は聴覚の形成に関わることが知られていたが、本研究によりサリドマイドはTAp63の下流にある聴覚形成関連因子Atoh1の発現を抑制することが分かった。一方、ΔNp63は手足・胸びれの形成に必須な増殖因子、Fgf8の発現を制御しているが、本研究によりサリドマイドはΔNp63の下流にあるFgf8の発現も抑制することが分かった。以上の結果から、手足や耳の奇形は、サリドマイドと結合したセレブロンがTAp63とΔNp63の分解を誘導することにより引き起こされるという結論が得られた。
今後の研究展開および波及効果
本研究はサリドマイドの催奇形性に関わるセレブロンのネオ基質がp63であることを明らかにしたものであり、サリドマイド催奇形性に関する長年の謎の解明を一層推し進めるものである。近年、サリドマイド骨格をもつ医薬品の研究開発が精力的に進められており、例えば米国セルジーン社が開発した抗がん剤レブラミドとポマリストは合わせて年間1兆円の世界売上をあげている。しかしこれまでは副作用に関与するネオ基質が不明だったため、催奇形性のない薬剤の開発は困難であった。本研究の成果により、p63の分解を誘導しない安全なサリドマイド系新薬の開発が今後期待される。
◆用語説明
ユビキチンリガーゼ
ヒトが誕生し成長し死を迎えるように、タンパク質にも合成から分解に至るまでの一生がある。生命活動を行っていく上で、個々のタンパク質の分解は合成と並んで大変重要である。この分解過程に関わる酵素の一種がユビキチンリガーゼである。この酵素は、分解すべきタンパク質にユビキチンと呼ばれる廃棄処理用の目印をくっつける役割を果たす
◆サリドマイドの催奇性
サリドマイド (thalidomide) は1957年にグリュネンタール社から発売された睡眠薬の名称である。副作用により多くの奇形児が誕生し、一時的に販売中止となった。現在はアメリカ合衆国等でハンセン病治療薬として市販されている。
市販のサリドマイドには光学異性体があり、等量のR体とS体が混ざったラセミ体として合成される。開発された当時の技術では分離が難しく、ラセミ体のまま発売された。後にR体は無害であるがS体は非常に高い催奇性をもっており高い頻度で胎児に異常をひき起こすこと、さらに流産防止作用もあるとの報告があった。四肢の発育不全を引き起こし手足が極端に未発達な状態で出産、発育する(アザラシ肢症)のが主な症状であるが知覚や意識、知能に影響はほとんど見られない。
光学異性体が原因か
現在の技術ではR体・S体の分離(光学分割)、および一方のみを選択的に合成(不斉合成)することも可能である。2001年、不斉合成の研究で野依良治氏がノーベル化学賞を受賞している。しかし、R体のみを投与しても比較的速やかに(半減期566分)生体内でラセミ化することが解っている。このため単純にR体が催眠作用のみを持ち、S体が催奇性だけを現すという当初の報告は疑問視されている。
もともとはてんかん患者の抗てんかん薬として開発されたが、効果は認められなかった。その代わりに催眠性が認められたため、睡眠薬として発売された。当初、副作用も少なく安全な薬と宣伝されたことから妊婦のつわりや不眠症の改善のために多用されたことが後の被害者増加につながった。
サリドマイドの毒性が確認された後、薬に対しての副作用、安全性、妊婦および胎児への影響の調査が強化された。しかし、深刻な薬害の発生はその後も続いている。また製剤の中には鏡像異性体を持つものも多いため、これについても注意が払われるようになった。
今日の天気は曇り。夕方から雨の予想。気温は低く、最高気温19℃とか、散歩に上着がいる。
今日のお花は、先日(10月1日)旅行に行った「遠野伝承園」の庭の”イチイ”の赤い実。
「遠野伝承園」
岩手県遠野地方のかつての農家の生活様式を再現し、伝承行事、昔話、民芸品の製作・実現などが体験できる。園内には国の重要文化財旧菊池家住宅、「遠野物語」に話者であった佐々木喜善の記念館、千体オシラサマの御蚕神堂(オシラ堂)などがある。
赤い実がなるのは雌株、”イチイ”は雌雄異株である。赤い実と言ったが、赤いのは外側の多汁質の仮種皮で、中には黒い丸い種子がある。赤い仮種皮は甘く、小さい頃には良く採って食べた。その頃は”オンコ”と呼んでおり、この名はアイヌ語(onko)からで、東北地方の方言・・らしい。黒い種子に有毒アルカロイドのタキシンが含まれており、食べられない・・食べても固くて苦い。
”イチイ”は庭木や生垣で良く使われる常緑針葉樹である。
名(イチイ:一位)の由来には、古代(一説には仁徳天皇の時代)に高官の笏の材料にこの木が使われたからとの説、この木を使って笏を作った人が一位を賜ったとの説などがある。これらの説の様に木材として、緻密で狂いが生じにくく加工しやすく、光沢があって美しく、工芸品・天井板・鉛筆材など使われる。岐阜県飛騨地方の伝統工芸「一位一刀彫」が有名。
イチイ(一位)
別名:笏の木(しゃくのき)、蘭(あららぎ)、おんこ
英名:Japanese yew
学名:Taxus cuspidata
イチイ科イチイ属
常緑針葉樹
寒さに強く、北海道までの寒冷地帯でも育つ
開花期は3月~4月
果実は10月頃に熟す
要点
〇サリドマイドは胎児に催奇形性を示す薬剤ですが、サリドマイドはp63というタンパク質の分解を誘導することで手足や耳の発生を阻害していることがゼブラフィッシュのモデル実験系により明らかとなりました。
〇サリドマイドは本研究グループが以前に同定したサリドマイド標的タンパク質、セレブロンに結合し、セレブロンの働きを乗っ取ることで、p63の分解を誘導します。
〇本成果により、サリドマイド催奇形性の詳細なメカニズムが判明しました。本研究の知見を活かして、サリドマイドの副作用を軽減した新薬が開発されることが期待されます。
本研究で得られた結果・知見
イタリア・ミラノ大学のルイーサ・ゲリーニ博士は長年にわたって手足や耳の発達を担うp63タンパク質の研究を行ってきた。東京医科大学と東京工業大学の研究グループとゲリーニ博士はp63とサリドマイド催奇形性の関係を検証するために国際共同研究を開始した。
ヒト培養細胞を用いた研究により、サリドマイドによってp63の分解が誘導されることや、この分解にはセレブロンによるp63のユビキチン化が関わっていることなどを明らかにした。次に、p63が実際にサリドマイドの催奇形性に関与するかどうかについて、ゼブラフィッシュを用いた解析を行った。p63には大小2つのタイプ(TAp63とΔNp63)が存在するが、サリドマイドに耐性を与える点変異をもった変異体タンパク質をゼブラフィッシュに強制発現させたところ、TAp63変異体の発現はサリドマイド処理による耳の奇形を抑制し、ΔNp63変異体の発現はサリドマイド処理による胸びれ(手足に相当)の奇形を抑制するという結果が得られた。
過去の研究結果から、TAp63は聴覚の形成に関わることが知られていたが、本研究によりサリドマイドはTAp63の下流にある聴覚形成関連因子Atoh1の発現を抑制することが分かった。一方、ΔNp63は手足・胸びれの形成に必須な増殖因子、Fgf8の発現を制御しているが、本研究によりサリドマイドはΔNp63の下流にあるFgf8の発現も抑制することが分かった。以上の結果から、手足や耳の奇形は、サリドマイドと結合したセレブロンがTAp63とΔNp63の分解を誘導することにより引き起こされるという結論が得られた。
今後の研究展開および波及効果
本研究はサリドマイドの催奇形性に関わるセレブロンのネオ基質がp63であることを明らかにしたものであり、サリドマイド催奇形性に関する長年の謎の解明を一層推し進めるものである。近年、サリドマイド骨格をもつ医薬品の研究開発が精力的に進められており、例えば米国セルジーン社が開発した抗がん剤レブラミドとポマリストは合わせて年間1兆円の世界売上をあげている。しかしこれまでは副作用に関与するネオ基質が不明だったため、催奇形性のない薬剤の開発は困難であった。本研究の成果により、p63の分解を誘導しない安全なサリドマイド系新薬の開発が今後期待される。
◆用語説明
ユビキチンリガーゼ
ヒトが誕生し成長し死を迎えるように、タンパク質にも合成から分解に至るまでの一生がある。生命活動を行っていく上で、個々のタンパク質の分解は合成と並んで大変重要である。この分解過程に関わる酵素の一種がユビキチンリガーゼである。この酵素は、分解すべきタンパク質にユビキチンと呼ばれる廃棄処理用の目印をくっつける役割を果たす
◆サリドマイドの催奇性
サリドマイド (thalidomide) は1957年にグリュネンタール社から発売された睡眠薬の名称である。副作用により多くの奇形児が誕生し、一時的に販売中止となった。現在はアメリカ合衆国等でハンセン病治療薬として市販されている。
市販のサリドマイドには光学異性体があり、等量のR体とS体が混ざったラセミ体として合成される。開発された当時の技術では分離が難しく、ラセミ体のまま発売された。後にR体は無害であるがS体は非常に高い催奇性をもっており高い頻度で胎児に異常をひき起こすこと、さらに流産防止作用もあるとの報告があった。四肢の発育不全を引き起こし手足が極端に未発達な状態で出産、発育する(アザラシ肢症)のが主な症状であるが知覚や意識、知能に影響はほとんど見られない。
光学異性体が原因か
現在の技術ではR体・S体の分離(光学分割)、および一方のみを選択的に合成(不斉合成)することも可能である。2001年、不斉合成の研究で野依良治氏がノーベル化学賞を受賞している。しかし、R体のみを投与しても比較的速やかに(半減期566分)生体内でラセミ化することが解っている。このため単純にR体が催眠作用のみを持ち、S体が催奇性だけを現すという当初の報告は疑問視されている。
もともとはてんかん患者の抗てんかん薬として開発されたが、効果は認められなかった。その代わりに催眠性が認められたため、睡眠薬として発売された。当初、副作用も少なく安全な薬と宣伝されたことから妊婦のつわりや不眠症の改善のために多用されたことが後の被害者増加につながった。
サリドマイドの毒性が確認された後、薬に対しての副作用、安全性、妊婦および胎児への影響の調査が強化された。しかし、深刻な薬害の発生はその後も続いている。また製剤の中には鏡像異性体を持つものも多いため、これについても注意が払われるようになった。
今日の天気は曇り。夕方から雨の予想。気温は低く、最高気温19℃とか、散歩に上着がいる。
今日のお花は、先日(10月1日)旅行に行った「遠野伝承園」の庭の”イチイ”の赤い実。
「遠野伝承園」
岩手県遠野地方のかつての農家の生活様式を再現し、伝承行事、昔話、民芸品の製作・実現などが体験できる。園内には国の重要文化財旧菊池家住宅、「遠野物語」に話者であった佐々木喜善の記念館、千体オシラサマの御蚕神堂(オシラ堂)などがある。
赤い実がなるのは雌株、”イチイ”は雌雄異株である。赤い実と言ったが、赤いのは外側の多汁質の仮種皮で、中には黒い丸い種子がある。赤い仮種皮は甘く、小さい頃には良く採って食べた。その頃は”オンコ”と呼んでおり、この名はアイヌ語(onko)からで、東北地方の方言・・らしい。黒い種子に有毒アルカロイドのタキシンが含まれており、食べられない・・食べても固くて苦い。
”イチイ”は庭木や生垣で良く使われる常緑針葉樹である。
名(イチイ:一位)の由来には、古代(一説には仁徳天皇の時代)に高官の笏の材料にこの木が使われたからとの説、この木を使って笏を作った人が一位を賜ったとの説などがある。これらの説の様に木材として、緻密で狂いが生じにくく加工しやすく、光沢があって美しく、工芸品・天井板・鉛筆材など使われる。岐阜県飛騨地方の伝統工芸「一位一刀彫」が有名。
イチイ(一位)
別名:笏の木(しゃくのき)、蘭(あららぎ)、おんこ
英名:Japanese yew
学名:Taxus cuspidata
イチイ科イチイ属
常緑針葉樹
寒さに強く、北海道までの寒冷地帯でも育つ
開花期は3月~4月
果実は10月頃に熟す
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