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朝日記171106 「制度論とモラリティ」(その1)制度の概念についてと今日の絵

2017-11-06 18:27:53 | 社会システム科学

朝日記171106 「制度論とモラリティ」(その1)制度の概念についてと今日の絵

絵は(赤いフードの見える公園)と(芦ノ湖)の2点です。

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 なお、続きのその2は以下です;

朝日記171106 制度とモラリティ (その2) 社会道徳ということについてと今日の絵

-徒

然こと- 

 

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「制度とモラリティ」(その1)

~制度の概念について~

荒井康全

 

 

 

 制度とそれがもつ社会的な道徳性について語ってみたいと考えました。お付き合いください。

(その1)「制度の概念について」

徒然こと1 Institutionって?

徒然こと2「Social Institutionについて」

スタンフォード・哲学百科から

徒然こと3 所感 Institutionについて

 

(その2) 「社会道徳性ということについて」

徒然こと1 敬愛する友人からの問いかけ‘Moral revolution’

徒然こと2 Moralityについての見解

徒然こと3 所感 「悪意」と「善意」についての論の切り口

本稿では、(その1)をお話しします。

 

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「制度の概念について」

 

徒然こと1 制度Institutionって?


話しはとびますが、英語の文献のなかでInstitutionとこれと対になる語でagencyに出会いました。これらの日本語訳と意味がかねがね気になっていていました。特に、Institutionについて、ブリタニカ辞書あたりでは、かなり丁寧な説明がみられました。 また、現代の社会学では、なにを意味するかという視点で、筆者の座右の岩波哲学・思想事典とさらにスタンフォード大学の哲学百科[1]で見比べることをしたりしています。日本語では、「制度化」ということに収まらざるを得ないのですが、我々日本人がこの言葉をどのように捉えているか自分を含めて、大変 おぼつかないところです。 多分、政府など公的機関での「制度化」としての意味論のなかで漠然としておさまっています。 具体的に指させば、政府、家族、言語、大学、病院、企業、そして法体系ということで一定の意味を表すことができます。
 スタンフォードの解説を頭のなかでのkeywordsで反芻しますと、以下のようになります。まずJohn Turnerという学者の定義をご紹介します。
 Institutionの定義をつぎのように与えます;
1. 社会的構造の特定の形式において内在している位置づけ、役割り、規範および価値の複合体、および
2.以下を基本的課題としてもち、組織化過程にある人間活動で比較安定的な範疇のもの;①生命系の持続資源を生み出すことにおいて、②「個人」の再生産することにおいて、および③所与の環境の中での生きがいのある社会構造を持続することにおいてです。さらに加えて Giddensという学者は
3.それ自身が、社会生活の永続的な形態をもつものとします。
4.Harreという学者は、さらに、明示的で、かつ実践的な結果を伴う構造として表現しています。たとえば、学校、店、郵便局、警察署、亡命、および英国君主をあげます。
ずいぶん まわりくどい定義をしていますね。これには現代西側社会の基本問題への取り組みのパラダイムを含んでいるからであると考えます。世界は、経済のグローバル化や持続型地球環境などを通じて、異なる文化的な価値の所有者間の問題不調性(共約不可能性(incommensurability))問題がさまざまな局面で登場します。
 このようなことを研究するのは、社会学者の専業ですが、価値の根源問題を含むので哲学的な思考と行動枠組みとしての位置付が必要で、その意味で際立って学際的ならびに総合知による理念と概念構築が必要となっていると理解します。
そこで さらに加わるのが
5.Institutionの思考モデル概念としてはつぎの4つがあがります。
構造(structure)、機能(function)、文化(culture)、認可(sanction)
 Institutionという概念は、そういう意味では、これまでの「制度化」ということは 異なる意味論をもっているということに気が付きます。 とくに文化が入ってくりところ際立った特徴です。 (sanctionの本来の意味が、聖なる至上の権威からの許しという意味をもつものに改めて興味を感じました。本来、 相手に対して単なる敵対や妨害の意図ではなく、義を護るためへの 対象への制限を意味するものであったようです)。 


徒然こと 2 「Social Institutionについて」
  スタンフォード哲学百科でのSocial Institutionの解説は、全体が5章からの構成になっています。 上述の定義にはじまり、社会学的な背景であるつぎの二つが説明されます。ひとつは、Institutionの集合的受容論からの形成根拠(Collective Acceptance Theory of Institution)と、もうひとつはInstitutionとしての特定目的論追及根拠(Teleological Accounts of Institution)であります。
これを受けて、Institutionとそれを担う主体者であるAgency(任務者)との関係が第4章で登場します。
終章の第5章は法的つまり Social Institution and Distributive Justiceが置かれます。
全体を通してみて、おもしろいと思ったのは、このDistributive Justiceです。
正義(a right)と合法(a just)は異なる概念として説明します。ホロコーストは、正義(right)ではないが、合法(justice)ということはありうるというものです。 正義と合法は同義ではないところです。もうひとつあげますと、刑法(Penal law)は基本は復讐法(Retreat law)であるおして、Institutionでの問題次元とは、きりはなします。 ここで出てくるのは、共約不可能性問題のように、問題ごとに 公正的(just)であるか、非公正的(unjust)であるかがわかれるような懸案が日常に表れる場合です。これを Distributive Justiceと呼んでいます。(日本語では如何に訳されていますか?)この典型的な例は、社長が一般従業員の50倍の給与をもらうのは、正義(a right)であるか、公正(a just)であるかという問題としてでてきます。西側の世界では 特に米国でのルール意識として'primo facie unjust'という原則がここで紹介されます。上のような事実が出てきたときに誰も、非公正unjustとしてなにも言わないならば、これは合法(認可)justiceとされるとします。 メンタルの根底では 道義的(moral)な正しさ(a right)としてどうなのかの問題をのこすことは想像されます。ここでの解説で一番おもしろいのは,アメリカは、ときに、「非公正社会」といわれていると言い切るところです。(the USA is sometimes said to be an unjust society.) よくいえば、justとunjustのせめぎ合いの弁証法的な展開をしているとみるべきでしょう。(問題があるから建設的という逆説にもなります)
 正しさや正義の問題は、宗教や道徳をふくむ価値の問題と考えられます。 その不調性が知的枠組みの外に置かれることが、共約不可能性として社会的な不安定性を発生(emergence)することになるというものです。 この問題は、'Absence of Social Institution'として基本問題の認識とその取組みの社会的認知(認可)をすること(a sanction )の重要性を説きます。(ある意味で「問題の発見」であるともいえます)

徒然こと 3 所感; Institutionについて

所感としては、つぎのことをあげておきます。
1.Institutionを、構造~機能~文化~認知のシステムとしてとらえるところが、これまでの情報システム論に対して、あたらしいシステム論へと向かわせることになるものであると理解しました。 つまり、これまでのサイバネティックスの思考枠組みは 基本的には、目的関数(入力と出力、目的限度判定)+制約条件(構造~機能)でありました。ここでは、「文化」とその「認可」が加わります。つまりこれまでの市場効用主義的価値または目的の選択の自由のなかに、社会道徳な制約をつよく意志することが要求されてきます。別の表現をすれば 思考の二元系であるNoumenon(思弁系、理念系)とPhenomenon(現象系、概念系)では、後者については思考モデルとしては明示的に努力するが、前者については人間の自由という名において、切り離し、思考の対象の外に置かれました。前者を対象にするためには、 別途に文系学問のなかでの組織機能論として区分し、自然学系であるPhenomenon(現象系、概念系)とは独立的な別枠として考えられてきたようにおもいます。 
2.ところでやや唐突であるが日本の近代産業社会は、ある側面で、きわめてinstitutiveであったという思いがあります。たとえば以下の例です;
*明治期に東京帝国大学に工科大学を世界で初めて設立したこと、科学技術を制度的Institutiveに位置づけています。
*また、第二次大戦後は、(TQC 話はすこし古いかもしれませんが)日本の品質管理運動でいう、全社的品質管理の理念は、企業文化を上下のカウンターカレントな活動を顕在し、欧米の品質保証を一気に凌駕してきたことがあげられます。 これは’初期的 Institution ’でもあったとも顧みるものであるといえます。 一方、
3.Social Institutiveという思想・哲学上の枠組みへの発想は未発達で来たのではないかと思われます。 たとえば日本の近代産業社会全体をInstitutionの設計として依然として、まとめ得ていない。 
*ISOなど世界標準、Industry 4などのロボットネット産業や、太平洋パートナーシップTPPは、地球次元でのSocial Institutionであるとみることができます。これを設計していく実力が当然期待される。このような筋を通して、はじめて国際社会での説得力や指導力が確保されるとおもいます。
以上です。大分ながくなり、目下、思考過程の段階にあります。Institutionが実効に移るときに一番重要なのは、人間社会において運営していくときの判断根拠が明らかになっている必要があります。次の稿で、社会道徳性Moralityの問題を述べてみたいとおもいます。2017/11/3稿

(上席化学工学技士)

 

 (芦ノ湖)



[1] Stanford Encyclopedia of Philosophy ネットで公開されています。


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