朝日記10710 something strange(6)
朝日記210702 Essay collectives "Something Stranges" (2013)
「あわれな娘よ、どんな目にあわされたの」と今日の絵おはようございます。
夏はやはり6時前の空気が一番よいです。
きのうは夕刻になってから大分すずしくなり
凌げました。
きょうはクロッキーにいきます。
あと、土曜日にある学会用のプレゼン資料に集中します。
徒然ごと
きのうのつづきです。「われわれは何を望んでよいか」 ここに自分を見つめる目があり、また、共存していくためのミッションが言語化されていきますね。
*大分古いものですが、1992/5/25日付の自分のノートメモを取り出しました。つぎのようなタイトルです;
作業資料2 三上かーりん:「あわれな娘よ、どんな目にあわされたの」~Mignonとはいったい何者なのか~を読んで思うこと
*大英百科事典(ブリタニカ)の索引で aethetics,history of, Kant and later aethetics, Goetheというのがあって、その原文からワープロの書き写しです。
*ミニオンの話はながくなってしまいますが
トーマのオペラのアリア「君知るやみなみのくに」がむかし浅草オペラあたりで一世を風靡したようです。
*ブリタニカでの記述がおもしろく きのうは見入っていました。 カントの美学(Aethetik)として、こんな説明があります。
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*望みdesire(freedom, love) と 生きるneed(life)との葛藤が人間のありかたとして基本で、それをつなぎharmonizingしてくれる心的能力がbeauty(美的判断力)として位置づけるというものでした。 彼は 芸術作品の評価をするアプリオリな根拠をさがして ついに ここに至ったようです。
*通常の「ああきれい」というagreeableなものと違う美で あえてAethetikとギリシャ語を借りてきます。この語を美にあてているのはドイツ人だけであるそうです。(注:日本でも「エステ」として、ことばそのものは流布しています。)
*この実験をゲーテが詩作のなかでおこない、ドイツロマン派への窓をひらくわけです。シラーの「歓喜のうた」、これを使ったベートーベンの交響曲第九番はaethetikの恰好の例となるとおもいます。
*「ひとつに(at-one-ment)」という表現もあり、自由解放への「ミッション」としう精神的な使命をも担わせたともいえましょう。
*特筆しているのは その時代にうまれたドイツ音楽の卓越さで 息をのむ(breath taking)と表現しています。
*私のノートには このあと desireとneedsの図式を描き、
人間の成長を観ようとします。この一連の図の最後に desireが蒸発してneedsのみの図式をのこして、マックス・ヴェーバーのモデルと銘してありました。
プラグマティズムの図となります。
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もうひとつ おもしろいことばで ギリシャ語からくるもので Noumenonに着目しました。 これはPhenomenonと対になる認識概念です。
しらべてみると われわれの認識の「対象」には
Noumenon 「可想体」(原語はthinkを意味しています)
Phenomenon「可視体」 (原語はshowを意味しています)の二つあるとします。
* プラグマティズムでは「可視体」、ひろくつかわれている「現象体」としてのみ「対象」のドメインとしているということに、あえて注意の喚起を促されるところとおもいました。
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蛇足ですが、「あこがれを知る人ぞのみ(Nur wer die Sehnsucht kennt)」、チャイコフスキーの歌曲ミニオンを 好んで演奏しました。
音楽絵画のなかで なんどか使わせてもらっています。
ご参考として、よろしければ以下をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=pQcRNaN8R00&list=PLJ-2JTwLfCf3l8GZJeWHuL1fes2JGWIrG
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