ライプチッヒ音楽日記

ライプチッヒ生活を日常の身近な音の話や音楽を中心に紹介したいと思います。時にワインや絵の世界にも飛んでみたいと思います。

石畳

2007年05月30日 22時21分52秒 | ドイツの日常
旧東ドイツ側に多いのでしょうか?中小都市は何処も市内は石畳です。それも手入れが行き届いていないせいで、でこぼこ、制限速度は30kmでなくても、とてもそんなに走れません。なぜなら、車のおなかを道路でこすってしまうからです。
夜になると静かな街中を、車のタイヤが石畳をこする音だけが聞こえてきます。
なれないうちは気になりましたが、もうほとんど感じなくなりました。
でも昔はここを馬車が通り、蹄の音が甲高く響き渡り、結構いまより騒々しかったのではと想像します。イタリアでもローマ時代の石畳がアッピア街道などに残っているようですが、日本では見られない風景です。石畳がよくニュースに登場するのは、デモが暴徒化して、石畳を剥がして投石するシーンです。あまり良い景色ではありませんが、道路に石を敷き詰めて、間に砂を入れているだけなので簡単にはがれます。
これは日本にはない光景かと思いました。

ライプチッヒのワーグナー

2007年05月29日 23時23分22秒 | ワーグナー
ライプチッヒで生まれ育ったワーグナーの生家は、今は跡形もありません。ただ昔デパートであった建物(今は取り壊しを待つ廃墟)の壁に、プレートが残るのみである。確かにバッハのように円熟期を過ごしたわわけでもなく、記念碑的作品を残したわけでもない。むしろライプチッヒはふるさとであっても、逆にワグナー自身にとって、暖かい存在ではなかったのかもしれません。
しかし、リングの中の英雄ジークフリードのジークりデとジーククムンデが親として出てきます。ジークリンデのリンデは、菩提樹、菩提樹はライピチッヒを意味します。こんなところにもWAGNERの屈折はしても故郷を思う気持ちがあらわているのではと素人ながら感じます。なぜか、急に室生犀星作詞、の男声合唱曲「ふるさと」を思い出します。ふるさとは、遠きにありておもうものというのがワグナーの故郷感と、ぴったりと感じられます。
ライプチッヒはワグナーには冷たいと言うのが私の気持ちです。さきのデパート跡地の前がワグナー広場、オペラ座の前で駅前に面した通りがWAGUNERSTRASSE(ワグナー通り)ですが、ワグナーの銅像もひっそり駅前公園のなかにあります。バッハやメンデルスゾーンなどに比べて博物館もなく、不当に取り扱いが冷たい。これがまたライピチッヒのひとつの顔なのです。因みにワグナー協会はライプチッヒに存在します。商売上手のあばちゃんがいることは以前このブログで紹介しました。

オペレッタ「ロシア皇太子」その前に

2007年05月25日 08時11分47秒 | オペラ
レハールのオペレッタ「Der Zarewitsch」(ロシア皇太子)をデッサウのアンハルテイッシュ州立劇場で久々に聴きます。そう、一月のボリス・ゴドノフ以来です。すっかりご無沙汰です。この劇場は、小さいけれど劇場関係者のまとまりが本当にいい劇場です。また開演前にもいろいろ趣向を凝らして楽しませてくえます。今日もオペラは5時開演ですが、3時45分から地下のカフェにミニ楽団を出して
カフェーコンサートを楽しませてくれます。このカフェーは外からも自由に入れますから、お年寄りの中にはこれだけを聴きに、わざわざ楽しみにして出かけてこられる方も居るようです。あのヒットラーが建て変えたといわれる、この劇場は往時はヒトラーの専用の部屋があり(今はありません)、まことしやかにベルリンまで地下道が続いているなどという伝説があるようですが、これは根も葉もないことのようです。
この写真は1949年に敗戦で破壊された劇場の再建がなって、魔笛を上演したときのものだそうです。劇場ホームページから転載しました。
このデッサウは建築に革命をもたらした、バウハウスの中心地であり、ユンカースという戦車エンジン、航空機などを製造したあの有名企業の中心でもありました。
またの機会に紹介したいと思います。

ニコライ教会のカントール

2007年05月24日 19時45分32秒 | バッハ
ニコライ教会のユルゲン・ヴォルフは名前のように風貌は野卑、狼(Wolf)のようといったら少しかわいそうですか。でもその有り余るエネルギーに任せて弾きまくるオルガンもすさまじければ、合唱の指揮もパワー全開。日本でも時々オルガンの演奏会を開いて居るようです。ですから名前をご存知の方も居られると思います。なにせグルデンゴッサというライプチッヒ郊外の家から20kmを自転車で練習場まで来るんですから、大変なものです。だからいつも練習場では最初から汗ダラダラです。おおーーくせーー。因みに自転車はポルシェ製、そうあの車で有名なポルシェです。(写真の自転車です)本人に聴いたことはありませんが、この合唱団のスポンサーがポルシェですからヒョットしてプレゼントしてもらったのかなーー。
1993年からニコライ教会のカントールを勤めていますのですでに10年以上です。バッハはトーマス教会で27年間ですから、軽く年数は超えそうですね。グルデンゴッサの自宅をサナトリウムをもじってソナトリウムと称しています。ここには自宅練習用のハウスオルガンがあるそうなのですが(まだ見たことないのです)Hermut Walcha(学生時代よくレコード、そうレコードで、聞きました。なつかしいーー)からゆずりうけたものだそうです

オペレッタ「ロシア皇太子」 本番

2007年05月24日 02時53分12秒 | オペラ
すごくとっつきやすいオペレッタです。映画音楽の連続と言ったほうがいい位
聴きやすくて、しかも場面と音楽が一致してすばらしい。好きですね、肩が凝らなくって。初演は1972年ベルリンだそうです。でもオペレッタにはめずらしく最後はハッピーエンドではないのです。レアールというとメリーウイドと来ると思いますが、たまにはマイナーな演目も面白いものです。
今日は指揮は正指揮ゴロー・ベルクでなく、副指揮のマルクス・フランク、なにかなければと思っていると、開演後最初のコーラスとオケが完全にずれてしまいました。
あとはあまり瑕疵がなかっただけに惜しかった。主演の皇太子役は我らがデッサウの名テナーブルックナー。優男で、甘い声で頼りなく歌うところが、女心をくすぐるようで、このあたりの女性の指示を集めております。いつも体力面からか、必ず途中一箇所気が抜けるところがあるのです。今日もここは聞かせてと思っていると、尻切れトンボになった箇所がありました。この一年で成長著しく、もう少し迫力とスタミナがつけば無敵か?
オペレッタの出来はよかったのですが、聴衆が年寄りばかりのため、拍手のエネルギー不足でカーテンコールが続かず、出演者には多少気の毒な気がしました。
この演目の多少大人の演出で色気もあり、どたばたもあり、聞かせどころもある、このような演目はこのデッサウの劇場にもっともフィットしている気がしました。

バッハコアの練習その2

2007年05月23日 19時24分07秒 | Weblog
遅れそうになって急ぎで来てみると、今日も7時になっても練習が始まりません。第一、練習場の鍵を持っている人が来なくて、会場が開いたのが私の到着した7時5分前、発声が始まったのが7時10分過ぎ、そしてカントールまで遅刻で、練習が始まったのがかれこれ20分過ぎ、やれやれ。
専属ピアニストが発声を指導します。首などをまげてリラックスするのは同じ動作。顔を5本の指で軽くたたいてマッサージするのは、日本ではあまり見なかったかな。
今日もCD用の練習が主となりました。各曲とも数回の練習で次々とこなします。
さて9時に近づいてから、ようやく第九です。
今日はじめて全曲通しました。ほとんどの人が歌えていません。声が出ていません。全くの音とり段階です。mumu--。
一緒に練習していてだんだん恐ろしくなってきました。ゲネプロを入れて6月3日のオープンエアーコンサートまで、あと3回しかない練習でこれで本当に大丈夫ですか????
練習場には椅子があって、基本的に全員着席して練習します。今日は多少余裕が出てきたので、皆の着席の姿勢を観察したところ、背中を椅子の背に深々とつけている人がかなり居ました、極めつけは前のいすの部分に足を乗せているやつがいる。これで歌えるの、????
また練習会場への出入りは自由で、早退する人も結構居て、カントールがにらんでも平気。カルチャーショック大というところです。
今日は内容が、結構合唱のマニアっぽくなりました。

トーマス教会の日曜朝のミサ

2007年05月20日 14時59分59秒 | バッハ
今日は朝散歩がてら、トーマス教会の日曜礼拝に参加しました。信者ではありませんので、しずかに隅で聴かせていただきました。ここトーマス教会はバッハがカントールを勤めていたことで有名ですが、毎週素晴らしいコーラスが気軽に聞けることでも有名です。土曜日午後3時からモテットの演奏会があり、同じ合唱団が次の日曜の朝のミサに出演するのが恒例となっています。
したがって結構高いレベルの演奏が期待できるのです。ただし、歌うほうは朝9時半からと始まりが早いので、体も起きていないし、声も出ないため大変です。
ステンドグラスを通して、朝の光を浴びながら、神々しいオルガンの響きに身を任せていると、自然に信仰が芽生える、これは自然な気がします。今日のコーラスはカールスルーエのBach ChorでRAISER氏指揮でした。テナーの多少気になる声がありましたが、すがすがしい演奏でした。こちらは日本ように細かいことをいわずに
のびのび演奏する団体が多いようです。

ドラゴンズ

2007年05月19日 15時27分47秒 | Weblog
ドラゴンズ、そう中日ドラゴンズなんです。大ファンなんです。何で突然、何の前触れもなく野球なんですか?先日義母が、中日の野球中継をテープにいれて、送ってくれました。それをワインを飲みながら、聴きました。懐かしいあの騒がしさ、なにかのどかな応援のリズム、違うナーー。テンポが。久しぶりに聞くと、むしろ違和感の方が勝っていました。あの応援の騒音は、たとえサッカーの応援と比較しても違和感大でした。
まー野球ファンでない方、ドラゴンズが嫌いな方は失礼。いま、インターネットをチェックしてましたら、なんと久々にドラゴンズが首位に返り咲いたではないですか。いあやーーうれしーーーい。
と言うわけで首位奪還に乾杯。ボルドーを半分空けちゃいました。ボデイーも十分、アロマも芳醇。13ユーロで買える幸せ。

シラーの家 ドレスデン

2007年05月18日 20時58分42秒 | Weblog
フリードリッヒ・フォン・シラーがドイツの歴史中で揺るぎない名声を獲得するその確実なる一歩を記したのが、ドレスデン滞在中であるかと思います。数箇月の滞在のライプチッヒに比べて、ここドレスデン滞在は数年におよび、この間ドンカルロなどの名作を多く創作したと聴いております。そしてそれらが生まれたのが、この写真の粗末な小屋なのです。ライプチッヒの家よりは多少、良いのかどうか、微妙なところです。
しかしケルナーの経済的、精神的な援助を受けて、少なくとも食べる心配からはこの時期に開放されているようです。ここを訪れるまで、あのシラーの家はさすがにドレスデンならもっと立派と、勝手に推測していましたが、本当に粗末でびっくりでした。しかしこのハングリーさの中からあの名作が産まれたのでしょう。
ちなみにシラーシュトラッセにシラーの家はあります。由来は逆でしょうが、このあたりは貴族の館が立ち並ぶ、紛れもないドレスデン郊外の山の手です。
なんとすぐ近くにはケーブルカーと登山電車があるんです。ぜひ訪れてみてください。シラーの家から歩いて行けるところです。
ついでに、登山電車の山の上の終点にはあの飛行船で有名なツエッペリンが住んでいたそうです。

ワーグナー 「ジークフリート」 本番

2007年05月18日 01時20分42秒 | オペラ
見てきました。5時間ものオペラです。天井桟敷でしたので、膝が閊えて、ちょっとつらかったです、正直5時間きついですね、座っているだけでも。でも今年この劇場ではこの演目は今回一夜限り、この準備にどれだけのエネルギーを費やしたのかを考えると、一人23,25ユーロは安い。普通のオペラの倍の時間見られるのです。
ジークフリート。リングの3日目の演目のみですが、WAGNERがリングの中で単独で上演しても言いと思っていたといわれるだけあって、十分単独で見ても、大満足でした。
ジークフリートの一幕に熊が出てきます。今回はずいぶんかわいい熊で、テデイベアかと思ったくらいです。ばりばりのワグネリアンの方からはお叱りを受けると思いますが、見ていて今日の主役ジークフリートと熊ときて、あーー金太郎だと思ってしまいました。担いでいたのは、鉞でなくてノルトウングですが。
2幕の大蛇期待していたんです。どんな大仕掛けかと。しかしのっぺりした、本当につまらない大蛇が出現。がっかりです。これじゃ長崎の蛇踊りのほうがいいですよ。でも、オペラの出来とは関係ありませんので念のため。
一幕に戻りますが、ノルトウングの剣を製造する過程を、これでもかと精巧に復元して見せてくれます。ワグナーのオタクぶりが感じられます。
いまさら言うのも何ですが、ジークフリートには合唱がないのです。登場人物六人のみ。そういう意味でも特種なオペラです。
このオペラ2幕終盤まで男しか出てきません。3幕のエールダ、ブリュンヒルデだけです、まともな女性は。ワグナーは本質的に女性よりも男性の描写に長けていると言う気がしました。だからどうなのかはコメントしません。
しかし、リングの3日目だけ聴くというのも妙な感じです。ほとんどの聴衆はすでに2日間感動を共有しているのです。その延長にある舞台を、全くいわば素面で見ると言うのもつらいものがあります。観客の大半はもはや、舞台上と一体化している印象でした。次回のリングはセンパーで来年の一月です。ぜひ次回は総てを聴ける様、準備したいとおもいます。

ワーグナー 「ジークフリート」 オペラの前に

2007年05月18日 01時14分35秒 | オペラ
ワグナーのリングを今年はケムニッツの劇場が上演します。準備が遅くて、リング4作のうち、ジークフリート、しかも当日券でしか切符が取れませんでした。インターネットで予約しましたが、開演前45分前に到着、窓口で訊ねたところ、なぜか窓口で予約が入っていないとのことであせりました。ラッキーなことに当日券があり、なんとか入場できました。インターネット予約で、まったくフィードバックがないため、こんなトラブルが起きます、いい加減にしてよの連続。公演は5時開演でも終演が10時の長丁場。どう集中して、どこでリラックスするのか、聞くほうも総てを舞台に集中していては、むしろ楽しめません。どうアクセントをつけるのかが難問です。なにせ中身をまだよく理解できていないので。ドイツ人はつくづく幸せと思います。こんなに素晴らしいオペラを母国語で鑑賞できるのですから。
出かける前に、もう一度ブーレーズ指揮バイロイトのDVDで勉強しなくては。MANFRED JUNG演ずるジークフリートはよく体力、声ともに全編歌い続けでよく続きますね。

MD

2007年05月17日 07時51分15秒 | ドイツの日常
日本からMDを準備よく、沢山持ってきました。でも欧州にはMDが存在しないのを発見して愕然。
日本にあって欧州に全くない。影も形もない、そんなことって勝手にありえないと思っていましたら、そこそこショックでした。欧州、ここドイツではi-pod全盛。ヤマダ電機のポイントでシコタマしいれた生MDは、そのうちゴミになりそうです。
日本の商業主義にだまされてはいけない。勉強しました。
でも、歌の練習ではそこそこ重宝してます。


バッハコアの練習その1

2007年05月16日 20時13分38秒 | バッハ
今日は火曜日でバッハコアの練習日です。7時に練習が始まるから遅れないようにというカントールのことばもあまり効果なく、7時過ぎても集らない。
先週から新しいレパートリ-が始まっているのですが、本日はじめて練習に参加の団員が異常に多く、各人の楽譜の入手に手間がかかり、結局音出しは7時20分でした。
専属ピアニストが発声も指導しますが、今日も時間がなく10分ほど。
柔軟体操に続いて、発声、リラックスしての声だしがほとんどで、無理して声を出させることはありません。適当に皆こなして練習突入。今日は今度録音するCDのための練習。またもや楽譜が手元にない状態が出現しびっくり、いくら譜読みができても手元にないと、無理ですよね。---。しかし、何とか2人で一枚の楽譜を見てこなしました。東京の某コーラス在籍時にも、よくドイツ語の発音や、イントネーションにあわせた表現、語尾、語頭の発音などよく注意されていましたが、なんとドイツの合唱団でも注意されることが同じなのです。ビックリ。この団は、ドイツ人ばかりで日本人は私だけなのに、ドイツ人でもやっぱり同じかーーと妙に納得。でもこのコーラスは発声については指揮者はあまり注意しません。不思議。自分のパートの練習でないと時には、すぐ私語をはじめて「シー」といわれるのは、若い人が多いせいか、日本と同じですね。

写真は練習場のあるリッターザールの中にある、練習貸し出し用の楽譜保管庫です。種類は豊富で膨大ですが、ときどき数が人数分揃っていなくて戸惑います。

メンデルスゾーンハウス

2007年05月13日 14時57分57秒 | Weblog
ここライピチッヒがバッハの町と言われる様になったのも、このメンデルスゾーンによるバッハの発掘、再評価があったればこそと聞きました。
ドイツではどの町の博物館や劇場にも必ず民間のスポンサーがついて援助してくれています。ここはドイツ銀行がスポンサーです。日本の電気メーカーのNECは鈴木雅明さんのBCJのスポンサーをされているようです、このようなスポンサーが日本でも増えて芸術家、とくに音楽家が生活の苦労を考えずに創作に勤しめたら、何と素晴らしいことかと思います。
どうでもいいことですが「私はメンデルスゾーンと聞くと妙に「メンデルの息子」などと思ってしまいます。あのえんどう豆の遺伝の研究で有名な、チェコの修道士メンデルの法則のメンデルとは全く関係ないようです。
今日は恒例の日曜コンサートがあり、日本人が出演すると聞いて出かけたわけです。
(日曜コンサートは無料と聞いていましたが、有料と変更されています、今日は12ユーロでした)
ピアノDUOの四手のコンサートは珍しいので、期待が盛り上がります。ベーゼンドルファーのピアノのせいか、引き手のせいか、今日の演奏はピアノフォルテではなくフォルテフォルテだったかな?と言う印象です。特に低音部の男性ノピアノが勇ましく、ペダリング時に左足も同時に足踏みする音がすさまじく、びっくりしました。
ドイツでの生ピアノはあまり経験ありませんし、グランドピアノの2m前で聞いた性もありますが、迫力はもう十分すぎるものがありました。ピアノの名手のメンデルゾーン、リスト、シューマン、ブラームスの4手作品が演奏されました。
この博物館の修復には多くの日本人の寄付協力があったようで外壁下のライトアップのところに総ての寄付者の名前が記されています。NHK出版から出ている「ドイツ語コーヒー・ブレイク」の著者で、ドイツ語学者の小塩節先生が国際メンデルスゾーン基金の理事をされているのを知りびっくりしました。博物館の場所はゲバントハウスと電車道を挟んで反対側、歩いて5分です。

グラッシー楽器博物館

2007年05月13日 08時46分48秒 | Weblog
今日はゲバントハウスのあるアウグストス広場近くの、グラッシー楽器博物館へ行ってきました。管、弦、鍵盤それぞれの不思議な形をした、古楽器の数々を見ることが出来ます。
修復されたばかりの建物には3つの博物館が同居していますが、楽器博物館もその一つです。3ユーロ払って入ってみました。土曜日の午後、受付と売店にそれぞれ一人の係員,展示会場に2人の案内係、客は私を入れて3人。貸し切状態でした。年配の女性の案内の方が親切に、説明して下さり、途中でCDを聞けるコーナーでは椅子をすすめてくれるなど、至れりつくせりで大満足でした。たぶん長さは2.5mもあるという木製巨大ファゴットや象牙で出来たフルート、リーコーダー、ガラスのフルートもありました。一番奥の部屋には1700年代前半のパイプオルガンが2台修復展示され、またバッハも弾いたと思われるチェンバロも展示されていました。バイオリンの胴体のないフレット部分のみのような形のTANZMEISTERGEIGERは面白い楽器です。これを弾きながら、先生がダンスのレッスンをするのだそうです。
他にも面白い形をしたラッパや弦楽器がこれでもかと展示されています。
2階には自分で弾いて試すことが出来るコーナーもあり、チェンバロも指弾できます。楽器好きにはお勧めです。博物館は撮影禁止ですので、写真はパンフレットです。この博物館は遠い昔、教会の墓地であった場所に建てられており、博物館裏手は墓地跡が公園となっており、往時の有名人と思われる多くのお墓が点在しております。