音速の葦

人間は一本の葦にすぎない。自然のなかでもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である・・・

枠をはみ出せ

2004-10-19 01:34:25 | 人生について
 『枠をはみ出せ。』-ジミー大西の絵を見た岡本太郎は彼にこう言ったという。

 ジミー大西はこの言葉がどうしてもわからないと言う。しかし、大事な言葉であることは彼にも、そして私にも感じることができる。

 わがままじゃない。逃げでもない。単にグレることでもない。どちらかというと『天才たれ』-そういう言葉に近いのかもしれない。『好きなことを限界を超えて追え』、『小さくまとまるな』、『疑問を持て』、そして『力の限り戦え』。

 癒しとは忘れることだ。辛いことを忘れ、苦痛を逃れ、そして悲しい時間を忘れるということ。所謂、それが癒しだ。そういうものなのだ。我々に癒しは必要だ。そしてそれは甘い誘惑でもある。

 変なことを言えば石を投げられる。時代が悪ければ魔女狩りにさらされる。誰かの決めたことをその通りやっていれば、少なくとも小さな世界では何の問題もなく暮らせることだろう。我々人間の生き方としてはそれで十分なのかもしれない。しかしそれではつまらなく感じる時もある。

 この世の天才と呼ばれる人々が見た苦悩。時代の愚かさが見せた悲劇。しかし、そこから生み出した奇跡とも呼べる絵画・書物・音楽。そんなものに我々は涙するのだ。

 彼らの見たものを私も見たい。そしてその先にあるものを。時々、天才に憧れてみる。

路傍の石

2004-10-06 04:48:52 | 人生について
時に色んなことを難しく考えたりしてしまう。

我々は身体が生きたいと思うから、生きている。
腹が減るから飯を食う。そのために金を稼ぐ。
誰かの、そして愛する者の喜ぶ顔が見たいから頑張るのだ。

自分を高めるだとか、世界を動かしたいだとか、有名になりたいだとか、正しくありたいだとか、嫌われたくないだとか、辛いから死にますだとか、そんなの単に、贅沢を言っているに過ぎないのかもしれない。

贅沢を言うのは大事だとは思うが、それによって思い悩むことになるのは、どうも順番を間違えているような気がしてならない。リスは落ちている木の実を食べるか食べないか悩むだろうか。泥がついていないかだとか、今は食事の時間では無いからだとか、ここは誰かの山だからどうだとか、とかく人間は不自由な生きものである。

我々にはもっと自由な精神が備わっているはずだ。世の中が間違っていると言いたくなるところだが、まずは私自身の心の枷を取り払う努力をすることにしよう。世の中はそんなに急には変わらない。私は変わることができる。だったらそうするべきなのだろう。そうなるようにすればいいのだろう。

所詮は誰しもが路傍の石。背伸びしても死んだら終わり。

楽しみながら生きていくことさえできれば、人生としてはそれで十分。それが生きものとしての本来の我々の姿。

それを忘れないようにして。今日を生きていこう。