第八十六首

嘆けとて 月やは物を 思はする
かこち顔なる わが涙かな
西行法師
(1118-1190) 俗名は佐藤義清。もと武士だったが妻子を捨てて二十三歳で出家。諸国を旅して歌を多く詠んだ。
部位 恋 出典 千載集
主題
恋の物思いで、月を見ても涙がこぼれ落ちる心境
歌意
月が私を悲しませようとでもしているのか、いやそんなはずはないのだが、そうとでも思いたくなるほど、月にかこつけるようにして涙が流れてしまうのだ。
嘆けといって月がもの思いをさせるのであろうか。「やは」は反語。いやそうではない。「かこつ」はかこつける。月のせいにする。
西行には恋歌が多い。隠者歌人西行というイメージからは不思議にさえ思われることであるが、かえって、恋歌にこそ西行の特色をとらえる一つのかぎがあるともいえる。
『千載集』以下に二百五十三首入集。