第六十八首

心にもあらで うき世に ながらへば
恋しかるべき 夜半の月かな
三条院
(976-1017) 冷泉天皇の第二皇子。わずか五年で道長の圧迫により退位。出家してほどなく没した。
部位 雑 出典 後拾遺集
主題
不遇な現実も恋しく思えるだろうという絶望的嘆き
歌意
自分の本心に反して、この思うままにならないつらい世の中に生き永らえていたならば、その時はきっと恋しく思い出すに違いない。今夜のこの美しい月のことを。
「心にもあらで」 思いのほかに。自分の望みとちがって。「で」は打消を含んだ接続助詞。
悲しい述懐の歌である。しかも、美しい歌である。寛和二年十一歳で東宮に立ち、永い東宮生活の後、寛弘八年三十六歳でようやく即位された天皇が、内裏が二度も炎上する不祥事、緑内障かと思われる眼病、暗に退位を迫る道長の専横、在位五年にして、譲位を決意された沈痛な感情からほとばしり出た歌であった。
寛仁元年四月出家。法名金剛浄。同年五月崩御。四十二歳。
『後拾遺集』以下の勅撰集に八首入集。