不思議活性

賢治童話と私  風野又三郎  九月七日



   九月七日

 次の日は雨もすっかりはれました。日曜日でしたから誰も学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎にあんなひどいいたずらをされましたのでどうしても今日は遭ってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。
 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をしてねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。
「又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、
「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。
「日曜でさ。」一郎が云いました。
「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」
「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことなど一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。
「うわぁい、又三郎、うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」
 すると又三郎はずるそうに笑いました。
「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」
 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。
「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」
「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」
 又三郎は少し眼をパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。
「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」
 すると又三郎は少し面白ろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑ってこう訊ねました。
「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。かじょうを立てて云ってごらん。そら。」
 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。
「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」
「それから? それから?」又三郎は面白そうに一足進んで云いました。
「それがら、樹折ったり転覆おっけあしたりさな。」
「それから? それから、どうだい。」
「それがら、稲も倒たおさな。」
「それから? あとはどうだい。」
「家もぶっ壊かさな。」
「それから? それから? あとはどうだい。」
「砂も飛ばさな。」
「それから? あとは? それから? あとはどうだい。」
「シャッポも飛ばさな。」
「それから? それから? あとは? あとはどうだい。」
「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」
「それから? それから? それから?」
「それがら、塔も倒さな。」
「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかい。それから? それから?」
「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵もう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。
 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら
「それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。
「それがら、風車もぶっ壊かさな。」
 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。
「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論時々壊すこともあるけれどもまわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴いてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることはおおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」
 又三郎は又泪の出るほど笑いました。
 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。
「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔はその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかないからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔らかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだっていたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉のひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐るときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯れるやつも枯れないやつもあるよ。苹果や梨やまるめろや胡瓜はだめだ、すぐ枯れる、稲やはっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」
 又三郎はちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌を直して云いました。
「又三郎、おれぁあんまりごしゃで悪がた。許せな。」
 すると又三郎はすっかり悦びました。
「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山するんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊の花でも草棉の毛でも運んで行くだろう。稲の花粉だってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京の浅草のまるで濁った寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気もいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら。」
 又三郎はもう見えなくなっていました。一郎と耕一も「さよなら」と云いながら丘を下りて学校の誰もいない運動場で鉄棒にとりついたりいろいろ遊んでひるころうちへ帰りました。



ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「賢治童話」カテゴリーもっと見る