山登りをする人なら、山道でガスがかかってきたときに標識を見失うと、恐い思いをするのをご存知かと思います。でも、慌てずに霧が晴れるのを待てば、どちらに進むべきか自然に見えてくるのが常です。
『野中の一本杉』(市川房枝著)は道しるべの一つであり、中でも「婦選魂」は、この数年来、何度も読んだ小文です。2006年の最後の日に、もう一度読んでみることにします。
「困難とたたかって荊棘の道を拓くのが、私達の仕事で、事大主義者や所謂名流婦人や大衆は、その拓かれた道を進んでくる。種を撒き肥料を培うのが私達の仕事で、収穫はあとから来たものがする。骨を折って、金を出して、それで悪口をいわれ、いい所は皆人にさらわれる。考えれば誠に損な役廻りではある。自分個人の算盤をはじいたのでは出来る事ではない。何が私達同志をして敢えてこの困難な運動に参加せしめているのか。それは、つまり自分さえよければいいという個人主義をすてて、同性の苦しみを我が苦しみとしているからである。女性として我苦しみを、全女性の苦しみとしているからである。個人主義をすてて大衆の利副を念とする。そこに社会運動の真精神がある。そしる者はそしれ。この婦選魂がある限り、私達の運動は継続されて行くであろう」(1934年『婦選』1月号)
市川房枝さんは、当時、どんな状況下でこの一文を書いたのだろうかと思うのです。
朝日新聞12月27日の声欄に、剣持政幸さんの投書「今こそ必要な婦選会館の魂」が掲載されました。これを読んで、先の「婦選魂」を思い出した次第です。剣持さんは、ちょうど私が就職して直ぐの頃の「新有権者と若者のつどい」で、はじめてお会いしたと記憶しています。
毎年、日本婦人有権者同盟とともに企画・開催したこのつどいは、セレモニー化した行政主催の成人式と一線を画して、選挙権を得た新有権者と若者達とともに、政治について語り合おうという催しでした。私は自分の種々の仕事の中で、最も重要な仕事の一つと考え力を入れてきたのですが、2002年をもって記念会は同盟との共催を中止してしまいました。その理由は今なお納得がいかないのですが・・・。それでも韓国からビョン・ヨンジュさん(映画監督)を招いたときは、会場は満員で、いろいろな方が集まってくださいました。力を入れてきた仕事を奪われた気持ちは少しも癒えていないのですが、政治に関心のある若い世代の人々とつながることが、大変楽しかったし、意味がある仕事でした。
本当に、剣持さんや10代~20代の参加者が、ほんの一晩のつどいであっても、そこで一言でも言葉を交わし、18歳選挙権や子供の人権問題といった政治と触れ合うことで、その種がすこしずつ長年をかけて芽を出してくることがあるのです。
2005年の春に、部屋の片付けをしていたら、本棚からぽろりと大学時代に教わった江口先生の小冊子が落ちてきました。それは、昭和57年10月1日発行の『書斎の窓』NO.318でした。開いてみると、江口朴郎先生と金原左門氏の対談「昭和史を語る」が掲載されており、かつて読んだとみられる赤線がありました。
「むしろ歴史というものは、歴史をみる主体と言いますか、人民でも個人でもいいんだけれども、客観的に正しいか正しくないかじゃなくて、自分は何をしようと思っているのかというそういう主体的な姿勢がなければ始まらないというような、そういう観点が自覚されて来るんだと思いますね」「何が正しいかということを、自分の外に原則や権威を設定して、そこから判断するような考え方、それに対する反省と言いますかね、そういうものだと私は考えるンですがね。・・・極端にいえば、個人が一貫してかかなければならないというそういう姿勢だと思いますよ・・・歴史というのは開き直らなくてはならないと、そういう精神だと思います」
「民主主義というのは一つの到達点ではなくて、常に厳しい対立の場が民主主義であるということを、しかしともかく現実が何となく保たれている妥協の場であることを・・・」
当時は、よかれ悪しかれなどと、ぶつぶつ言いつづける江口先生のことばを、何を言っているんだろうと、2年ぐらい訳わかんない状態で聞いていたのが、最近になって、えーもしかしたら、と思い当たること、思い出すことが多くなっているのです。本当に、25年位かかってやっと少し理解できたということでしょうか。
わずか1回の講義やつどいへの参加であっても、その人の人生を変えることは十分ありうるのです。剣持さんをはじめ、たくさんの人たちが婦選会館から育っていったに違いありません。それは、自分がこの社会の中で、何を考え何をなすべきかをもとめて会館に人々がつどい、講師と受講生、あるいは受講生間の交流の中から答えを見つけていったからに他ならないのです。
コンパネで閉ざされた婦選会館は無残です。来年こそは婦選魂で婦選会館を復活させましょう。今こそ、道しるべが必要なのです。
くみあいニュースWEB担当