goo blog サービス終了のお知らせ 

備忘録

そりゃメモ書きにきまってるさ

唯一無二

2014年03月23日 | Weblog
 生き物は、一回性の一生を送る。
 
 commit a suicide(自殺する)は、aをつけないで、commit suicideというのも繰り返しはないからであろう。

 喫煙は、なにかの病気になる確率を○%高くする。

 そういう表示がパッケージに出ている。
 
 誰の体で調査研究したのだろうか?
 何人くらい、何歳くらい、性別は、人種は、血液型は、何年くらい、居住地域(天候、生活環境などなど)は、収入は、家族構成は、食事は、職種は、・・・・そういうことは一切抜きでネズミか何かを使って実験室で出た結果だなんていうんじゃないだろうな。
 
 こういうことを言う場合、唯一無二の個人の尊厳というキャッチフレーズは、都合よくどこかに置き去りにされてしまう。
 それもごくさりげなく、あっさりと、自然に。

 情報やデータは他者と共有できる意識である。
 秘密は漏洩して困るのは誰でも使えるからだろう。
 が、身体は他者との共有を拒絶する。
 人生も然り。
 唯一無二じゃなかったのか。
 家庭の医学はどの家にでもある情報だが、結局病気になれば医者に行く。
 なぜか?
 車の故障を修理するようなわけにはいかないと思っているからであろう。
 相対で個別に医師に診てもらわなければ安心できないからだろう。
 医師ならば他の人との違いが分かるだろうと期待してのことであろう。
 
 パッケージの表示は、あるいは、家庭の医学程度には参考になるかもしれない。
 が、それを真に受けて疑わないのだとしたら、少し馬鹿なのではなかろうか。

 こういう見方が唯一無二の見方だとしても、それはゼロというわけではないので証拠としてここにしたためてみた。

肌の美しさと鼻の高さ

2014年03月22日 | Weblog
 スキン・ケアというのはオゾン層が破壊されて強い紫外線が射すようになり、皮膚がんの原

因になることが判明して以来、特にメラニン色素の少ない欧米人の意識に上るようになったら

しい。
 たしかに肌がしみだらけで間近に見るとあまり美しくはないが、海外ミステリを読んでいて

も、そばかすやらしみに魅力を感じているように読める箇所がたびたび出てくる。
 ちなみに頬骨の高さが美人のひとつの基準になっているようだ。
 いっぽう、日本では色白が尊重される。しみ、そばかすには神経質である。
 肌の美しさというものに対する捉え方や感覚が必ずしも一致していないように思われる。
 それにしたがって、言い回しや表現が違ってくるだろうし、同じように見えても背後には食

い違いがあるように思えてならない。
 そこを翻訳しようとすれば、換骨奪胎は避けがたい。
 他にもたとえば、
 欧米では、鼻は大きいか小さいかで、高いから魅力があるとは考えない。むしろ逆で、大き

い鼻はピエロを連想させるらしい。高い鼻はよくてピノキオだ。
 日本では鼻筋が通っていえるとか鼻が高いということがほめ言葉になる。
 tallやhighはつかわずにlongを使うのは、直角三角形の斜辺の長さが長ければ「高い」と

いうことになるからで、それだけのことである。欧米では鼻が高いのは当たり前で、平たけれ

ばplainということになる。魅力がないことの代名詞のような形容詞だったが、最近はアジア

ン・テイストが流行でplainはもしかしたらプラス・イメージで迎えられるかもしれない。
 
 ともあれ、どうやってそういう違いを知ればよいのか?
 そんなことはどうでもいいという答えもあるが、それでは国際親善のためにはならないし戦

争や県下や摩擦を起こさないためにはお互いに違いを知っておくことは必要であろう。
 違いをなくせとか相手に合わせろというのではまったくない。
 
 この場合、相手にこちらの言語でカードを出させ、こちらは相手のカードで同じカードを出

してみるというのが分かりやすい。
 当初は奇妙なことをいうやつだと思うかもしれないが、それが違いを知るための手がかりに

なる。

 具体的に言えば、日本人の英語は間違っているとして「正しい」英語に矯正するのではなく

、そのままの発想で「正しい」と思うところを表現しさえすればよい。
 感覚や認識をはじめ文化習慣の違いがあって、「それをいうなら」とか「そんないいかたは

ない」とか「そういうものは存在しない」など話をすり合わせる前のものがどんどん出てきて

、意外に共通していたり食い違っていたりすることがより鮮明になってくるのではないか。
 間違いとしての日本人英語ではなく、共通理解を築くための日本人英語が必要であると思う

理由である。

『極短小説』(新潮文庫

2014年03月22日 | Weblog
 純然たるミステリー小説ではないが、文章創作講座で、55語で話を作れという課題の中で

の秀作を集めたものである。
 かように限定語数に縛られた中でパンチの効いた(意外な)結末をひねり出そうとすると、

どうしてもミステリになってしまうようだ。

   俳句超、短編未満

早口

2014年03月22日 | Weblog
 明治の人は早口だったらしい。
 らしいというのは、録音盤などからの推測だからである。
 しかし、当時の録音装置やらその費用やらを考えると、たとえば、一枚のレコードの限られ

た時間内に全部を吹き込もうとしたとしても不思議ではない。
 で、勢い早口にならざるを得ない。
 そういうような理由があったのではなかろうかと、これも推測である。
 それと、話し言葉と書き言葉の違いというのも考えに入れてみなくちゃなるまい。
 話すときにははしょったしゃべり方をするんじゃなかろうか。 それをそのまま文字にした

記録が残っていれば、そいつも参考にはなる。
 が、早口だったかどうかは・・・相対的な面もあるし、なんとも談じにくい事柄である。

髪の毛

2014年03月22日 | Weblog
 ま、あまりに身近で当たり前なだけに、これまで考えたこともなかったが、他の毛は、頭髪

ほど伸びない。
 猿や何かと比べても頭髪ばかりがやたらに伸びる。
 どういうわけか?
 著しくバランスを失しているように思えるのだ。
 不可欠のものならば容易なことでは禿げたりはすまい。
 どうしても必要なものではないようだ。
 ならばなぜ、
 何か伸びなくちゃいけないわけでもあるのだろうか?
 体毛を失ったことへの補償か?
 では、なぜ体毛は・・・?
 ちょっとひまになるとわからないことだらけだ。