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備忘録

そりゃメモ書きにきまってるさ

長生きの秘訣は

2014年03月25日 | 健康
 ①カロリーを抑えること

 ま、二十歳くらいまでは成長の途上なのでしっかりと食べた方が良いらしいが、40歳を超えたら、20さいころの体重を維持し

て前後5キロの範囲内に抑える程度の食事を摂取した方が良いらしい。
 活性酸素の発生を抑えるからだという。

 あるいは基礎代謝プラス運動に必要なカロリー程度に抑えるのがよいとか。

 ②体を動かす。

 抗酸化物質が生み出されて活性酸素の働きを抑える。
 活性酸素は遺伝子を傷つけてガンの発生を促進したり、細胞が壊れるのを早めてしまう、つまり老化を促進してしまう。

 日々のトレーニングを欠かさないようにするのが良い。

 ③ストレスに対処するすべを身につける。

 いやなことつらいことに直面しても発想を切り替えて楽しく生きる。
 常に生きがいを持って新しいことに挑戦していく。

 ま、コロンブスの卵である。

 誰でもわかっているのに、まず誰もやろうとはしてこなかったことばかり。

 他に頭を良くしてボケないようにする方法なんかもよく取り上げられている。


 一方、『ボウリング・フォア・コロンバイン』(BOWLING FOR COLUMBINE)というマイケル・ムーアの映画作品があって、はじめと終わ

りだけ少し見たが、高校生が生きがいを失って無差別に同じ高校の生徒を射殺し、自らも命を絶った事件を取り上げている。

 NRA全米ライフル協会に対抗する意図や兵器産業に対する批判なども塗り込められた内容になっていた。

 ま、その手の武器はなくても日本でも池田小学校事件は起きた。

 つまり、生きる気をなくした「サイコ」なやつらが他の人間を道連れにする。

 銃器や兵器や暴力行使全般に関わる難問は、ひとまず横において、「長生きしたい」という欲求と「死んでしまいたい」という欲

求の同時並行的顕在化というか、何の疑問もなく並べて紹介してしまうメディアの無節操さ加減というのには、いつもながら「感心

」してしまう。

 「生」(あるいは、同じことだが「死」)への度数がどういうきっかけで乱高下するのか(もちろん時と場所を含めたもろもろの

要因もあるだろうが)、そういうことも人間科学のテーマなんだろうが、答えは、もしかしたら、案外簡単なことなんじゃないかと

いう気がしている。

 しかし、そこへの解答を求めようとする構えが全くない空間というのは、なんだか居心地が悪い。

 ま、それはさておき、私の直観でいえば、ポイントは「時間」を忘れるということではないだろうか。
 時間にしばられなければ好きに出来る。
 楽しければ時を忘れる。
 メシも忘れる。
 表で遊んでいれば時を忘れる。
 夢中なのになんで死のうと思わなくっちゃいけない?

フリフリグッパ

2014年03月25日 | 健康
 ボケ防止の運動で、筑波大学教授の考案になる。
 頭から紐でつるされたような感じで首を振らずに腰を振り、尻を振り、それと同時に、腕を開いてグウを握り、次に開いて手を叩く。
足は肩幅に開いて八の字を描くように立つ。
 これをリズムに合わせて毎日10分間、所在無い時にはいつでもやる。
 80過ぎのおじいさんも足腰の痛みはなくなり、体重も10キロ減量でき、ボケも防止できる。
 他に、昔を回想して話したり手書きで手記を書き付けたりする。
 あるいは趣味を持つなどボケを防止する方法をテレビで紹介していた。

 確かに体を動かすというのは脳にも刺激を与えることになるから何によらず効果があるように思われる。

 のみならず、個々人の身体機能の向上に加えて、老齢者の医療費がかからなくなる。
 壮健であり続けられたなら、金銭面でも、介護の面でも後世の負担を軽くすることが出来る。

 案外答えは身近で簡単なものだったというわけだ。

 フリフリグッパ

 ただ、高齢者でも一人でこれをやるのは恥ずかしい。
 みんなでいっせいにやるならば、怪異に思う人もいないだろうから挙国一致で実践すべき課題である。

 しかし、それにしても

 フリフリグッパ・・・かぁ。

日が暮れてもいつまでも遊んでいたいのだろうか?

2014年03月25日 | 健康
 老化防止薬(?)コエンザイムQ10

 というのがあって売れているらしい。

 回春薬の何とかいうのが一時もてはやされたが、それと同じ伝で、(これを摂取して)何をしようとしているのか?

 子供には無邪気さが若者には経験が壮年には活躍が老年には知恵が求められる。

 日が暮れたら帰って来い。

 昔は大人が子供にそういって注意したが、大人のほうがいつまでも遊んでいたいなんて言い出したら、悪い冗談ではすまされないような気がするな。

 しかるべき役割を投げ出した年長者が、子供にばかり小言を言う。
 なんてわけにはいかないから、一緒になっていつまでも表で遊んで過そうとでも言う気なのだろうか?
 
 年をとっても壮健でいられるならそれに越したことはないが、年をとることをやめたいと願うのは、御伽噺の世界でも正気の沙汰ではないことは、浦島太郎がとっくの昔に教えてくれていることであろう。

 あえて強牽付会を犯すなら、浦島海苔が倒産したのも奇妙に符合するような気さえする。

 まあ、体が丈夫なら海苔の養殖でもやるか。

歯の治療の行く末

2014年02月28日 | 健康
歯の神経を抜き去る治療作業をなんと言ったか忘れたが、神経がきれいに取りきれたいなかったり、何かの衝撃が加わったりするかして、かぶせたものの隙間から最近が張り込んでしまった場合、歯の根っこ辺りかその奥なのか場所はよくわからないが、レントゲンには黒い影がもやもや映るらしい。
つまり、化膿して膿がたまっているのだろう。
ずきずきと痛み、周辺部にまで痛みが広がり、まともに物もかめなければ考えることもできなくなる。
正確には右奥歯の一本の奥がやられていたわけだが、それだけで、頭痛、眼球の奥の痛み、下あごの痛み、つまり顔の右半分全体がどうにもならない上に首筋の痛みまで引き起こされる。

あと2・3日遅かったら、歯茎がはれて膿がたまり始めたかもしれない。

と指摘され、ギリギリセーフだったのか、時すでに遅しだったのか。

直ちに、麻酔注射を打ち込んで、かぶせ物を剥ぎ取り、根っこにたまったものをこそぎだし、薬を入れてふたを・・・
しかし、途中、口内にどぶ川のようなにおいが広がり、麻酔は効いているものの、何か歯茎に膿がたまっているような違和感もあり、そのことを訴えて、ふたはせずに済ませた。

その穴から膿は勝手に流れ出すらしい。

確かにものを食べると(左半分で)口腔内に、どぶ川の臭いが濃厚に立ち込める。

穴はかなり深いもののようである。舌で触っても入り口しかわからないが、よく覗いて見ると、歯茎の赤みが見えるらしい。

後は、何度か薬を注入して菌を殺し、歯の再建をしておしまい。

とにかく痛みさえなくなれば、状況はがらりと変わる。

まだ治療が終わったわけでもないのに。

喉もと過ぎれば熱さを忘れる能天気。

脳をだまくら化すのは簡単だ。
簡単に騙された脳が発動する命令は、かなり危ない。

まあ、それくらい大雑把でも何とかなるのかもしれないし、なんともならなければそれもまあ仕方ないのかもしれない。


ストレスについて

2005年02月10日 | 健康
 たいていの人がストレスについては知っている。この言葉は現代社会では普通になっている。くわえて、ほとんど誰もが毎日ストレスを経験する。ストレスは精神的重圧を生み出す状況や環境に対する反応である。それは私たちの生活の正常な、おそらくは必要な一部である。
 ストレスは外部からの力ではない。むしろ、特定の刺激、つまり「ストレッサー(ストレス喚起要因)」に対する肉体の反応である。これらの反応は、体のシステムを活動状態において、私たちが生活の一定の需要と変化に順応することができるようにしている。たとえば、運動選手は練習時よりも競技時に一番よい演技をすることがたびたびある。目標や締め切りが達成にとっての刺激であり必要であることを知っている人が少なくない。
 時として、ストレス反応は穏やかであるためにほとんど気づかれないままに過ぎてしまう。また時として、圧倒的な負担であるように思われることもある。近頃最大のストレッサーのひとつは、増大したストレスと結びついた不快を持ってはならないと感じることであるかもしれない。この不快が生じると、私たちの中には、うまく対処していないとかこれは病気のしるしであると思い込む者がいるかもしれない。どんな変化や問題に直面していても、いつでもいい気分でいなくてはならないという思い込みが、私たちがすでに感じている精神的重圧を増加させる恐れがある。
 ストレスの影響は、必ずしも直接的ではない。多くの人々の場合、その影響は何週間も何ヶ月も遅れる可能性がある。結果として、ストレスによってもたらされたものであれ、悪化したものであれ、蓄積されたストレスによって影響されていると思われている病気が少なくはない。簡単に述べれば、ストレスは、要求が過大で対処できないときに、様々な兆候を生み出したり悪化させたりするのである。