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馬鹿琴の独り言

独り言を綴ります。時にはお相手して下さい。

ジブリパークに行ってきました

2023年12月10日 | 日記

2023年12月10日ジブリパークに行ってきました。

ひょんなことからジブリパークジブリの大倉庫のチケットを入手できたのです!!

何と嬉しいことか。行くしかないですね。

 

新幹線の名古屋駅で下車です。地下鉄東山線に乗ろうとしていたら、こんな方がいました。

ゼルダの伝説ティアーズオブザキングダムからリンクさんです。

ちなみに、私は時のオカリナしかクリアしたことがありませんのです(笑)

さてさて地下鉄東山線に乗って30分、藤が丘駅で降りました。

ここからはリニモに乗るのです。

リニモとは愛知高速交通東部丘陵線、無人式のリニアモーターカーなんです。

詳しくはこちら。

Linimo(リニモ)愛知高速交通株式会社

ジブリパークの宣伝はバッチリ。片道360円ですよ。

静かに走るリニモはとても快適です。およそ20分揺られて、あ、途中に長久手古戦場という魅力的な駅があります。

それはまたいつか行きましょう。

愛・地球博記念公園駅に目指すジブリパークはあるのです。

リニモの線路。車体はうまく撮れませんでした( ;∀;)

駅では猫バスがお出迎え。

犬の駅長コアさんと鉄道むすめの八草みずきさん。

案内マップです。

愛・地球博の敷地内にジブリパークがあるんですね。ささ、向かいましょう。

駅からすぐに入口です。

猫バスの猫さんがシンボル。

橋を渡るといよいよ公園内へ。

ハウルの動く城めいたエレベーターを下ります。

丘陵地だけあって高度が凄い。

大倉庫に入ってすぐに中を探求。

撮影禁止でしたが、トトロの草壁家の台所、お風呂、コクリコ坂の寮、アリエッティの隠れ家など盛り沢山。

意外と楽しいのです(笑)

 

撮影可能なスペースに移って、大トロロと猫バスのイス。

バーカウンターの向こうにはトトロのバーテンダー。

ジジを象ったリース。

ナウシカとラピュタのCD、DVD、もはや死語のレコードグッズ。

他にもいっぱい。

中国版トトロのポスター。

龍猫と書いてあるのですが簡体字だそうです。ちなみに龍猫ってチンチラなんですって。

私も乗車しました、ほぼ実物大の猫バス。大人気でした。

大倉庫館長の湯婆婆さん。激務ですね。

風立ちぬにも出ていたお菓子のシベリアとミルクスタンド。実際に販売していますが、長蛇の列でした。

短編映画を上映していたので見に行きました。オリヲン座では「星をかった日」が上演されていました。

主演の声は神木隆之介さん、芸達者な人で驚きです。

他には、鈴木京香さん、ショーンコネリーの声でお馴染み若山弦蔵さん、今を時めく(?)大泉洋さんが脇を固めていました。

「星をかった日」はこちら。

 

短編アニメーション『星をかった日』 - 三鷹の森ジブリ美術館オンラインショップ

現実の世界のとなりか、心の中か、どこか他にある世界の物語 2006年からジブリ美術館で上映している短編映画『星

三鷹の森ジブリ美術館オンラインショップ - マンマユート

 

映画を見てから、まだまだ大倉庫内を彷徨います。

ラピュタのロボット兵がうなだれていました。

ラムネを購入。極ふつうのラムネなんです。

空を見上げると、ラピュタのゴリアテが飛んでいました。

大倉庫を出て、どんどこ森に行きます。一回出ると大倉庫には戻れません( ;∀;)

歩くと25分ということですが、園内を無料バスが循環しているということで、載せてもらいました。

あっという間にどんどこ森のバス停です。

サツキとメイの家に行きたいのですが、すぐ近くですね。

どんどこ森です。

お家も展望台も右方向ですね。

どんどこ山にも登れるみたいですが、

ここから先は有料でした(´・ω・`)

すいません、知らないで来てしまいました。

家に入るのも登山もスロープカーも有料で、前売り券を買っておかないとNGなんですね。

あちゃ~痛恨の極み。

展望台は登れるということですので、お家を見てきました。

再現度高し(笑)

口惜しいので、散々覗き見してやりました。

乗りたかったスロープカー。上まで行きたかったですねえ。

大倉庫へ戻るバスがちょうど来たので乗り込みます。

お昼時ですが食べるところがあんまりなく苦戦。スケートリンク場があり、きしめん屋さんで食事を流し込みました。

その後は他の設備を探索です。

稲楼門なんてものがありました。

昔の中村遊郭、料亭の門を復元したそうですよ。

謎の道祖神。

もののけの里まで歩きます。

この先も有料( ;∀;)

物見台まで接近できるのです。

タタラ場が見えました。

子供向けの遊び場猫の城遊具。楽しそう(笑)

もう少し歩いて青春の丘へ。地球屋さんですよ。

ここから先もやはり有料(´・ω・`)

大体一周しました。

ご利用は計画的にしないとダメって良く分かりました。事前準備と予習は大切ですね。

それではリニモに乗って帰るとしますか。でわ~


京都探訪(北野天満宮、白峯神宮)に行ってきました

2023年12月02日 | 日記

2023年12月2日北野天満宮と白峰神宮に行ってきました。

北野天満宮はここどすえ。

遅く起きて遅く出発してしまいました。お昼ご飯は新福菜館のラーメン+焼き飯(小)セット1,150円です。

チャ-ハンではなく、焼き飯なんですよ。黒焼き飯です。

満腹で大満足です。

さて京都出町柳駅でこんなものを発見。

ってことで203系統のバスに乗ります。

出町柳4番出口を出たところです。

203系統のバス停は少し銀閣寺方面に歩いたところにあるので要注意。

バスはすぐに来ました。途中、同志社大キャンパスや京都御所を通ります。

あ、今日は御所見学ができるのですね。私は入ったことがないので、今度行きたいな~

と考えているうちに北野天満宮に到着です、出町柳からおよそ20分でした。

一の鳥居です。14時過ぎですが参拝客は極めて多いですよ。

楼門。主祭神菅原道真を称えて「文道大祖風月本主」と書いてあるんですって。

宝物殿。今日の第一目標なんです。

刀剣乱舞ファンには垂涎ものの「宝物殿特別公開-歴史と美、刀剣物語-」という特別展を催行しているのです。

私は刀剣女子ではありませんが、刀にはそれなりに興味があるので、明日で終わりの展覧会にやって参りました。

前売り券は1,400円でした(;´Д`)一部撮影不可です。

入っていきなり眩しいです。信濃守堀川國広。

美しいですね。向う側のお姉さんも真剣です。

1607年(慶長十二年)豊臣秀頼奉納の太刀なんです。

鞘、太刀の拵えです。

美麗ですな。

脇差の猫丸。菅公自らが打ったという逸話があるのです。

可愛らしい名前ですが、猫が立て掛けてあった刀に触れた瞬間、真っ二つになってしまったという蜻蛉切り並みのエピソードがあります。可哀想な猫さん((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

進みます、あっ、一躍輝くコーナーが!!

号は鬼切丸髭切、銘は安綱!!しかし長いな(笑)

これを見るためにやって参りました。

ふ、美しいです。

気のせいですが輝いているのです。

試し切りの話といい、渡辺綱の鬼切りの話といい、情報量が多すぎるのです。

更に南北朝のころ、新田義貞が所有していましたが、義貞戦死後、討取った斯波高経が持つこととなりました。

斯波高経の主人である足利尊氏が引き渡しを命じても、高経は理由をつけて断ったらしいんですよ。

いやあ、本当に素晴らしいです。さすが天下五剣、でした。

眼福ですね。

いちいちキリがないのですが、数多くの刀が展示されていました。

また刀剣乱舞示や歌舞伎の衣装までが飾られていました。

梅紋の土蔵です。

まだお参りしてませんでした(;´Д`)本殿へ向かいます。

三光門。三光は日月星を指すそうです。ただし星だけ彫刻が見当たらず、天神七不思議なんですって。

額は後西天皇。

国宝の本殿です、お参りをしました。御朱印は長蛇の列に涙を呑んで諦め。

大宰府に左遷された菅原道真を慕って飛んで行った飛梅伝説の梅らしいですよ。

東風吹かば にほひをこせよ 梅花 主なしとて 春を忘るな

の歌ですね。

社の北西部です。美しい建築ですね。

さて行き止まりですので、境内の西側を南下します。

秀吉が京の都を立て直すために作った防塁壁の一部、御土居(おどい)です。

紅葉も美しい。

紅梅殿に差し掛かり、橋を渡ります。ちなみに水はありません( ;∀;)

絵馬所。三十六歌仙の絵が飾ってあります。小野小町たんです。

別嬪さんに描かれております。

達筆過ぎて読めませんが、「花の色は移りにけりな」ですかねえ?

撫で牛さんを撫でていたら15時を過ぎました。

次の目的地、白峯神宮まで1.6キロを急いで歩きます。東に向かって20分、到着です。

白峯神宮はこんなところです。

1868年(慶応四年)と比較的最近の神社ですが、主祭神が崇徳天皇と淳仁天皇なのです。

日本最大級の怨霊と考えられている崇徳天皇を祀っています。

第72代白河天皇は藤原璋子を養女として育てた後、孫の鳥羽天皇に嫁がせます。

ところが宮廷の醜聞として、白川帝(院)と璋子ちゃんは通じていた。白川院に通じたまま、鳥羽帝に嫁ぎ出産、生まれたのが後の崇徳帝なのだそうです。

鳥羽帝は生まれた崇徳が可愛い訳がないのですが、まだ権力を持っている白川院の意向で、わずか3才の崇徳を皇位に就けざるをえません。

白河院が亡くなると鳥羽が院政を敷きます。ここからの鳥羽がキツいんですよね。

23才の崇徳を帝から退かせ、崇徳の弟を近衛帝として即位させます。ところが近衛帝は17才で崩御してしまいました。

父である鳥羽院と暗闘していた崇徳院も皇子がいたので、自分の子供が皇位に就けば問題がなかったのですが、鳥羽院は崇徳院の弟であり亡くなった近衛の兄である皇子を後白河帝として即位させてしまうのです。

後白河は、後に日本一の大天狗と源頼朝にあだ名をつけられてしまう人なんですよ。

鳥羽院は自分が亡くなる時ですら体面を拒否しているくらいですから、本当に崇徳院が嫌いだったんでしょうか。

 

分かりにくいですよね。学生時代にこの話を聞いた時ややこしくて良く分かりませんでした。

書いてみると分かります。

白河帝(72代)

堀川帝(73代)

鳥羽帝(74代)

崇徳帝(75代)-----後白河帝(77代)-----近衛帝(76代)

 

お爺さん(白河)が孫(鳥羽)のお嫁さんに手を出して、崇徳を出産させてしまった。

お爺さんが亡くなると鳥羽が権力を握り、不義の子である崇徳を追い出して崇徳の弟扱いの自分の実子たちだけを優遇していった。

崇徳は権力を握れそうもない。

 

どうする崇徳院?

崇徳は朝廷の不満分子と武家を仲間に反乱を起こしたのです、仲間にした武将は源為義と平忠正がメインで、ちと貧弱貧弱な感じ。

源為義は八幡太郎源義家の孫ですが息子説もあります。頼朝の祖父。

平忠正は平清盛の叔父。

これが保元の乱なのです。

かくて敗れた崇徳院は命こそ助けられましたが、讃岐の国の今の坂出市辺りに流罪となりました。いつか京に帰らんと写経した経典を贈りますが、後白河帝は受取りを拒否、激怒した崇徳は天狗になり朝廷を呪うのでした。

その後、二度と京都に戻ることなく46才の若さで崩御するのです。崇徳院が葬られた坂出に白峯寺、白峯御陵があるんだそうです。

鎌倉、室町、江戸と経てきましたが、権力者たちが何回か崇徳院を慰める機会があったようです。

幕末に至り、孝明天皇が崇徳院の御霊を京都に戻す様徳川幕府に命じますが、ご自身が崩御。継いだ明治帝は1868年慶応四年に勅使を使わすのです。勅使が戻ると、翌日に明治帝は参拝し、更に次の日、明治に改元したのです。

当時の人々が崇徳院を恐れていたことがこの話から分かりますよね、菅原道真、平将門、崇徳院が日本三大怨霊とされています。

ああ、何だか長い話になってしまいました。

 

淳仁天皇もまた哀れな帝です。淳仁という名前は明治以降なんですって。

元々は廃帝、淡路廃帝と呼ばれてて悲しい扱いの方でした。

詳細は詳しく書きませんが、孝謙称徳女帝に帝の座を追われて、淡路島に流されたのです。

 

そんな二人を主祭神にした神社の入口。

さあ入りましょう、怖くない怖くない……右近の橘、左近の桜がありました。

樹齢800年の小賀玉の木。

ん?FCバルセロナ?拡大してみましょう。

コンサドーレ、モンテディオ、トリニータ……

ヴェルディ、ヴァンフォーレ、ガンバ、ジュビロ……いずれもサッカーチームの提灯。

蹴鞠場です。ここは飛鳥井という蹴鞠を得意とする公家の屋敷跡だったんですよ。

武道の神もおわします。

崇徳院に与した源為義と弓の達人鎮西八郎源為朝を祀っており、弓道の神様でもある訳です。

保元の乱では負けましたけどね。

竜神も祀っていますよ。

怨霊だけではなく歌人としても崇徳院さんは知られています。

瀬をはやみ 岩にせかるる瀧川の われても末に あはむとぞ思ふ

お参りをしますが……鈴が大きいです。

手で持つのですよ。巫女さんに教えていただきましょ。

もっと暗鬱な場所を想像していましたが、そんなことは全然ありませんでした。

サッカー部や他の運動部っぽい学生さんが来ていましたし、お守りもそんな風になっています。

見れば弓道部の絵馬や空手道場の案内がありました。

災い(の神)を転じて福(運動部の勝利)となしたのでしょうね。

 

ちょうど神社前がバス停です。出町柳駅を目指して退散します、でわ。


吉野山に行ってきました

2023年11月25日 | 日記

2023年11月25日奈良の吉野山に行ってきました。

吉野山はここです。

近鉄阿倍野橋駅で急行吉野行きに乗って10時前には吉野に到着です。

さ、寒いです。ブルブル。

吉野駅。

駅前で昼食を買って歩きます。

主だった吉野全景です。ロープウェイに乗って上まで登ってしまいましょう。

歩いてすぐにケーブル乗り場です。往復800円でした。

かえで号です。乗込んで出発を待ちます。

何と1929年昭和4年開業なんですって。

しかも第二次世界大戦末期金属の供出を国に命じられましたが、南朝の史跡であることを理由に免れたそうなんです。

後醍醐帝の力、恐るべし。

3分で山上へ。

外に出るとバス停が。

10時48分に乗って、一気に終点の奥千本口まで行ってしまいましょ。

500円後払いのマイクロバスです、ほぼ満員。

20分で終点奥千本口に着きました。ここから本格的な吉野の探訪です。

金峰神社です、急な登り道をずんずん歩いていきますよ。

金峰神社の奥には西行の庵があるそうなんですよ。

金峰神社です。藤原道長が詣でた記録があるそうです、古いですねえ。

その近くに源義経が隠れ、逃げたというお堂もあるのです。

鎌倉幕府に追われ、こんな山奥まで逃げた義経が哀れ過ぎますよね。

更に奥へ。

西行庵を目指します。

かなり奥まで来てます。紅葉が色濃くなってきました。

庵らしきものが見えてきました。

西行さんも良くこんなところで数年も暮らしましたね。

庵を覆い被せる様な紅葉。

歌にも詠まれた苔清水です。

とくとくと 落つも岩間の岩清水

汲みほすまでもなき すみかかな

……しかし直接は飲めませんね、煮沸消毒はしたいかも( ;∀;)

道を登っていきます、と目印が。左に進みます。

四方正面堂跡。

更に安禅寺蔵王堂跡。

宝塔院跡。

この他にも幾つか寺跡があるのですが、明治の廃仏毀釈の際になくなってしまったようです。

金峰神社と西行庵辺りを一周して戻ってきました。約一時間程度でしたよ。

お昼をいただきましょう。

吉野駅前で買った柿の葉寿司6個入900円です。

栗八さん!思わず買ってしまいましたよぉ!!(笑)美味しそうでしょ?

奥千本口のバス停に戻りました。バスが待ってくれましたが、高城山展望台を目指して歩くことにします。

ざっと1.2キロ。

途中には素敵な紅葉があるのですよ。

10分くらいで高城山展望台へ。もう真っ赤ですよ。

奈良方面を展望できます。今年6月に登った高取城も見えるそうですが、発見できませんでした。

赤いのです。

燃えているのです。

炎上している中に黄葉もいるのです。

次は道を下って次の目的地へ。

吉野水分神社ですよ、人はかなり少なくなっています。

天之水分大神が主祭神です。元々水の神様ですね。

千早赤坂村の建水分神社でも見た様に、水を公平に豊かに分ける様な考えがあったのでしょうか。

無人でした。

こちらの神社では、金峰神社と吉野水分神社の御朱印を送っていただけるそうですので、記帳とお代をお納めしましたよ。

後でいただけるそうですので楽しみです。

……豊臣秀頼(秀吉じゃあないんですよ)寄進のお神輿……ホンマかいな?

吉野水分神社を出て下ります。途中、花矢倉という場所があり、紅葉を眺めました。

桜の時期はもっと凄そうですね。

こちらは黄葉が綺麗。

義経を追ってきて逆に討たれた僧兵の首塚。

視線を上げるとこんな風景なのです。足元が疎かになりそうです。

あっ、悲劇の皇子大塔の宮護良親王の記念碑があるようですよ。

立派な石碑です。石碑の右上がかつて護良親王が籠ったという吉野城の跡だそうですよ。

登ってみました。これだけでは分かりませんねえ。

下ったところに後醍醐天皇の御霊を慰める石碑がありました。

また紅く染まっています。

竹林院まで降りてきました。

こちらは聖徳太子の発願だそうで、歴史が古いのです。

中の庭園が有名で千利休作、細川幽斉改良だそうですが、14時前ですので先を急ぎます。

吉野の谷の向こう側にある如意輪寺を急いで目指しましょう。

30分掛かって何とか谷を越えました。こちら分かりにくかったんですよ。

ん?入口辺りで他の方がカメラを持って山を見上げています。

見事な紅葉がありますが、何か他にあるのかな?あっ!

鹿ですよ、鹿!!私を見ています。

草を食むことに夢中です、可愛いですね。

さあ、如意輪寺はすぐそこです。

楠公さんを大河ドラマに!私も見たいかな。三好長慶さんの次に見たいです。

こちらが如意輪寺本堂。

紅葉が燃えておりました。

後醍醐帝腰掛けの石と楠木正行お手植えの木斛(もっこく)なんですって。

如意輪寺の説明書き。後醍醐天皇の想いは、ここまで来るとうすら寒い怖ささえ感じるのです。

宝物殿と庭園を見学します。

後醍醐帝の御霊殿、楠木一族の菊水紋があります。

空が赤く染まっております。

中には宝物殿がありました。

貴重な資料がたくさんあったのですが、撮影禁止でした。

外に出ると楠木正行の奥方候補だった女官が、正行戦死後に仏門に入り髪を埋めたところだそうです。

如意輪寺最大(私にとって)の見学場所に近づきます。

手前が後醍醐天皇の孫である長慶天皇の長男、世泰親王のお墓です。

こちらが南北朝の騒乱の張本人、後醍醐天皇のお墓。

天皇陵は普通南面だそうですが、こちらは遺言で北向きとのことです。

もはや呪いが掛かっているのです。

如意輪寺を出ます。

紅葉を見ながら、吉野の谷を20分くらい彷徨いました。

中千本にある五郎平茶屋にたどり着きました。

15時を回りました。如意輪寺だけが山と谷の向こうにあって、遠かったですね。

何とか無事に吉水神社に行けそうですよ。

先ほど寄ったのは吉野水分神社でこちらは吉水神社。

頭上が燃えております。

歴史は古く682年白鳳11年、役行者建立なんですって。

義経一味の逃亡先であり、後醍醐天皇が南朝の皇居にして、豊臣秀吉の吉野の花見の本陣にした、という歴史好きにはたまらない場所ですね。

お参りしましたが、何と二礼十七拍手一拝なのです!数が多いので間違えないようにしましょう。

弁慶の力釘。

指で石に釘を押込むとか、凄すぎます。

御朱印をいただきました。

何やら展示物、所有物が豊富とのことで見に行きます。撮影可という鷹揚さに感謝です。

狩野派の襖絵。

義経潜居の間。

武蔵坊弁慶思案の間。弁慶さんは控えていたのでしょうか。

外も紅葉が。

こちらは後醍醐天皇の玉座ですって。

豊臣秀吉寄贈の青磁の壺。

蝉丸法師の琵琶。嫋々と鳴るのでしょうか?

地獄とこの世を行き来する男、小野篁の仏具。

楠木正成の持っていたという毘沙門天。

後醍醐帝の宸筆。

源義経の色々縅腹巻。

弁慶の籠手、静御前の鎧、義経の部下である佐藤忠信の兜。

後醍醐天皇の色紙、茶入れ、硯、笙などetc、etc。

一休宗純和尚の墨書まで。

ホンマやろか、と心の中で呟いてしまいました。信じるか信じないかは私次第なんですけどね。

宝物の数は限りがありませんでした。

 

お庭も良く燃えています。

まだ元気な秀吉はここまで花見に来た訳ですね。

後醍醐帝の京都へ帰りたい思いが記されています。

おや、門の下に何か描かれていますよ。

セーマンドーマン。

九字を唱えながら私も念じてみました(笑)

吉水神社を後にして、最後の見学場所に向かう途中、玉こんにゃくの串を食べました。

寒くなってきましたし、お昼も冷たいお寿司だったので、元気を取り戻しました。

見えてきました、金峯山寺蔵王堂。

蔵王堂なのです。開祖はまたしても役小角。

吉野城落城時、大塔宮護良親王の身代わりになって果てた村上義光さんが亡くなったところ。

まもなく16時。

大塔宮護良親王が陣地を構えていたそうで。

夢中になって撮影していたら、本日のご開帳終了ですって( ;∀;)

お参りだけしました。と御朱印はまだ頂けそうです。

そろそろ引き上げましょう。行きはバスで潜った銅の鳥居。

南朝の吉野宮跡だけ見逃したのが残念!

同じく黒門。

山上からケーブルへ。今度はさくら号です。

ちょうど近鉄の特急が来ていたので奮発しました。

さくらライナーのコクピット(?)です。カッコいい。運転士さん、よろしくお願いしますよ。

席に戻ってひと眠りしましょう、阿倍野橋に到着するまで。

それでわ、また。

 

2023年11月28日追記

ポストに郵便物が入ってみました。差出人は……

吉野水分神社さんでした!!お願い通り御朱印を送って下さったのです。ありがとうございました。

吉野水分神社です。

金峰神社です。

ありがたやありがたや~


久能山東照宮に行ってきました

2023年11月23日 | 日記

2023年11月23日久能山東照宮に行ってきました。

こんなトコです。

駿府城に行きたいので、せっかくならば久能山東照大権現にもお参りしてみようと思った訳です。

ということで、はい静岡駅。

ちなみに凄い人出です。新大阪から京都まで自由席でしたが座れませんでした。

京都駅でちゃっかり座れて、名古屋でひかりに乗換えました。浜松、静岡と自由席にたくさん乗ってきますよ。

ここからしずてつさんのバスに乗るのですが、9時23分の出発まで約30分あるので辺りを探索します。

こんなのありました。さすが静岡。

さくらももこさんも逝ってしまわれてますねえ。

駅構内にはこんなのものも。この富士と鷹のデザインは良いですね。

9時を回ったのでバス停を探すとありました。11番バス停で日本平線に乗るのですが、後ろを見るとどんどこ並んできます。

こりゃ、相当な覚悟が必要ですよ。

9時23分超満員のバスに乗りました。日本平には動物園もあり、乗客数に大幅に拍車を掛けているのです。

動物園、遊木の森、日本平ホテルとどんどん高度を上げていき、40分ほどで到着。

日本平ロープウェイですよ。

駿河湾も見えちゃうのです。

ロープウェイもすぐ見えました。47人乗れるそうです。

久能山まで「下る」んですよ。

5分の乗車で往復1,250円のチケットなのです。

すぐに到着しました。見えているのは久能城時代の石垣だそうです。

葵の紋入りの車体です。

クスノキと久能城の石垣もう一度。

説明書きです。

史蹟久能山、ですね。

全体図。久能山東照宮はそんなに広くはないようです。

石段を登ると早速楼門が見えてきました。

後水尾天皇による東照大権現の扁額です。

楼門を潜ると新旧の灯籠が。

派手な彩色の門を越すと……

本殿でございます。お参りしましょう。

日光東照宮とは違った美しさがありますね。

左脇の通路を経て、

まるで虎口です。

神君、東照大権現の墓所です。

奥まったところにあるのですね。

墓所の周りを一周すると、愛馬を埋葬したところがありました。

お参りしたので引き上げます。

家康公お手植えのみかん、あ、駿府から分けたんですね。

プラモデルも奉納されています(笑)

参拝者も結構釘付けになっていました。

振り返って本殿をパシャリ。

稲荷神社と厳島神社が並んでいました。

博物館。撮影禁止でした。

歴代の将軍の刀や鎧が奉納されていました。家康がスペインから贈られた時計なんかもありましたよ。

最近良く見掛ける武将&お城デザインの自販機。

福知山で明智光秀、備中松山と岡山のお城で見つけたことがあります。

更に進むと、勘介井戸。武田信玄の部将、山本勘介が掘った井戸なんだとか。

大体一周しました。それではロープウェイに乗って戻りましょう。

遠くに日本平ロープウェイ駅が見えています。

バスに乗ろうとしますが行ったばかり。一時間待ちますので、昼食を取ります。

大御所御膳です。美味しい美味しい。

いただいた御朱印です。

それでは静岡駅に戻りましょう、でわ。


京都探訪(豊国神社再び、方広寺)

2023年11月19日 | 日記

2023年11月18日大文字山登山の帰り、豊国神社周辺に再び寄って参りました。

この辺りどす。

銀閣寺バス停からバスに乗って出町柳に出て、そこから京阪電車に乗って七条駅下車。

徒歩数分でお馴染みの豊国神社です。

今日は蚤の市が出ていますね。

国宝唐門。

今日寄ったのは宝物館を見学したかったからです。入場料500円。

さあさ、見学します。

秀吉の歯がありました(笑)

豊国祭の屛風図などもあるのですが、お目当ての日本刀、骨喰藤四郎はなしでした。目録にはあるのですが、残念。

さて次にお隣の方広寺に行こうとしたら、豊国神社からの入口があることに気づきました。

こちらです。

右が豊国神社、左が方広寺なのです。

ちらと鐘が見えませんか?白く囲ってあるでしょ、例のアレです。

家康、というか徳川幕閣のイチャモンで有名な君臣豊楽、国家安康の寺鐘銘事件ですよ!

こんなものが残ってるなんて、凄すぎですね。

それでは、また。でわ。