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馬鹿琴の独り言

独り言を綴ります。時にはお相手して下さい。

京都探訪(明治天皇陵、桓武天皇陵、御香宮神社)

2024年02月03日 | 日記

2024年2月3日伏見城に攻略した後、近くの史跡を巡ってみました。

こんな辺りどす。

脇道を折れて入ります。

広い参道です。人がいない様に見えますが、実は結構来られています。

砂利道は少し歩きにくいのですが、15分ほど歩いて……到着です。

奥に見えるのが明治帝の伏見桃山陵。墳墓は東京代々木の明治神宮ではなかったのですね。

次に桓武天皇陵へ行きます。

桓武天皇御陵参道と書いていますが、伏見城へ戻る感じです。先に桓武天皇の方へ行けばよかったです^^

でも意外と近いです。

桓武天皇陵です。

平城京から平安京に移った桓武天皇と平安京から出ていった明治天皇の御陵が隣接しているのですね。

そろそろお昼時、御香宮付近に行きましょう。

歩いて戻って、JR奈良線桃山駅付近の筑前さんというお店に行きます。

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玉子丼と温かいおうどんセット850円です。玉子丼が超絶に美味しいのです。

国道24号を渡ると反対側に御香宮が見えます。

幕末の鳥羽伏見の戦いでは、薩摩藩の本営になったそうですよ。

門のアップ。

伏見城大手門と記されております。伏見城から移したのですね。

桃山天満宮。

伏見城下の前田利家邸から1594年文禄3年に御香宮近くに移転して、1969年昭和44年に内部へ。

御香宮神社拝殿。

中はこんな感じです。

本殿。御香宮の扁額が見えます。

主祭神は神功皇后、他に夫の仲哀天皇、子の応神天皇他数柱です。

隣には良い香りの水が湧いています。(いえ、匂いは嗅いでいませんけど)

清和天皇から御香のある宮、という名前を賜ったんですって。

尾張徳川義直、紀伊徳川頼宣、水戸徳川頼房の所謂御三家は、伏見で生まれ、この水を産湯にしたんだとか。

薩摩藩もこの東照宮があるのを知ってて、本営にしたのでしょうか。

改めての拝殿。見事な彫刻ですよ~

西に向かいます。近鉄の桃山御陵駅、京阪の伏見桃山駅が近いですね。

近くの銀行に飾ってある伏見城の絵。5重6階の天守です。

明日は雪らしいとのこと、買物して早めに引き上げましょう、でわ。


東大寺に行ってきました

2024年01月27日 | 日記

2023年1月27日奈良の東大寺に行ってきましたよ。

こんなトコです。

近鉄奈良駅に12時ごろ到着、お好み焼きのおかるで昼食です。おかるさんはこちら。

 

おかる (近鉄奈良/お好み焼き)

★★★☆☆3.49 ■予算(夜):¥2,000~¥2,999

食べログ

 

お好み焼きはもちろん、焼きそばが絶品でした。

 

食べてから向かいましょう。土曜日ですが結構な人出。中国語ばっかりですよ(´・ω・`)

駅から10分くらいで到着。

写っていませんがもう鹿だらけなんです。

東大寺南大門、華厳宗大本山ですので大華厳寺と扁額が掛かっています。

鏡池の横から中門と大仏殿が見えます。

中門。大きいですねえ。

聖武天皇勅令によりますので、菊の紋が見えます。

左側の入口からチケットを買って中へ。

大きな大仏殿。

お手水の後、金銅八角燈籠に接近です。

天女の伎楽が聞こえて……はきませんね。

細かい細工がされています。

いよいよ大仏の御許へ。何と撮影可なのですよ!!

鎮座まします盧舎那仏。

はえー大きい……大きい

靴じゃありませんよ、鴟尾です、火除けのおまじないです。

脇侍の虚空蔵菩薩。遠くを見ておりますな。

斜めから見た大仏さん。表情が違いますね。

盧舎那仏&虚空蔵菩薩。

左奥の西北には四天王から広目天さん。

大仏真後ろには、少年刑務所の方々作成のジオラマが。

東北を守る多聞天さん。お顔もポーズもカッコ良いのです。

持国天と増長天は何と未完成なんですって……是非、完成してあげて下さいよ。

この横には柱があり、穴が開いてます。お子様や大きなお友達が先を争って潜ろうとしています。

それらをスルー、平常心平常心……

脇侍の如意輪観音さん。

ここから見る大仏さんもステキ。

大きな手のひら。

華厳 東大寺の御朱印をいただきました。

御朱印を貰ってから大仏殿の外へ。屋根の装飾も細かいです。

雲太、和二、京三の口遊びがあるそうですが、さすが和二。今は高さは約47メートル。

ちなみに雲太は出雲大社、京三は京都御所太極殿です。

【雲太】出雲大社が【和二】大仏殿より本当に大きいかどうかは、この際関係ないのです。

そう考えられてきた、言伝えされてきたことが大事なのですね。

大仏殿の壁。北へ続いています。

顔が険しいですが霊亀ちゃん。屋根の上で守ってくれています。

人が来ないコースを歩きます。

猫段を登ります。昔お坊さんが転んで、猫になってしまったそうです。雨が降ったら気をつけて。

猫段を登ると、辛国神社。

振り返ると大仏殿の屋根が見えます。

行基さんを祀った行基堂。

行基堂の脇から進むと二月堂に到着。その手前に閼伽井屋(あかいや)があります。

ここで水を汲んで、お水取りをします。

高いところにある二月堂を見上げます。階段を登りましょう。

ここを左に曲がって、

二月堂へ。清水の舞台みたいに高いのです。

二月堂の風情のある階段を降りて行きます。

二月堂裏参道から二月堂をパシャリ。人が多いのですねえ。

もう帰り道。毛並みの悪い悲しそうな鹿くん。

ごめんね、餌を持ってないの。

山桜と鹿のマンホールがありました。

16時半ごろ近鉄奈良駅で近鉄に乗りましたが、大混雑でした。

今度は春日大社もお邪魔したいものです。歩いてくたくたになりました、でわ~

 


京都探訪(二条城近辺、神泉苑、妙顕寺城址、東三条院址、二条殿址、金座遺址、斯波氏武衛陣・足利義輝邸遺址、旧二条城址)

2024年01月21日 | 日記

2024年1月19日、元離宮二条城を攻略した後、近くの神泉苑他二条城関連の史跡を歩いて回ってみました。

この辺りどす。

①神泉苑

神泉苑はこんなところです。

神泉苑

また空海さん関連。

二条城に向いている北向きの門です。

果てしなく遠い泉の先にお社があるのです。

赤い法成橋。結構、勾配がキツいんです。

でも渡ると楽しい(笑)

善女竜王社です、合掌。

南側に一回出て鳥居を激写。

12時45分ごろですので一旦お昼ご飯を取ります。お店はどこも混んでいて写真が撮れませんでした。

②妙顕寺城

妙顕寺城跡はこんなところ。

 

豊臣秀吉妙顕寺城跡|【京都市公式】京都観光Navi

観光スポット・サービス情報。京都にある観光情報をカテゴリ別にご用意しました。行きたいスポットへは、エリアで検索できる機能が便利です。

【京都市公式】京都観光Navi

 

本能寺の変の後、1583年(天正13年)に秀吉が拠点として築城、聚楽第ができるまでの拠点だそうです。

今はお寺さんの前にこの石碑が立っているだけでした。

そのまま次の目標に向かっているとまたもや怪しい石碑を発見。

東三条院址、ですって。

③東三条院址

 

東三条院址|【京都市公式】京都観光Navi

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【京都市公式】京都観光Navi

 

今季の大河ドラマ、「光る君へ」の藤原兼家、道長の住まいとして有名です。

惜しくも1177年安元3年に焼失とのこと。

うーん、名前が気になりますね。ここらは御所の西側なのですよ。「東三条」という名称が気になって仕方がない。

今の地図です。どう考えても西三条院ですよねえ。

しかしWikiを見て疑問が解消しました。

神泉苑の並びにあるのですが、今の元離宮二条城の場所に内裏があった訳ですね。

御所が移ったのだと思います。これならば東三条、と呼ぶのも分かる気がします。

更に東に向かいましょう。

目印は京都マンガ国際ミュージアムです。正面玄関の左にあるとのことですが、全く見当たらず。

お店の方に伺って、裏口を見る様に言われました。

見つけましたよ~

④二条古城

本能寺の変で信長の息子である織田信忠が籠り、皇太子誠仁親王を逃がして後、自刃したところです。

烏丸通を一本奥に入ったところにありました。

その横には更に徳川時代の金座遺址。

⑤金座遺址

石碑しかありません。

更に北上しますよ。

平安女学院のところまでやってきました。

⑥斯波氏武衛陣・足利義輝邸遺址

ちょっと胸熱な場所です。

室町幕府管領斯波義将の邸宅というより、足利義輝が最期を遂げた場所なのです。

足利14代将軍足利義輝が三好党に襲われて、無双したのですが、最期を遂げたところなのです。

石碑しかないのが悲しいです(´・ω・`)

こちらを参照のこと。

https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/ka080.html

更に北上します。女子大付近ですので、怪しい動きをしていると捕まりそうですので要注意ですよ(笑)

⑦旧二条城

上京した足利義昭のために作られた二条城です。

 

旧二条城跡|【京都市公式】京都観光Navi

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【京都市公式】京都観光Navi

 

 

二条城近辺を攻略いたしました。

この後もう一か所行けるかな、でわ。


超意訳:南総里見八犬伝

2024年01月03日 | 日記

トチ狂ってしまい超意訳:南総里見八犬伝に挑戦してしまいました。

馬琴翁の小難しくも執拗な文章を読むのは大変ですが、寿命を迎える前に読んで意訳したかったのです。

モットーは適当に、現代文だけど時代劇で使うような感じで書いていきたいと思っています。

理解できないところ、馬琴翁の衒学めいたところはカットしていますし、会話文が長いので適度に切っています。

例えば里見義実の龍の講釈があるのですが、長すぎだし本編に関係ありません。

行替えも入れて行かないと分かりにくいので、私の一存でやっています。

史跡巡りも今まで通りやっていくので、それなりにおつきあい下さいませ、でわ。


2024年初詣に行ってきました

2024年01月01日 | 日記

2024年明けましておめでとうございます。

また北陸の震災に遭われた皆様、心よりお見舞い申し上げます。

1月1日の14時10分東京メトロ日比谷線の入谷駅に着きました。

地下鉄を上がると地図がありました。

赤い丸が目的地の小野輝崎神社。

ちなみに上に上がると(南下すると)恐れ入谷の鬼子母神の眞源寺さん。

正門に行くと……1日14時過ぎなのに長蛇の列。

小野照崎神社は、主祭神が小野篁……地獄とこの世を行き来する男、です。

おっと列が進みましたよ。

852年仁寿2年にこの辺りの住民が小野篁を祀ったことが縁起の様です。ちなみに同年12月に篁は亡くなっていますよ。

父の小野岑守は陸奥守でしたので、赴任した際に父と東北へ一緒に向かっています。

息子の篁も842年承和9年に陸奥守になり、東北に赴任していますので、生涯で数回この辺りを訪れていると思います。

逆光で額が見えません( ;∀;)ならば接写。

小野照崎神社ときちんと書かれていました。

本殿です、40分くらい待って初詣ができました。

今年はいい年になりますように。

今年の干支、龍の絵が飾ってありました。

初詣が終わりましたので、次はどうしましょうか。

三ノ輪が近いので、また東京さくらトラムこと都電荒川線に乗りましょうかね。

最近鉄分不足気味の同居人のために、早稲田まで行きましょう。

小野照崎神社から20分歩いて三ノ輪橋駅に着きました。

今日は三ノ輪橋から早稲田、つまり端から端まで乗ります。

ぐるっと東京都北部を回る訳です。

三ノ輪橋停留所。

15時42分発に乗ります。途中から結構混雑してきました。

荒川車庫に満載の新旧車両で盛り上がった後、お尻が暖かくなってきました。

急にラリホーの呪文に掛けられて、ZZZ、ZZZ……

気づくと東池袋四丁目でした(笑)

16時42分早稲田駅で降ります、1時間乗っていた訳ですよ。

が、連絡が入って気づきました。能登半島地震は都電の中の夢の途中に起きていたのですね。

この間寄らなかった穴八幡宮に急遽お邪魔して、初詣の上塗りをしました。

こんなお宮ですよ。

 

 

牛込高田鎮座 穴八幡宮

東京都新宿区西早稲田に鎮座する穴八幡宮の公式サイトです。一陽来復御守・神事高田馬場流鏑馬など祭事のご案内や御由緒・ご祈祷・交通案内など各種ご案内いたします。

牛込高田町鎮座 穴八幡宮

 

美しい朱塗の紋です。

こちらもたくさんいますね。菊の紋が輝いています。

何とか幸せでありますように。

今年もよろしくお願いいたします、でわ。