Blog FakeTK

某社会学者のブログです。いまは主に読んだ書物の情報をお伝えしています。

人間関係を半分降りる

2022年10月02日 19時18分21秒 | 
鶴見済,2022,人間関係を半分降りる──気楽なつながりの作り方,筑摩書房.(10.2.2022)

 『完全自殺マニュアル』が出版されてはや29年になるのだな。
 「生きるのなんかどうせくだらない。人生イヤになったらさっさと死んじまえ。」という29年前のメッセージは、「いつでも死ねると思えればたいていのことには我慢ができる。」という含意があり、だからこそ少なくない賛意が寄せられたのだろう。
 本書でも、基本的な鶴見さんのメッセージは変わりがない。「イヤな人間関係なんか切ればいいし我慢する必要なんかない」というメッセージに救われる人は少なくないだろう。

人間は醜い。だから少し離れてつながろう!友人、家族、恋人。大ベストセラー『完全自殺マニュアル』の著者が、悲痛な体験から生きづらさの最終的な解決法=優しい人間関係の作り方を伝授する。

目次
第1章 友人から一歩離れる
「人からどう思われるか」を基準に生きない―やさしい視線のなかに行こう
仲間はずしに従わない―仲間うちの力関係で動くことのむなしさ ほか
第2章 家族を開く
家族は寄りそわなくていい―距離が近いと「嫌い」が爆発する
子どもがいなくてもいい―「子どもこそ幸せ」という最大の圧力 ほか
第3章 恋人をゆるめる
そもそも恋愛をしなくていい―「恋愛は面倒」な人が増えている
セックスも無理にしなくていい―誰もが好きなものではなかった ほか
第4章 こうすれば気楽になれる
「もうどうしようもない」とあきらめる―最後に見切った人の持つ強さ
怒りは一晩寝てやりすごす―時間がたてば理性が勝る ほか

凜として灯る

2022年10月01日 19時42分59秒 | 
荒井裕樹,2022,凜として灯る,現代書館.(10.1.2022)

 ああ、そういえば、「モナ・リザ」に赤いスプレー塗料を噴射した女が逮捕された事件があったあった。
 本書の主人公は、その女、米津知子さん。
 本書を読むまで、米津さんの犯行の背景にこのような複雑な背景事情があるとは知らなかった。
 身障者でありかつ女であること、それゆえ、ウーマン・リブの活動にのめりこみながら、過剰なまでに障害者差別に敏感であった米津さん。身障者差別を露骨に示した「モナ・リザ展」に対しこうするほかなかったであろう、と納得させる荒井さんの筆力を称えたい。

1974年4月20日、東京国立博物館で開催された『モナ・リザ展』一般公開初日。「人類の至宝」と称されるこの絵画に、一人の女性が赤いスプレー塗料を噴射した。女性の名前は米津知子。当時25歳。「女性解放」を掲げたウーマン・リブの運動家だった。なぜ、彼女はこのような行動に及んだのか。女として、障害者として、差別の被害と加害の狭間を彷徨いながら、その苦しみを「わたしごと」として生きるひとりの、輝きの足跡。

ボクには世界がこう見えていた

2022年09月29日 14時14分48秒 | 
小林和彦,2011,ボクには世界がこう見えていた──統合失調症闘病記,新潮社.(電子書籍版有)(9.29.2022)

 解説で岩波明さんが指摘しているように、統合失調症の患者において、小林さんほど、思考や表現がギリギリのところで破綻せず、冷静に自らの妄想歴を追想できるのは珍しい。
 回想される支離滅裂な妄想と繰り返される入退院の経験を読むのはかなりしんどいが、「なぜそう思う?」との疑問がどうしてもつきまとい、理解するのがなかなか困難な統合失調症当事者の経験に触れるのは、けっして無駄ではないだろう。

早稲田大学を出てアニメーション制作会社へ入ったごく普通の青年がいた。駆け出しながら人気アニメ作品の演出にも携わるようになったが、24歳のある日を境に、仕事場では突飛な大言壮語をし、新聞記事を勝手に自分宛のメッセージと感じ、また盗聴されている、毒を盛られるといった妄想を抱き始め…。四半世紀に亘る病の経過を患者本人が綴る稀有な闘病記にして、一つの青春記。

目次
第1章 兆候(一九六二年~一九八四年)
第2章 現実との闘い(一九八四年~一九八六年)
第3章 意識革命(一九八六年七月)
第4章 幻覚妄想(一九八六年七月二十五日~七月二十七日)
第5章 入院(一九八六年七月~十一月)
第6章 出発(一九八六年十一月~一九八八年十二月)
第7章 想像と妄想の狭間(一九八九年一月~十月)
第8章 躁病、そして再入院(一九八九年十月~十二月)
第9章 再出発(一九九〇年一月~一九九一年四月)
最終章 障害があっても(一九九一年~現在)

千代田区一番一号のラビリンス

2022年09月26日 22時12分59秒 | 
森達也,2022,千代田区一番一号のラビリンス,小学館.(電子書籍版有)(9.26.2022)

 本作は、前天皇(現上皇)の「明仁」と「美智子」、そして森達也の分身であるジャーナリストが主人公の、傑作ファンタジー小説である。
 登場人物は、実在する者か、それを模した者で占められている。明仁と美智子は、いや明仁さんと美智子さんは、在位時、ペリリュー島や沖縄をはじめとして先の大戦激戦地をめぐる慰霊の旅を続け、災害被災地に出向き避難所で膝をついて被災者を見舞った。天皇制を利用する不逞の輩と距離をおく姿勢ともども、反天皇制を唱える人々にも好感をもって受け入れられた稀有な天皇と皇后であった。
 「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」という曖昧模糊とした、というより意味不明の憲法第1条を誠実に体現しようとしてきた明仁さんと美智子さんに対する敬意が、本作の端々から伝わってくる。
 怖いのは、天皇制そのものではなく、天皇と天皇制を語ることを自粛し、不敬と思われる言動をとる者がいれば袋叩きにせんと虎視眈々と監視し合う国民の心性である。
 明仁さんと美智子さん存命中に、よくぞ書いてくれたと思う。森さんが夢見たように、ご両名自身もさぞ喜んでおられるであろうと思いたい。

皇室を巡るタブーに一石を投じる「問題小説」。
主人公のドキュメンタリストは、天皇の生の言葉を引き出したいという熱情に突き動かされ、象徴天皇制の本質に迫る番組企画を立ち上げた。
そして、ついに企画実現の突破口を探り出す!

マイホーム山谷

2022年09月24日 19時48分28秒 | 
末並俊司,2022,マイホーム山谷,小学館.(9.24.2022)

 山谷をはじめとして、ドヤ街には、人を助ける意思をもった人々をひきつける魅力がある。
 山谷でホスピス、「きぼうのいえ」を創設した山本雅基氏もその一人であったが、彼は、その後、アルコール依存症と統合失調症を患い、生活保護を受けながら在宅介護生活を余儀なくされるようになる。
 どこか冷めた筆致で、淡々と、山谷で生きる人々の人と人生を語る。地味な内容ではあるが、人々の息遣いまでもが伝わってくる良作だ。

ドヤ街で有名ホスピスを成功させ、今では介護を“受ける側”に―この街で「理想のケア」を追い求めた男の栄光と挫折。第28回小学館ノンフィクション大賞受賞作。

目次
序章 山谷と介護と山本さん
第1章 よそ者たちの集まる街
第2章 「きぼうのいえ」ができるまで
第3章 壊した壁と壊れた心
第4章 「山谷システム」は理想か幻想か
第5章 山谷のマザー・テレサの告白
終章 マイホーム山谷

コミュニティの幸福論

2022年09月21日 20時13分41秒 | 
桜井政成,2020,コミュニティの幸福論──助け合うことの社会学,明石書店.(9.21.2022)

 本書は、コロナ禍での遠隔授業のために作成した教材を元にした作品のようだが、内外の研究成果の知見をふんだんに取り入れており、話題の膨らませ方も大胆で読む者を飽きさせない。
 なにを言いたいのか結局わからない、というか言いたいことなどもとからないのだろうが、どうでも良いピースミールの実証ばかりやってる若手の社会学者は、こういう研究を少しはお手本にした方が良いのではないだろうか。

「助けたくない、助けられたくない」日本のあなたとわたし。身近なギモンや俗説の真相究明に挑んだ国内外の学術的研究を紹介しつつ、家族や地域、趣味・ボランティアのグループ、SNSやネットゲームといったあらゆる“コミュニティ”を取り上げて、人と人との関わり合いを問いなおす。

目次
第1章 コミュニティから幸せを考える意味って?
第2章 日本人の幸福感
第3章 助け合わない日本人?(1)―利他的行動とボランティア
第4章 助け合わない日本人?(2)―被援助要請とウチ・ソト文化
第5章 地域コミュニティの幸せ―地元で暮らすということ
第6章 居場所を考える―子供・若者を締め出す地域コミュニティ
第7章 インターネットとコミュニティ
第8章 「当事者」とコミュニティ―LGBTを例に
第9章 「働くこと」を支える―社会的包摂とコミュニティ
第10章 コミュニティとトラブル、排除
終章 助け合える幸せなコミュニティをつくるには

燕は戻ってこない

2022年09月19日 19時25分35秒 | 
桐野夏生,2022,燕は戻ってこない,集英社.(電子書籍版有)(9.19.2022)

 445ページにわたる大作ではあるが、一気読みしてしまった。もっとも、桐野夏生さんの作品で一気読みしなかったものは一つもなかったように思う。
 本作は、「代理母」をめぐる愛憎劇を描いたものであるが、ざらついたぬめりを感じながら楽しんで読むことができる。気持ち悪いことの快感あるいは心地よい気持ち悪さ、桐野作品はこれを感じとることができる点でも期待を裏切らない。

北海道での介護職を辞し憧れの東京で病院事務の仕事に就くも、非正規雇用ゆえに困窮を極め、未知の「生殖医療ビジネス」に誘われる29歳女性・リキ。バレエ界の「サラブレッド」としてキャリアを積み、自らの遺伝子を受け継ぐ子の誕生を熱望する43歳男性・基。その妻で、不育症と卵子の老化により妊娠を諦めざるを得ず、「代理母出産」という選択をやむなく受け入れる44歳女性・悠子。それぞれのままならぬ現実と欲望が錯綜する、ノンストップ・ディストピア小説!

祝祭の陰で 2020―2021

2022年09月18日 19時27分51秒 | 
雨宮処凛,2022,祝祭の陰で 2020―2021──コロナ禍と五輪の列島を歩く,岩波書店.(電子書籍版有)(9.18.2022)

 本書を読んで、東京オリンピックの強行の陰で進行していた数々の問題について、振り返ることができた。
 オリンピック強行に大きな役割を果たした安倍晋三は、森友、加計、桜を見る会等の問題でお縄にならなければならなかったところ、旧統一教会問題がらみで天誅を下されることになってしまった。(このまま悪事がまかりとおるよりも、この結果ははるかに望ましいものであった。)
 わたしのなかでは、貧困、災害被災者の苦悩、コロナ禍、東京オリンピックは、安倍晋三というモンスター抜きには語りえぬことであり、安倍とつるんで悪事をなしてきた連中が一掃されるまで、雨宮さんが取り上げた問題群の元凶の一角は残り続けるように思う。

華やかに開催されるはずだった「復興五輪」に襲いかかったウイルス禍。一年後、パンデミックのなか無観客で実施された祝祭に覆い隠されたものとは―。五輪準備で公園を追い出された野宿女性、困窮相談に届いた「臓器を売りたい」という声、聖火リレーが通る予定だった震災から九年目の福島。止まった日本を歩いた二年間の記録

目次
プロローグ 幻の五輪出場を追憶する (久江雅彦)
第1部 二〇二〇年 未知のウイルス、延期された五輪と止まった日本
野宿していた公園を、オリンピックによって追い出された女性
長野・千曲川台風被害 二度失った「ふるさと」
出陣学徒壮行の地 戦場の扉だった競技場
3・11から九年 今も震災直後の光景が残る福島
所持金一三円、緊急事態宣言下のネットカフェ生活者
千葉・南房総 三度の台風被害、続くコロナ禍の二重苦
「原爆の子」の弟 聖火ランナーを目指して
コロナ禍の沖縄 那覇の子ども食堂
住民票のないホームレスには届かない特別定額給付金
パラリンピックを目指す全盲のランナー
北海道・釧路 自主夜間中学から見えるオリンピックの姿
「消滅可能性が最も高い」 群馬県南牧村
宮城県・気仙沼 二人残った親子のバッティングセンター
コロナ禍に追いつめられるクルド人家族
ヴィジュアル系バンドから歌舞伎町ホストへ
第2部 二〇二一年 コロナ禍で強行された東京五輪
遠隔操作ロボット OriHime が開く世界
陸前高田 逸品の牡蛎にコロナが襲いかかる
福島県浪江町津島 ふるさとを失って―帰還困難区域の今
埼玉県三郷市 コロナ重点医療機関から見えたもの
なぜ五輪ボランティアを辞退したのか
千葉県いすみ市・サーフィン会場周辺 近くて遠いオリンピック
広島名物・もみじ饅頭「にしき堂」 今が一番の危機
東京・品川 「コロナの発生源」と集中砲火を浴びた屋形船
東京・浅草 幻の五輪マラソン折り返し地点
電話相談会に届いた「臓器を売りたい」
東京・三河島 外国製に押され廃業したブリキ工場の誇り
北九州市 三三年間ホームレス支援を続ける牧師
川崎市 ヒジャブ姿で定時制高校の教壇に立つムスリム女性
東京・高円寺 コロナ禍でなぜか儲かるリサイクルショップ
島根県・石見銀山 パラリンピックを支える義肢装具会社
神奈川県・やまゆり園 障害者大量殺傷の現場と聖火
座談会 日本社会が取りこぼしてきたものと向き合う旅(雨宮処凛 久江雅彦 堀誠)

プリズン・サークル

2022年09月18日 19時26分12秒 | 
坂上香,2022,プリズン・サークル,岩波書店.(電子書籍版有)(9.18.2022)

 先行して公開された映画は、けっこう話題になったように記憶しているが、民間企業が運営に参画する刑務所、「島根あさひ社会復帰促進センター」における「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」の試みを描く。
 犯罪加害者に対して必要なのは何か。建前上は、加害への社会的報復は第一には想定されていないが、裁判での判決をみても、実際のところ、被害者、遺族への謝罪、補償、加害者の更生よりも、報復が優先されているように感じることがいまだに多い。
 犯罪は病気が発現した結果である。わたしは、ずっとそう思っていて、だとすれば、加害者を罰することに意味はなく、加害者が自分が行ったことの意味と、被害者や遺族の感情のみならず、犯行時の自分の感情を理解したうえで、病気から快復することがめざされなければならず、TCの試みはすべての刑務所や少年院の更生プログラムに取り入れられるべきものであろう。

目次
プロローグ「新しい刑務所」
ある傍観者の物語
感情を見つめる―四人の物語
隠さずに生きたい
暴力を学び落とす
聴かれる体験と証人―サンクチュアリをつくる
いじめという囚われ
性暴力 光のまだ当たらない場所
排除よりも包摂
助けを諦めさせる社会
二つの椅子から見えたもの
被害者と加害者のあいだ
サンクチュアリを手わたす
罰の文化を再考する
エピローグ「嘘つきの少年」のその後

プリズン・サークル

ボトム・オブ・ジャパン

2022年09月16日 19時09分37秒 | 
鈴木傾城,2020,ボトム・オブ・ジャパン──日本のどん底,集広舎.(9.16.2022)

 アンダークラスの生活実態の一端を、とくに鈴木さんが得意とする性風俗で働く女性のそれを知るには良い本かもしれない。
 ただ、つくりも内容も安直すぎるし、「だったらどうすれば良いの?」ということで、政策提言までは望まないとしても、政治家、官僚、企業経営者等の批判があってしかるべきと思うのだが、それがないから、「貧困ポルノ」という誹りを受けてもしようがないようにも思った。

目次
第一章 ネットカフェ
彼らはどこから来たのか
ネットカフェで暮らしていたデリヘル嬢
社会的には「存在しないも同然」の人間
第二章 子供を産み捨てる世界
数日こうした空間で寝泊まりしてもキツい
漫画喫茶で子供を産み捨てる
子供産み捨てが社会のどん底で起きている
第三章 ワーキングプアと家賃
社会の底辺で増えていく家賃滞納
ホームレスではないが限りなく近いギリギリ
誰でもできる仕事が危険なワケ
第四章 シングルマザーという地獄
女性を落とすブラックホール
セックス産業で稼ぐ女たちの金銭事情
シングルマザー風俗嬢
シングルマザーが落ちた地獄
第五章 シェアハウスという闇
シェアハウスという共同生活の世界
脱法シェアハウスの部屋の狭さ
シェアハウスで友達を殺害してバラバラにした女性
第六章 親が死んでも何もできない
ひきこもりという「無職透明」の人たち
社会接点がなくなった「ひきこもり」の姿
「;勝手に親の都合で産んだ」という正当化
第七章 貧困ビジネス
ホームレスという見えない存在
ホームレスを「メシの種」に
襲撃されるホームレス
第八章 コロナショック
新型コロナウイルスという衝撃
「無料低額宿泊所」という地獄
まったく食べて行けなくなった風俗嬢
蟻地獄のように迫ってくる「日本のどん底」
第九章 不安な時代に備える
国や企業の支援は一時的かつ限定的
防御を固めなければならない局面にある
「できて当たり前の生活防衛」30のリスト

自助社会を終わらせる

2022年09月15日 19時10分11秒 | 
宮本太郎編著,2022,自助社会を終わらせる──新たな社会的包摂のための提言,岩波書店.(9.15.2022)

 阿部彩さんの「ガラパゴス化する日本のワーキング・プア対策」が参考になった。阿部さんは、日本、韓国、台湾、香港における貧困層の動向と現状を比較しているが、勤労者の相対的貧困率(ワーキング・プア率)は10.8%と日本がもっとも高い。また、購買力平価調整後のドル換算で、最低賃金、可処分所得が低い下位20%の子どもがいる世帯の平均可処分所得ともに、日本のそれは際立って低い。
 本田由紀さんの「メリトクラシーを「弱毒化」するために」も良かったな。<達成>→<報酬>の切断、すなわち、医師や弁護士、大企業経営者等のみが高報酬を約束されるのではなく、たとえば、看護師、保育士、介護士、清掃人等にも、しかるべき水準の報酬を保障するということ。もとより、これらの職業に就く人の多くがかつては地方公務員だったわけだから、元に戻していけば良いだけの話であるし、それより低すぎる最低賃金を一気に引き上げれば良いことだ。そのための税負担が重くなっても文句はない。

低成長と少子高齢化で停滞する日本社会の各所から、悲鳴が上がっている。脆くなった社会をコロナ禍が直撃し、言われるような「自助社会」の行き詰まりは誰の目にも明らかになった。一九九〇年代以降進められてきたさまざまな政策を、社会福祉、政治、行政、教育など、多彩な分野の第一線の研究者たちが徹底検証。

目次
序章 自助社会をどう終わらせるか
1部 自助社会の揺らぎと包摂型政策
ガラパゴス化する日本のワーキング・プア対策
すべての家族への支援をどう進めるか―家族政策の分断から包摂へ
誰も排除しないコミュニティの実現に向けて―地域共生社会の再考
犯罪をした障害者を孤立させないために―「自立」から「依存」へ
2部 パンデミックの衝撃と転換点
コロナ危機は社会民主主義的合意を作るか
コロナ危機は自由民主主義を変えたのか
「地域責任」と地方分権の限界―コロナ対応を例として)
3部 包摂型社会を展望する
メリトクラシーを「弱毒化」するために
個人化の時代の包摂ロジック―「つながり」の再生
包摂する社会が危機にも強い

母親になって後悔してる

2022年09月13日 18時51分14秒 | 
オルナ・ドーナト(鹿田昌美訳),2022,母親になって後悔してる,新潮社.(電子書籍版有)(9.13.2022)

 「母親になんかならなければよかった」(「子どもなんか産まなけりゃよかった」)という、当たり前に少なからぬ女性が抱く「悔恨」を、社会調査の俎上にのせて、明確な「言葉」として抽出したこと、本書の意義はそこにある。
 「子どもを産み育てることは女性の至上の喜びである」、この嘘にまみれた戯言を一蹴すること、ここからしか、女性の抑圧からの解放はありえないだろう。
 冗長な叙述に最後までつきあうのには忍耐がいるが、「反出生主義」の思いを強化することができただけでも読んでよかった。

目次
1章 母になる道筋
2章 要求の多い母親業
3章 母になった後悔
4章 許されない感情を持って生きる
5章 でも、子どもたちはどうなる?
6章 主体としての母

自己決定権は幻想である

2022年09月12日 19時24分17秒 | 
小松美彦,2004,自己決定権は幻想である,洋泉社.(9.12.2022)

 「脳死」は人の死にあらず。
 臓器移植のドナーは、臓器を摘出される際、苦痛と恐怖のために暴れるのだという。そのため、現在では、臓器摘出は全身麻酔を打って行われる。「脳死」も「植物状態」も、健常の人間による手前勝手な誤判断でしかない。
 臓器移植や「安楽死」を認めることは、「生きるに値する生命」と「値しない生命」を恣意的に判別し、後者を抹殺することにつながる。
 本書は、「語り下ろし」で編まれた作品であるので、話し言葉で叙述されている分、わかりやすい。
 この書物も、再版か、電子書籍化を望みたい。

「批判からしか見えないものがある。批判がないと見えなくなるものがある」。産む産まないは、女性に決める権利がある!命のリレーに参加するために、ドナーカードを持ちたい!「自分らしい死」につながる自殺・安楽死を認めるべきだ!自分の身体なのだから、「売春は自由」じゃないか!国家に逆らってイラクに行き、人質になったら、それもまた自己責任だ!自己決定権の名のもとに展開される、これらの錯綜を放置しておいてよいのか。日常用語のように広がり、誰にも反対できない、「自己決定権」は果たして正しいか?一見もっともらしい、言説の闇に深く錘を下ろし、見え透いた論理のカラクリを暴いて、「自己決定権」の負の側面を炙り出す。

目次
序章 自己決定権とは何だったのか
第1章 私はなぜ自己決定権を認めないのか
第2章 自己決定と自己決定権はどう違うのか
第3章 自己決定権と福祉国家の行方
第4章 死をめぐる感性、批判をめぐる感性
第5章 ノンと言い続けることの重要さについて
終章 自己決定権批判の課題はどこにあるのか

認知症の人々が創造する世界

2022年09月11日 20時18分02秒 | 
阿保順子,2011,認知症の人々が創造する世界,岩波書店.(9.11.2022)

 本書は、『痴呆老人が創造する世界』を改題、加筆して出版された作品であるが、時代を超えて読み継がれていってほしい名著である。
 認知症の人々にとって、施設は一つのまちであり、他の人々は配偶者、家族、親友であったりする。それをたんなる妄想と切って捨ててしまうのは惜しい。それほど認知症の人々が生きる世界は豊饒だ。
 高齢者介護の場での人手不足は深刻で、職員がそのゆたかさに触れる余裕はなかなかないだろうが、本書で描かれているようなユニークな人々とのかかわりは他の職場では得られない貴重なものであろう。

本格的な高齢社会到来で、認知症の人々は増えていくと予測されている。彼ら、彼女らは、どのような世界を創りあげているのだろうか。認知症の介護施設で、看護職の著者が出会ったお年寄りたちの暮らしを細やかに再現することにより、何を大切にしているのか、人間関係のありかたは、過去と今の生活をどのように結びつけているのかを解き明かしていく。

目次
第1章 フィクションを生きるお年寄りたち
亭主は厄介者か?かわいいひとか?
私のパートナー、僕のパートナー
第2章 世間という社会
仲間たちと世間さまウチとソト
第3章 それぞれが抱える事情
お友だちプレステージ
放浪こそ我が人生
第4章 会話アラカルト
エンドレス・ストーリー
会話はフィーリング ほか
第5章 行動は語る
「さわる」行為の不思議さ
裏技の開発 ほか

痴呆を生きるということ

2022年09月10日 19時47分36秒 | 
小沢勲,2003,痴呆を生きるということ,岩波書店.(電子書籍版有)(9.10.2022)

 言わずと知れた名著にしてロングセラーとなった本書であるが、認知症高齢者一人一人の思いが伝わってくるかのような深い洞察には、あらためて感服する。
 これからも読み継がれていくことだろう。

痴呆を病む人たちは、どのような世界を生きているのだろうか。彼らは何を見、何を思い、どう感じ、どのような不自由を生きているのだろうか。痴呆老人の治療・ケアに二〇年以上携わってきた著者が、従来ほとんど論じられてこなかった痴呆老人の精神病理に光をあて、その心的世界に分け入り、彼らの心に添った治療・ケアの道を探る。

目次
第1章 痴呆を病む、痴呆を生きる
第2章 痴呆を生きる姿
第3章 痴呆を生きるこころのありか
第4章 痴呆を生きる不自由
第5章 痴呆のケア
終章 生命の海