『はいっ、こちら林業普及スタッフです!』

島根県庁林業課林業普及スタッフからのお知らせ

柿(こけら)葺き師〈その2〉

2007年01月24日 | 森林・林業のものしり博士
木材の利用は、その大部分が建築用に使われています。とかく私たちは柱、梁などの主要構造材に目が向きがちですが、どっこい昔ながらの使途として屋根葺きにも使用されています。戦前は民家でも板で屋根を葺いたものが結構あったとのことですが、戦後セメント瓦、焼き瓦に変わっていき現在は文化財級の寺社等にしか残されていないですね。耐久性、コストの面もありますが日本にとけ込んでいるその風情は情緒があり、柿葺きが少なくなっていくのは寂しい感がありますね。

 「柿(こけら)葺き」については、このブログの「柿葺きってご存じ?その1」をご覧ください。

 なお、余談ですが現在でも欧米では木っ端葺き(柿‐こけら‐)が民間の住宅で多く使用されています。十年ばかり前になりますが、アメリカ・カナダへ視察に行ったときのこと、アメリカ南部でも、あのビバリーヒルズでも、カナダのバンフのホテルでも屋根、外壁に木っ端が使ってありました。更には町中の電柱、ガードレールまでも木材が使用してありました。日本は木の文化といいますが、日本以上に木の文化が定着しているような感が印象として残っています。

 さて、本題の「柿(こけら)」についてです。
島根県には柿制作と柿葺師である方が数名おられます。いずれも高齢(皆さん大変お元気で現役です)ですが、先日その中のお一人にお会いすることができました。
 そして日本の木の文化の一端に触れることができました。今回はそのときの話のご紹介です。

 ご本人は雲南市にお住まいの伊藤光夫さん(75)です。市内には柿製造の会社もありますが、伊藤さんは個人(一人親方)として柿製造、土居葺の製造さらに葺き替え工事も施工されています。
(土居葺:本瓦葺の下地としての割り板、現在は瓦屋根の下地としては野地板とフェルト等を貼るのが主流です)

 〈伊藤さんご夫妻〉
 

 伊藤さんがこの仕事に携わったのは今から約55年あまり前のこと、学校卒業後弟子入りで経験を積み独立。屋根材である柿の製造から葺き替え施工までを行っておられます。また、檜皮葺きも銅葺き屋根も施工されるとのこと。
 「お一人でされますか?」との質問に対しては県内での技術者の方や県外で柿葺き師として活躍しておられる息子さん達と共同して工事しておられるそうです。

 昔(戦前)は各戸に柿葺きが多くあったそうです。材料はクリ、スギ等地元材を使用。現在屋根はほとんどが瓦等木質以外に変わってきており民間での需要はほとんどありません。
 本県でも柿が残っているのは寺社がほとんどです。

 〈松江市神魂(かもす)神社‐日本最古の神社【S27年国宝指定】‐の昭和63年に葺き替えられた柿屋根〉
 

 佐藤さん達が近年屋根葺き工事を行った現場は、昨年までの数年間芦ノ湖畔の「箱根の関所」(秋田杉の柿)、京都御所・伊勢神宮のお茶室、桂離宮の全面葺き替え(S54-55頃)、更には1999年には渡米(フィラデルフィア)し日本庭園内の家屋の葺き替え工事に携わるなどがあり、柿葺師としての技能が優れた方です。
 〈箱根の関所
 

 〈米の現地新聞で紹介‐写真は伊藤さん〉
 

 さて、柿の材料です。昔はいろいろな木材が使用されていたようですが、現在は柿にはスギ、サワラ、ヒノキ、ほかに屋根材としてはヒノキの樹皮を使用した檜皮葺きがあります。(スギ樹皮も使用されるが耐久は若干劣る)
 
 伊藤さんは、柿の原材料は県外の業者から調達しておられます。県内では柿に適した大径木の原木の入手が難しいためです。柿製造は柾目板取りするために小径木や節が多いものなどは大きさ等が揃わず適していません。原木単価はm3当たり10―50万円で、銘木級も中にはあります。訪問したときに置いてあった原木は秋田杉(径90㎝)、木曽サワラ、善光寺から直接材料として送られてきたサワラなどが置いてありました。
 
 年輪幅はスギでも1㎜以下、サワラに至っては0.?㎜。ただただため息が出るばかりでした。

 〈秋田杉
この秋田杉は径が90㎝、年輪幅は1㎜以下です。柿は耐久性がよい心材部分(あかみ)を使用します。写真を見てもらうとわかりますが辺材(白太:しらた)が非常に少ないですね。
 

 〈サワラ〉
  このサワラは長野善光寺からの指示で直接原材料を搬入されたもの。現在柿を製造中。木口を見てください。「善光寺」の印が見えます。
   

  〈サワラ〉年輪幅は0.?㎜。虫眼鏡がないと肉眼ではよく見えない・・・
 

  このように厳選された、貴重で、高価な材料により製造される「柿」です。大きさ、厚さ等の規格はそれぞれの社寺により異なります。その製造工程はほとんどが職人さんによる手作業です。なんでも、ひととおりできるまで最低5年はかかるとか。それでも一人前とは言えないそうですが・・・

(以下の写真は伊藤さんとは直接関係ありません)

 できあがった「柿」です
 
 
 
 機械製造したもの(スギ)
 

 製造方法は基本的には決められた大きさにカットしたものを、規定の厚さになるまで半分に割っていきます。1枚が2枚に、2枚が4枚に・・・
 厚さはいろいろですが、薄いものになると1分(3㎜程度)にまでに加工されます。この薄さに仕上げる技能が職人芸です。
 

 使用する道具類の主なものです。使い込んであります。
 

 柿を打ち付ける「竹釘」です。1寸(約3㎝)と1寸2分(約3.6㎝)のもの。
 

 竹釘を止める(打ち付ける)特殊な金槌です
 

 今回県内でも数少ない柿葺き師:伊藤さんを通じて、今となっては貴重(高価)な木材を使用した木の文化の一端をご紹介しました。まさに、伝統的な技だと思います。

 最後に伊藤さんの柿葺きに対する思いです。
 『この職業を選んだときには、まだまだ柿葺きがたくさんあった。今は寺社などにしかない。それも耐久性、経費等の関係から銅葺き屋根に変わりつつある。寂しい思いがするが、日本の伝統的な木の文化を絶やさないためにもっと身近な公共施設などにも柿葺き、檜皮葺を施工して次世代に残してほしい』ということでした。

 まだまだ、元気な伊藤さん、これからも島根の柿葺きを守るためにも頑張っていただきたいと思います。

 島根県では一番有名な「出雲大社」。この屋根は檜皮葺と一部に柿葺きがあります。今、この屋根が葺き替え時期にきているそうで、この檜皮である材料の確保が重大な問題として浮上しているそうです。伝統的な建築物を維持するにはその技術を受け継ぐことも大事なことである一方で、屋根材の原材料となる資源の減少・確保と後継者の育成対策という課題があります。

 次回の「柿葺き:その3」は県内を中心とした実際の施工例をご紹介したいと思います。なお、この記事は業務以外の休日などで行っているため若干の時間がかかりますのでご了解ください。


最新の画像もっと見る