私がこの学校の生徒だったとき、そして今、教師としてある今、最も尊敬できた先生がM先生です。
M先生は日本のトップクラスの柔道家として今でもその存在は輝いています。そんな方が高校で先生をされているということ自体が奇跡的なことでした。
生徒として美術の道を歩もうとしている高校生の私にも当時よく声をかけてくださいました。大学の入学試験に失敗し、浪人がきまった時も、さらりとしかし愛情のある言葉をかけてくださったことを良く覚えています。
大学を出て母校に美術教師として戻ってきた時にも、非常に喜んでくださり、よく飲みにに連れて行っていただきました。
先生の一人一人の生徒への接し方、まなざし、学校のあり方に対してのお考えなど、様々なお話を聞かせていただくことができたことは、私の大きな財産です。
そして何よりも、一つの道を究めていかれた「一流の人」と出会えたこと自体が、私の人生で大きな価値あることでした。
以前、このブログの中で、「感性のない人に、感性の話しをしても通じない」ということを書きましたが、「一流」の生き方は、普通の私達には十分理解できないのかもしれません。でも、普通の私達に自然に接してくださったことに感謝しています。
M先生の教師としてのあり方は、多くの卒業生の先生への慕い方を見れば証明されるものです。
枝葉末節にとらわれることなく、本筋をしっかりとつかんだ指導のあり方を貫き通したM先生の教師としてのあり方もやはり一流でした。
先生ありがとうございました。
先生がご退職を前に、礼拝でお話されたメッセージを掲載させていただきます。
「感謝
私が育った場所は九州の福岡市で、物心ついた頃から中学生まで家では仏教であり、高校大学では奈良県にある天理教の学校で、就職した高等部ではキリスト教と三つの宗教を体験して来ました。いづれも信者ではなく、自然にその中に身を置き生活して来ました。今からに十数年前、妻が喉に腫瘍が出来、手術してみないと悪性か良性かが分からないと言われて、九州大学医学部で手術を受けることになり、当日待合室で一人待っている時、新聞や雑誌を読んでなんとなく時間を過ごしてましたが、ふと気がつくと神に対して一心不乱に無事に手術が終わるように、又、良性腫瘍であるようにと、自分の都合の良い事ばかりお願いをしている自分に気が付き愕然としました。その年までこのように祈った事はなく不思議に思えてなりませんでした。手術が終わり、医者から良性と聞き、からだの中の力がぬけ、心の底から喜びが湧き上がって来た事を思い出します。それ以来、何事も与えてもらったり、してもらったりが普通だと思っていたけれど、今、自分が何が出来るだろうと考え、行動するようになりました。又、礼拝堂に入った時も話を素直に聞こうと決め、心を開いて聞くと胸の中に言葉が溶け込んでくるように思えました。信仰を持った人達を見ると、生活の中に核があって、自信に満ち強く生きていく事が出来るのを感じます。43年間の勤めを終えようとしていますが、淡々とした気持で退職できることを感謝致します。」
(2007.2.20(火)早朝礼拝メッセージ・高等部保健体育科教諭 M )
M先生は日本のトップクラスの柔道家として今でもその存在は輝いています。そんな方が高校で先生をされているということ自体が奇跡的なことでした。
生徒として美術の道を歩もうとしている高校生の私にも当時よく声をかけてくださいました。大学の入学試験に失敗し、浪人がきまった時も、さらりとしかし愛情のある言葉をかけてくださったことを良く覚えています。
大学を出て母校に美術教師として戻ってきた時にも、非常に喜んでくださり、よく飲みにに連れて行っていただきました。
先生の一人一人の生徒への接し方、まなざし、学校のあり方に対してのお考えなど、様々なお話を聞かせていただくことができたことは、私の大きな財産です。
そして何よりも、一つの道を究めていかれた「一流の人」と出会えたこと自体が、私の人生で大きな価値あることでした。
以前、このブログの中で、「感性のない人に、感性の話しをしても通じない」ということを書きましたが、「一流」の生き方は、普通の私達には十分理解できないのかもしれません。でも、普通の私達に自然に接してくださったことに感謝しています。
M先生の教師としてのあり方は、多くの卒業生の先生への慕い方を見れば証明されるものです。
枝葉末節にとらわれることなく、本筋をしっかりとつかんだ指導のあり方を貫き通したM先生の教師としてのあり方もやはり一流でした。
先生ありがとうございました。
先生がご退職を前に、礼拝でお話されたメッセージを掲載させていただきます。
「感謝
私が育った場所は九州の福岡市で、物心ついた頃から中学生まで家では仏教であり、高校大学では奈良県にある天理教の学校で、就職した高等部ではキリスト教と三つの宗教を体験して来ました。いづれも信者ではなく、自然にその中に身を置き生活して来ました。今からに十数年前、妻が喉に腫瘍が出来、手術してみないと悪性か良性かが分からないと言われて、九州大学医学部で手術を受けることになり、当日待合室で一人待っている時、新聞や雑誌を読んでなんとなく時間を過ごしてましたが、ふと気がつくと神に対して一心不乱に無事に手術が終わるように、又、良性腫瘍であるようにと、自分の都合の良い事ばかりお願いをしている自分に気が付き愕然としました。その年までこのように祈った事はなく不思議に思えてなりませんでした。手術が終わり、医者から良性と聞き、からだの中の力がぬけ、心の底から喜びが湧き上がって来た事を思い出します。それ以来、何事も与えてもらったり、してもらったりが普通だと思っていたけれど、今、自分が何が出来るだろうと考え、行動するようになりました。又、礼拝堂に入った時も話を素直に聞こうと決め、心を開いて聞くと胸の中に言葉が溶け込んでくるように思えました。信仰を持った人達を見ると、生活の中に核があって、自信に満ち強く生きていく事が出来るのを感じます。43年間の勤めを終えようとしていますが、淡々とした気持で退職できることを感謝致します。」
(2007.2.20(火)早朝礼拝メッセージ・高等部保健体育科教諭 M )
素晴らしい師・先輩に恵まれたことを羨ましく思います。また、確かな受けとめ方がお出来になっているご自身も素晴らしいと感じながら拝読しました。
素直な心をいつまでも忘れずに、一流の人を感じていきたいと思います。
たかさんもよきお働きがありますようがんばってくださいね。