てくてくだより

森のようちえん てくてくの日々での雑感を、小菅がつづります。

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「ほめる」ことと「認める」こと

2018-09-15 11:10:41 | 日記


 「ほめて育てる」というフレーズをよく聞きます。「テスト、100点取って偉かったね」「絵が上手に描けたね」とほめてもらえることは本当にうれしいものです。
 では、テストの点が10点の時にどんな声をかけてあげられるのでしょう。上手とは言えない絵を描いた時にどんな反応をするのでしょう。
 絵を描いているお子さんに、「上手に描けたね」といったとします。この受け取りは、この絵は上手で、何も言ってもらえなかった時は、「上手でなかった」という捉え方を作ってしまうこともあります。絵を描くのが楽しかったんだね、という言葉をかけたとしましょう。すると「うん、楽しかったよ!」という応答になるので、受け取りは能力の評価にはなりません。絵を楽しくかけていなくても、絵を描くのが苦手なんだと思っている子がいたとしたら、「絵を描くのが苦手なんだね」と認めてあげることは誰にでもできます。
 「ほめて育てる」が行動や能力をほめるだけでなく、存在そのものを認めてもらえている実感をも伝わっている事が大事です。
 ほめられて育ってきた子どもが、ほめられなくなったらどうなるのか、褒めることがない子どもにどう愛情を持てるのか、そのことが大きな社会の課題にあるように思えます。

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大丈夫という自己肯定の根っこ

2018-09-15 11:05:50 | 日記

 自己肯定感が大事です、と耳にすることが多いと思いますが、自己肯定とはどんな感覚なのでしょう。私は、他者との関係で「無条件に私という存在が受け入れられている感覚」をベースにどんな自分と出会っても「大丈夫」と思える感覚ではないか、と思っています。
 これは幼児期の愛着関係と大きく関係しています。ある特定の人に、多くはお母さんが多いと思いますが、「どうしたの?」「大丈夫?」と抱きかかえてもらいながら、受け入れられている感覚が生まれていきます。どんなに泣いても、どんなに困らせても、だっこしてもらえる感覚は、大人も同じように求めていることなのではないでしょうか。
 でも、お友達に噛みついたりしたときに、同じように抱きしめてあげられるでしょうか。なかなか難しいです。噛むことはいけないよ、でもきっとこんな気持ちだったからかんじゃったんだね、という共感をしてあげてください。共感を受け取れば、「噛んでしまった子は痛かったかなー」と噛んでしまった相手にも共感を与えられるようになっていきます。
 人には、攻撃性と共感性がありますが、幼児期は、たくさんの共感と無条件のだっこがあれば、「大丈夫」という自己肯定の根っこは、太くなることでしょう。

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成長の芽生えを見守る大人

2018-09-14 06:30:12 | 日記


 幼い子どもたちは、日々新しいものに出会っています。自分が一つずつできることが増えることを喜びに、自ら高まろうとする気持ちがさらに動き出します。
 自分が笑ったらお母さんが喜んでくれた!ウンチをしたら、ウンチでたねーと喜んでくれた!そんな幼いころから社会性は育まれています。自分がしたことで誰かが喜んでくれた、うれしいなー、また喜んでもらいたいという誰かとつながっていく気持ちの芽生えです。
 お母さんのおっぱいから、自分で食べるようになるころも、自分の手で食べる喜びを味わっています。どれだけこぼそうが、汚れようが自分で食べている喜びを生きています。そしてなんでも口に入れ始めます。これはいろんな感覚を確認しているのです。汚いからやめなさい、汚れて困るから、自分で食べさせた方がいい、と考えてしまうと、自ら高まろうとしている力が摘まれてしまいます。度が過ぎてしまう時は、やめようねと伝えることも大事です。なのでしっかりと見守ってあげ、「やってみようね」という気持ちで横にいてくれる存在は、自ら成長していこうとする子どもの力を支えています。



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久しぶりのつぶやき~森の子育てフォーラムを終えて~

2017-12-10 21:01:07 | 日記
もう3週間もたちますが、ようやく森の子育てフォーラムを振り返ってここに綴ることができます。
すぐに書きたいことはたくさんあったのですが、大分あたためて、また力もぬけていい感じで書けるといいです。
しばらく、今感じていることをテーマをいろいろに、綴っていこうと思います。

新潟県が主催で森のようちえんを取り上げて開催となった「森の子育てフォーラム2017」。2018、19と毎年続けていけるくらいに
なっていくといいなと思います。森での子育て、保育・幼児教育を媒介に、森とこども、森と若い子育て世代の親子がつながっていくことの
森へのいいこと、子どもへのいいこと、大人にもいいことを発信していきたいです。



その第一歩。「いいこと」の意味は、教育的効果とか、農林業の活性化の効果などいろいろあるだろうけれど、とにかく”気持ちのいいこと”としたい。
気持ちのいいことは、効果があるなしにかかわらず、たぶん自然の仕組みからも理にかなっているから、気持ちがいいんだと思うのです。
今回のフォーラムで柴田愛子さんをお招きしたのは、子どもが子どもを生きる気持ちよさをみなさんと共有したかったから。
大きな声で笑ったり、笑いながらも涙が出てくるような子どもが示してくれる言葉や態度は、私たちにとって考えることがたくさんでした。
そして柴田さんの子どもが子どもでいる幸せを代弁してくださっているようなお話の裏側には、保育の中での子どもの見取や観察、感覚的に
子どもの気持ちをとらえている確かな実感に裏打ちされる経験があり、だからこそ私たちに響くメッセージなのだとわかりました。


森森って言って居心地悪い、、、とおっしゃっていた柴田さんですが、
横浜の大都会で自然の環境を確保し続けている柴田さんこそ、豊かな環境に恵まれて自然発生的にその環境を保育の場としている
私たちよりもずっと森=自然を子どもたちに、という想いをお持ちな方です。

だからこそ、「なぜ森の木を伐る時に手を合わせるの?」と聞いて、私たちの想いを探ろうとしてくださったのに、
力及ばない私は、その問いにどぎまぎしてなんだか素直に、正直にその思いを伝えられなかったことに大反省。
悔しかったなー。ということは私の想いなんぞ、まだまだ本物ではない、そうわかっているからなおさら、悔しい。


でも、帰ってきてはっきりと自分の中に見えたその問いへの答えはあったのです。
木を植え、木を想い、森を想うことをさせてもらえるようになってわかった気持ち。私の中にも自然に手を合わせる気持ちが確かにあるのです。
今目の前にある木は、四十年ほど前に亡くなった地主さんが植えられたもの。植えてからの四十年のご苦労はいろいろ伺っていました。到底まねできるものではありません。
その木を伐るときは、地主さんの木を植えた時の想いや、ここまで育ててきたご苦労、そして今もなお見守ってくれているだろうと思える地主さんを想ったり、
木を伐った後の未来を想ったりするのです。
そして、木を使うときは、たとえそれが薪としてでも、ありがたいとはっきりと感謝の念が湧いてきます。
そのことを大人が子どもに見せることは、たとえ子どもにはわからない感覚で、大人の押し付けがあったとしても、私は見せていきたいと思います。
だから手を合わせたのです。

そういえたらよかったのになー、なんだか言い訳しているように不意に突かれたその問いから逃げようとしていました。
大勢の方を前に話するのは、本当に怖いものです。しっかりとした自分の言葉になっていないととっさに出てこない、、、、。

なので、今こうして書くことはできてもあの時出てこなかったこの事は、まだ私の確かなものになっていないのでしょう。
まだまだ森に関わって数年、それもそうでしょう、まだまだ若造です。悔しいなー、悔しいな。


なので、頸北林業研究会の横田さんの言葉は、森の実践から言えるもので確かなものでしたね。フォーラム全体の意義が深まった感じでした。
いろいろな立場の方がいることで、より自分の意見や立場が明確になったり、刺激し、交じり合うところを探していけるのだなーといい経験をさせていただきました。


新潟県が主催での開催、これは画期的なことです。本当にうれしい限りです。
始めたころには、仲間もなく、周りの理解もなかなか得れなかった時代から、全国の仲間が増え、国会の委員会でも取り上げてもらえるほど社会に浸透したのですから。
子育てや教育、子どもの育ちに大きな課題が山積しています。そんな難しい時代だからこそ、『森へちょっとおいで』と言いたいのです。
そうしたメッセージが県から発信されたことを弾みに、県民すべての子どもたちに森が近くに届くことを願って、また明日も森へ行こうと思います。




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自然とくらそうキャンプ2 二日目

2017-08-18 21:27:59 | 日記
昨晩からの雨。そして雷。
子どもたちは、夜中に室内に避難した子が大半でしたが、ずっとティピーで寝るんだといっていた男の子は、
朝までがんばってティピーの中で寝ていました。

夜に避難したりがあったので、朝はゆっくりとスタートし、さてこれから何する?と話し合い。
出かけたい希望があったので、カヌーをもって池に行こうということになりましたが、決めた途端に土砂降りの雨。
池にも行けないねーとなり、考え抜いて、十日町 松之山のキョロロへ行くことに。
おにぎりとサンドイッチをもって、出かけました。





館内のクイズに答え、大きな昆虫のポスターがもらえ大喜び。
そして飼育されていたカエルやカブトムシ、クワガタなどいろいろな生き物に興奮しながら、
職員の方が蛇に朝やりをするところも見ることができ、大満足でした。


松之山に来たら、温泉に入っていこうともうゆったり気分。
足湯に神社の散歩を楽しんだ後、「鷹の湯」でゆっくりと汗を流してきました。

夕飯は、昨晩大好評だったI/Aくんの豚バラ焼きと生姜焼き。弟のI/rくんのカレーも大好評で、
おなか一杯に。

一日雨で外の活動ができませんでしたが、夜は晴れて、キャンプファイヤーができ、ようやくキャンプっぽい雰囲気に。






花火もできました。すのことかがあれば、今日も外で寝れるのですが、足元が濡れていて、今日も室内となりそうです。

キャンプというより、合宿的な子どもキャンプ村。
でも子どもたちは、和気あいあいと自分たちのできることを楽しんで、
みんな去年よりも大人になっているなーと感心するばかりです。

今日寝てしまうともう朝にはお別れ。アッというのまの夏休みのひと時。
子どもキャンプ村に集まってくれてありがとう!!


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