えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

右腕の記憶①

2018-02-21 00:09:25 | 書き物
ようやく書けた。
色んな設定で書いて、落ち着いたのがこれ。
やや長めです。




「4月1日付けで入社しました高橋敦です。よろしくお願いします」


今日から、途中入社の男の人が配属になった。
しかも、私の隣の席。
これから、営業の仕事で二人一組で廻る。
私は彼の、この職場に馴染むためのリード役という訳だ。



目の前で挨拶してくれた彼は、28歳と言われても信じがたいくらい、若く見えた。
場合によっては、大学生に見えるかも。
黙っていると、スーツを着てきたバイトのようだ。
銀縁のメガネのせいもあるのかもしれない。
口数も少なそうで、大人しそうで、控えめそうな…
そう、ばっかりで、本当の所は分からないけれど。
でも、初対面で打ち解けるのが苦手な私には、ちょうどいいかもしれない。
それにしても。
なぜ、私と組ませるのかな。
5歳も歳上で、ややこしいことにはならないと思われたから?
まさか、私の営業成績が買われた?
いや、それはないな。
文具の営業は好きではある。
でも、好きすぎてついマニアックなものを、売り込んでしまう。
それに乗ってくれる客先ばかりだったら、いいんだろうけど。
そろそろ、外廻りの時間だ。
初対面の人と外廻りって、ハードル高いけどとにかくやってみなければ。



彼が、隣の席に荷物を持ってやって来た。
紙袋に入った細かい物…見たところ、ノートやらファイルやらペンケースやらが、入ってるみたいだ。
デスクに紙袋をトン、と置いて、やおら私の方にくるっと身体を向ける。
椅子に座って様子を伺っていた私は、思わずビクッと、してしまった。
「小山さん」
「あっはいっ」
慌てて彼の方へ向き直る。
何で私の方が慌てているのか…
彼は落ち着きはらっているのに。
「今日から、よろしくお願いします。何かダメ出しがあったら、言ってください」
「あ、わかりました。こちらこそよろしくお願いします。それと、高橋くんて呼んでいいですか?」
私も挨拶を返すと、大人しそうな真面目顔がほんの一瞬緩んで、人懐こい笑顔になった。
「もちろんです」
あ、もうひとつ人懐こそう、が加わった。
「じゃあ、仕度出来たら行きましょうか」
「はい」



外廻りでの彼は、大人しい訳でもなくかと言って饒舌すぎもせず。
絶妙なバランスだった。
ここぞという時にはちゃんと押せるし、しつこくなく引くのも早い。
そして、肝心な所でさっき見た人懐こそうな笑顔が出るのだ。
これは…私よりよっぽど優秀な営業マンじゃないか。
客先で盛んにメモを取ったり、言われたことの飲み込みがものすごく早かったり。
どうしても自分の好みばかり売りこんでしまう私より、真っ当な営業だった。
ちょっと遅めの昼食を、蕎麦屋で取ったとき。
高橋くんに、率直な評価を伝えた。
「あの、ちょっといいですか?」
湯気が立っている天ぷらそばを前に、彼が神妙な顔つきで、持った箸を一旦置いた。
「なんでしょうか」
「ダメ出しして欲しいって言われましたけど、ダメなとこなんて、ありません」
「え?」
「どっちかって言ったら、私の方がダメ出しされるくらいです」
「そんな、小山さんにダメ出しとか、やめて下さい。褒められてありがたいけど…なんか恥ずかしいです」
あれ?今度はふにゃって笑った。
しまった。
自分まで釣られてふにゃっとした顔になってしまった。
急いで、真顔に戻す。
気づかれなかっただろうか、私の腑抜けた顔を。
「とにかく、文具の営業ってことに慣れて貰えば、特に問題ありませんよ。」
「ありがとうございます」
「じゃ、食べちゃいましょう」
「はい」
もう、しれっと普段の穏やかな普通の顔。
さっきのふにゃっとした顔は、何だったのか。




それから、午前中は高橋くんと外廻り、午後に戻ってからは事務仕事の毎日。
彼はどんどん文具関係の客先に慣れて行き、お客さんの方でも、細かく目端が効く彼を好ましく思ってくれているようだった。
一緒に外廻りをしながら、彼とよく喋った。
主に私からで世間話ばかりだけれど。
彼は、尋ねれば答えるけれど、自分のことをそんなに話さない。
私のことも、そこまで詮索しない。
でも、客先であったこととか、途中お昼を取るお店はどこがいいとか、最新のオシャレステーショナリーとか。
そんなことには、突っ込んでくれたり知識を披露してくれたり、喜んで乗ってくれた。
午後まで外廻りをしていて、疲れてコーヒーを飲んだりもした。
そんな時も、疲れてボーッとしてしまう私を、放っておいてくれる。
そんな日々が続いて、5月の半ばが過ぎた。



ある日の仕事帰り、先輩の岩田さんと会社近くのカフェで食事をした。
岩田さんは、5つ上の先輩。
気が合って話していると楽しくて、たまにご飯を食べたりお茶したり。
先輩だけれど、気のおけない友達でもあるのだ。
カフェの奥の席に座ると、岩田さんはひよこ豆と野菜のカレー、私はバターチキンカレーを頼んだ。
シーフードサラダをシェアして、二人でビールを飲む。
「美樹ちゃん、ここいいね。カジュアルで居心地が良くて。こういうお店、好きだな」
そのカフェは、パリのカフェみたいにテラス席のある、シンプルだけどお洒落なお店。
テラス席には、幌のような赤い屋根があって、テーブルも椅子も内装も焦げ茶色。
そして、内装のアクセントには赤が使われていて、テーブルクロスも赤。
洒落てるけど居心地のいい、お気に入りの店なんだ。
「ここ、よく来るの?」
「う~ん、たまにお昼に来ますね」
「お昼って…高橋くんと?」
「外廻り中に、たまに…実はここ、高橋くんに教わったんです」
「え~意外…なんだか女子っぽいなあ。彼女と来るとか?」
「1人で来て、ご飯食べますって言ってましたよ」
「1人で…彼は彼女いないのかな」
「さあ…」
高橋くんに、彼女がいるかなんて考えた事もなかった。
ここに初めて入ったとき、居心地いい店だねって言ったら、小山さんが気に入るかなと思って、と言われたんだった。
そんな風に言うなら、きっと彼女はいないのかも知れないな。
まあ、どうでもいいことだよね。



大満足で食べ終えて、ゆっくりコーヒーを飲んでいる時。
岩田さんが、わたしの顔を覗きこんで言った。
「美樹ちゃん、今日はいつもの愚痴話がないね」
「愚痴、ですか」
「そう、こんな風にご飯食べてると、あんな失敗しちゃった、こんなミスしちゃいましたって、自虐トークしてたじゃない」
「…そうだったかな」
そう言われてみれば。
1日のが終わると、電車に乗りながらいつもその日にあったことを、思い返してしまってた。
それが、あれがダメだった、これがダメだったって言う、ダメなとこばかり。
電車に揺られながら、ガックリする毎日だったんだ。
「結構…て言うよりかなり、高橋くんにカバーして貰ってるからかも。最近、あんまりやらかしてないんです」
「それは、仕事の相性がいいからじゃないの。お互いにカバーし合ってるんだよ。良かったね、高橋くんと組んで。それに、美樹ちゃん、自分で言うほどやらかしてないでしょ。思い込みだよ」
「思い込み…」
「そうそう、すぐ自分のせいにしちゃうんだから。そんなことないのにね」
「そうかな…そうだったらいいんですけど…」
「大丈夫、大丈夫。私が言うんだから」
「なんか…岩田さん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
岩田さんと別れてから、思い出していた。
仕事の相性とか、やらかしてる思い込みとか。
私、そんなに自虐的かな…
自覚なかったのかな。
とにかく、高橋くんと相性がいいと言われたのは嬉しかった。
なかなか、そういう人っていないものだから。
そこまで考えたら、あの生真面目な顔からの人懐こい笑顔が浮かんだ。
きっと、私がのほほんとしていられるくらい、彼が気を使ってくれてるんだろう。
彼にとっては負担な気遣いかもしれないけれど。
私には申し訳ないくらいありがたい人だ。
駅に向かいながら、知らず知らず頬が緩んでいた。














最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。