えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

明日、浪漫亭で 7話

2020-07-12 22:31:00 | 書き物
- 7話 -
あれから、ちょうど1年たった。
去年と同じ3月の終わり。
4月から始まる朝ドラの番宣が、今テレビ画面に映ってる。
主演の岩田ゆり子さんと、相手役の田中陽介さん。
ドラマ開始が近づいたら、2人がセットのように雑誌やテレビ番組に出るようになった。
ヒロインが田舎に引っ越して同級生になって、色々なことがありながらも、ヒロインが夢を叶える手助けをする。
そんな相手役だそうだ。
朝ドラらしい設定。
1人部屋で見ていると、胸の奥がジリジリしておかしくなってしまいそうなのに、何で私はこの2人を見ているの?
時々、目を合わせて微笑み合う2人。
何回目かの共演で、コンビファンもいるって聞いた。
…コンビ、なんだ。
岩田さんが彼を見る目。
目が好きって言ってる。
私にはそう見える。
その目を見て、何も感じない訳無いじゃない。
目を逸らして、リモコンを手に取った。
テレビを消したら、聞こえて来るのはすぐ近くの幹線道路を走る、車の音だけになった。
心配しないでなんて。
あんなの見てしまったら、無理よ。
すぐにでも彼から安心出来る言葉を聞きたいのに、出来ない。
これから、1番忙しくなるんだってこの間言ってたばかりだもの。
この間…つい数日前に電話で話した。
元気だよ、美海は元気?風邪引いてない?って…私のことすごく気にしてくれた。
何故かって。
去年の年末、インフルエンザに罹って寝込んだから。
高熱が出て咳が止まらなくて。肺炎にまでなってしまった。
仕事は2週間休んで、私にしては大事だった。
…その2週間が、ちょうどドラマ終わりの彼のお休みと被ったのだ。
電話があった時、咳き込みながら会えないと伝えた。
私の体がつらいのはもちろんだけど、彼にインフルエンザをうつしたら、大変なことになってしまう。
私の部屋に来ようか、と言い出した彼を宥めて朝ドラが終わったらと、約束した年末。
それからしばらく、連絡は来なかった。
私のを気遣ってくれてるんだなって、分かってはいたけど…
ずっと、会えてなくて声も聞けなくて。
次に話したのは2月に入った頃。
番宣に出るから見てね、これからもっと忙しくなるから、電話は出来ないかも…
分かってたけど、番宣はいつも岩田さんと一緒。
陽介さんが岩田さんを見る目を見たくなくて、全部見ることが出来ない。
どうして…ファンの時には全然平気だったのに。
今だって、共演してる女優さんだって頭では分かってるのに。
それから1ヶ月たったこの間、久々に話した。
「もう撮影はしてるんでしょう?陽介さんこそ、ちゃんと眠れてる?」
私の体調を気遣ってくれる彼に伝えた。
「疲れて、すぐに眠りたいときや余裕のない時は無理しないで寝てね」
「ありがとう。そりゃちょっとは疲れてるけど…美海の声聞いたら元気になったよ」
去年、あの洋館の部屋で会った後から、彼は私を美海と呼ぶようになった。
私の気持ちを、しっかり彼に伝えられたからかな…
少しこそばゆいけれど、嬉しい。
「でも、撮影が佳境に入ったらなかなか連絡は出来ないかもしれない。メールはなるべくするからね」
「ありがとう。でも、無理はしないで」
言っていた通り、それから2回くらい電話で話したけれど、もっぱらメール。
それも、だんだん減って来てる。
もう、夏の盛りは過ぎて8月も終わる。



もうすぐ9月。
なのにまだ日差しはきつくて、仕事終わりに外に出るともわっとした風に煽られた。
流れた横髪を耳に掛けて、駅へと急ぐ。
彼の出演している朝ドラも、あと約1ヶ月で終わる。
撮影自体は、もう少しで終わるだろうけど。
もう少しの我慢で、会える…かもしれない。
けれど、毎日見ているドラマの中で、彼が他の女性の恋人になるのを見るのが、もう限界になって来ていて。
私は彼の恋人のはずなのに、仕事だって割り切れないなんて。
こんなんで彼と付き合って行けるの?
ふと、浪漫亭を思い出した。
あのお店に通ってる頃の彼のままだったら。
こんな気持ちにならずに済んだのかな…
…いけない。
なんでこんなこと。
頭を振り、赤信号で立ち止まる。
すると、すぐ後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「美海?」
え?
私の名前を呼び捨てって…
「三原さん」
私の横に立ったその人は、前の支店で一緒だった、元カレ。
彼が今同じ店舗にいる都に心変わりをして、私たちは別れたのだ。
支店勤務の筈の三原さんが、なんでここに?
「今、仕事帰り?」
「そう、ですけど…」
なんでまた美海って呼ぶの。
あんなことしておいて、声をかけるの。
「ちょっと用事があって、こっちに来たんだ。良かったら、駅前でご飯でも食べないか」
なんで?
サラッとそんなことが言えるの?
あの時、都とのことを知って耐えられなくて、私から別れたいって告げた。
全部知ってるって言ったら、ごめん、すまないって謝って来たけど、言い訳はしなかった。
別れたいって言ったくせに、引き止められなくてがっかりして…
胸の奥に沈んだ重りは、なかなか浮いてくれなかった。

私が責めるような目をしてたのか、彼は少し俯いた。
「美海とは、あんな別れ方をしてしまったから、ちゃんと謝りたいって…話したいと思ってたんだ」
「謝るの?三原さんが私に?」
ダメだ。
もう忘れたつもりの感情が、埋めた筈の心の底から吹き出してしまう。
帰った方がいい。
そう思ったのに…
今、私は心の中のどこかで三原さんに縋りたいと思ってる。
陽介さんからの連絡が、途切れがちだから?
会えなくて寂しい気持ちを、三原さんが埋めてくれるかもしれないから?
私の気持ちを裏切った人。
なのに、私を見つめる目は以前と同じ瞳に見えた。
「お願いだから…話をさせてくれないか」
その言葉にそれ以上返せる言葉が無くて、抗えなかった。




ドラマの撮影も終盤になった。
これなら、予定通りの日にクランクアップになるだろう。
終わったら、少しまとまった休みが取れる。
その後は…秋ドラマに主役級での出演が決まっていた。
出演作が途切れないことは、本当に感謝してる。
時間があってエッセイやブログに精を出して頃は、こうなるなんて思ってもいなかった。
だけど…
あの頃のままだったら、もっと彼女と会えてただろう。
そして、色んな顔の彼女を知ることが出来た。
今はどうだ。
撮影や宣伝や好きだったはずのエッセイにも疲れてる。
たった数行でも送ればいいものを、メッセージですら彼女に送れない。
しかも、間が開くとだんだん億劫になって来る。
彼女からは何も来ないし、そう頻繁に連絡するのはウザいかもしれない…
そんなことを考えているうち、もうこんな季節。
あと2週間ほどで撮影が終わる。
ゆり子ちゃんとは、芝居を重ねれば重ねるほど、馴染んでいってやりやすかった。
恋人同士の役は前にもやったけれど、今回は長く一緒にいたから。
時々…本当に時々だけど、ゆり子ちゃんと付き合っていたらと考えてしまう。
番宣に出るのは2人きりが多かった。
そんなときは、芝居の時と同じ気持ちでゆり子ちゃんを見ている自分がいた。
長い時間、恋人同士の役でいるからだろうか。
実は、そんな気持ちを持て余しているせいで、美海に連絡するのを躊躇ってしまうのだ。
俳優にはよくある感覚だと思う。
たぶん、撮影が終われば薄れていくはず。今までだってそうだったんだから。
撮影が終われば切り替わるさ。
そうしたら、1番に美海に逢いに行こう。


後5日ほどで9月が終わる、金曜日。
数日前、朝ドラヒロインがバトンタッチというニュースが流れた。
画面には、次の朝ドラのヒロインの綺麗な女優さんが、岩田さんに花束を渡してる。
もう、すべて終わったのかな。
…陽介さんからは、何の連絡もないけれど。
三原さんに会った夜。
食事をしながら、ただ話をした。
都とは、いっとき結婚話が出る位盛り上がったけど、都から離れて行ったらしい。
離れたって…
不思議だった。
酷いことをされて許せなかった人なのに。
今目の前にいる人は、変わらず魅力的だ。
笑顔を浮かべる瞳は、嘘が無さそうに見えてドキッとする。
私には、陽介さんがいるのに…
宥めるみたいに胸に手を当てた。
あの時は傷ついたし顔も見たくなかった。
好きだったから…
好きだったからつらかったんだ。
久しぶりに会って、それを思い出した。
それは、陽介さんのことばかり考えるようになってたから。
私はまだ、三原さんのことを好きなの?
…いいえ、違う。
だって、今思い浮かべるのは陽介さんのことばかり。
ただ、少し揺れてしまうんだけ。
陽介さんに会いたい。
今、陽介さんがいたらどんなにいいだろう。





ロッカーで、帰り支度をしてる時にメッセージが入った。
三原さんだ…
「また、食事でもどう?仕事終わりにあのカフェで待ってる」
なんでまた?
この間別れる時、またねって言われたからまたは無いって言ったのに。
でも、無いって言ったはずなのに、気持ちは揺れる。
しかも場所が浪漫亭だなんて。
陽介さんからはまだ連絡が無い。
会いたくても会えない…
どこかぽっかり空いた場所を埋めたくて、
私は浪漫亭に向かっていた。
しばらくぶりの駅、変わらずにどっしりと構えてる浪漫亭。
少し手前で立ち止まって眺めると、浪漫亭の先、噴水のある公園の方向に建築中のマンションが見える。
この街も変わらないようでいて、変わっているんだな…
カウベルを鳴らして店に入り、2階に上がって見渡すと、まさかの1番奥のボックス席に三原さんがいた。
陽介さんの好きな席…
初めて2人でちゃんと喋った場所。
「三原さん」
「あ、思ってたより早かったね。あっちからなのに」
ヘンな気分だ。
前に三原さんと待ち合わせしてたのは、カウンター席。
こうしてボックス席で向かい合ったことがあるのは、陽介さんだけなんだ。
…なんでここに、陽介さんがいないの。
なんで私は、ここに来たの。
「立ってないで座ったら」
そう言われて座ったけれど、なんだか落ち着かない。
「コーヒーでも飲む?」
「…はい」
付き合ってた時の三原さんと、なんとなく雰囲気が違う気がする。
どうしてなんだろう。
コーヒーを注文したお店の人が行ってから、聞きたかったこと聞いた。
「どうして私を誘うの?この間、または無いって言ったのに」
「誘いたいから誘ったじゃダメなの?」
「そんなんじゃ…モヤモヤするだけだわ」
「ほんの3年前なのに、美海は大人の女性になったね。あの頃は、一緒にいても笑顔は見せてくれるけど、いつも自信なさげに見えたよ。言いたいことがあっても、飲みこんでしまって俺に言ってくれなかったな」
「そんなこと…聞いたことに答えてない」
「美海が変わったのは、誰か他の男の為なのかって感じたからだと言ったら納得する?」
「…他の男?」
「そう、俺じゃない男。そう感じたら、なんだかすごく妬けたんだ。だから、知りたくて。美海の中に今、誰かいるのか」
「どうして?私と三原さんはとっくに別れたでしょう。私に誰かいたって、もう関係ない…」
そうだ。
もう、関係ないんだ。
陽介さんは、会える時間がなかなか取れない仕事だって、分かってたはず。
なのに、会えない間のことを一人でもやもやして…
私、何してるんだろう。
今更三原さんに会ってるなんて。
「関係なくも無いかもしれないよ」
「え?」
真面目な顔でじっと見られて、思わず目を逸らした。
「目を逸らさないで、こっちを見てよ」
少し強い口調にハッとして三原さんを見返した。
「よそ見をして美海に見限られて、後から後悔したんだ。でも、異動して顔を合わせる機会もないから、どうにも出来なくて…」
じっと見つめられると、何も言えなくなる。
前もそうだった。
でも、今は…
「私…私、今彼がいるの。だからそんな話は聞きたくない」
ここに来なければ良かった。
…違う。
三原さんが私にあんなこと言うから…
「彼氏がいる割には、この間浮かない顔して歩いてよね」
テーブルの上に組んだ手に、三原さんの手が伸びて軽く触れたから、ビックリして引っ込めた。
「浮かない顔なんて…疲れてただけ。私、、、やっぱり、帰ります」
立ち上がりかけたら、階段の辺りから靴音が聞こえた。
「コーヒーそろそろくるし、もう少しいてよ。そのくらい、いいでしょ」
「でも…」
言い淀んで立ち尽くしていたら、靴音が止まった。
あれ?
コーヒーの香りがない…
顔を上げたら、さっきからずっと想い浮かべてた人がいた。
「あれ?美海?」
驚いて固まってる…
なんてタイミングなの。























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