えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

明日、浪漫亭で 8話

2020-07-13 20:36:00 | 書き物
- 8話 -
ボックス席に座ってる美海を見た途端、俺は固まってしまった。
おまけに向かいに座ってるのは、元カレのアイツ…
「あれ?あの、もしかして俳優の…?美海って…」
そりゃ、ポカンとするよな。
元カノの名前を呼ぶ芸能人て。
彼は、美海と俺の顔を何回か見て、やおら立ち上がった。
俺の横に来てから、美海に声を掛けた。
「何があったのかは知らないけど、ちゃんと話をした方がいいと思うよ。俺と一緒にいて後悔するよりね。でも、俺でいいなら話を聞くから」
軽く頭を下げてから行ってしまった彼を見て、今度は俺がポカンとしてしまった。
なんだ。
いったい、何があったんだ。
「陽介さん」
ハッと振り向くと、目の前に美海が立ってる。
会えて嬉しい笑顔じゃなくて、目尻に滴を溜めて唇をきゅっと結んで。
「あの人が誰だってこと…知ってるんでしょう」
「…うん、知ってるよ」
「ごめんなさい、私…来ちゃったの。ここに誘われて」
「急に?会いたいって言われたの?」
「待ってるって…」
「美海も…会いたかったの?」
「違う…でもっ」
みるみる溢れだした涙。
細くて小さな手のひらで顔を覆ってるのが、痛々しくてやりきれない。
「美海、とりあえず座ろう。ほら」
美海を座らせ、俺は向かいの席に座った。
俯いた美海は、小さな声で呟いた。
「私…見ていられなかったの。あなたのドラマなのに…ごめんなさい」
「あれは、芝居なんだよ。だからもう…」
「岩田さんは、陽介さんのことが好きなの」
「え?それは、芝居だから…」
「そうじゃなくて。あの個室のお店で会ったとき。私、見てて分かった」
「あの時…」
「お芝居でも、恋人同士でずっと一緒だったんでしょ?岩田さんに見つめられてお芝居してると思ったら、見ていられなかった」
「美海…」
「忙しくて話すことも出来なくて…私から連絡したらいけない気がして…それで」
そこまで言うと、小さなタオルをぎゅっと握りしめてから、ポロポロと滴が頬を伝った。
「寂しくて…撮影が終わっても陽介さんに会うのが、怖くて…」
「もう、いいよ、それ以上言わなくても」
美海が初めて本音を言ってる。
今まで、我慢して言わなかったことを。
俺は、何をしていたんだろう?
疲れたとか役を引きずってるとか、自分のことばかり考えてた。
美海から連絡も来ないし、なんて…
自分の恋人が、テレビ画面の中で他の女性に愛を囁く。
演技だって分かってても、割り切れないのは当たり前だ。
それが普通だ。
そんなこと、想像がついた筈なのに。
手を伸ばしてタオルを握り締めた美海の手を包んだ。
俯いた顔が上がり、目尻の滴がまた一粒落ちる。
「美海、俺は…」
「私…陽介さんのファンのままでいれば良かったのかな。そしたら、ドラマも楽しんでいられたのに。こんな…欲張りにならなかったのに」
「そんなこと…本気で言ってるの」
「やっぱり、岩田さんみたいな同じお仕事の人の方が…いいのかも…」
「美海!何言ってるんだ。俺はそんなこと一言も言ってないよ」
いけない。
思わず、強い口調になってしまった。
「美海…」
宥めようとした俺の手をすり抜け、美海が立ち上がった。
「今日は帰ります。ごめんなさい」
小走りで階段を降りていく後ろ姿。
まさか、こうなると思わなくて呆然とした。
どうしよう…
どうしたらいい?
このまま帰したら…
また会う時間が取れなくて、美海との距離が開いて。
美海は、完全に俺から離れようとするかもしれない。
…そうだ。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
ポケットからスマホを引っ張り出して、急いで通話履歴をタップした。



カフェの階段を駆け降りて外へ出たら、また涙が溢れて来た。
三原さんに会っている所を見られたら、我慢してた言葉が全部、零れてしまった。
あれはお芝居、彼の仕事…
分かってるって思い込ませた。
でも、映像を見てしまったらもやもやが止まらなくて。
彼の仕事も理解出来ない私は、恋人だなんて言えない…
きっと陽介さんも呆れてる。
こんな…
「小川さん?小川さんですよね!」
え?…私のこと、誰かが呼んでる?
誰?
駅に向かう歩道の途中で立ち止まって、周りを見渡した。
歩道沿いに駐車してる、見覚えのあるワンボックスカーが見えた。
その前に立ってるのは、
「高橋さん…」
足が止まってしまって立ちつくす私の前に、陽介さんのマネージャーさんの高橋さんが来てくれた。
「大丈夫ですか?今、田中から電話があって。小川さんがここを通るからって…」
「陽介さんが…」
あんなこと言ったのに、心配してくれてるの?
バッグからタオルを取り出して、目尻を拭った。
これから電車に乗るのに、こんな顔してちゃダメ。
心配してくれるのは嬉しいけど、今日はもう…
「小川さん、ここで田中が追いつくまで待っていてください」
「…でも、私、、」
「小川さん」
私の横にいた高橋さんが、正面に立った。
「ありがたいことに、田中も色々仕事を頂くようになって…。それに気持ちがなかなか追いつかないんです。でも、小川さんのことは、そうなる前からずっと見てたんですよ」
「ずっと、ですか…」
「そうです。だから、トークショーでまた会えて、すごく喜んでたんです」
「あの時は…びっくりしました…」
びっくりして、ドキドキしながら2人きりで会ったんだ。
あの頃はまだ、ドラマで共演する女優さんを見ても、何にも感じなかった。
どうして…
「小川さん、もうすぐ田中も来ますから。もう1度話してみて下さい。田中の気持ちを聞いてやって欲しいんです」
どうしよう。
自分から逃げて来たくせに、今更ぐらぐらしてる。
たぶん今、彼から離れたらもう2度と会えないかもしれない。
それでもいいの?
「美海!」
彼の声が聞こえたと思ったら、右の手のひらを握る暖かい手。
振り返ると困り顔で息を切らした彼がいた。
「良かった、追いついて」
「…ごめんなさい…」
「美海が謝ることなんてないよ。ね、ちょっと付き合って欲しい場所があるんだ」
そう言うと、腕を引かれて駐車している車に導かれ、スライドドアが開く。
「乗って」
こんな、有無を言わせない言い方…初めて聞いた。
何も言えないまま私も乗り込んだ。

走り出して30分くらいで車が止まった。
外に出たら、見覚えのある入り口。
初めて2人きりで食事をした、あのお店だった。
「入ろう」
そう言って私の手を取るから、慌てて離した。
「まだ、外なのにダメ」
「そんなこと、気にしなくていいから」
ぐっと握られた手を、引っ張られる。
どうしたの。
前に、個室の外では手は繋げないって言ってたのに…
個室に案内されるまで、手は繋いだまま。
その間、他のお客さんも通ったのに…



テーブルに料理が並べられ、ビールの瓶やグラスをきれいに並べた後、お店の人は出て行った。
ここは、呼ばないと食器を下げに来ない。
だから、暫くは2人きり…
黙っている彼をチラッと見る。
そうしたら、同じタイミングで彼も私を見た。
少し痩せた頬、そのせいなのかじっと見られると以前よりも大きく見える瞳。
耐えられなくて俯いたら、彼の声が響いた。
「美海」
顔を上げると、彼が立ち上がってる。
「陽介さん、どうし…」
言い終わる前に無言で彼が私の横に座った。
肩を抱いて引き寄せられたら、腕の中におさまる。
彼の胸から速い鼓動が伝わる。
「不安にさせてごめん」
頭の上から、低い声が響いた。
「悪いのは私なのに…なんで謝るの」
鼻の奥がツンとする。
久しぶりの彼の温もりが切なくて、じわっと目尻が潤んだ。
「美海は悪くないよ…恋人でもなんでもない相手と、あんな芝居が出来るなんて…割り切れなくて当たり前だ」
「私…あなたとあのカフェで会った頃は、そんなこと無かったの。誰と共演したって気にならなかった。でも、今は…私、欲張りになってしまった」
「美海」
見上げると、彼の手が髪を撫でてから頬を包む。
「ここで俺が受け止めて貰えるかって聞いたら、なんて言ったか覚えてる?」
「私でいいならって…。あの時、緊張してしまってすごくドキドキして。ほんとに私でいいのかなって思ったから」
「美海はさ、あの時はたぶんまだ少し尻込みしてたと思うんだ。でも…」
そう言って、私の横髪に触れた。
「芝居でも他の女の子が恋人として俺を見るのが嫌だって…見ていられないって言ってくれた。それが、嬉しかった。妬いてくれたんだなって…もしかして会えない間にもっと好きになってくれたのかなって、思ったから。…違う?」
彼にそう言われて、俯いてる顔を上げた。彼の仕事を受け入れられない私を、責めないでいてくれる。
その上で、こんな事まで言ってくれるなんて。
重苦しかった胸が、少しだけ軽くなった気がする。
だから、言わなきゃ。
素直に今の気持ちを。




俯いてた彼女が、顔を上げて俺をじっと見つめてる。
さっきまでの揺れてる瞳じゃなくて、はっきりと意思を持った目。
「カフェで助けて貰った時より、2年ぶりに逢えた時より、一緒に月を見たあの夜より、あなたを好きになってたの。だから、誰か他の人を見てるあなたを見るのは、苦しかった…」
目尻に溜まった滴をぬぐって、もう一度彼女を抱き寄せた。
「美海、聞いてくれる?」
顔を上げた彼女の瞳から、また一滴流れていく。
まっすぐ俺を見てる彼女に、言った。
「仕事が忙しくても、逢う時間は作れるし連絡することだって出来る。少しの時間でもいいから、逢えるときに逢おう。普通の恋人たちみたいに。だから、俺のことを信じて。仕事を引きずるようなことはしないって約束するから」
「うん…信じる。私も、言いたいことは我慢しない…ようにする」


この店で漸く、俺の気持ちが届いたと思ってたけど、ちゃんと始まったのは今なのかもしれないな。
だからまだ、これからなんだ。
お腹空いたと言いながら、お箸に手を伸ばす彼女が愛おしい。
今まで人目を気にしてたけど、これからは…好きな時に好きな場所で、彼女と会いたい。


彼は、普通に街中で待ち合わせして、逢おうって言ってるみたい。
そんなこと、出来るのかな…
結局、こんな風に個室でデートなんてことに、なりそうな気がする。
それでも。
彼の気持ちは信じてる。
私のために約束してくれたことは嬉しい。
時間がかかったけど、今日が彼との本当の始まりなのかもしれない…
顔を見合わせてお喋りして、ご飯を食べるなんて久しぶりで楽しい。































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