えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

それぞれの日常・麻衣子②

2018-06-18 15:04:32 | 書き物


横たわると、腕の中に彼が呼ぶ。
いつものように。
さすがにそれには抗えなくて、彼の腕の中に収まった。
スースーと、すぐに聞こえる彼の寝息。
ムカムカは収まったけれど、目が冴えてしまって眠れない。
彼に包まれるといつもは眠れるのに。
結局、深夜まで眠れなくて、そっと彼の腕から抜け出した。
背中を向けて丸まったら、ようやく眠れたようだった。
気づくと、明け方だったから。

明け方、パチッと目が覚めた。
ベッドサイドの時計を見ると、5時。
眠れなかったのに、なんでこんな時間に目が覚めるの…
振動が伝わらないように、ゆっくり振り返ると彼はまだ眠っていた。
規則正しい寝息が聞こえてくる。
彼に背を向けたまままた横になった。
まだ眠いけれど、どうしても昨日のことを考えてしまう。
やっぱり、彼にちゃんと聞くべきなんだろうな。
どんな答えが返って来るのか、怖いけれど。
…考えてみれば、私の周りにだって男の人はいる。
学生の頃の同級生、彼とも仲がいい水沢くん。
遠距離が長くなって、彼とのことを相談したりもしてる人。
実は、直接話した方がいいと、今回彼の元へ行くことを後押ししてくれた。
今の私の日常の中で、1番近い人なのかもしれない。
でも…
だからと言って、水沢くんとどうにかなるなんて考えたことは無かった。
…いや、考えたことは無かったけれど、水沢くんに甘えてはいるかもしれない。
今回のことだって。
友達とは言え、人の彼女に親身になってくれた。
私は、もしかしたら水沢くんの気持ちも考えずに、利用しているのかも…

そこまでじっくり考えていたとき、急にベッドが揺れた。
あ、と思ったときには彼に後ろから抱きしめられていた。
「…麻衣子、起きてたの。もう体調はいいの」
「うん…」
振りほどく訳にもいかず、そのままじっとしていると、彼が話し出した。
「そのままでいいから、聞いて」
「…何の話?」
「麻衣子も、見当はついてるんでしょ」
あの、ミチコっていう人のこと?
彼から言って来るなんて。
「昨日来てた取引先の人、あるショップの店長さんなんだけど。1年前くらいに店長になった時に営業で初めて会ったんだ」
「1年前…」
「そう、去年のちょうど今頃。それで商品を置いてくれたり販促を頑張ってくれたり、すごくお世話になってね。それから…営業に行くとよく話すようになって…食事したりするようになって」
「そうだったんだ」
「そう、それでクリスマスにお礼の品を渡して」
話を聞いていて気がついた。
彼女と会ったあたりって、私への連絡が減り始めた時期だ。
彼女が、現れたからだったのね。
「独りだとたいしたものは食べてないだろうからって、食事を作りに来るようになったんだ…それで」
「それで?」
「その…彼女がいてもいいからって、言われて…」
彼の語尾が、小さくなった。
「ごめん、麻衣子。押しきられたけど、ハッキリ断らなかった俺が悪いんだ。」
そのとき、彼の腕が緩んだから、パッと半身を起こして彼をまっすぐ見た。
「…どうしたいの。私と、別れたいの」
彼も身を起こしてベッドの上に座る。
「…もう、終わらせるから。俺には麻衣子だけだから。許してほしい」
言いながら、ベッドの端に座った私の背中を抱える。
「お願いだ、許してくれよ」
後ろから、必死な彼の声が聞こえる。
こんな場面は初めてだ。
頭の中には色んな言葉が駆け巡って、クラクラしてきた。
…なんで、ハッキリ断らなかったのよ。
私のことを隅においやって、彼女に流されたの?
今までの私との時間は、何だったのよ…
言いたいことは溢れてくるのに、うまく出て来ない。
でも、聞いていたら彼と彼女のこと、私と水沢くんに似てるかもしれない。
水沢くんが彼のいないところで、私に同じ様なことを言ったら。
私、どうしただろう。
大きなため息をついて、彼の手を振りほどいた。
彼はまだ、必死な顔。
「ねえ、私たち、遠距離が長すぎたんだよ」
彼は、黙ったまま。
「あなたの日常にはもう、私はいないし、私の日常にもあなたはいないの。もう、ずいぶん前からそうだったのに、私、目を逸らせてた」
「でも…やっぱり、俺には麻衣子が必要なんだ。」
俯いたままぼそぼそと呟く。
「そんなこと言うなら」
なぜ、と言おうと思ったけど、今さら聞いてもしょうがない。
立ち上がって、俯いてる彼を見下ろした。
「私、帰るね。駅まで送ってくれない?」
「帰るの?俺のこと、は…」
「考えさせて。すぐには言えないから」
身支度をしながら、彼の助手席で揺られながら、夕べも見た山並みを見ながら。
ずっと考えてた。
今朝聞いたことを抱えながら、彼とのことを続けられるのかな。
忘れられるのかな。
きっと、遠距離が続く限り近くにいる彼女のことを、思い出してしまうだろう。
そんな気がしてならなくて。

駅近の駐車場に車が入って、助手席を開けたときだった。
彼のスマホが鳴った。
手にとった彼が
「あ…ミ」
まで口にしたから、たぶん彼女。
ミチコって呼んでるんだ。
私がまだいるはずの時間に、また掛けてくるんだ…
二言三言言葉を交わしただけで、電話を切った彼はバツの悪そうな顔。
そんな顔、見せて欲しくなかった。
「後20分で出る新幹線に乗るから。用事があるならここでいいよ」
「いや、ホームまで行くよ」
無言で二人並んで改札まで歩き、ホームへのエレベーターに乗る。
もう、何も話すことはなかったから。
席を確保してから、ホームで彼と向かいあった。
さっきの電話で、私の気持ちは決まった。
彼に、彼女との関係を終わらせることなんか、出来ないもの。
「送ってくれてありがとう。もう私、来ないから。元気でね」
「えっ…考えるって言ってたよね?」
「もう、考えたよ。あなたは彼女を切れないよ。もういいの」
「いいって言われても…」
「いつもの日常に戻るだけだよ。あなたの近くには彼女がいるでしょ。私の近くにだって」
「…それって、誰のこと?」
「あなたに言う必要はないでしょ。じゃ、もう乗るね」
走って乗り込んで席に着いたら、列車は走り出した。
彼がスマホを握りしめて、呆然と立っているのがチラッと見えた。
きっとこの後、彼女に電話するんだろうな。
悔しい気持ちが無い訳じゃない。
だからさっき、思わせ振りなことを言ってしまったんだ。
私にだって、プライドはあるのよ。
水沢くんとどうこうなってるんじゃないのに、利用してごめん。
…そうだ、一応水沢くんに報告だけしておこう。
水沢くんの後押しがあったから、結果的にスッキリ出来たんだもの。

「終わらせて来た。後悔はしてません。10時発の新幹線で帰ります。色々ありがとう」

送信したら、ため息が出た。
今の私は狡い。
寂しい気持ちを、優しい人に埋めて貰おうと企んでる。
優しい水沢くんの、心配した顔が見えるようだ。
でも、いいんだ。
ずる賢いって言われても。
もっと強かになるって、さっき決めたんだから。
スマホを置いて、瞼を閉じた。
三時間後には私の日常に戻れる。
彼の日常に二度と乱入しない。
彼のことを一度だけ思い浮かべて、目尻の滴を拭った。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。