えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

それぞれの日常・麻衣子①

2018-06-18 15:01:32 | 書き物


3ヶ月ぶりに訪れた、彼のいる街。
迎えに来てくれた彼の助手席に乗って、アパートに向かった。
彼の様子はいつもと変わらない。
長い付き合いだから、そんなに甘い恋人になったりはしなくて。
でも、よく来たね、と笑顔を向けてくれた。

本当はもう3ヶ月先になるはずだった。
彼もそのつもりでいたはず。
でも、私の我が儘で行きたいってお願いした。
いつもはこんな我が儘は言わない。
遠距離になって5年。
付き合ってからは8年になる。
長い付き合いだからか、燃え上がるみたいに急に会いたくなることなんて、無くなってしまった。
ただ…クリスマスに会った時の、違和感がずっと引っ掛かってた。
こんな違和感を抱えたまま、後3ヶ月待つのは無理だって思ったから。

あの時も、こんな風に彼の車の助手席にいた。
「ちょっと待ってて」って、彼が取引先に寄った時も。
彼が持って出たのは、小ぶりの紙袋。
有名なアクセサリーブランドのロゴが、チラッと見えた。
なかなか戻って来ない彼。
退屈だった私は、振り返って後部座席を見回した。
すると、右側のドアに寄せるようにして、小さな長四角の箱形の包み。
さっき見えたブランドのロゴが、散りばめられてる。
いかにも、見えないように置かれたはずのそれが、少しだけ見えている。
何だろう…さっき持って行ったのと、同じブランド?
好奇心が抑えられなくて、車の中から彼が入って行った建物を見て、出て来ない事を確認。
シートベルトを外してから、そーっと身を乗り出した。
形からして、ペンダント?
動かすと分かってしまうから、顔だけ近づけてじっと見た。
包装紙と言い形と言い、たぶん私へのプレゼント。
そう思えて、頬が緩んだ。
その顔のまま、助手席に座ろうと思った時。
箱に付いた、ピラピラした紙に気づいた。
付箋だ。
何?と覗くと、それには
「シルバー」
とだけ書いてあった。
シルバー?どういうこと?
頭の中に?マークが浮かんだ時、足音が聞こえて来て素早く助手席に戻った。
その後、夕御飯を食べた時に渡されたプレゼント。
予想したとおりの、ペンダント。
シルバーのチェーンに、パールのペンダントトップ。
パールのまわりには、葉を象ったシルバーの細工が施されてる。
可愛らしいデザインに喜んで、頬が緩みっぱなしだった私。
取引先に、彼が同じものを持って行っただなんて、すっかり忘れてた。
違和感を感じ始めたのは、彼に見送られて新幹線に3時間乗った後。
私の日常に戻った時。

冬も押し迫った、年末商戦の真っ只中。
デパート勤めの私は、お客様に依頼された贈答品の箱を、目の前にしていた。
同じ大きさ、同じ包装紙、同じ品物。
ただ、品物の色が片方はピンク、片方はブルーになっているため、包装紙を掛けてしまうと見分けがつかなくなる。
そこで、付箋にピンク、ブルーと書いて、それぞれに貼ることにしたのだ。
これでお客様が手に取る時、すぐに分かる。
しっかり貼って、品物のブランドロゴの入った紙袋に納めて、ふうっと息を吐いた。
その時に覚えた感覚。
どこかで、こんなものを見たような…
そのことを、ずっと考えてた。
でも、年末年始は忙しくて。
余計な事を考えてる時間は無かった。
1月も、10日ぐらい過ぎた頃に休みを貰えて、ようやくじっくり考えることが出来た。

あの贈答品と同じだったとしたら。
私が貰ったのがシルバーなら、取引先にわざわざ休みの日に持って行ったのは…ゴールド。
あのペンダントにゴールドチェーンの物があるってこと、私だって知ってる。
同じ日に、彼女である私にはシルバー、取引先にはゴールドの、同じアクセサリーを持って行った?
なんだかモヤモヤした。
取引先っていって持って行ったけど…女性なんじゃないか。
思い付いたら、それが自然な気がした。
…プレゼントを送る、女性がいる?
一度そう思うと、クリスマス前までの半年くらいの彼のことが、頭に浮かぶ。
仕事が忙しいからと、平日の電話が減ったこと。
週末はメールで済ませることが、多くなったこと。
電話で話しても、すぐ話が終わってしまうこと…
長く付き合っていれば、こうなって行くのかなと、自分をなだめていた。
でも、今回のことがあってから、少しずつ彼を疑う気持ちが、積もり始めたのだ。
私の他に、誰かいるのかも、と。

今、彼の隣に座って景色を眺めてる。
綺麗な山並みを、見てるようで見ていない。
どうしよう。
彼にハッキリ聞いた方がいいの?
でも、ハッキリ聞いたしまうのは、こわい。
彼に聞くことで、もしかしたら別れるってことになるかも…
それとも、あれは気のせいと先送りにして、いつも通りに彼と過ごした方が、いいのかな。
タイヤが砂利を飛ばしながら、アパートの駐車場に入った。
車を降りようとすると、先に降りた彼が慌てた様子で、助手席側に来た。
「麻衣子、ちょっと降りないで待ってて」
「え、なんで」
「取引先の人が来てて…書類受けとるから」
「そうなんだ。分かった」
休みの日に、取引先の人が来る、の?
彼に分からないように、そっとアパートの入り口を窺った。
髪の長い小柄な女性を覆い隠すようにして、彼が話してる。
女性が俯いて、彼が低い声で話してるのは分かる。
よく聞き取れないけれど…

「麻衣子、ごめん。お待たせ」
彼が車に戻って来て、声を掛けて来た。
アパートの入り口に目を向けると、小柄な女性がこちらを向いてペコッとお辞儀をして来た。
その時、夕日に一瞬照らされた彼女の胸元。
ゴールドのチェーンが、キラッと見えた。
…気がしたのだ。
私の思い違いかもしれない。
デザインはハッキリ見えなかったし。
でも、たぶん。
私と彼女は、同じペンダントを付けてるような気がしてならなかった。

先に浴びておいでよと言われて、シャワーを浴びる。
いつもだったら、これからのことを考えて、ドキドキしてるはず。
だって彼に触れるのは半年ぷりなんだから。
でも、今日は…
何も気づかないふりをして、彼に包まれたい。
彼に何か聞くことは、地雷を踏んでしまう気がして。
そんなことになったら、今の二人の関係は全部、吹き飛んでしまう。
彼が浴びている間、ドライヤーの音を響かせながら、考えていた。
でもそれじゃあ、今日なんのために来たの。
この違和感を、もやもやを、どうにかしたかったんじゃないの。
すべて吹き飛ばす危険と、もやもやを抱えたままのキツさを秤にかけた。
先送りしたら事態も好転するんじゃないか。
そんな、後ろ向きな気持ちに傾いた時。
いきなり、テーブルの上の彼のスマホが、ブルブルと震えだした。
長い。
どうやら電話みたいだ。
私が取る訳には行かないけれど、思わず光っている画面を覗いてしまった。
そこには、猫を抱いたさっきの女性の画像。
カタカナで、「ミチコ」と出てる。
ミチコ…さっきの、私と同じペンダントをしてるひと。
呆然と画面を眺めていたら、ガラッとバスルームの戸が開く音がした。
急いで、元の場所に戻り、またドライヤーをONにした。

彼がドライヤーをしまうと、私の方を窺ってる。
何か、不自然だったかな…
ショックな気持ちを、一生懸命隠したつもりなのに。
あんな写真を持ってるなんて。
しかも、私がいるのを知ってて電話してくるなんて。
吹き飛ぶも何も、もう彼の気持ちは私には無いのかも…たぶん、無いんだ。
こんな気持ちで、彼と夜を過ごすなんて無理だ。
無理に決まってる。
胸のなかが黒く重くなって、淀んでしまった。
なのに…そんなところで顔を出す、私の女の部分。
彼に触れたら…抱きしめられたら…もしかして。
無理か、まだ間に合うのか。
2つの気持ちで、揺れていた。

彼が、急に立ち上がってこっちに来る。
ローテーブルを挟んで、ラグの上に横座りしてた私は、無意識に後ずさった。
まだ、今夜どうするか決めかねていたから…
「…麻衣子」
彼の右腕が伸びて、私の肩を掴んだ。
もう、後ろには下がれない。
その一瞬で、私はこのモヤモヤを先送りすると決めた。
少なくとも、明日の朝までは。
まだ…まだ分からない。
彼の気持ちがどこにあるかなんて。
彼に触れたら、彼の熱を感じたら。
私の、勘違いだったって、思えるかもしれない。
確かめた訳じゃ、ないんだもの。

両肩を掴まれて、彼の顔が正面になる。
じっと私の目を見つめる瞳は、いつもと同じ。
でも、
「麻衣子、なんか元気ないんじゃないの?大丈夫?」
こんなこと、言われたこと無かった。
何を心配してるんだろう。
私は、いつもと同じなのに。
そのつもりなのに。
「…そんなことないよ。平気。大丈夫だから」
「…そう。なら、いいけど」
その言葉と一緒に、彼の香りに包まれる。
いつもの香り。
唇が触れると、彼の前髪が顔に掛かる。
いつものみたいに、優しく抱きしめられてるのに。
なんで。
触れあっていても、彼の熱が伝わってこない。
彼の温度を、感じられない…
私の肌を探る手のひらが、首筋に触れる唇が、頬を押し付ける肩が。
彼のものじゃない、ただの物体みたい。
急に動悸が速まって、胸が詰まるような感覚になった。
…ダメだ、気持ち、悪い…
「ちょっと、待って」
私の腰に回りそうだった彼の両腕を掴んで、ぐっと前に押し返した。
「麻衣子?どうした?」
押し返されたままの距離から顔を近づけて、聞いてくる。
その顔は、どうしたんだろうって顔。
彼女は、何なの。
どうして私と同じものをあげたの。
どうして休みの日にまで、ここに来るの。
…全部聞きたかった。
何も知らないような顔をしてる彼に。
でも、今夜はダメだ。
胸がムカムカしだして、吐きそうなくらい。
「気持ち、悪くなっちゃって。ごめん、今夜はこのまま眠りたい。」
「急に、どうしたの?体調悪かった?」
「…ちょっと悪かったかも…ごめん」
「気にしないでいいよ。じゃ、寝よう」
私のTシャツを整えてくれて、いつもの彼の場所に横たわる。


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