3ヶ月ぶりに訪れた、彼のいる街。
迎えに来てくれた彼の助手席に乗って、アパートに向かった。
彼の様子はいつもと変わらない。
長い付き合いだから、そんなに甘い恋人になったりはしなくて。
でも、よく来たね、と笑顔を向けてくれた。
本当はもう3ヶ月先になるはずだった。
彼もそのつもりでいたはず。
でも、私の我が儘で行きたいってお願いした。
いつもはこんな我が儘は言わない。
遠距離になって5年。
付き合ってからは8年になる。
長い付き合いだからか、燃え上がるみたいに急に会いたくなることなんて、無くなってしまった。
ただ…クリスマスに会った時の、違和感がずっと引っ掛かってた。
こんな違和感を抱えたまま、後3ヶ月待つのは無理だって思ったから。
あの時も、こんな風に彼の車の助手席にいた。
「ちょっと待ってて」って、彼が取引先に寄った時も。
彼が持って出たのは、小ぶりの紙袋。
有名なアクセサリーブランドのロゴが、チラッと見えた。
なかなか戻って来ない彼。
退屈だった私は、振り返って後部座席を見回した。
すると、右側のドアに寄せるようにして、小さな長四角の箱形の包み。
さっき見えたブランドのロゴが、散りばめられてる。
いかにも、見えないように置かれたはずのそれが、少しだけ見えている。
何だろう…さっき持って行ったのと、同じブランド?
好奇心が抑えられなくて、車の中から彼が入って行った建物を見て、出て来ない事を確認。
シートベルトを外してから、そーっと身を乗り出した。
形からして、ペンダント?
動かすと分かってしまうから、顔だけ近づけてじっと見た。
包装紙と言い形と言い、たぶん私へのプレゼント。
そう思えて、頬が緩んだ。
その顔のまま、助手席に座ろうと思った時。
箱に付いた、ピラピラした紙に気づいた。
付箋だ。
何?と覗くと、それには
「シルバー」
とだけ書いてあった。
シルバー?どういうこと?
頭の中に?マークが浮かんだ時、足音が聞こえて来て素早く助手席に戻った。
その後、夕御飯を食べた時に渡されたプレゼント。
予想したとおりの、ペンダント。
シルバーのチェーンに、パールのペンダントトップ。
パールのまわりには、葉を象ったシルバーの細工が施されてる。
可愛らしいデザインに喜んで、頬が緩みっぱなしだった私。
取引先に、彼が同じものを持って行っただなんて、すっかり忘れてた。
違和感を感じ始めたのは、彼に見送られて新幹線に3時間乗った後。
私の日常に戻った時。
冬も押し迫った、年末商戦の真っ只中。
デパート勤めの私は、お客様に依頼された贈答品の箱を、目の前にしていた。
同じ大きさ、同じ包装紙、同じ品物。
ただ、品物の色が片方はピンク、片方はブルーになっているため、包装紙を掛けてしまうと見分けがつかなくなる。
そこで、付箋にピンク、ブルーと書いて、それぞれに貼ることにしたのだ。
これでお客様が手に取る時、すぐに分かる。
しっかり貼って、品物のブランドロゴの入った紙袋に納めて、ふうっと息を吐いた。
その時に覚えた感覚。
どこかで、こんなものを見たような…
そのことを、ずっと考えてた。
でも、年末年始は忙しくて。
余計な事を考えてる時間は無かった。
1月も、10日ぐらい過ぎた頃に休みを貰えて、ようやくじっくり考えることが出来た。
あの贈答品と同じだったとしたら。
私が貰ったのがシルバーなら、取引先にわざわざ休みの日に持って行ったのは…ゴールド。
あのペンダントにゴールドチェーンの物があるってこと、私だって知ってる。
同じ日に、彼女である私にはシルバー、取引先にはゴールドの、同じアクセサリーを持って行った?
なんだかモヤモヤした。
取引先っていって持って行ったけど…女性なんじゃないか。
思い付いたら、それが自然な気がした。
…プレゼントを送る、女性がいる?
一度そう思うと、クリスマス前までの半年くらいの彼のことが、頭に浮かぶ。
仕事が忙しいからと、平日の電話が減ったこと。
週末はメールで済ませることが、多くなったこと。
電話で話しても、すぐ話が終わってしまうこと…
長く付き合っていれば、こうなって行くのかなと、自分をなだめていた。
でも、今回のことがあってから、少しずつ彼を疑う気持ちが、積もり始めたのだ。
私の他に、誰かいるのかも、と。
今、彼の隣に座って景色を眺めてる。
綺麗な山並みを、見てるようで見ていない。
どうしよう。
彼にハッキリ聞いた方がいいの?
でも、ハッキリ聞いたしまうのは、こわい。
彼に聞くことで、もしかしたら別れるってことになるかも…
それとも、あれは気のせいと先送りにして、いつも通りに彼と過ごした方が、いいのかな。
タイヤが砂利を飛ばしながら、アパートの駐車場に入った。
車を降りようとすると、先に降りた彼が慌てた様子で、助手席側に来た。
「麻衣子、ちょっと降りないで待ってて」
「え、なんで」
「取引先の人が来てて…書類受けとるから」
「そうなんだ。分かった」
休みの日に、取引先の人が来る、の?
彼に分からないように、そっとアパートの入り口を窺った。
髪の長い小柄な女性を覆い隠すようにして、彼が話してる。
女性が俯いて、彼が低い声で話してるのは分かる。
よく聞き取れないけれど…
「麻衣子、ごめん。お待たせ」
彼が車に戻って来て、声を掛けて来た。
アパートの入り口に目を向けると、小柄な女性がこちらを向いてペコッとお辞儀をして来た。
その時、夕日に一瞬照らされた彼女の胸元。
ゴールドのチェーンが、キラッと見えた。
…気がしたのだ。
私の思い違いかもしれない。
デザインはハッキリ見えなかったし。
でも、たぶん。
私と彼女は、同じペンダントを付けてるような気がしてならなかった。
先に浴びておいでよと言われて、シャワーを浴びる。
いつもだったら、これからのことを考えて、ドキドキしてるはず。
だって彼に触れるのは半年ぷりなんだから。
でも、今日は…
何も気づかないふりをして、彼に包まれたい。
彼に何か聞くことは、地雷を踏んでしまう気がして。
そんなことになったら、今の二人の関係は全部、吹き飛んでしまう。
彼が浴びている間、ドライヤーの音を響かせながら、考えていた。
でもそれじゃあ、今日なんのために来たの。
この違和感を、もやもやを、どうにかしたかったんじゃないの。
すべて吹き飛ばす危険と、もやもやを抱えたままのキツさを秤にかけた。
先送りしたら事態も好転するんじゃないか。
そんな、後ろ向きな気持ちに傾いた時。
いきなり、テーブルの上の彼のスマホが、ブルブルと震えだした。
長い。
どうやら電話みたいだ。
私が取る訳には行かないけれど、思わず光っている画面を覗いてしまった。
そこには、猫を抱いたさっきの女性の画像。
カタカナで、「ミチコ」と出てる。
ミチコ…さっきの、私と同じペンダントをしてるひと。
呆然と画面を眺めていたら、ガラッとバスルームの戸が開く音がした。
急いで、元の場所に戻り、またドライヤーをONにした。
彼がドライヤーをしまうと、私の方を窺ってる。
何か、不自然だったかな…
ショックな気持ちを、一生懸命隠したつもりなのに。
あんな写真を持ってるなんて。
しかも、私がいるのを知ってて電話してくるなんて。
吹き飛ぶも何も、もう彼の気持ちは私には無いのかも…たぶん、無いんだ。
こんな気持ちで、彼と夜を過ごすなんて無理だ。
無理に決まってる。
胸のなかが黒く重くなって、淀んでしまった。
なのに…そんなところで顔を出す、私の女の部分。
彼に触れたら…抱きしめられたら…もしかして。
無理か、まだ間に合うのか。
2つの気持ちで、揺れていた。
彼が、急に立ち上がってこっちに来る。
ローテーブルを挟んで、ラグの上に横座りしてた私は、無意識に後ずさった。
まだ、今夜どうするか決めかねていたから…
「…麻衣子」
彼の右腕が伸びて、私の肩を掴んだ。
もう、後ろには下がれない。
その一瞬で、私はこのモヤモヤを先送りすると決めた。
少なくとも、明日の朝までは。
まだ…まだ分からない。
彼の気持ちがどこにあるかなんて。
彼に触れたら、彼の熱を感じたら。
私の、勘違いだったって、思えるかもしれない。
確かめた訳じゃ、ないんだもの。
両肩を掴まれて、彼の顔が正面になる。
じっと私の目を見つめる瞳は、いつもと同じ。
でも、
「麻衣子、なんか元気ないんじゃないの?大丈夫?」
こんなこと、言われたこと無かった。
何を心配してるんだろう。
私は、いつもと同じなのに。
そのつもりなのに。
「…そんなことないよ。平気。大丈夫だから」
「…そう。なら、いいけど」
その言葉と一緒に、彼の香りに包まれる。
いつもの香り。
唇が触れると、彼の前髪が顔に掛かる。
いつものみたいに、優しく抱きしめられてるのに。
なんで。
触れあっていても、彼の熱が伝わってこない。
彼の温度を、感じられない…
私の肌を探る手のひらが、首筋に触れる唇が、頬を押し付ける肩が。
彼のものじゃない、ただの物体みたい。
急に動悸が速まって、胸が詰まるような感覚になった。
…ダメだ、気持ち、悪い…
「ちょっと、待って」
私の腰に回りそうだった彼の両腕を掴んで、ぐっと前に押し返した。
「麻衣子?どうした?」
押し返されたままの距離から顔を近づけて、聞いてくる。
その顔は、どうしたんだろうって顔。
彼女は、何なの。
どうして私と同じものをあげたの。
どうして休みの日にまで、ここに来るの。
…全部聞きたかった。
何も知らないような顔をしてる彼に。
でも、今夜はダメだ。
胸がムカムカしだして、吐きそうなくらい。
「気持ち、悪くなっちゃって。ごめん、今夜はこのまま眠りたい。」
「急に、どうしたの?体調悪かった?」
「…ちょっと悪かったかも…ごめん」
「気にしないでいいよ。じゃ、寝よう」
私のTシャツを整えてくれて、いつもの彼の場所に横たわる。