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★ New!Kimmy's Diary ★

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陶磁美術館「古唐津 古武雄」

2014年04月20日 | 日本文化
ちょうど1年前、35周年を迎えた愛知県陶磁資料館が「愛知県陶磁美術館」という素敵な名前に変わりました。ここにある陶器は、間違いなく「資料」ではなく「美術品」の域。中身と名前が一致した感じです。

現在開催されている「古唐津 古武雄ー桃山・江戸の華やぎ」を見に行ってきました。古唐津は桃山期、16世紀末~17世紀初頭に肥前で焼かれたものと分類されていました。土、釉薬と筆、ヘラの組合わせの中で、当時の陶工たちが限られた面に、四季折々の自然からデザインのアイデアを得てのびのびと描いた「絵唐津」。萩、芦、草、柿など、人々の日常が自然と近かった様子が感じられます。
特に向付は、古唐津の地味な色あいとはあいまって、口が扇形や四弁の花の形などをしているものがあり、遊び心を感じました。

口にかかった釉薬は、皮鯨手(かわくじらて)ということや、瀬戸唐津・朝鮮唐津は、瀬戸や朝鮮で作られたものではなく唐津で作られたものということを知り、感動しました。

古武雄は江戸時代前半から19世紀にかけて佐賀県武雄市地域で作られていたものということですが、この分類の陶磁器を意識して見るのははじめてでしたので、とても勉強になりました。随分大振り、大胆な陶器で、模様は鉄絵緑彩、刷毛目、内刷毛目など、さまざま。その中でも、象嵌文の豊かさには目を見張るものがありました。スタンプのような模様の作り方です。花文、花の半分を施した半花文、波状文、渦巻文、雷文、雲文、十字文など、見ているだけで楽しくなりました。

当時の陶工たちがこれらの作品を作った思いや、これらを使っていた人々のくらしを想像しながら、日本の歴史のおもしろさにしばし浸ってきました。

今、美術館の敷地内は八重桜が満開です。




富士山の普遍的な価値

2013年07月02日 | 日本文化
世界文化遺産に登録された富士山。日本中がこのニュースに湧いているのは歓迎すべきことでしょう。次世代に守り伝えていくべき宝物の存在と、その得難い価値を再認識することができたのではないでしょうか。

当初は自然遺産の登録(基準:類まれな自然美・地球形成の歴史・生命進化の記録・絶滅危惧種の生息地)を目指していたとのことですが、私は文化遺産の基準に沿った登録であることをむしろ歓迎しています。

[文化的伝統、文明の伝承]
現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも稀有な存在)である。

[歴史的建築物、科学技術、景観]
歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である。

[伝統的居住形態、土地利用形態]
あるひとつの文化(または複数の文化)を特徴づけるような伝統的居住形態若しくは陸上・海上の土地利用形態を代表する顕著な見本である。又は、人類と環境とのふれあいを代表する顕著な見本である(特に不可逆的な変化によりその存在が危ぶまれているもの)。

                            ~文化庁 文化遺産オンラインより~

その理由は、そこに日本人という民族が作り上げてきた文化や歴史が介在しているからです。ただ、自然として「美しい稀有な存在」だというだけではなく、その自然に抱かれながら、脈々と受け継いできた風土、生活様式、宗教などを含めて、人間の営みそのものが世界的に価値があるものとして認められたと感じるからです。

森羅万象に神が宿ると信じ敬う日本固有の「神道」の価値観は、世界が今、目指そうとしている「持続発展可能な社会」の大部分で共通であることに、多くの人が気づいたのではないでしょうか。私たちの祖先が大切に守り伝えてきてくれているものを、私たち自身が再認識する大きなチャンスを与えられたことに感謝です。

今、報道されているテレビ番組や記事には、文化遺産としての価値が十分に取り上げられていないのではないでしょうか。とても残念なことです。この機会にこそ、山頂の信仰遺跡群、浅間神社の境内・社殿群、御師住宅霊地・巡礼地について、もしくは世界の美術史に大きく影響を与えた浮世絵と西洋美術との相関関係について、もっと報道してほしいものです。

「富士山の自然や環境をどう守っていくのか」が、遺産登録と同時に大きな話題になっています。入山料の議論もされ始めたようですが、イギリスのナショナルトラストやアメリカのナショナルパークサービスの取り組みなどは非常に参考になるのではと思います。世界中の人々の知恵や知識を借りながら、永久に日本のシンボルとしての存在であってほしいものです。

白隠の魅力

2013年02月13日 | 日本文化
東京での仕事の合間に、BUNKAMURAで開催されている「白隠展」に行ってきました。臨済宗中興の祖である白隠は、江戸時代の禅僧でしたが非常にユニークな禅画や墨跡を大量に残しています。彼は自分の一生を通して、エネルギッシュに禅の教えをさまざまな形で伝えています。漢文語録、仮名法語、禅画、書画、戯画などのさまざまな方法で目の前にいるその人のために、どうやったら伝わるのかを鋭い感性で感じ取って、残したのでしょう。

描かれていない題材はないのではないか、と思わせるほどさまざまなテーマに挑戦。画だけでも達磨、観音、羅漢、釈迦、大燈国師、布袋、恵比寿、大黒、布袋、弁財天、福禄寿、寿老人、鍾馗、お多福・・・。画にちなんで書き添えられた文「画賛」も軽快で面白く、絵と文でメッセージを強烈に表現しています。

一番有名な画の一枚は背景の黒と衣の朱色のコントラストが素晴らしい「半身達磨」でしょう。「直指人心 見性成仏」(まっすぐに自分の心を見つめて、仏になろうとするのではなく、すでに仏であることに気づきなさい)という賛が添えられています。この絵を見ていると悟りを開こうとしている白隠自身のような気がしてきます。

寿という文字を百通りの書体で書いた「百寿福禄寿」は本当に見ているだけで飽きません。話してわかる人には説法、読んでわかる人には書物、絵でしか理解できない庶民にはユーモア溢れる画で表現し、禅の道をおもしろおかしく説いて全国を行脚して巡った白隠。300年後に生きる私たちも惹きつけて離しません。ぜひ、一度彼の作品を見てみてください。きっと誰にでもお気に入りの一枚が見つかります。






妙法院の清浄歓喜団

2012年09月18日 | 日本文化
妙法院へ行ってきました。
青蓮院、三千院と並んで天台宗の三大門跡寺院のひとつで、後白河上皇の居所となっていたこともあり、日本の宗教史や政治史には欠かせない大寺院です。

ここの庫裏(台所)は豊臣秀吉が先祖のために行った千僧供養が執り行われた時に使われた台所。見事な国宝建築ですが、通常は非公開。そうとはわかっていても、あの立派な妙法院の塀や門を見てしまうと、どうしても敷地内に足を踏み入れたくなります。あの庫裏の、入母屋造りの屋根の反りや重層を見ると本当にうっとりします。最上階の部分は台所で煮炊きするものの煙や湯気を出す煙突の役目をする小棟部分ですが、デザイン的にもアクセントになっていて実に美しく、感動します。

象に乗っていらっしゃる普賢菩薩(重要文化財)は、本堂で拝観することができました。この寺院の歴史こそまさに日本の歴史の体幹なのではないだろうかとも感じました。蓮華王院(三十三間堂)や方広寺(秀吉が建立した寺)などもその傘下にあり、このあたりは日本の歴史の中心地で、平清盛や後白河上皇の活躍した歴史の舞台の一部はまさにこの近辺。考えるだけでなんだかワクワクします。

お寺のスタンプ「御朱印」をいただくために事務所へ立ち寄り、誰もいない玄関で「すみませーん」とお声をおかけしたところ、まだ若い僧侶がひとり応対に出てきてくださいましたので御朱印をお願いしました。しばらくして御朱印帳を私に渡してくださると同時に「良いお参りでした。これ、お下がりですけど。」と言って何かをくださいました。

私「あ、清浄歓喜団ですね!」
僧侶「はい。そうです。ご存知ですか。」
私「は、はい!存じ上げております。遣唐使が持って帰ってきたお菓子ですよね。」
僧侶「そうですね。お供えでいただくものですから。」
考えてみれば、清浄歓喜団を作っている亀屋清永はすぐそこ。なるほど・・・。

その後、非公開部分の説明を写真集を使って詳しく教えていただき、とても勉強になりました。この妙法院には、海外からの信書「ポルトガル国印度副王信書」(国宝)が収められています。豊臣秀吉の天下統一のお祝いとキリスト教弾圧に対する緩和の依頼の内容だそうです。

公開期間での再訪を告げて、ありがたいお下がりをいただき、京都の奥深さを再認識しました。「一期一会」の出来事でした。

日本美術の至宝

2012年08月14日 | 日本文化
名古屋ボストン美術館で開催されている「ボストン美術館特別企画展~日本美術の至宝」へ行ってきました。百年以上前に海を渡った日本の芸術作品は十万点を超えるということですが、日本にあれば間違いなく「国宝」の数々が、今回アメリカのボストン美術館から「里帰り」を果たしたのです。

本当に見ごたえのある展覧会でした。日本四大絵巻と言われる「源氏物語絵巻」「伴大納言絵詞」「信貴山縁起絵巻」「鳥獣人物戯画」と並ぶ在外二大絵巻、「吉備大臣入唐絵巻」と「平治物語絵巻~三条殿夜討巻」を見ることができました。日本のサブカルチャーとしての漫画・アニメは世界的なブームになっていますが、その原点となる原動力はこれらの絵巻に存在しています。フィクションなのかノンフィクションなのか惑わされてしまうほどのリアリティがあり、ユーモラスなタッチで描かれた登場人物たちに思わず見入ってしまいます。日本人は表情に乏しいと一般的には思われがちですが、これらの絵巻を見る限りその見方は間違っていると感じます。

遣唐使として入唐し帰国を果たせなかった阿倍仲麻呂の幽霊と吉備真備が、超能力を使って空を飛んでいるところ、難しいテストを受けるためにそっと柱の陰に隠れて聞き耳を立てている様子など、表情豊かな登場人物たちを見ているだけでそのシーンに私もいるような錯覚を覚えました。

もうひとつだけ挙げるとすればやはりなんといっても世界初公開!曽我蕭白[そがしょうはく]筆の「雲龍図」でしょう。8枚の襖に描かれた一匹の巨大な龍ですが、この表情、通常の雲龍図とは表情が異なりとってもフレンドリーな雰囲気なのです。人懐こくて、とても他のお寺にあるような恐怖感はないのです。これはお寺のお堂にあったものだそうですが、もともとあった場所よりきっとこの会場で見たほうが、この絵の素晴らしさを感じることができると思います。こんなに大きなものをどうやって描いたものだろうかと感心します。

見終わって今、感じるのは岡倉天心とフェノロサ、ビゲローの三人の偉業です。フェノロサが来日していなければ、岡倉天心と出会わなかったし、フェノロサと天心がいかなったら現存する日本の重要文化財のほとんどは保存されていなかったでしょう。1881年フェノロサが日本の芸術・美術の素晴らしさを説くことがなかったら、日本人である私たちは私たちの歴史の中で培ってきた素晴らしい芸術・美術を捨ててしまっていたことでしょう。花鳥風月を慈しみ、素晴らしい美的感覚を持つ国民なのだと彼に諭されていなかったら、1897年の古社寺保存法はなかったかもしれません。

もう一度日本人であることに感謝をし誇りを持ちたいと思いました。