えんどうえこばなし

フラメンコ。レッスン動画とえこばなし。

ウオノメのおもひで

2022-03-13 13:56:00 | えこばなし
ウオノメが出来た。

ウオノメには思い出がある。
まだ北海道で公務員をやりながらフラメンコをやっていた頃、右足にウオノメが出来た。
1年くらい格闘したが根絶はできず、痛みが強くなると「ウオノメコロリ」で取って、しばらくするとまた生えて(?)きて、ということを繰り返していたのだが、ある日イジりすぎてバイ菌が中に入り化膿してしまった。
それは4月1日のことで、役所的に4月1日というのは一年でいちばんバタバタする日であるからして、私にしては本当に珍しく「本当にすみません!!!」と心から謝罪して病院に行かせてもらった。
(*念のために説明するが「珍しく」がかかる言葉は「病院に行く」ではなくて「心から謝罪する」である)

病院では「化膿してますね〜」と医者が軽く言って
「切開して膿を出しましょう。はい〜、そこに横になって」と指示され、
「麻酔をしますね〜」と足の裏に痛い注射をされて(見えない)、
その後しばらくして、恐ろしい痛みが足の裏に走ったので
「いたっ!痛い!痛いですけど!!?」
と抗議したら
「あははは、痛いですか〜」と医者は笑い、
横で見ていた実習生に向かって
「〇〇くん、化膿している部位には麻酔は効かないことがあるんだよ」と言った。

コノ医者コロシテヤル

と思う暇もなく、更に足の裏に痛みが走る。
「膿を〜、出しちゃわないとね〜」グリグリグリグリ(見えない)
「じゃあ、ガーゼを詰めますね〜」グリグリグリグリ(見えない)
「痛いでしょ?体の末端は痛いんですよねえ〜」(ゼッタイコロス)

ちなみにこの時の痛みが、今のところ人生最大の痛みで、出産の時も、癌の時の手術の時も「辛さレベル」では超えていることもあったが、「痛さレベル」で言えば「あれよりは痛くないな・・」と思って時間をやり過ごしたものである。まあ、どんなことでも役に立たない経験はないさね。

その後の待合室で悶絶しながらお会計を待っていたことや、タクシー(もはや歩くなどということは不可能な状態)の運転手に本気で心配されたことや、座薬の痛み止めの効きの良さに驚愕したことや、その日の夜のフラメンコのレッスン(代教で教えてた)には古い靴を分解して包帯グルグル巻きの足を収納できるようにしてやっていたら途中で薬の効果が切れてきて脂汗をかきながらやったこと、そして何度か病院で「ガーゼを取り替える」という苦行をすることになったことなど、それぞれ味わい深い思い出があるのだが、そんなこんなが終わって、包帯も取れた時に、ある夜、患部をよく見てみた。

すると、まだ完全に塞がっていない傷口の奥に、何か白いものがある。
ふと、その白いものが「ウオノメの芯ではないか」と何故か確信して、
私はそのまだ塞がってない傷口に「ウオノメコロリ」をぶち込んだ。

私はたまにこういう「思いついたら衝動的に実行に移してしまう」ということをする。
これはもう「せずにはいられない」という部類のもので、ギャンブル依存と対して変わりないのだが、頭に何かの物質が放出されて、「今からルビコン河渡る!!」みたいな無敵な気持ちになるのだ。

さて、このギャンブルは賭けに勝った。

ウオノメコロリをぶち込んだ3日後だったか7日後だったか忘れたが、ある日「ボロリ」と「何かの塊」が足の裏から取れた。足の裏に直径1センチくらいの空洞ができるくらいであった。

そして、それきり、ウオノメは全く出なくなったのである。

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あれから30年。

今度のウオノメは左足である。

不思議と練習している時には痛まない。
練習後に痛くなるから侮れないのだが、とはいえ極端なことを言えば踊ってる時に痛くないなら別に支障はないとも言える。
だから現在特に何もしていないが、ウオノメは確実に存在感を増してきており、早晩対処しなくてはいけないだろう。

調べたところ、ウオノメ対策は30年前と大した進化は進んでいないようだ。
いまだにかつての愛用品「ウオノメコロリ(液体タイプ)」も、同じルックスのまま販売されている。
すごい匂いがきつかったと記憶しているが、匂いは思い出せない。

蓋を開けて匂いを思い出したら大量の記憶が蘇りそうでちょっと恐ろしい。

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