第十章 天皇が秘める深淵
水戸学、崎門の学の首領、中堅、俊英はことごとく、天皇の失徳・失政・不徳・欠陥を総攻撃
した。
それと同時に
水戸学、崎門の学における、「忠臣楠木正成」に対する絶対的敬慕。
水戸学の始祖徳川光圀が、中国(明)からの亡命学者朱舜水に師事したことは有名。
舜水は「楠公父子湊川の別れ」の賛を書いた。
光圀と舜水の力により、楠木正成は代表的忠臣となった。
その理由は
「天下ことごとく賊軍になっても」ただ一人、後醍醐天皇に絶対的な忠義を尽くしたからである。
これぞまさに、イザヤ書の双対、パウロの「ローマ人への手紙」の双対である。
イザヤ書のテーマは 罪なき人の子(ユダヤ王ひいては後のイエス)が、罪深き人類の罪を贖って処刑される であり
「ローマ人への手紙」のテーマは 価値なき人類に対する神の絶対の愛により、神は絶対であることの証明 である
この双対として楠木正成たち忠臣を賞賛すればするほど、その忠義の対象である天皇は絶対の高みに昇っていく。
後醍醐天皇が暗愚暗君であればあるほど、失徳・失政であればあるほど、楠木正成の同天皇にたいする忠義は赫然たるものとなり、天皇に対する「忠義」は高められて絶対的なものとなっていく。
以上のプロセスをへて、
身の毛もよだつ祟りの神であった「崇徳天皇」から、暗愚暗君「後醍醐天皇」にいたる、失徳・失政・不徳・欠陥天皇は国の鎮めの守り神となり、民の崇敬をあつめる「現人神」となった。
怒りの神、呪いの神、嫉妬の神、ジェノサイド(大虐殺)の神エホバが
天にまします父なる愛の神となったように。
で、小室直樹は 「天皇恐るべし」 を結んでいます。
それでは、次に
小室直樹先生に 「正統」天皇 である 昭和天皇 を語ってもらいましょう。
次回から
小室直樹著 「奇蹟の今上天皇」 を読みます。
1985年 発行
出版社 PHP研究所
なぜかこの本も絶版になっているようです。
「天皇」の原理 も絶版
天皇恐るべし も絶版
奇蹟の今上天皇 も絶版
小室直樹が天皇を語るとすべて絶版・・残念です。
昭和天皇は激動の時代を生きてこられ、「現人神」とされたり「戦争責任」を問われたりと、いろいろありました。
次回から、天皇の政治的立場、絶対性を語る「奇蹟の今上天皇」を読んでいこうと思います。
まずは、
「奇蹟の今上天皇」の序(特に序とは書いてありませんが)から
今上天皇は奇蹟である。
二十世紀最大の、おそらく最後の奇蹟となろう。
歴史を一瞥してみる。
全面的敗戦後、依然として玉座にとどまり得た君主があったであろうか。
ナポレオンの昔はしばらく措く。第一次、第二次大戦の結果を見ても、他に一つの例も発見する事は出来ない。
二十世紀は、戦争と革命の世紀だといわれる。
戦争と革命の狂乱の前に、由緒ある王冠は片端から消えていった。
ハプスブルク、ホーエンツォレルン、ロマノフ、愛新覚羅など、二十世紀初頭においては巨巌のごとく聳え立っていた王朝は、今や痕跡すらとどめない。
この戦争と革命の狂瀾を既倒に廻らした唯一の奇蹟。
それが今上天皇である。
で始まります。
なお、私また九州出張のため暫く休止します。再開は月末あたりです。
水戸学、崎門の学の首領、中堅、俊英はことごとく、天皇の失徳・失政・不徳・欠陥を総攻撃
した。
それと同時に
水戸学、崎門の学における、「忠臣楠木正成」に対する絶対的敬慕。
水戸学の始祖徳川光圀が、中国(明)からの亡命学者朱舜水に師事したことは有名。
舜水は「楠公父子湊川の別れ」の賛を書いた。
光圀と舜水の力により、楠木正成は代表的忠臣となった。
その理由は
「天下ことごとく賊軍になっても」ただ一人、後醍醐天皇に絶対的な忠義を尽くしたからである。
これぞまさに、イザヤ書の双対、パウロの「ローマ人への手紙」の双対である。
イザヤ書のテーマは 罪なき人の子(ユダヤ王ひいては後のイエス)が、罪深き人類の罪を贖って処刑される であり
「ローマ人への手紙」のテーマは 価値なき人類に対する神の絶対の愛により、神は絶対であることの証明 である
この双対として楠木正成たち忠臣を賞賛すればするほど、その忠義の対象である天皇は絶対の高みに昇っていく。
後醍醐天皇が暗愚暗君であればあるほど、失徳・失政であればあるほど、楠木正成の同天皇にたいする忠義は赫然たるものとなり、天皇に対する「忠義」は高められて絶対的なものとなっていく。
以上のプロセスをへて、
身の毛もよだつ祟りの神であった「崇徳天皇」から、暗愚暗君「後醍醐天皇」にいたる、失徳・失政・不徳・欠陥天皇は国の鎮めの守り神となり、民の崇敬をあつめる「現人神」となった。
怒りの神、呪いの神、嫉妬の神、ジェノサイド(大虐殺)の神エホバが
天にまします父なる愛の神となったように。
で、小室直樹は 「天皇恐るべし」 を結んでいます。
それでは、次に
小室直樹先生に 「正統」天皇 である 昭和天皇 を語ってもらいましょう。
次回から
小室直樹著 「奇蹟の今上天皇」 を読みます。
1985年 発行
出版社 PHP研究所
なぜかこの本も絶版になっているようです。
「天皇」の原理 も絶版
天皇恐るべし も絶版
奇蹟の今上天皇 も絶版
小室直樹が天皇を語るとすべて絶版・・残念です。
昭和天皇は激動の時代を生きてこられ、「現人神」とされたり「戦争責任」を問われたりと、いろいろありました。
次回から、天皇の政治的立場、絶対性を語る「奇蹟の今上天皇」を読んでいこうと思います。
まずは、
「奇蹟の今上天皇」の序(特に序とは書いてありませんが)から
今上天皇は奇蹟である。
二十世紀最大の、おそらく最後の奇蹟となろう。
歴史を一瞥してみる。
全面的敗戦後、依然として玉座にとどまり得た君主があったであろうか。
ナポレオンの昔はしばらく措く。第一次、第二次大戦の結果を見ても、他に一つの例も発見する事は出来ない。
二十世紀は、戦争と革命の世紀だといわれる。
戦争と革命の狂乱の前に、由緒ある王冠は片端から消えていった。
ハプスブルク、ホーエンツォレルン、ロマノフ、愛新覚羅など、二十世紀初頭においては巨巌のごとく聳え立っていた王朝は、今や痕跡すらとどめない。
この戦争と革命の狂瀾を既倒に廻らした唯一の奇蹟。
それが今上天皇である。
で始まります。
なお、私また九州出張のため暫く休止します。再開は月末あたりです。