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江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

ロスト・ウィザード-第4回。

2014年06月20日 00時54分59秒 | ロスト・ウィザード
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「危ないっ!」
 しかしそんなサリアの心配は杞憂に終わった。青年は男達の斬撃からまたもやヒョイヒョイと逃れてしまったのだ。それを見たサリアは目を丸くする。
「確かに逃げることは旨いみたいだけど……だからって……」
 サリアは青年が一体何者なのか分からなくなった。先ほどまでのやりとりを見ている限り、彼は単なる大馬鹿者にしか思えないが、常人が刃物の攻撃を易々と回避出来るものではない。拳とはリーチが違うというのもあるが、多くの人間は命中すれば即死に繋がりかねないという恐怖心によってその体に無用な緊張を生じさせ、大幅に動きを鈍らせるからだ。
 だが、青年は拳のそれと大差無い調子で剣の攻撃を回避していた。全く剣に対する恐れを感じさせず、それはそれだけ多くの修羅場をくぐってきた証拠なのではなかろうか。
「……だけど、やっぱり反撃はしないんだよね……」
 青年はまだ男達の説得を試みていた。これでは先ほどと全く同じパターンの繰り返しだ。とても現状の好転は期待できなかった。
(あの人には悪いけど……誘拐犯が気を取られている内に逃げちゃおうかしら……)
 と、サリアはソロソロとその場から後退り、この場からの離脱を試みる。彼女が逃げた後に万が一のことが青年にあったら後味が悪いどころの話ではないが、このままでは2人とも助からない可能性もあるのだ。
 いかに青年の剣を回避する動きが巧みであっても、いつまでも避け続けられるはずもない。いつかは必ず疲れ、その動きを鈍らせるだろう。勿論それは、誘拐犯の男達にも言えたが青年は見るからに男達よりも体力が無いように見えた。
 ならば一刻も早くこの場から逃げ延び、領主である父に報告して騎士団の出動を求めた方が良いだろう。おそらく、それが今のサリアに出来る最良の手段であった。
 それに青年が男達の説得を行っているのは、サリアの安全を気にしてのことであろう。そうでなければ、彼ほどの身のこなしなら、とっくにこの場から逃走していてもおかしくない。この場からサリアが消えた方が、青年もサリアのことを気にせずに逃げることが出来るはずだ。
(やっぱり、今逃げたほうがいいよね。ね、キャム)
 と、サリアは自らの肩に乗るペットに視線を送った。当然明確な答えは返ってくるべくもないが、キャムは「ミャ」と小さく鳴き、サリアはそれを賛同の声だと勝手に決めつけた。そして、賛同者を得たことで自己正当化を図り、躊躇う自身の心を奮い立たせる。
(……ゴメンね、お兄さん)
 サリアは若干の後味の悪さを感じながら、その場から駆け出した。
 そして約1分後。
 周囲に轟音が轟く。それに驚いたのか、森から無数の鳥達が飛び上がった。
「な、何っ!?」
 サリアは慌てて振り返る。轟音は彼女が先ほどまでいた崖の辺りから発生したようだ。しかし、振り向いた先は土煙で何も見えない。
「…………崖崩れ?」
 サリアは茫然と呟いた。たぶんその推測は正しいであろう。
(それじゃあ………あの人は……?)
 サリアは慌てて青年の姿を捜す為に土煙の中へ駆けこんだ。まだ誘拐犯に対する危険性は消えていなかったが、もしも青年が土砂に巻き込まれていたとしたら、さすがにこのまま放ってはおけない。1分、1秒の救出の遅れが命取りになりかねないのだ。
 まあ、先程も自力で地中から脱出してきた彼のことだ。慌てずとも自力でどうにか出来るのかもしれないが、その時はたまたま運が良かっただけ、という可能性もある。
 ともかくサリアは土煙で視界が悪い中、必死で青年の姿を捜した。が、視界ゼロも同然の中では何も見えない。
 仕方無しにサリアが土煙の外に一旦出ようとしたその時である。彼女の手が何者かに掴まれた。
「いっ……嫌ぁ~っ!? 攫われるぅぅぅぅぅぅぅーっ!?」
「あ、暴れないでください。私は誘拐犯ではありませんから」
 と、暴れるサリア宥めつつ、青年は全く無傷の様子で姿を現わした。
「お、お兄さん無事だったんだ!」
「ええ、とりあすえずは。でも、また崖が崩れないとも限りませんから、もう少し崖から離れましょう」
「うん……でも誘拐犯の人たちはどうなったんだろう……?」
「さあ……土砂に巻き込まれていたようなので、少なくとも、もう襲ってくることはないと思いますけど……」
「そ、それじゃあ、早く助けてやらないと! いくら誘拐犯でも、生き埋めになって死なれたら寝覚めが悪いよ」
 慌てて誘拐犯の救出に向かうサリアを、これまた慌てて青年が引き止める。
「まだ危ないですってば! それに……どうやら助ける必要もなさそうですよ」
「あっ!?」
 土煙が晴れてきた崖下にサリアが目を向けてみると、そこには誘拐犯の2人が仰向けになって倒れていた。ただし、その下半身は土砂に埋まっている。
 そんな2人に青年は慎重に近寄り、脈を取ってみたりと何やら検診を始めた。
「どれどれ……。ふむ、脈も呼吸も正常ですし、内臓や骨に損傷は無いようですね。気絶しているだけで命には別状無いですよ。これなら目覚めさえすれば自力で脱出できるでしょうから、まあ放っておいても大丈夫でしょう」
「へ~、お兄さん凄いね。もしかしてお医者さんだったりするの?」
 感心するサリアに青年は照れたように、
「いえいえ、私は都で学者の真似ごとをしているだけで、そんな大層なものではありませんよ」
「ふ~ん」
 青年は謙遜するが、それでもサリアは凄いと思った。実のところ、素人は脈を計ることすら正確にできていない場合が多いのだ。それなのに青年は内臓の損傷の有無まで見抜いてしまった。彼の言葉が全て真実だとは限らないが、誘拐犯の2人の顔色はそれほど悪くないところを見ると、そう間違った見解ではないようである。
「よーし、それじゃあこの人達が目覚める前に、早いところ騎士団に連絡しようか……ん?」
 サリアは誘拐犯の様子を観察している内に、不自然な点があることに気がついた。いや、不自然というよりは『有り得ない』ことが目の前で起こっている。
(なんだろう? この人達、腰から上は全く土がかかっていない……? まるで何か壁みたい物が土を遮っていたみたい)
 実際、周囲の崩れ落ちた土砂の散乱具合を見ると、男達は完全に土砂に埋まっていてもおかしくない位置に転がっているのだが、その身体の腰から上は何かで覆われていたかのように、土どころか埃すら殆どついていなかった。
 もしも全身を土砂で埋めつくされていたとしたら、この2人は命を失っていたかもしれない。そう考えると、何者かに彼らは救われたようにしか見えなかった。
(変だよ……偶然でこんな風になるはず無いって……)
 サリアは青年の方に視線を向けた。仮にこの不可思議な現象が人為的なものであるのならば、それをあの状況で出来たのはこの青年だけであろう。そもそも、彼だけが崖崩れに巻き込まれなかったというのも、少し変な話だ。
「何か?」
 しかし青年は、疑わしげなサリアの視線の意味が分からないとでもいうように、きょとんとした表情を浮かべた。
「ううん……なんでも無い……」
 サリアもそんな青年の表情を見ると、何か勘違いをしているのだろうか、という気分になってきた。事実、いくら考えても一体何が起こったのかよく分からなかったからだ。
(そうよね……。人間に崖崩れの流れを止めるなんて、出来るはずないもの。そんなこと出来たら、まるで『魔法』みたいじゃない……。……『魔法』かぁ……)
「まっさかあ」
 サリアは思わず吹き出した。そんなこと有り得るはずがない。『この大陸では魔法は使えない』。それは学校の教科書にも記されている当たり前のことだ。
「あ、こんな馬鹿なこと考えている場合じゃないわ。早く騎士団に知らせなくちゃ。お兄さんも事情聴取とかあると思うからあたしの家まできてくれる? それに助けてくれたお礼もしたいしさ」
「ハイハイ。ついでに、他の誘拐犯が現れないとも限りませんから、護衛しましょう」
 と、青年はまるでお姫様を相手にするかのように――実際にサリアは貴族の令嬢だが――恭しく片手を胸の辺りに添えながらお辞儀する。そんな彼の態度がどことなく似合っていなかったので、サリアは思わず声をたてて笑う。
「あはは、ありがとう。あたし、サリア・カーネルソンって言うの。お兄さんは?」
「私は……エルミ」
 そして、何故か青年は一瞬考え込むように視線を上に向け、
「エルミ……エルミ・ルーファスと申します。以後お見知り置きを、サリアちゃん」
 と、エルミは再び深々とお辞儀をした。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

ロスト・ウィザード-第3回。

2014年06月19日 00時05分43秒 | ロスト・ウィザード
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「はあっ、はあっ」
 少女は必死に駆けていた。歳の頃は11~12歳位だろうか。そのまだ幼い顔は脅えの感情に彩られていた。目には涙――。
 少女の赤みのかかったポニーテールが激しく揺れる。それに合わせるように毛並みの良い尻尾も揺れた。少女のペットなのだろうか、彼女の肩には猫のようにしなやかな身体と栗鼠のようにフサフサの尾と長い耳、そして虎のような模様をした明るい茶色がかった毛並みを持つ小さな動物がしがみついている。仮に『虎縞リスネコ』と見た目そのまんまの名前で呼ぶことにしよう。
(ああっ、もう! こんなことなら、こんなヒラヒラした服なんか着てくるんじゃなかった。走りにくすぎっ!)
 少女は内心で毒づいた。彼女の身体を覆うシンプルなデザインではあるが生地の質は良い淡い水色のスカートは、足にまとわりついて走ることを酷く阻害していた。また、リボンのような形状をした大きな腰帯もかなり邪魔である。
(このままじゃ、追いつかれちゃう! ……ううん、地の理はこちらにあるっ! この森はあたしの庭のようなものだもん。逃げ切ってみせるわっ!)
 と、少女は走りながら、ガッツポーズを決める。
 しかし――、
「って……ゲェェっ!?」
 森が開けた、そう思った瞬間、少女の目の前には崖が立ちはだかっていた。その崖は左右に大きく広がり、しかも少女の小さな身体では登れそうにないほど高い。一見して先には進めそうになかった。
「道……間違えちゃったかな……?」
 少女の頬に大粒の汗が一筋流れた。口元も痙攣したかのようにピクピクとひくついている。言うまでもなく、顔面は蒼白。
「こうなったら引き返すしかないんだけど……」
 少女は恐る恐る振り返る。その視線の先には、まだ数十mほどの距離はあるが、確実にこちらに迫る2人の男の姿があった。今から引き返していたら確実にその2人組に捕まる。
 かと言って、藪の中に逃げこんだところで不利な状況はさして変わらないであろう。これが追っ手とある程度の距離が離れているのならば身を隠しててやりすごすことも可能であろうが、最早、隠れようにも相手から丸見えな距離である。
 そして、ただひたすらに走って逃げるにしても、木の根や下草が多く足場の悪い藪の中ではそうそう素早く移動することは出来ない。それは追っ手の2人も条件は同じであるが、やはり大人と子供の歩幅では移動スピードが全く違う。
 このままではどうあがいても少女が男達に捕まってしまうのは明白であった。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう、はうううぅぅぅーっ、って……どうしようもないの!?)
 少女はこの危機を脱する方法を探す為、必死で周囲をキョロキョロと見渡し、しかし自らを救うのに役立ちそうな物も、アイデアも全く見つからず、ついにはパニック状態へと陥った。
 あたふたとする少女の頭の上では、虎縞リスネコが迫り来る男達に向けて、なけなしの小さな牙をむいて「フーッ」と威嚇している。が、当然男達には何の脅しにもならない。
「ウエッヘッヘッヘ……」
 どことなく芝居がかった下卑たる笑い声ををあげながら、男達は少女にゆっくりと――もう少女が逃げられないだろうと判断したのだろう――歩み寄ってきた。
 2人の男は共に30歳前後であった。どちらもみすぼらしい身なりではあるが、簡易的な鎧や短刀で武装していた。ただの浮浪者ではなく、明らかに盗賊の類であるようだ。
 その内の1人が少女に向けて更に間合をつめてきた。
「ヘッヘッヘ……大人しくしていろよ、お嬢ちゃん」
「ヒ……っ!」
 少女は激しく脅えた。それも当然のことであろう。男の様子が尋常ではなかったのだから。
 男は頭にバンダナを巻いていた。しかし、それもファション的なものではなく、どちらかと言うとまるで若禿(はげ)を隠しているかのような印象があった。実際、バンダナに覆われていない部分を見ても髪の毛と名のつくものはモミアゲさえ1本たりとも確認出来ない。しかも彼の体型はやや固太りで、顔も輪をかけたように無骨な顔立ちあった。
 そんな彼の外見だけを見て取ればいかにも女性とは縁遠そうな感じであり、実際に縁は無かったのであろう。だからなのか、大人の女性に無視され続けた彼が少女を見る目には、一般人が幼い子供へと送る視線とは根本的に違う感情が注ぎ込まれているようであった。更に両手の指をワキワキといやらしく蠢かし、目を充血させ、鼻息を荒くして少女に迫る彼の姿は変質者以外の何者でもなかった。
「…………お前、危ない奴みたいだなぁ(ちょっと引き気味に)」
 あ、仲間にまで突っ込まれた。

     

「こ、来ないでよっ! あんた、あたしみたいな年齢の子供に手を出したらどうなるか分かってるの? すっっっごく罪が重たいのよ? 場合によっては死刑にだってなるんだから。今ならまだ未遂ってことで見逃してあげるから、さっさと何処かへ消えなさいよ!」
 少女は精一杯の強がりで男に告げた。しかし、血の気の失せた顔の青さと、身体の震えは隠しようがない。隠せるはずがなかった。今、彼女は女として最悪の状況に置かれている。貞操の危機であった。しかも、下手をすれば命まで奪われるかもしれない。いや、相手の顔を見ている以上、その公算の方が高い。この状況で脅えを隠せるほど少女は大人でもないし、修羅場をくぐった経験も無い。
「オラ、こっちへ来るんだっ!」
 男が強引に少女の細い手を引いた。
「いやあぁぁぁぁ~っ! 離してぇぇぇ~っ! 犯されるぅぅぅぅぅっ!?」
 少女は甲高い絶叫をあげた。こらこら、女の子が『犯される』なんて言葉を使っちゃいけないよ。
「輪姦(まわ)されるぅぅぅぅぅ~っ!?」
 ……それはもっと駄目。
 少女の叫びに男は大声で怒鳴り返す。
「誰が輪姦すかっ!? ……残念ながら今回はそういった用件じゃないんだよ、お嬢ちゃん」
「……残・念・な・が・ら?」
 再び仲間の男が突っ込みを入れた。そんな仲間の声をバンダナの男は無視して、
「今回はお嬢ちゃん自身にじゃなくて、その肩書きに用があるんだよ」
「肩書きに……?」
 少女はハッとした。『なるほど、そう言うことか』と。
「俺達は、ファント領々主の御令嬢、サリア・カーネルソンに用があるんだ。なぁに、身代金の払いさえよければ無事にお家に返してやれるかもしれないぜ」
 つまり、これは性犯罪ではなく、誘拐事件なのだ。
「……誘拐するなら、もっと大貴族のお子様の方がいいわよ? だって家(うち)のバカ親父って実直で要領悪いから、地位の割には私腹肥やしてないもの。だから、あたしを攫ったって実入りは少ないわよ。そんな訳であたしはすぐに解放ってことで……ね?」
 少女――サリアは男をなるべく刺激しないように明るい調子で言った。だが、最後の方は懇願に近かかったかもしれない。まあ、その気丈さと、それを持続出来ない儚さの入り交じった健気な姿には『同情を引けるかも』という計算もあった訳だが……。末恐ろしい娘だ。
 しかし――、
「それでも俺等ら宿無しよりは金持ちだろ」
 サリアの作戦は無駄に終わった。
「それに……まあ、金だけが目的じゃないって、兄貴も言っていたしな」
「お金だけが目的じゃない……?」
 サリアは顔に不安の色をありありと浮かべた。男達のの目的は『金だけではない』。これは彼女にとって非常にまずい材料だと言えた。なぜならば、この男達が身代金を手に入れても解放されない可能性が高いからだ。
 彼等が一体金品以外にどのような目的があってサリアを誘拐しようとしているのか、それは現段階では分からないが、例えば身代金以外にも政治的な要求を出すのかもしれない。そうなればサリアの父である領主が身代金を用意しただけでは問題は解決しなくなる。こと政治的な要求であれば、領主の一存だけで決められることばかりではないからだ。間違いなく事件は長期化するであろう。
 また、この誘拐がサリアの父等に対する怨恨が原因で計画されたものならば、サリアの命はまず助からない。見せしめとして殺される可能性が高かった。例え助かったとしても『死んだほうがマシだった』、と言うような目に合わされることだってあるかもしれない。
 そもそも、テロリストの要求に応じないのは政治に携わる者の鉄則である。安易に要求を呑めば、模倣犯が続出する事になりかねないのだから、ここはサリアを見捨てでも誘拐犯には厳しい処断を行うという冷徹な態度が領主には求められる。それは、娘の目から見た父の性格を考慮しても、決してありえない判断ではなかった。
(あの頑固親父ならやりかねない……)――と。
「う………」
 サリアは目に涙を滲(にじ)ませた。口からは小さく嗚咽が漏れ始める。無理もない。いや、今まで泣き出さなかったことこそ称賛に値する。
「泣いたって許してやらねーぞっ! さあ、来るんだっ!」
 グイっ、とバンダナの男はサリアの腕を引いて強引に身体を引き寄せた。
「いやあああぁぁぁーっ。お家へかえしてぇぇぇぇーっ!!」
 サリアが、首をブルンブルン振りながら絶叫をあげたその瞬間――、
 彼女の背後――崖下の地中から、突然に人の頭が現れた。まだ若い、眼鏡をかけた長髪の青年だ。
「な………?」
 あまりにも非常識な事態に、その場にいた全員が凍り付く。
「ち、地中から人が…………?」
 そんな皆が唖然とする状況下で、一番先に我に返ったのはサリアであった。
「ハッ!」
(地面から出てきた人に気を取られて、あたしの腕を離しているっ!)
 サリアは慌てて男から身を離した。そして次に彼女が取った行動は――、
「いや~、まさか土砂崩れに巻き込まれるとは……。そう言えば土地の人が2~3日前に地震と大雨があったって言っていましたものね……」
「お願いっ、助けて下さい!」
「ハイ?」
 サリアは、地中から現れた青年に助けを求めた。どちらかと言うと、この男の方が誘拐犯よりもヤバイ相手のような気がしないでもないが――なにせ、地中から出てきた訳だし――もう背に腹はかえられない。藁をも掴む思いであった。
「あっ、テメーっ、いつの間に?」
 今更のようにサリアが逃げ出していることに気付いたバンダナの男は、驚きの声をあげる。かなり鈍い。
「いつの間にって………勝手に手を離したんじゃない……」
「う、うるせぇー! とにかく、そんななまっちょろい兄ちゃんに助けを求めたって無駄だぞ。怪我人を増やしたくなかったら、大人しくついてこい」
「おう、そうだぜ。場合によっちゃあ、お嬢ちゃんの所為でその兄ちゃんが死ぬことになる。そう言う訳だから、兄ちゃんも大人しくていた方が身の為だぞ」
 2人の誘拐犯は凄みをきかせた。2人とも無骨な顔のつくりなので、凄まれると結構怖い。片方は左の目の所に大きな傷痕があるのでなおさらだ。
 ただ、その脅し文句がいかにもありきたりで、そこら辺のチンピラの域を超えていないところがなんとも情けなくて少し笑える……が、それは傍目から客観的に見た場合であり、今まさに誘拐されようとしている当事者のサリアにとっては、これまで生きてきた中でもトップクラスに怖い思いをしていた。
 ちなみに、『怖い思いベスト1位(ワン)』は、家宝の壺を誤って割ってしまった際に、激怒した父に思いっきり折檻された時である。
 それは苦い敗北であった。あの時は『児童虐待』として法の場に訴え出ようかと本気で思ったものだ。しかし、こんな状況になってしまうと、その憎たらしい父親にもう1度会いたいとサリアは思う。そう、もう1度会ってあの時の復讐をするのだ……と、とんでもない事を考えていた。
 しかし、それはもう叶かなわないかもしれない。それを想うとサリアは何だか無性に泣けてきた。
「なんなんですか…………?」
 状況をよく理解していないのか、青年はとぼけた調子でサリアに問う。全く緊迫感が無かった。
「あたし、誘拐されそうなんですっ!」
「へ…………? あ~誘拐! そうですかぁ、誘拐ですかぁ。へえェ~初めて見ますよ、私」
 状況説明を受けてなお、青年はまるで何も理解していないかのように呑気な口調で感嘆の声をあげる。何だか全然頼りになりそうに無い。むしろ状況が悪くなったのではないかとさえサリアは思った。
(…………………………助けを請う相手を間違えたか)
 絶望のあまりサリアは白く燃えつきた。
 だが、しかし――、
「ふむ、誘拐とは見過ごす訳には行きませんね……」
 と、青年は男達の方へ歩み寄って行く。
「ンだぁー? てめェ、やるのかぁ?」
「いえいえ、私は腕力には自信がありませんから……。ここは話し合いましょうよ、ね?」
「ふざけてんのかぁ、コラぁっ!」
 青年の全く脅えの無い態度を受け、自らが舐められていると感じたバンダナの男は、激昂して青年に殴りかかった。
「うわっ、危ないじゃないですか!?」
 しかし、青年は『ヒョイ』と男の拳をかわす。
「この――っ!」
 バンダナの男は更に殴りかかった。しかし、何発打ち込んでも拳は1発も当たらない。ヒョイヒョイと青年は逃げ回る。そんな状況に業を煮やしたのか、目傷の男も青年に襲いかかってきた。だが、2人がかりでも青年を捉えることが出来ない。
「くっ、ちょこまかと………」
「おおっ!?」
 サリアは目を見張った。
(頼りない人だと思ったけど、実はけっこー強い? 緊張感が無かったのもその強さに裏打ちされた余裕があったからなんだね!? これは助かる……?)
 サリアは安堵の吐息を漏らす。
「全く、しつこいですねー。こんなの疲れるだけだし、引いてくれませんか?」
 しかし、青年は男達を説得するだけで、一向に反撃する様子を見せなかった。また、男達も聞く耳を持たず、攻撃の手を弛めない。
 これではいつまで経ってもラチがあかない。時間が経過するにしたがって、サリアはだんだん不安になってくる。
「お兄さーん! 早くその人たちを黙らせてよ。このままじゃ逃げられないよ~! 出来るんでしょ?」
「むう……暴力は好かんのですが、仕方がありませんね……」
 サリアの急かすような呼びかけに、青年は険しい顔をして頷いた。
「とうっ!」
 何処となく間の抜けたかけ声と共に、青年は男達の延髄に手刀を叩きこんだ。男達の動きが止まる。
「やったっ!?」
 サリアの歓声――。しかし青年は、怪訝そうに首を傾げている。
「あれ……? おかしいなぁ……。確かに本に書いてあった方法では、今ので人を気絶させられるはずなんだけど……?」
「………………………え?」
 男達は一向に倒れる気配を見せず、ただ震えていた。もう初夏なので、寒いのではないだろう。顔が紅潮しているのでたぶん怒っている。
「舐めてるのか、コラぁっ!? 痛くも痒くもねェぞぉっ!?」
「む……効いてませんか。何故だろう……?」
 さっき「腕力に自信が無い」と言っていたのは誰だ。
(た、只の……お、大ボケだ……)
 サリアは絶望のあまり、ヒクヒクと痙攣しながら地面に突っ伏した。
「ふざけやがって……。もう勘弁しねェぞ………」
「!!」
 男達は腰に下げていた短刀を抜きはなった。彼らの目は据わっており、完全にブチ切れている。
「さすがに……それは冗談では済まなくなりますよ……?」
「最初(ハナ)っから冗談で済ますつもりなんか無いんだよ……!」
 男達は獣じみた怒声を発しながら、青年に斬りかかった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

ロスト・ウィザード-第2回。

2014年06月18日 00時00分00秒 | ロスト・ウィザード
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 ―ある晴れた日の出来事― 

 麗らかな陽光が降り注ぐ晴れの日の午後――日差しはやや強く、そんな陽光から母なる大地を護るかのように木々が青葉を茂らせ、地に影を落としている。もう夏も近い。
 森は1年の内で最も清々しい季節を迎えていた。
 もっともこれが100年以上昔であれば、森には『清々しい』などという言葉は全く似合わなかったであろう。何故ならば、その当時の森は魔物が無数に徘徊する魔境であったのだから。
 だが現在では開拓も進み、魔物も殆ど駆逐された。故に森は以前と比べれば随分と安全な場所になっている。
 そんな森に面した崖の斜面を、ちくちくとシャベルで突いている者がいた。
 その者は黒髪を腰の辺りまで伸ばし、多少上背はあったが身体の線も細かつたので、後ろ姿だけを見れば10人中7~8人は、『美しい女性だろう』と勝手に思い込んだかもしれない。
 しかし前方に回り込むと、淡い期待はあっさりと打ち破られる事になるであろう。なにせ、彼は男性なのだから。
 彼の顔はやや中性的だが明らかに男性のものであった。しかも分厚いレンズの眼鏡で顔面の何割かを覆っていた為にイマイチ表情が読めず、何を考えているのか判別し難い印象があった。整った顔立ちをしているのにちょっと残念である。
 また、勤勉一途な学者のような印象もあり、良く言えば『真面目』だが、悪く言えば『面白味が無く、性格が暗い』ようにも見えてしまう。だからあまり女性から好かれたりするようなタイプではないが、不思議と人の良さそうな雰囲気を彼は醸し出しており、それ故に彼のことを無条件で一方的に毛嫌いする人間も恐らくは少ないであろう。
 むしろ、彼と永く付き合ってみれば、誰もが彼に好意を持つのではないかと思わせるような、人を安心させる柔和な雰囲気の持ち主だった。
 とはいえ、彼が友人や恋人として理想的な人材かと言うとそうとも言いきれず、彼の第一印象を他人に尋ねれば『悪人には絶対に見えないが、でも普通とはちょっと違う』と、多くの者が答えるかもしれない。
 それは彼の出で立ちに問題があったからだ。
 彼が着こんでいたのは黒を基調としたコートのような服だった。何処となく教会の牧師が着る法衣にも似た印象があるそれは、この季節には少々暑苦しい服装であある。彼が暑さに鈍いのか、それともその服装が彼のポリシーで、暑いのを我慢しているのかは定かではないが、いずれにせよその服装で崖の斜面をシャベルで掘り起こしている姿は、傍目には変人以外の何者でもなかった。
 だが、彼自身はそんな客観的な評価を知って知らずか、なんだか夢中で崖の斜面を彩る地層の縞模様を黙々と突(つつ)いている。
 やがて、彼は土の中から何かを発見して表情を輝かせた。
「うわぁ~っ!」
 彼は嬉々とした歓声をあげた。彼が掘り出したものは『アンモナイト』と呼ばれる、蛸とも貝とも知れない太古の珍妙な生物の化石であった。その渦を巻いた殻の直径は50cmほどもあり、なかなか立派な部類に入る。売れば、金貨2~3枚くらいの収入にはなるのではなかろうか。
「は~っ、こんな立派な化石が見つかるとは……。休暇を利用して、わざわざこんな田舎まで出向いた甲斐がありましたよ」
 と、彼は嬉しそうに「うんうん」と腕組みをしながら頷いている。そんな彼には眼前の化石の金銭的価値が云々よりも、珍しいものを発見出来たことに対する純粋な喜びがあった。どうやら彼は根っからの化石の収集家のようである。あるいは、本業として化石を研究しているのかもしれない。
「しかし、これだけの物を発掘するには、丸1日くらいかかりそうですね……。こんなことなら、1週間と言わず1ヵ月くらい休暇を取っておけば良かった………」
 彼は深く嘆息する。彼の住む都(みやこ)から、この辺境の地方領まで往復する移動時間を考えると、この地の滞在期間はせいぜい2~3日がいいところだろう。とても化石採取に充分な時間とは言い難かった。
 だが、そんなことをグチっていても仕方がない。本当は1週間も休暇が貰えただけでも幸運だったのだ。
 ただ、それによって支払った犠牲も小さくはない。休めばそれだけ仕事は溜まる。都に戻れば1週間分の仕事量が上乗せされた膨大な仕事量が待っている。それによって忙殺は必至と言った感じである。
 そんなことを考えて、彼は再び「はふぅ」と嘆息するのであった。
「いやいや、こんなことで滅入っていても時間の無駄。ここは楽しまなくては損ですね。楽に行きましょう。ハッハッハ」
 と、彼は無意味に明るく笑った。それはそれで前向きではあるが、エネルギーの無駄遣いのような気がしないでもない。まあ、この場合、そんな空しさを自覚しなかった者の方が勝ちであろうが。
 そして彼は再び熱心に、かつ慎重に崖の斜面を掘りはじめた。化石を破損させないように取り出す為にも、時間はいくらかけてもかけ過ぎと言うことはない。彼と化石の永い闘いはまだまだこれからなのである。
「いやぁあああーっ!」
「は?」
 その時、彼の耳に女性――いや、声がまだ幼い。10歳前後の少女であろう――の悲鳴が飛び込ん出来た。彼は慌てて悲鳴のした方に目を向ける。そのことに気をとられて、崖の斜面から小さな小石が転がり落ちてきたことに彼は気づかなかった。更に不運なことに、転がる小石の数は1つでは終わらなかった。

 森は100年以上昔から比べるとかなり安全な場所となった。しかし、それはあくまで昔と比べての話であり、実際にはまだまだ危険な領域である。何故ならば狼などの野性の獣(けもの)は当然の如く生息していたし、魔物の存在も皆無ではない。
 なによりも森を切り開いて人間の生活圏となる街が広がり、そしてそこに生活する者の数が増えるにつれて、そこからあぶれる者もまた増えた。浮浪者や孤児、人種の違いにより迫害を受けた者、そして犯罪者達である。
 それらの者達は街の生活に適応できずに森の中に隠れ住んだ。そんな彼らの住まう森に一般の者が安易に踏みこめば、強盗・誘拐・婦女暴行等々……あらゆる犯罪に巻き込まれかねない。最悪の場合、『殺人』に出会うこともそう希なケースではなかった。
 だが、それも大都市近郊の森の話で、田舎の森は割と安全な方だ。そもそも田舎の街では、そこに暮らす人間の数が少ないのだから、そこからあぶれる者の数は更に少ない。
 事実、この辺境の地方領『ファント』では、森においての犯罪件数は年に数件しか報告されていない。これは都市部で起こる犯罪の数十分の一にも満たない件数だ。
 また、領主が定期的に騎士を連れ立って魔物の駆逐にあたっているので、魔物による被害はここ数年は皆無であった。
 だから、この地方の森は少しやんちゃな子供達にとっては絶好の遊び場所となっていた。子供達は木に登ったり、小動物を追い回したり、果実を採って食べたり……と、森の自然は限り無い遊びの場と材料を子供達に与え、そして様々なことを教えてくれる。都会の子供達にはなかなか経験出来ない、『自然の恵み』を実感することが出来る――それは子供達にとって、将来貴重な財産となるであろう。
 それを知っている親達は、多少の危険があったとしても子供に「森に行くな」とはあまりうるさく言わなかった。自分達も同じように育ってきたのである。命に関わるような危険に遭遇するのは、本当に運が悪い時だけだと言うことを経験から学んでいる。
 そして、本当に運が悪いことは場所なんか関係なく起こると言うことも。実際、森の中でどんなに危険な行為を行っても大きな怪我をしなかった人間が、住み慣れた家の階段で転んで、あっさり命を落とすことだってある。
 それに例え「森に行くな」と言われたところで、森に遊びに行く子供達は後を絶たなかった。やっぱり純粋に楽しいのだから。
 もっとも、それはほんの2ヶ月前までの話であったが……。


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ロスト・ウィザード-第1回。

2014年06月16日 22時50分55秒 | ロスト・ウィザード
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 プロローグ。

―おじいちゃんから聞いた昔話―
     
 広い海の真ん中に、スティグマと呼ばれる小さな大陸がありました。
 絶海の中にポッカリと浮かぶスティグマは、遠い他の大陸との行き来はなかなか難しく、だから命を懸けてわざわざ海に出ようと思う者は殆どいません。
 その結果、貿易に頼る事が出来ない為に産業の発達は遅れ、スティグマの人々は貧しい生活を送っていました。
 しかもこの大陸の自然環境は非常に厳しいものでした。大陸全土を覆うかの如く広大な魔境が広がり、そこには数多くの魔物が闊歩していました。スティグマの人々は貧しさと魔物に脅かされ、生きる為に沢山の努力をしなければなりませんでした。
 だけどそんな厳しい環境の中だからこそ、人々はそれを克服する為に永い永い時間をかけて魔法の文明を発展させて行ったのです。
 そしてついにその魔法文明は、かつて世界を治めていた『神々』や『竜族』、又は世界を破滅の危機に陥れた魔界よりの侵略者『魔族』――それらの強大な存在と並ぶほどの巨大な力を持つに至いたりました。
 しかしそれほどまでに巨大な力を、小さくて儚い存在である人間がいつまでも制御していられるはずはなかったのです。
 ある時、2つの国の間で争いが起こり、それはあっと言う間に大陸中に広がっていきました。争いは時として街1つが消滅するほどの凄まじい威力の魔法が飛びかい、魔法の力で操られた無数の巨大な石像の兵士達が止まる事なく戦い続けました。
 争いが続く中、人々は『敵よりも更に強く』と、より巨大な力を追求し続け、やがてそれは魔法の力を暴走へと導きました。暴走した魔法は最早人の力の及ばない大嵐も同然でした。
 『嵐』は大陸中を覆いました。幾つもの国が巨大な魔法の力に飲みこまれて根こそぎ消滅してしました。もう、敵も味方もありません。国も人種も性別も年齢も関係無く、何十万、何百万という数の人間が命を失いました。
 そして争いは、誰1人勝者のいないまま終わったのです。
 わずかに生き残った人々は、大陸中を覆ったあまりにも酷い『嵐』の爪跡を見て、ようやく気づきました。
『魔法の力とはなんと恐ろしいものなのだろう』と………。
 だから人々は、魔法の文明と別れを告げ、魔法に頼る事なく苛酷な環境と戦う事を決心したのです。
 それは今から100年以上も昔に、実際に起こった事なのだそうです。

                                  サリア・カーネルソンの作文より


             ロスト・ウィザード
     
                                            江戸まさひろ


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