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江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

潜夜鬼族狩り 第52回。

2021年12月19日 13時53分26秒 | 潜夜鬼族狩り
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ギリギリセーフ

 破壊された窓から、鬼が侵入してこようとしていた。
 しかし奈緒深は、恐怖のあまり逃げることも忘れている。
 このまま逃げなければ、自身の命は遠からず無くなる──それを確信していても、彼女の身体はどうにも動かなかった。

 死の覚悟を決めなければならない──奈緒深としてはそんなことをしたくはなかったが、そうしなければいけない状況だと言える。
 鬼は今にも、部屋の中に入り込もうとしているのだ。
 死そのものと言える存在が、着実に彼女へと迫ってくる。
 彼女の寿命は、もう殆ど残っていないと言っても過言ではない。

 今の奈緒深には震えながら目を瞑り、それを受け入れるしかなかった。
 しかし彼女の運命が尽きるのは、今この場ではなかった。
 まだ運命は、彼女を見捨ててはいなかったのだ。

 ドンという、激しい衝突音と同時に、鬼の身体が真横に吹き飛ぶ。

 奈緒深が驚いてそちらを見てみると、なにか太い丸太のようなものが見えた。

(いえ……あれは足……?)

 暗くて見えにくかったが、よく目をこらしてみられば、丸太のようなものの先端に、靴らしきものが見える。
 それで奈緒深は、ようやく人の足だということを理解した。
 ただ、その足が鬼を蹴り飛ばしたというところまでは、さすがに理解は及ばなかったが。
 人間が鬼を蹴るという状況は、あまりにも現実離れしているからだ。

 そしてその鬼を蹴った本人はというと──、

「おいおい、さすがにこんなのが出てくるとは聞いてねーぞ……?」

 苦笑いを浮かべて、その男は呻く。
 目の前にいる鬼の存在が、まだ完全には信じられないようだ。

「……で、大丈夫かい?
 依頼人のお嬢さん」

「あ……あなたは……?」

「今は自己紹介の暇は無ぇ!!
 逃げるか……それが無理なら隠れていろ!」

 その言葉から、男が味方だということは奈緒深にも分かった。
 しかしそれでも彼女の顔からは、怯えの色はまだ消えない。
 鬼から見ればまだ可愛いが、現れたのは2mは超えようかという大男だ。
 見た目だって、反社会勢力風に見える。

 まあ、奈緒深のその第一印象は間違いではなかった。
 事実男は、つい先刻までは裏社会に身を置いていたのだから。
 だが、今の男は、裏よりも更に深い場所へと足を踏み入れつつあった。

 男の名は大江左京──という。
 先程沙羅との勝負に負けて、その配下に入った男である。
 彼は沙羅からの指示を受けて、密かに奈緒深の護衛をしていたのだ。
 
 それは壮前の手の者が、沙羅の依頼者である奈緒深に対して、何らかの危害を加える可能性を危惧してのことだった。
 左京の身体は、まだ沙羅との勝負で負った傷も癒えていない。
 それなのに護衛とは無茶な話ではあるが、これはある種の入社試験のようなものだと沙羅は言っていた。

(それにしたって、いきなりハード過ぎるだろ!)

 さすがに鬼が出てくるのは、左京にとっても、そしておそらくは沙羅にとっても想定外の事態だった。
 荒事が専門の左京でも、こんな化け物相手の対処の仕方なんて知らない。
 
 それでも奈緒深の危機に、左京は間に合った。
 この備えには、それだけでも意味があった。

(……とはいえ、あんな化け物が相手では、あの娘を逃がす余裕があるのかどうかすら怪しいな……)
  
 内心で毒づきつつも、その一方で左京は期待に胸を膨らませていた。
 早速こんな大物と戦えるということに、喜びを感じていたのだ。

 そんな左京の前では、鬼が起き上がりつつある。
 左京に蹴られて何mも吹き飛んだのにも関わらず、大きなダメージを受けているような印象はない。
 ただ鬼は、狩りを邪魔されて、激しく怒ってはいるようだった。

(凄ぇな……!
 熊や虎なんかよりも、余っ程迫力があらぁ……!!)

 普通の人間が大型の肉食獣に襲われたら、高確率で命は無くなる。
 左京は自分ならばどうにか生き延びることができる──と、自負してはいるが、この鬼を相手にしてはむしろ何分耐えることができるのか、それすらも危うい。

 だが、だからこそ全力が出せる。
 今ならば沙羅との対決の時には出し切れなかった力も、出せるはずだ。
 そう、最初から殺す気でかからねば、死ぬのは左京の方だった。

 左京は、鬼に向かって、大きく踏み出した。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第51回。

2021年12月12日 14時08分11秒 | 潜夜鬼族狩り
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 ミシッっと、まるで部屋全体が歪んだかのような音が、奈緒深の耳に聞こえてくる。
 その瞬間に、部屋を覆っていた不思議な力の気配が完全に消えた。
 そして──、
 
「キャアアアーっ!?」
 
 大量の窓硝子の破片をばらまきながら、何かが奈緒深のすぐ側の壁に突き刺さった。
 もう少し横にずれていたら、丁度彼女の胸に突き刺さっていたことだろう。
 その事実に彼女は戦きながら、怖々と飛んできた物体を見てみると、それは窓枠だった。

 アルミサッシでできた頑丈な窓枠が、原形を留めないほど無惨に折り曲げられている。
  それがあまりにも常軌を逸した力で壁に叩きつけられて、深々とめりこんでいたのだ。
 
 まるで法定速度を大幅にオーバーした大型トラックに、はねとばされたかのような有様である。
 だがそれならば、トラックも室内に飛び込んでくるはずなので、当然それが原因ではない。
 しかしそれ以外のどのような原因で、このような事態が発生するのか──奈緒深には想像もできなかった。
 
 だが、状況を鑑みれば、窓の外にいた何者かの仕業としか考えられなかった。
 だけど一体どのような生物ならば、これだけの破壊力を生み出せるのだろうか。
 動物の種類にはあまり詳しくない奈緒深ではあるが、それでもこんなことができる生物は、今の地球上には存在しないはずだと断言できる。
 
 いや、巨大な恐竜の生き残りがいれば、あるいは可能であったかもしれないが、サッシごと消滅した窓の向こう側に見えるのは、身長こそ2mを超えてはいるが、明らかに人型の生物だった。
 その体躯からは、有り得ない怪力である。
 むしろその力のみならず、その存在自体が奈緒深にとっては有り得ない。
 
「ひ……!」
 
 室内を覗き込むその両眼は、燃えるような赤色に輝いていた。
 しかしそれは断じて光の反射で光って見えているのではなく、その両眼自体が赤く光を発しているのだ。
 
 それを見て奈緒深は、目の前にいるのが生物であって生物ではないことを覚る。
 蛍のように自ら光を発する生物はいくつか存在するが、だが、赤く光を発する──しかも眼球そのものが光る生物の存在は、彼女の常識の内には存在しなかったからだ。

 ただ、生物ではない物の中にならば、該当するかもしれない存在を彼女は知っていた。
 
「お……鬼!?」
 
 そう、それはまさしく鬼だった。
 だがそれは、おとぎ話に出てくるような、何処か愛嬌があり、時には人間に騙されたり退治されたりしてしまうような可愛げのあるものではない。

 今、奈緒深の目の前にいるのは、地獄に住まい、亡者へと容赦ない責め苦を与える、恐怖の象徴とも言うべき鬼だった。
 両眼の赤い光に照らし出された鬼の顔は、人の物ではなかった。
 狼のように上あごと下あごが突き出た顔の輪郭は、まさに獣のごとし。
 その口にもやはり獣の如き無数の牙が並んでいた。
 
 しかし、獣にしては頭髪以外の体毛はその身には殆ど見られない。
 その上、狼ならば両耳が備わっているであろう箇所に、巨大な角が生えている。
 それは牛や鹿等、角を持つ如何なる生物の角ともイメージが合致しなかった。

 あえて近い物を挙げるとすれば、それは角ではなく、象の牙が一番近いように思える。
 ただし、やや平べったい造りをしていて、必ずしも象の牙に似ているとも言いがたかった。
 そんな異常な特徴を兼ね備えた頭部に反して、その身体は人間のそれとは大きく変わらなかった。
 皮膚の色はこげ茶色がかっているし、手足の長さもどことなく人間の物とは違うが、大きく人間の物と違っているようには見えなかった。

 だが、それこそが逆に異常であると言えた。
 その人間と変わらぬような身体からどのようにすれば、先ほどの窓枠を吹き飛ばした時のような怪力を発揮できるのだろうか。
 筋肉の量を見ても、腕等一部の部位が不自然なほどに太くて強靱に見えるが、全体的に見れば細く筋張った体つきをしており、肋骨や骨盤も浮き出て見える。

 どちらかといえば貧弱という風にも見ることができるかもしれない。
 その体付きであの怪力である。
 物理法則を完全に無視しているとしか思えなかった。

 いや、事実はまさにそうなのだろう。
 それは生物では無い。
 妖怪や化け物と呼ばれ、本来はこの世ならずる場所に生まれ生きる存在──鬼なのだ。
 この世の常識が通じるはずがない。
 
 しかし、この世以外の常識など知る由もない奈緒深にとって、その鬼の存在は彼女の持つ常識を根底からひっくり返すには十分すぎるほどの衝撃だった。
 故に彼女の思考能力は、一時的に完全に消滅した。

 そして、彼女が再び思考能力を取り戻した時には既に、鬼は彼女の目の前まで迫っていた。
 
「あ……ああ……」
 
 迫り来る鬼の姿を前にしても、奈緒深はただ震えることだけしかできなかった。
 もう逃げることができるような状況ではない。
 いや、たとえもっと早い段階で彼女が逃げ出していたとしても、おそらくは逃げ切ることなどできはしなかったであろう。

 人間の脚力は、殆どの生物のそれに劣っている。
 ましてや相手は鬼だ。
 車より速く走ることさえも軽々とやってのけても、なんら不思議はな無い。
 つまりは、鬼と遭遇した時点で既に、彼女は脱出不可能な窮地に立たされていると言っても良かった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第50回。

2021年12月05日 14時46分17秒 | 潜夜鬼族狩り
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奈緒深の真実
  
 心不全──死因としては良く聞く物である。
 何らかの理由によって、心臓が機能不全を起こして停止する症状の総称であるが、故にこれは正式な病名ではない。
 だから心不全と言っても、実のところ何故機能不全を起こしたのか、その原因が不明である場合も多いという。

 実際、ちゃんと原因が分かっているのならば、違う病名が死因として記されるはずだが、心不全の場合は、原因がハッキリしないから、心不全という結果だけが死因として記されるのだ。
 そして、原因がハッキリしていなければ、除霊師である沙羅ならば、何か霊的な物が関与している可能性にも気づけたはずなのだ。
 
 おそらく奈緒深の父親は、あの封印絡みで命を落としたことは間違いない──と、沙羅は考えている。
 以前、沙羅が奈緒深の家に訪れた時には、封印が正常に作動しているように見えたが、実際には封印は既に解けていたのだろう。
 
 それを奈緒深の父は自らの命と引き換えにして、一時的にせよ封印の効力を持続させたのではないか。
 たぶん彼にはそれができたはずだ。
 おそらく奈緒深の父親は、沙羅と同業者だ。
 娘にはそのことを秘密にしていたのかもしれないが、間違いなく霊的な存在に対処する技術を持っていたことは確かだ。
 それは彼が奈緒深に作ってあげたという、眼鏡の存在からも分かる。

 奈緒深は全く霊感がないように見えたが、事実はたぶん違う。
 逆に彼女は霊感が有りすぎたのだ。
 おそらく日常生活に支障をきたすほどに。
 
 だから奈緒深の父親は、あの眼鏡に特殊な術を組み込むことによって、彼女深の霊感を封じる一方で、周囲に霊を寄せ付けないようにしていたのだろう。
 それはあの眼鏡が壊れるのと同時に、彼女が霊的な存在に反応するようになったことからも間違いない。
 
 そして、何故奈緒深の眼鏡が壊れたのか──。
 それは奈緒深の父親が維持していた封印がついに解けてしまい、そこに封じられていた存在が表に出て来たからだ。
 その存在が発する霊気があまりにも巨大すぎる為に、奈緒深を霊気から守っていた眼鏡の機能が、限界を超えたのだろう。
 
 発散する霊気だけでそれだ。
 奈緒深の父親が命と引き換えに封印し直したことも考慮すると、相手は並の霊ではない。
 いや、おそらくは霊なんかよりも、はるかに質の悪い化け物だろう。
 
(く~、今になってみると、あの奈緒深さんの先祖の霊も、「封印を解くな」と警告していたのではなくて、奈緒深さんに「早く逃げろ」って訴えかけていたのかもしれないわね……。
 それどころか、あの霊も封印の維持に力を貸していたのかも……。
 あの霊が消えた途端に封印が解けたということは、あまりにもタイミングが良すぎるわ。
 ちっ、対処法を見誤ったか……)
 
 色々悔いるべき所はあるが、今悔いた所で何も始まらない。
 とりあえず今は、最善を尽くすしかないのだ。
 
「頼むから私が行くまで、無事でいてよっ、奈緒深さん!!」
 
 沙羅は秋葉原の路上を疾走した。
 後に「自動車並みのスピードで走る女」の話が都市伝説として語り継がれたというが、それはまた別の話だ。
 

 奈緒深は父の部屋の隅で脅えていた。
 先ほどから部屋のすぐ外を、何者かがウロウロとしているのが分かる。
 窓から外を覗いた訳でもないのに、ましてや今の彼女は眼鏡を失って視覚が不自由なのに、それでも何故か外の様子が手に取るように分かる。
 
 そして外でウロウロしている何者かは、この部屋の中に入り込もうとしているようだ。
 勿論狙っているのは奈緒深のことだろう。
 外にいるのが獣のような存在であることは、先程聞こえてきた唸り声からも分かる。
 しかもたぶんそれは肉食で、人間さえも獲物として狙うような凶暴な猛獣であるようだ。
 まさに彼女は今、喰い殺されるか否かの絶体絶命の瀬戸際にいた。
 
 ただ、奈緒深にとって救いなのは、外にいる何者かが部屋への侵入に何故か手間取っていたことだ。
 彼女が感じる限り、外にいるのは人間なんかよりもはるかに大きな体躯を持った生物であるようだった。
 その巨体を持ってすれば、窓をぶち破って屋内に侵入することも容易なことのように思えたが、どうやらそれができないようだ。
 
 奈緒深は沙羅の言葉に従って、魔除けになるような物を探す為に父の部屋に訪れたが、それらしきものはよく分からなかった。
 しかし、外にいる者が、この部屋の入ることに手間取っている事実を鑑みると、確かに魔除けとなるような物が、この部屋にあることが分かる。
 
 ただ、それが何なのか、それが奈緒深には分からなかった。
 この部屋全体から不思議な感覚を抱くので、この部屋にあるものの多くが、あるいは部屋自体が魔除けの働きをしているのかもしれない──と、彼女は思った。
 何故かそう感じた。
 
 ただ、部屋から感じ取れる不思議な力が、徐々に弱まっているのが問題だった。
 それはまるで、外にいる何者かが発散した気配によって削り取られていくかのように、奈緒深には思えた。
 事実、先ほど壊れた彼女の眼鏡と同様に、部屋にある道具が次々と脈絡無く壊れていく。

 今し方も、目の前にあった壺が弾け飛ぶように割れた。
 そして、今度は棚に飾ってあった日本人形が……。
 その度に部屋を覆っている不思議な力が、薄らいでいくのが感じられた。

 おそらくそれらが全部消えた時には、外にいる何者かが部屋の中に入ってくるだろう。
 それは奈緒深の命が無くなることを意味している。
 
「ひ……ひ……!」

 しかし奈緒深には為す術無く、部屋の隅ですすり泣きながら震えることしかできなかった。
 いや、それでも、その恐怖によく耐えていると、称賛すべきなのかもしれない。
 部屋の魔除けの力が消えていくほどに、外にいる存在のことが明確に感じ取れるようになってきた。
 そして彼女は理解する。

 それが猛獣なんかよりも、はるかに恐るべき存在であることを──。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第49回。

2021年11月28日 14時47分02秒 | 潜夜鬼族狩り
潜夜鬼族狩り
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予想外の事態
 
「もしもし?」
 
 沙羅が小声で呼びかけると、スマホの向こうから脅えた声が返ってきた。
 奈緒深の声だ。
 
「く……久遠さ~ん、すみませぇん……。
 すぐに来ていただけますか~?」
 
「何!? 奈緒深さん、なんかあったの!?」
 
「そ、それがぁ……なんか変なんですぅ……。
 よく分からないけれど家の周囲がザワザワしていて、おかしな気配がして……。
 とにかく怖いんですぅ~。
 何だか気持ち悪いんでよぉ~」
 
 奈緒深の声は、半分鳴き声になっていた。
 相当に脅えているようだ。
 
(まさか……あの封印に変化が? 
 でも、霊感が全く無い奈緒深さんが感じているって、どういうこと?)
 
「奈緒深さん、なんか変わったことした? 
 例えば今まで一度も動かしたことが無いような物を動かしたとか、壊したとか。
 もしそれがあの封印を形成する為に使われていたとしたら、その所為で封印が解けかけているのかも。
 でも、それを元に戻せば収まる可能性もあるわ」
 
「あの……それなら、眼鏡が突然割れてしまって……」
 
(眼鏡? それは何百年も前の封印とは無関係よね?)
 
 沙羅がそう訝しんでいると、奈緒深は泣きながら訴えかける。
 
「これ、お父さんが作ってくれた眼鏡で、寝る時もなるべくかけておけって、言われていて……。
 だから枕に顔を埋めて寝ても壊れたりしないくらい、凄く丈夫に作られていたみたいなのに……。
 それが何故か突然壊れてしまって……。
 これが原因なんですか、久遠さん……!?」
 
 奈緒深のその言葉に、沙羅は胃が重くなるのを感じた。
 これはとんでもない勘違いをしていた──と。
 
「奈緒深さん、その眼鏡いつ頃からかけていたの?」
 
「あの……物心ついた時にはもう……」
 
「魔除けだ……いや、制御装置かも」
 
「え?」
 
「いや、今はどうでもいい話。
 とにかく、眼鏡は関係ないわ。
 じゃあ、ちょっと聞いてもいい? 
 奈緒深さんのお父さんの死因は?」
 
「え……? 
 あの……心不全で……庭に倒れていて……」
 
 困惑したような奈緒深の答えを聞いて、沙羅は愕然とした。
 
「なんてこった……。
 封印はもうずっと前に、解けていたのかも」
 
「え……? 
 あの……私どうすれば?」
 
「……そこから逃げられそう?」
 
「む、無理ですよぉ、外に何かいますもの。
 絶対に人間じゃない何かがいますよぉ! 
 獣みたいな唸り声まで聞こえてきました~っ!!」
 
 奈緒深の声は、かなり切羽詰まっていた。
 彼女の言葉通り、家の外に何かが居ることは間違いないだろう。
 
「じゃあ、一歩も外に出ないで! 
 それからお父さんの遺品の中に、御札とか魔除けになりそうな物がないか探してみて。
 上手くいけば少しは身を守る手助けになるわ」
 
「は……はい!
  探してみます!」
 
「じゃあ、私もすぐに行くから、待っててっ!!」
 
 沙羅は一方的にまくし立てて、通話を切った。
 そしてすぐさま店の出口へ、いや、レジへ向かい、
 
「お釣りはいらないから早く会計するっ!」
 
 店員に一万円を叩きつけた。
 緊急時でも当初の目的は忘れない彼女であった。
 
 それから急いで会計を済ませた沙羅は、店を出てタクシーが拾える所まで走る。
 そして彼女は走りながら、スマホでとある者へと電話をかけて、へ指示を入れる。
 
(これで時間稼ぎになればいいけど……。
 それにしても迂闊だったなぁ)
 
 奈緒深の父親の死因を、もっと早く聞いておくべきだった、と沙羅は悔いた。


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潜夜鬼族狩り 第48回。

2021年11月14日 14時08分05秒 | 潜夜鬼族狩り
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聖地巡礼 
 
 秋葉原という街がある。
 かつては電機製品を取り扱う店が無数に立ち並ぶ、世界一の呼び声も高い電気店街であったが、近年では「オタクの聖地」というイメージの方が強いかもしれない。

 勿論、現在も電気街としての一面はあるが、他の街に比べてオタク系の店が圧倒的に多くなっているのも事実である。
 これはパソコン等の電機製品を好む客層の中に、オタク系の人間が多く含まれていたことが、結果的に秋葉原をこのような街へと変貌させた要因の一つだとも言われているが、その真偽は定かではない。
 
 ともかく、秋葉原にならばあらゆる電気機器、ゲーム、映像ソフト、同人誌、フィギュア、果ては盗聴器やら隠しカメラなどの法的に危うい物まで、様々なアイテムが手に入る。
 ついでに、喫茶店でメイドさんを拝むことさえ可能だ。
 特定の嗜好を持つ物にとっては、まさに「聖地」の名に恥じない街であった。
 
 そして今日も今日とて、無数の信者が聖地へと巡礼に訪れる。
 最近では、少々オタク文化の側面は衰退し始めているとも言われているが、それでも世界一のオタクの街という事実は揺るがないだろう。
 
 そんな聖地巡礼者の中に、久遠沙羅の姿もあった。
 彼女は「せっかく東京に来たんだから」と秋葉原に訪れていたのだ。
 丁度その頃、誓示が壮前建設を襲撃していることを考えると、随分と気楽な身分である。
 
 現在、沙羅の周囲はアニメ絵の女の子(と、男の子も少し)が、惜しげもなく痴態を晒しているような本やらゲームやらの怪しげなアイテムで埋め尽くされていた。
 勿論そうではない商品もあるが、それにも少なからず「萌え」という単語が冠される商品が多数を占めている。
 
 そこはある意味アダルトショップであった。
 俗に同人ショップとも言う。
 主に素人──実はかなりの割合でプロの漫画家なども混じっている──が作った同人誌などを売っているが、その他にもパソコンゲーム(無論殆どは18禁だ)や、フィギュアなども多数扱っている。
 
 そこに一般的に美女の部類に入る女性が居る。
 しかも、いかにも「日本刀が入っていますよ」と言わんばかりの細長い形状をした包みを抱え、更に同人誌を物色している。
 なんだか異様な光景であった。
 
 実際、他の客の殆どは、彼女へと一度は胡乱げな視線を送っていた。
 おそらく、
 
(あんな美人が男性向けの同人誌を? 必要か? 
 ゲームじゃなくても現実での遊び相手には不足していないように見えるが。
 まさか百合趣味なのか? 
 それなら簡単に相手が見つかる訳もないから、二次元で代用というのも納得がいかないでもない……はっ!? 実は男だとか言うオチはないだろうな!?)
 
 という感じで、様々な疑惑を持たれていることだろう。
 まあ、沙羅にとっては、おそらく二度と会うことも無いであろう相手からどう思われようが、知ったことではない。
 邪魔にさえならなければそれでいい。
 
 ただ、それでもたまには何か勘違いした男が「そういうのに興味があるのなら僕と試してみない?」などと声を掛けてくることがある。
 その時、沙羅は大抵「興味はあっても、三次元の男には興味がない」とキッパリと言い切って断る。
 
 そんなことを堂々と言い切る女は普通ではない。
 心が少し病気だと言ってもいい。
 だから、大抵のナンパ目的の男は、そんな厄介な相手とは関わりたくないのでそこで引き下がる。
 
 勿論、沙羅も本気でそんなことを言っている訳ではない。
 精々半分程度だ。
 現実にも興味が無い訳ではないが、その辺にいるような俗物は、友人としてなら有りかもしれないが、恋人としてなら無しだ。
 彼女の理想は無駄に高かった。
 
 とりあえず、世界を救う勇者並みの能力とルックス(何故か勇者には美形が多い)が欲しい。
 彼女の身の回りでは、長谷川誓示がこれに該当するが、彼は綾香の崇拝者なので、あまり沙羅のことを相手にはしてくれない。
 
 それはともかく、今回の彼女の目的は、可愛い男の子が出てくる同人誌であった。
 それを男性向けコーナーで物色している。
 これを奇異に思う者もいるかもしれないが、最近は男性向きでもそういうキャラは珍しくない。

 それどころか、純然たる女性キャラが一人も登場しないような作品すら存在する。
 勿論需要があるからその存在が許されているのだが、おそらくは年間何百、何千という美少女物の作品が世に出さており、それらと慢性的に付き合ってきたユーザーが、既存の美少女キャラに飽きてしまい、新天地を求めた結果、このような需要が生まれたのであろう。
 
 しかし何故沙羅は男性向けで物色しているのか? 
 可愛い男の子が出てくる作品ならば女性向けのもあるし、それらの品を専門的に扱っているような店もある。
 だけど、沙羅としてはそちらは若干彼女の嗜好から外れるらしい。
 
 無論、ビジュアル的には彼女の好みのキャラクターもいない訳ではないが、女性向けの作品だと、声をあてている声優が男性であることが多いのが、沙羅には不満なのだ。
 彼女にしてみれば変声期後の声音のキャラは「男」であって、「男の子」ではない。
 彼女にとってこれだけは譲れなかった。
 それらのキャラが登場する本を読む際、セリフが脳内で再生される時に男の声だと気に入らないのだ。
 
 なにより、男性向けの方がHシーンが「濃い」、これがポイントである。
 女性ユーザーの中にはその辺を忌避する者も少なくはないのだが、沙羅はどちらかというと男性的な脳の造りをしているのかもしれない。
 実際、エロゲーを嗜む際には、女の子を攻めるのも嫌いではなかったりするらしい。
 
 まあ、所詮、二次元のキャラクターはフィクションであり、現実に存在している訳ではない。
 性別等はただの記号であり、設定に過ぎないので、こだわっても意味がないと彼女は心中で自己弁護している。
 しかし実際、同人誌等で既存のキャラクターの性別が勝手に変えられてしまうことは、決して珍しくはないのだ。
 
 結局は二次元のキャラクターの性別などは、描き手の筆加減一つで左右されてしまう。
 こだわっても所詮は虚構に過ぎないので、適当に割り切った方が良い。
 
「あ、あったあった」

 周囲からの生暖かい視線で見守られる中、沙羅はお目当ての本を発見したようだ。
 その具体名は省略しよう。
 と言うか、淫猥すぎて書けない。
 
 勿論、その表紙イラストもかなり劣情を煽るようなものである。
 お見せできないのが非常に残念だ。
 その本を沙羅が手に取った瞬間、沙羅のスマホが振動し始めた。


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