土星の輪っかⅡ

ΦΦΦ 団子に串もオツなものⅡ ΦΦΦ

声優フェスティバル

2024年07月24日 21時08分02秒 | 楽しいこと
先日 折尾の家に戻ったときに 昔の自分のものも荷物に詰めて送ったんですが
その中の一つに


これ 昔の色紙 
声優フェスティバルの出場者のサイン色紙です
といっても この色紙のサイン自体は 印刷なんですけどね

で ここで 謎。。。 

ずっと 考えてたんですが どうしてこれが 実家にあるんでしょうね?

それに これは 第一回の声優フェスティバルで 
それも(有楽町の)日劇で開催されたとなってるでしょ?

実は わたくし 声優フェスティバルに たぶん3回は観に行ってます
そのうち 2回が日劇だったのは覚えがあるんだけど
もう1回は(東京北の丸公園のところの)九段会館

この色紙のときが第一回なら 九段会館はなんだったんでしょ?

それに そのときのパンフというか 配られた冊子(各人のスナップ写真が載ってる)は
(本棚の奥で簡単には出てこないんだが)今でも 手元に持っているはずで
だから どうして この第一回の色紙が 実家にあるんでしょうね? 

それは まあ 私の個人的なことなので どうしようもないんですが


昨今は便利な世の中になり 
こんな昔のことも 調べたら ちゃんとネットで出てきました

まずは 
当時や将来に売れっ子になる声優さんたちを抱えていた
「青二プロ」というプロダクションがあり

ここが 自分のところの10周年記念として開いたのが
1978年九段会館での 声優フェスティバル

そのときに 声優フェスティバルを定期的に開催しようということになり
それで 翌年(1979年)に 日劇で 他の芸能事務所所属の声優さんも一緒に 声優フェスティバル(第一回)を開き・・・
と そういうことだったようです

その後 私は だんだん人生が忙しくなって 足が遠のいたわけですが

当時は 声優さんというのが あんまり職業としては認知されてなくて
「声優ですっていうと(スーパーの)西友にお勤めですか とか言われるんですよ」
なんて トークがあったくらいです

今では 声優は立派な職業となりましたね
よかったよかった


そうそう 
どうして 今頃 この色紙を出してきたかというと

数日前 小原乃梨子さんが亡くなりました
その前5月には 増山江威子さんも
( わかります? 
  色紙の中の 時計でいえば9時から10時くらいのところに二人 )

この色紙の中のひと あの人も この人も と
どんどん いなくなってしまってますね

でも 未だに 当時と同じに カッコいいキャラ(の声)でお仕事しているひともいて 
ほんとに 俳優さんや声優さんって すごいです


色紙の 逆さになっているひとたちも読めるように 
さかさまにした写真も載せておきます

いろんなひとを見つけて 楽しんでくださいませ

あ これって そういうわけで 1979年に活躍していた人たちなので
現在大人気の声優さんたちは ほぼ いません(生まれてもないかも)
あしからず~
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